「なんだあ~?失踪が増えてるだ~?」
怪訝な声を警察署内に響かしたのは今年40代に突入し自身の頭皮に若干の不安を持ち始めた捜査一課刑事 『角渡 源次郎』。自身の机に横柄に座り昼休み終わりなのか爪楊枝を口に咥え話題を振ってきた年若い男のことを細く狭めた目を向ける。
「本当っすよ源次郎さん。最近、失踪者が増えているんすよ~」
角渡の猜疑心に満ち溢れた目に当てられ焦ったのか弁解に似た口調で言葉を発しているのは角渡の部下である若手の警察官、『猜園寺 秀俊』。
猜園寺の言葉に引っ掛かるものがあったのか角渡はフンっと鼻を鳴らすと首だけを動かし天井を仰ぎ見る。その行動は角渡が思考を巡らす時にする癖のような動作を意味する。
「それも失踪者は外見が個性で変異した人間が主に失踪しているらしいっす。なんかあるんすかね、それに最近ヴィランが殺される事件がっ痛!!」
角渡の思考を巡らす時の癖が出たのにホッとしてなのか猜園寺は堰を切ったように言葉を紡ぐ。紡いでいると角渡の口に咥えられていた爪楊枝が猜園寺の額に飛び見事に的中。言葉を切り痛みの声を上げる。
「バカみてえに喋んなよ園寺。だからおめえは他の野郎にもどやされんだよ」
額をしきりに撫でる猜園寺を横目に角渡は注意をしながら言葉を続ける。
「失踪人が多いってぇのは確かにそうだ。ここ最近、失踪届がため息が出ちまうぐらいに増えたのも事実だ」
角渡は自身の机に置いといた無糖珈琲を口に含み胃に入れる。額をさすっていた猜園寺は角渡が自身の考えを話し始めると癖なのか懐から手帳を取り出すとペンを走らせ始める。
「メモすることか?まぁいいわ。おめえは『何か』あるといいてぇんだろ?それは俺も思うことはある。だが、それは俺にもわからねえ。だが、なにかが『裏』で動いてる可能性は高えだろうな。それも何かドス黒いものがよ」
猜園寺は角渡の言葉を必死にメモ帳に書く。捜査一課の中でもキレ者と名高い角渡の言葉はそれだけで価値があると常日頃から考え日頃からメモする癖があるのだ。
メモしている猜園寺を横に角渡は構わず話を続ける。
「警察は事件が発生して事件性があると把握してから動く。それはおめえも分かってんだろ?今のところ上の方は事件性がねえと判断してんだろうな」
「それじゃあ角渡さんは『何か』事件が起きててそれが継続中だと思っているんですか?」
猜園寺は食い気味に言葉を走らせる。それに角渡は少し首を振るとまた天井を仰ぎ見る。
「だろうよ。それもなにかえげつねえことがよ」
そう話すと角渡は一度過去に読んだ資料のことを思い出す。
超常社会になり久しく、失踪者が多発していた期間が存在していた。角渡に一縷の不安が過る。
一緒なのだ。かつて裏から社会を操り恐怖を支配し、数多のヴィラン共を従えていた巨悪が玉座に座り悪が栄えていた時代と失踪者の数値が。
猜園寺に話すのは早いだろう。未だ尻の青いガキだ。筋はいいがデカイ山に当たったことはなく今考えている事を話して『何か』あった時には詫びても詫びきれない。
「『何か』すげえ事件が起きてるんすかね。それこそなにか大物のヴィランとかが」
「いいからおめえはさっさと午後から会議あるんだから会議の準備してこい」
無理矢理会話を切ると猜園寺ははい!と声をあげて小走りに会議室に向かう。
角渡は、たくよ。と口の中で発すると思考を続ける。
だが、『巨悪』は倒された筈だ、オールマイトに。なのに何が起きている。
(くそ、情報が足りねえ。なにか嫌な胸騒ぎまでしてきやがる)
角渡はそう心の中で吐くと机から立ち上がり血糖値が高いため医者から控えるよう釘を刺された煙草を肺に入れるために喫煙室に向かう。
それは認めたくない現実から目を逸らすための行動なのかもしれない。
◯
「おれの後ろを歩くなよ園寺」
「ひどいっすよ、角渡さん…」
時と場所は変わり角渡と猜園寺は失踪者増加の話題から数日後に都内一等地でとある場所を目指しひたすらに突き進んでいる。
「でも、いいんすか?上の許可を取らずにこんな勝手なマネをして」
「いいんだよ、後でドヤされるだけなんだからよ」
それでいいのか?という疑問を心中で孕みながら猜園寺はズンズンと前に歩む角渡の後を追うように歩く。
平均日本男性の身長よりも低い猜園寺にとって高身長の角渡とではやはり歩幅は合わず若干の距離が開いてしまうため無意識に早歩きになってしまう。
「けど、ノーアポで流石に政治団体の本部に行って議員に会うっていうのは無理なんじゃないでしょうか?」
「ゴチャゴチャ言うなよ、なんとかなるだろうよ。それに嫌なら帰れよ園寺」
煽られるとつい乗ってしまう部下の心理を突いた言葉を吐くと行きますよ!と猜園寺から声が上がり角渡はニヤリとし自分の後方を歩く猜園寺に話しかける。
「ほら、見えてこなさったぁ。個聖党本部の建物がよ」
角渡の言葉に反応し前方を見れば容姿に色濃く個性の影響を受けた人間への差別撤廃を掲げる政治団体個聖党の本部建物が現れる。
ゴクリと喉を鳴らすと猜園寺は額に緊張故か汗を垂らし口を開く。
「本当に来たんですね…」
「だな。ちょっくら入るか」
えぇ!?立ち止まる事もなく自動扉を抜けようとする角渡に猜園寺は声を上げるがズカズカと建物内部に入っていく角渡の後を追い入っていく。
◯
「異生議員とご面会がしたい?」
「えぇ、少々巷で起きている事件の事で異生議員のご意見が伺いたく此方まで来さして頂きました」
猜園寺は心の中で大きく溜め息を付く。上司である角渡と受付の羊を彷彿とさせる女性の並行的な会話はかれこれ30分以上続いている。これでは埒が空かないと猜園寺は上司の説得に取り掛かろうと口を開いた瞬間革靴のコツコツとした音がしたかと思うと受付後方階段から1人の男が姿を現し角渡と猜園寺の方まで歩み寄ってくる。
「お客様ですか?」
「あ、平骨さん!」
端正な顔立ちをした如何にも官僚、エリートを想像させる無表情の男を受付が見ると助っ人が来たとばかりにそれまでの困り果てた顔を一転、表情を明るくし男の名前を呼ぶ。
「どちらさまですか?本日はアポイントなどは入ってていないと思ったのですか」
「急に来られまして、警察の方々です」
「いやいや、申し訳ないです。最近巷で起きている異形者連続失踪のことで異生先生にお話を聞きたくここまで来さして頂きました」
平骨は受付の女性からの情報に頷きながら来訪者である角渡と猜園寺の方を交互に見ながら疑問をぶつける。
角渡はニヤリと笑うと受付の女性から平骨の方に体を向け直し考えてきたであろう言葉を口にする。
その言葉に平骨は眉を1つ動かすことなく聞くとチラリと猜園寺の方を一瞥しまた角渡の方を向く。
(なんだ?…この違和感)
政治団体の幹部であることは明白な男が纏う雰囲気は鋭く、嫌な違和感を猜園寺は抱く。まるで値踏みされてるかのような感覚を覚え突発的に口を開こうとすると猜園寺を制するかのように角渡が口を開く。
「さすがにノーアポで来るのは失礼でした。次は正式にアポイントを取ってから来訪しますよ。すいませんでした」
営業スマイルを滲ました言葉を吐くと角渡はそそくさと出口に向かい慌てて猜園寺は後を追うように1度一礼をしてから上司である角渡の後を追う。
その後ろ姿をジッと平骨は無機質に見つ続ける。それは蛇を彷彿とさせる鋭く、そして餌を狙う捕食者のような眼光であった。そしておもむろに懐から携帯を取り出すと通話をし始める。
「仕事だ」
◯
「どう思う園寺」
署に戻る道中、ズカズカと歩む角渡の後を必死に追う猜園寺に角渡が声をぶっきらぼうに投げる。
「何かあると思います…それもキナ臭い何かが」
「ほう…それはおめえの個性か?それともデカの勘か?」
『直感』猜園寺の個性で他者が纏う雰囲気などからある程度犯罪に関わっているかどうかを導き出すことなどが出来る個性。本来であれば警察官からすれば最適な個性であるが角渡からはポンコツのおめえには贅沢な個性などとイジられたりもする。
「それもありますけど個性でも違和感を覚えました。あの平骨という人間…なにかキナ臭いですね」
「たまにはいっちょまえなこと言うじゃねえか。それは俺も同意見だ。あの平骨という男、ニオうな」
角渡は後輩の成長を遠回しに褒めながら意見に賛同をする。
平骨という男、抜け目のない官僚風でありながら敵のような危うさ、狂気を角渡は刑事のカンから感じたが、あのまま深く踏み込めば何か面倒なことになると予感し早々に引き上げたのだ。
あの男は限りなく黒に近いだろう。それも何か大きなことに関わっている。だが、それを早急に調べるのは早い。もう少し調査が必要かもしれない、そう頭で結論付けると角渡は後輩の歩調を気にせず署に戻るため歩調を早める。
それは嵐の前の静けさとも捕食者の巣を薮蛇に突っついてしまった直後の静寂とした時間であった。
◯
「けど大丈夫だったんですかね。あんなことして」
警察署から歩いて30分程に存在する繁華街の真ん中にある個室居酒屋で角渡が猜園寺を誘い飲みに来ていた。
飲み始めてから少し経ち猜園寺が唐突にそれまでの話題を切りビールをかっ食らっていた対面に座る角渡に疑問を投げ掛けた。
早いペースで呑んでいた角渡は旨そうに呑んでいたビールを口から離し肴に頼んでいた料理が乱雑に置かれていたテーブルに神経質に置く。
「駄目だろうな。あちらさんから苦情が入っちまったら速攻でドヤしつけられる所じゃすまねえだろうな」
肴に頼んでいたお新香を箸で掴み齧ると何食わぬ顔して後輩の言葉に答える。
猜園寺は一瞬顔を驚愕に歪ませると顔色がみるみると青白くなっていく。
「ど、どうするんですか…俺ら今かなりヤバイ状況なんじゃないですか…」
しどろもどろになりながら話すと自分が置かれた立場を忘れたいのかジョッキに並々と注がれたビールを呑み半分まで減らしドンと音を立てながらテーブルに置く。
「どうするも糞もねえだろ。このまま深くまでいくしかねえだろ。俺らは触れちゃいけねえことに触れちまったかもしれねえ」
後輩の狼狽はいつものことでさして気にすることでもないと思い残っていたビールを一気に飲み干し近くにいた学生バイトらしき店員にビールを注文する。
「なっ!?なんですかそれ!なんで違法捜査してそんな呑気に呑めるんですか」
上司の言葉にムッとしたのか語気を強め問い詰めるように言われ角渡は若干の面倒臭さを感じながら、注文したビールを店員から貰い一気に呷る。
「ちょっ、聞いてるんですか角渡さん」
「聞いてるよ、それに多分あっちはなんも仕掛けてこねえ、いや仕掛けられねえだろ」
角渡の言葉にギョッとした猜園寺は言葉の真意を知りたそうに表情をコロコロと変える。
若干の面白さを感じなから角渡は言葉を続ける。
「簡単だよ。あっちは何か絶対に触れられたくねえことがある。そのために奴らはお偉いさん達には何も言わねえだろ」
「そ、そうですかね…」
突拍子もない仮説、何処か丸め込められているようにも感じるが信頼している上司の言葉とあって無闇に反論できずにいると角渡は残っていたビールを全部飲み干しお開きというように立ち上がる。
「明日も早ぇんだ、さっさと帰んぞ」
テーブルに置いてあった伝票をひったくるように取るとさっさた店を出ようとする。猜園寺は慌てて残ったビールを飲み干し席から立ち上がり上司の後を追う。
「どうしたんですか?急に帰るなんて」
いつもの角渡であれば明日の仕事を気にせずベロベロに酔っぱらうまで飲んで帰るのが常であったが今回はホロ酔い程度で帰宅しようとしている。いつもの角渡の飲み方を見ている猜園寺にとって異質さを感じざる得ない行動だ。
「おめえは、まだまだ半人前だな。これ見てみろ」
「えっ」
手渡された携帯を見ると短い文章が綴られておりそれを見た猜園寺の顔が強張る。
『尾行されている。大通りをそのまま進んで撒く』
携帯を強引に引ったくると角渡は歩調を早め人でごった返す道を進み続ける。進んでいる内に客待ちをしているタクシーを見つけるとアイコンタクトで乗れと指示し猜園寺は上司の言葉に従いタクシーに乗り込む。
適当に流して何処かで降ろしてくれ。
そう角渡が伝えると猜園寺の脇腹を肘で小突く。
「いっ」
「いっ、じゃねえよ。俺らずっと尾行されてたんだぞ。気付けアホ」
少し不満げに顔を歪ませ叱ると角渡は平静を保とうとしているのか貧乏揺すりをしながら車窓に視線を移す。
「いつから尾行されてるって気付いていたんですか?」
小突かれた脇腹を擦りながら猜園寺は上司の顔色を伺いながらおずおずと疑問をぶつける。尾行されている節はなかった筈だ、不審な人物も視線も感じなかったと。
「ずっとだよ。あの胡散臭ぇ政治結社のとこから俺らはずっと尾けられてる」
「え、あそこからですか?」
また脇腹を小突かれる。血の気が引き続き声が出そうになるのを堪える。
「尾行してる奴は1人。だが、どんな奴が尾行してるかは分からねえ、まだ仕掛けてくるとは思わねえから撒いて帰るぞ」
こちらに体を向け顔を向けるといつもは冷静さを欠くことのない角渡が珍しく焦っているのが分かる。
猜園寺はやっと上司と自分が置かれた状況を理解し顔を青くする。相手は何者かも分からない人間、だが警察官を尾行する根性のある人間。そこから導き出される答えは多くはない。
「敵ですか…?」
「分からねえ、けど気合いの入った奴とだけは分かる」
絞り出すように声を出せば角渡は早口で捲し立てるように答える。
「いいか、油断するなよ。俺たちは面倒なことになっちまってる」
猜園寺は更に顔面を青くする。自分達は触れてはいけない存在に、注目をしてはいけない部分に足を踏み入れたとその時始めて気付いたのだから。