鮮血のエンブリヲン   作:Mk.Z

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第十一話 Seven Nation Army/野望

 ■サンフォーリング旧都市塔・第六十層三番区画

 

 そこは、かつての文明が造り上げた塔の中だった。

 眼下の麓には街の残骸が広がっている。不気味なほどの白さを晒すそれらは、文明の遺骨だった。その上には点々と流浪民たちの吹きだまりがあり、それらを繋ぐように敷設されたレールがのたくっている。

 だが、巨塔からは遠い。都市国家の中心部くらいなら飲み込んでしまいそうな巨大建造物の、その低層階の窓のひとつからエルディンは麓を見下ろした。

 高さは既に一〇〇〇メートルを越していたが、ここに来ていまだ、窓枠の端や分厚いガラスのような板には砂がこびりついていた。本来の部品ではなく、後から嵌められたものだ。あの貧民街の諸々と同じく遺構にはそぐわないものだったが、それなりに快適だった。

 エルディンは色の薄い髪を整えながら、固すぎるソファーに腰を下ろした。どたどたという足音が近づいていた。

「エルディン!エルディン!」

「ゾル、静かにしろ」

「それどころじゃないよ、マスクだ!」

 扉のない部屋の入り口から飛び込んできたゾルは、顔を厚手の布でぐるぐる巻きにした隙間から、眼差しだけを出して叫んだ。息苦しいのだろう、呼吸音が激しい。

「さっき聞いたんだ、ここの砂には毒があるって!『吸い込んだら身体を中から蝕む』んだってさ!二人も早くマスクを……」

「必要ない」

 コロリョフは、もともと悪い目付きをさらに鋭くしながら首を振った。エルディンはゾルの頭を覆っている布を引っ張りながら、言った。

「そうだな。ここの砂は汚染されているが、それは別に速効性の致死毒ってわけじゃない。住民ならいざ知らず、旅人が気を付ける意味は薄い。ましてや、俺達ならな」

 ゾルは苦労して頭の被り物を取りながら、首を傾げた。エルディンはため息混じりに説明した。

「汚染の初期症状は精神への作用だ。免疫のない人間は一時的に情緒不安定になるが、その後身体が慣れればそれも落ち着く。そして、精神保護のある俺達(マスター)にはそれも無意味なのさ」

「へー……なんでそんなこと知ってるのさ」

「調べたからだ。前評判くらい<DIN>に載ってる。ここは無名だが、別に秘密ってわけじゃない」

「……町の住民を見たか?」

 コロリョフが陰気に言った。

「年寄りが多かったろう。あれは本当に年を取っているんじゃない。汚染された環境に暮らしてるせいで、見た目の老化が早いんだそうだ。そして、寿命も短い」

「<DIN>によれば、ここの住民は五十歳程度で漏れなく肺を患う。何十年も汚染された粉塵を吸い込んでいるからだ。そして、ここから出られもしない」

 エルディンの眼には、どことなく憐れみがあった。

「ここは終着点というわけだな。社会の、あるいは人生の」

「それ、取り除けないの?」

 ゾルは無邪気に言った。身体に巻き付けていた布の下から、深緑のタートルネックが現れていた。

「砂が原因なんだろ?だったら浄化装置でも造ってみれば」

「お前のそのフワフワした解決案と同じで、詳細を詰めるに相応しい技術も研究もここにはない。カルディナから学者を連れてきて二、三年研究させれば違うかもな、無理だろうが」

 エルディンは首を振りながら言った。その手がライターと煙草を取り出した。

「……」

 コロリョフは無言で顔をしかめた。煙草が嫌いなのだ。ゾルはローテーブルの上の煙草に手を伸ばし、エルディンに叩かれた。

「未成年は駄目だ」

「ケチ!」

 ゾルは不満そうにジュースをちびちびやり始めた。エルディンは白く煙草の煙を吐き出した。

「……そもそも、ここの汚染の原因は何だと思う?」

「さぁ。そういうもんじゃないの?」

 ゾルはあっけらかんと笑った。

「イエローストーン。オクロ。地球(リアル)にだって人体を侵す天然環境はいくらでもあるよ?」

「それもそうだが、ここは違う。かつての文明がぶっ放した殲滅兵器による焦土戦術の結果だ」

 その言葉に、ゾルは眼を輝かせた。

「すっげぇ!どんな武器さ?」

「不明だ。先々期文明が滅んだのは二千年前だぞ?さっき言った通り汚染の状況もろくに調査がなされていないのだしな」

 エルディンは咥え煙草で手帳を繰った。その小さなページには、びっしりとペンの黒々した字が書き込まれていた。

『……先々期文明の技術力は凄まじく、現在のドライフ皇国ですら遠く及ばないほどのものであったそうだが、その繁栄は先期文明との戦争によって崩れ去った。サンフォーリングも戦争の末、都市全域を巻き込んで汚染兵器を起動。そして亡んだ。というのがカルディナ及びドライフの考古学会による結論だ。……兵器がどのようなものであったかは定かではないが、二千年の時間経過をもってしても無毒化は果たされておらず、この周辺では後続の文明も育てなかった。農耕や牧畜の試みは成功しなかった……』

「案外、この遺跡の奥深くには、まだその兵器の残骸くらいは眠っているのかもしれない」

 だとしたら、ここの<遺跡>にも価値があるかもしれない。と、エルディンは考え、首を振った。鼻のきく盗掘屋たちが掘り出せていないなら、痕跡すらもないのだ。

 その時、足音がした。

 

「さて、私の見解は少し違うね」

 

 エルディンは煙草の火を消した。コロリョフは沈黙していた。ゾルは興味深そうに、突然現れたその男を見つめた。

「なるほど、あんたが……?」

「そうだ。諸君らのクライアントだよ。顔を合わせるのは始めてだったかな?」

 その男は、軍服のようなものに身を包んでいた。後ろには強面の兵士が二人、付き従っている。携えた小銃の銃床がきらりと光った。

「アルハール・ブラウラウ将軍だ。宜しく」

 そう言うと、ブラウラウは空いていたソファーへと尊大に腰掛けた。固すぎるクッションが軋んだ。

「ここの汚染をもたらしたのは、先々期文明ではなくむしろ……“先期文明”のほうであると私は考えている。わかるか?別に旧サンフォーリングの文明に濡れ衣を着せることはないわけだ」

 将軍は朗らかに言って、エルディンを見た。

「まぁ、雑談だ。そんなことを考えても汚染は消えんがね。ところで、初戦の感想は?」

 ブラウラウはニヤリと笑い、極太の葉巻を取り出した。黄土色の身体に悪そうな煙を燻らせる。コロリョフが無言で退出した。

「……感想、というならそうですね……本望、でしょうか」

 その言葉に、ブラウラウ将軍が眉を上げる。エルディンは付け足した。

「不謹慎でしたかね?」

「構わん、続けたまえよ」

「我々にとって、戦闘は娯楽だ。それをやりたいからここにいる」

 エルディンが笑い、ゾルが頷く。

「ましてや、敵があんな……兵器とあってはね。機動兵器同士の空中戦など、まさに望むところだ。理想的とさえ言っていい。絶好のショーを演じられる。<調装機(ベルドレス)>は現在メンテナンス中ですが、それもすぐ終わります。こうして我々にも戦う理由が出来た、喜んで働きますよ」

「それはそれは、気楽なご意見だな」

 将軍は鷹揚に頷き、そしてふと、笑みを消して振り向いた。

「……おい、やめろ」

 将軍は目付きを鋭くして、背後で銃口を震わせていた護衛を睨んだ。部下は呟いた。

「申し訳ありません……しかし、戦闘を娯楽などと!サンフォーリングの栄光のため闘う<サンフォーリング革新戦線>に相応しくない!我々は矜持のため集ったのではないのですか!」

 わなわなと唇を揺らす護衛に、将軍は一転、びっくりするほど優しい声で言った。

「きみ、歳はいくつだね」

「……十八になります」

「家族は?」

「弟が」

「そうか。ところで、この町に嫌いな人間はいるかね?」

「それは……」

 護衛の青年が口ごもる。将軍は頷いた。

「そうだろう?だが、仮に殺したいほど憎んでいる相手であっても、我々の解放すべきこの都市の一部だ。忘れるな、我々の敵の“定義”を。サンフォーリングを脅かすものが敵なのだよ。敵でないなら、どれ程不快であっても味方として受け入れる、我々はそんな度量を有していなければならないし、そう私は期待している。きみはどうかな?」

 護衛は顔を真っ赤にして頭を下げた。将軍は葉巻の火を消して言った。

「きみたち、もう下がりたまえ。私は大丈夫だ」

「……」

「大丈夫だとも」

 護衛の二人は不承不承退出した。将軍は、懐から一枚のコインを取り出し、掌で玩んだ。

「すまんな」

「いえ。やはり不謹慎でしたね」

「そんなことはない、不死の民(マスター)よ。ただこういう辺境では珍しいのだ、<マスター>が」

 辺境。それを言うとき、ブラウラウ将軍の目には微かに苛立ちの色があった。

「だから、“敵”が<マスター>であったことも、珍しい出来事と言って差し支えないだろう。どう見る?あの敵の能力を」

「“憑依”」

 エルディンは断言した。

「……と考えるのが正解でしょう。“黒い機体”に関してのみですが」

 ブラウラウ将軍は無言で先を促した。エルディンは手帳のページを捲り、最新の書き込みに目を落とした。

「あの女は周囲の物体に<エンブリオ>を憑依させ、それを自在に操れるようです。ただし、乗っ取れるのは他者に所有されていない物体……例えば死体や機械部品に限られる、といったところでしょうか。生物は不可能でしょうね、それそのものが所有者として扱われる」

 エルディンはふと、掌を握り、また開いた。その中から銀色のライターが落ちる。

「そして、乗っ取られたものはあの女の能力によって操作される。強度を高めたり、多少の変形も出来るようですね」

 エルディンはライターの蓋を開き、また閉じた。

「外部から力を加えているのですから。当然、空を飛ばせもする」

 エルディンはライターを持ち上げ、上方向へと動かして見せた。

「しかし、それは操り人形と同じです。形状や物性は利用できても、その物体が持つ能力まではどうしようもない」

 エルディンはライターの側面、銀色のカバーに刻まれた黒い指紋に指を押し当てた。魔法の込められたライターは、いつも通りに小さな炎を灯した。

「あの取り憑かれた竜の屍骸は、一度も魔法を使わなかったそうですね。風属性の亜竜だったと聞きましたが」

「よく調べている」

 ブラウラウ将軍は頷いた。

「そして、あの戦艦だ。観測班は<エンブリオ>だと結論を出していたが?」

「正確には、アドバンスが複合して建造されたものでしょう。能力が強すぎる」

 エルディンはライターをしまい、ゾルを振り返った。ゾルは不服そうに言った。

「……僕の【アルシオーネ】のロックオンが巧く効かなかった。僕の認識に間違いがあったからだ。単体の存在じゃなく、チャリオッツ系列の集合体なら、そのそれぞれを狙って混乱してしまうだろうね……次は大丈夫だけど!」

「個々人の<エンブリオ>を集め、各種機能を担当するように束ねて運用しているとするなら、多彩な能力を使いながら出力を担保していることにも説明がつきます」

「そこに関しては、君らの方が詳しいだろうからな」

 ブラウラウ将軍は興味深げに耳を傾けていた。軍服の、金の房飾りがランプの明かりに光っていた。エルディンは黙って、テーブルの上の酒を呷った。

(そこまで都合よくアドバンスの<エンブリオ>が集まるとも思えないが。複合に対応して進化を重ね……いや、はじめからそれを前提に孵化しているのか?なら、人格(パーソナル)の段階から協調に親和性のある関係性……)

「なんにせよ、強力ですよ。<エンブリオ>の能力は複合してこそ何倍にも強くなる。欠点を補い合うからです。さらに言えば、複合することが制約として機能している可能性もある」

 エルディンは言った。

「特に厄介なのは、あの空間干渉です。やりようはありますが、それに特化した相手とではどうしても地力の差が出てくる。策を練ることは必要でしょう。我々の()()()()次第ですが」

「あの、()()()()()()()()()かね?いやはや、ドライフも惜しい人材を失くしたものではないかな?」

「……本人もそう主張するでしょう。有能であることは確かだ、彼なしでは我々の<調装機(ベルドレス)>はなかった」

 エルディンは苦笑いをし、一瞬床に目を落とした。将軍はゆっくりと立ち上がった。

「念押ししておきたいが、我々の立場は対等だ。基本的にはね。最低限の情報共有は乞いたいが、指揮系統に組み込むことはむしろ君達を縛ることになると知っている。好きにやりたまえ」

「ええ。了解してますよ……必ずや、“敵”に土をつけてみせましょう」

 

 ◆◆◆

 

 □サンフォーリング・数時間前

 

 ブラウラウ将軍の居室を含め、彼ら愚連隊の本拠はサンフォーリングの都市塔にある。理由は明確で、彼らが一番強いからだ。最大の武力でサンフォーリングという井戸を制した、傲慢な蛙だった。

「……」

 ここには、無関係なものは敬遠して近づかない。貧民街のほうがまだしも居心地がよいし、砂はどこにでも入り込むのだから。

「……」

 そんな場所を、ミルハルは静かに歩いていた。

 足音を立てているつもりはなかったが、冷たい金属の床にはどうしても音が響いてしまう。それを聞きながら、ミルハルは物思いに沈んだ。

(戦闘はひとまず終結した、とじいさんは言っていた。あのステラという子供は眠っているが、目覚めるにはしばらくかかるだろう。シリルのほうも少なからず塞いでいる)

 それをどうにかしてやれる手だてはない。自分は二人にとって他人でしかないのだから。

(出来ることをやるだけだ。それは回り回ってあの旅人らのためにもなるだろう……撤退したのなら、ここへ来るはずだ)

「止まれ!」

 突然響いた厳しい声に、ミルハルは足を止めた。

 目の前では、通路の角を曲がって現れた見張りが武器を構えていた。ミルハルは穏やかに両手を上げた。

「敵対の意思はない」

 それが嘘でないことを分かったのだろう、兵士が緊張を緩めたのを見計らって、ミルハルは口許を覆っていた布を下げ、顔を露にした。壮年の兵士が驚き顔になる。

「あなたは……!」

「俺の顔を知っていてくれて、助かるよ。用件は分かるだろう?」

 兵士は躊躇いがちに頷いた。

 天井の明かりは消えかけていた。滴る水を躱しながら、ミルハルはその扉を開けた。

 中は暗かった。それなりに広い間取りは、むしろ寒々しい孤独感に繋がっていた。硬すぎる床に、今度はあえて足音を響かせながら進むと、暗がりの先で一人の男が立ち上がった。

 手元には数枚の紙を携えていた。それを事務机の上に置くと、その男ーーアルハール・ブラウラウはミルハルを見た。

「……久しいな」

 来ると分かっていた、とでも言いたげな態度で、ブラウラウはそう言った。その手が壁を探る。天井に備え付けられた照明具が白っぽい光を眩く灯し、ミルハルは瞬きをした。

「何をしに来た」

「話を。質問を返すようだが、あんたこそ何をしようとしてる……」

 ミルハルは厳しい目付きで言った。

「……兄さん」

「まだそう呼んでくれるのか?……やはり、お前は若いな」

 兄弟にしては、二人の見た目は少々歳が離れすぎていた。兄アルハールの老いが滲んだ顔と、弟ミルハルのいまだ壮健な顔と、その両方を白い光が照らしていた。

「つい先日帰ってきた。噂や……それより確かな情報を得たのはさらに前だが」

 ミルハル・ブラウラウは言った。椅子を勧めるアルハールの仕草には触れずに、立ったままミルハルは続けた。

「随分と武力をつけたらしい」

「あぁ、そうだとも」

 アルハールは頷き、座った。

「先の戦闘、さらに今回の小競り合いは我らに損害をもたらしたが、それも贖わせる。次こそは勝ってみせよう」

「<サンフォーリング革新戦線>か」ミルハルは呟いた。「<ブラウラウ軍>じゃなかったのか?」

「その名前は、もはや相応しくない。先日、近隣の賊どもを従えたばかりだ。軍事力はざっと倍に到達し、逆に従わぬ跳ねっ返りには消えてもらった。留守の隙に家に巣食うネズミだ……もう邪魔はない。我々は既に、強大な力に手を掛けているのだよ」

 アルハールは自慢げに言った。

「あの戦艦。推察するに<マスター>だろう。不死の民だ。力を試すにはちょうど良い、カルディナへの前哨戦だ。我々を脅かすものには、すべて恐怖を刻み込んでやるさ」

「まだそんなことをほざいているのか?」

 ミルハルは語気を強めた。

「カルディナを敵に回せると……」

「貴様に何が分かる!」

 突如、ブラウラウ将軍は沸騰した。

「この町から逃げ出した貴様に!え?この町をみろ、寿命は短く、人々は汚染され、文明もない!日銭すら稼げずにただ命にこびりつく、そんな暮らしばかり。世の中からゴミと犯罪者の流れ着く最後の場所がここだ、それで良いと思うのか?」

 ブラウラウ将軍は机に拳を叩きつけた。

「良いわけがない!カルディナは我々を無視している、蔑むのですらない、存在すら認めていない!黙殺されることなく会話を交わすためには、国交の価値を示し、都市国家として承認をされ、条約を結ぶためには!武力による存在感が必要だ!黙殺ではなく、搾取されるのでもなく、対等に交渉のテーブルにつくために、寝ぼけたカルディナ議会政府の耳目をこちらへ向けさせる、そのために一発撃ち込んでやらねばならんのだ!」

「この町を戦火に巻き込むつもりか!」

 ミルハルもまた怒鳴った。

「軍人気取りもいい加減にしろ、あんたらならず者だけがこの町の住民じゃあないんだろう!」

「ここを出ていった貴様になにがーー」

「出ていったから分かるんだ!」

 ミルハルは息をつかせて叫んだ。

「カルディナに慈悲などない。サンフォーリングを名乗って宣戦布告でもしてみろ!驚異と見なせばただ必要に応じて潰しにかかるだけだ、今あんたたちがあの戦艦とやらに敵意を向けているように。和平の道はもっと別のところにある!」

「なら、今すぐにサンフォーリングをカルディナに加盟させてみろ」

 ブラウラウは吐き捨てた。

「できるまいよ。なぁミルハル、世の中綺麗事じゃあ回らんのだよ。歴史に学べ、弱者に栄華はない」

「身の程知らずにも栄華はないぞ」

 ミルハルは言った。

「俺はカルディナの国力を見てきた。都市国家ひとつでさえ、容易く滅ぼせる。ましてやそれ以下など」

「さて、お前は本当に物知りかな?ミルハル」

 蔑むように、アルハールは言った。

「どういう意味だ」

「さぁな。だが、サンフォーリングは決して無力ではないということを言っておいてやる。それだけだ。帰れ」

「まだ話は終わっていないぞ、兄さんーー」

「消えろ!」

 アルハール・ブラウラウはミルハルへその指を突きつけた。

「貴様が何を言おうと私の考えは変わらん。平行線だ。これ以上詮ない議論を続ける気はない。水掛け論は終わりだ」

 ミルハルはため息すらつかなかった。数十秒の後、扉は音を立てて閉められた。

 

 ◆◆◆

 

 □■サンフォーリング旧都市塔第二層・現在

 

 部下の報告に目を通し終えたあと、ブラウラウ将軍は弟のことを思い出していた。憎いわけではない、どれほど相容れずとも、肉親ではあった。

 だが、心は曲げられない。サンフォーリングにとっての障害は、力でもって排除せねばならない。

(やはりあの戦艦が目下の懸案だな。あんなものに近隣を彷徨かれていては)

 リスクの話だけではない。玄関先でならず者に勝手を許している国を、誰が認めるだろう?これはサンフォーリングの威信のためでもあるのだ。この砂上の崩れやすい街に、骨と肉を与えることが彼らの悲願だった。

 物思いが冷める。

「入れ」

 ふと、将軍は扉の外の物音にそう声をかけた。

「……失礼いたします」

 入ってきたのは、部隊の指揮を任せていた古参の一人だった。神経質そうなその男は、瞳を泳がせながら言った。

「申し訳ありません、正規の報告とは別に、具申したいことが」

「言ってみろ」

「あの“敵”についてです」

 隊長は頼りなげな声で続けた。

「あの黒い機体を使う女が、我々より先に別の相手と交戦をしていたとの情報は?」

「読んだとも。報告によれば、野良の<マスター>だそうだな」

 ブラウラウ将軍は報告書を指で叩いた。

「それが?」

「気になることがあると、下級の構成員が直訴してきまして。なんでも、その敵対者と“女”の両方を《看破》で見たところ、名前の一部が一致していたそうです」

 隊長は前後にうっすらと揺れていた。

「つまらないことかもしれませんが、一応、お耳にと」

「……一致とは?」

「はい、姓が同じ……“ファイアローズ”であったと」

 ブラウラウ将軍はつかの間考え込むと、眉を鷹のようにひそめて面を上げた。その手が隊長の肩を叩く。

「その下っ端の名前は?」

「……ナスルという男です、元<砂蛇(サーク)>の」

「第三分隊から引き抜いてムスファンの隊に入れろ。一階級特進もだ」

 将軍はぎらぎらとした表情で命じた。隊長は震えながら頭を下げた。

「了解しました」

「それと、キール小佐を出撃させろ」

 その言葉に、隊長が勢いよく驚き顔を上げる。将軍は頷いた。

「その少年を捕縛するぞ」

 

 To be continued

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