鮮血のエンブリヲン   作:Mk.Z

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第十五話 High And Dry/敵について

 ■【高位操縦士】エルディン

 

「目標を発見した」

 エルディンは呟いた。

 <調装機(ベルドレス)>は飛行形態で旋回していた。大気圧に乗るための翼は、ヴンヴンと低い音を立てていた。

 眼下では遺跡の合間に混じって、虹を纏う純白の機体が空を見上げている。

「情報通り、白いギアだ。とりあえず鹵獲するか」

『……コクピットブロックさえ残っていればいいんだな?』

 冷酷な蛇のようなコロリョフの声に、エルディンは首肯した。

「あぁ」

『了解した』

 そして、【JX-003 タイゲート】は、肩部に積載した黒っぽいコンテナーを開放した。がたり、とその下側の扉が、まるで衣装だんすをひっくり返したみたいに開いた。

 風を切る音がして、無数の爆弾が落ちていく。数秒後、着弾したそれらは、炎と煙を巻き上げて遺跡を破壊し始めた。その中心にいるのは、白い<エンブリオ>だ。

「おいおい、殺すなよ?」

『だからそういう火力にしてあるさ。火傷くらいはするかもしれんがな』

 ひゅうひゅうと湧き出す爆撃は、尽きる気配がなかった。エルディンは呆れたように言った。

「何発用意したんだ?」

『これは自前だ』

 コロリョフは自慢げに言った。

「また新しいミサイルを作ったのか?」

『《エレガント・フレア》。俺の<エンブリオ>……ゼロエルのミサイルに弾切れはない』

 それを示すように、【タイゲート】の群青の装甲から、雨のようにミサイルが飛び出した。爆撃と対地ミサイルが轟音を響かせ、眼下はいまや真っ赤に燃え上がっていた。

 その中を、白い機体が駆け抜けていた。

「ほう、最低限の防御力はあるみたいだな」

『なら、こうだ』

 コロリョフが唸り、機体が変形する。人型をとった【タイゲート】は、爆撃コンテナーは開放したまま、その両腕に巨大なミサイルコンテナを構えた。

『【LRW23追尾式ミサイルサイロ】、開放(リリース)

 その六角形のハッチが開くやいなや、ひときわ大きなミサイルたちが、白い機体めがけて突撃した。

 いままでのものとは違う、対象を識別して追いすがるミサイルだった。虹を踊らせて地表を駆ける“白”を、過たず追尾していく。遺跡の廃墟の隙間を潜り抜けて、チェイスを繰り広げる彼らを、二人は上から眺めていた。

「ふん。妙だな」

 ふと、エルディンが呟いた。

『何がだ?』

「弱すぎる」

 そう言って、【エレクトラ】も変形した。ガチャガチャと装甲が動き、そしてスナイパーライフルが地上を狙う。エルディンはスコープを覗きながら言った。

「あの機体、性能はそこまで高くない。悪くはないが、バランス型って印象だ。なら、リソースが余る。能力特性は何だ?」

『あの光じゃあないのか』

 コロリョフは言った。実際、眼下では“白”がバーニアを吹かしながら、虹色のビームでミサイルを迎撃していた。遺跡を踏み、上下の移動も加えて機体を旋回させている。だが、背後から肉薄したミサイルが“白”の右腕部を巻き込んで炸裂した。

「あれじゃ弱い。精々がオマケの兵装だろう。あの程度ならちょっと消費を付ければ積める」

 淡々と、エルディンは言った。爆炎に炙られながら逃げる標的は、彼にとって脅威にすらなりえなかった。

「表に現れにくい受動型の能力か?だが、ミサイルに腕の装甲を吹っ飛ばされても何もしないのは何故だ?どういう意図がある?」

 エルディンは慢心しない。<エンブリオ>は概ね平等だし、公平にリスクがある、というのが彼の信条だった。エルディンはスコープ越しに目を凝らし、“白”の動きから意図を読もうとした。

「パニックじゃない。意思のある動きだな。じわじわ南西へと向かってるが……何を狙ってる?」

 なんにせよ、邪魔は入れておくべきだ、とエルディンは思った。

 滑らかに三発、引き金を引く。光の筋のような弾丸は、爆炎をすり抜けて派手に着弾した。

「さぁ、どう出る?」

 “白”は進み続けていたが、その勢いは弱くなっていた。煙を引くその躯体はふらふらと揺れ、ミサイルとの距離も縮んでいた。

『……エルディン!』

「どうした!」

 コロリョフの声に、エルディンは叫ぶように答えた。コロリョフは焦れるようにがなった。

『よく見ろ!あの機体!』

 エルディンは一瞬止まると、血相を変えてまたスコープを覗き込んだ。純白の装甲は輝きを失い、虹色のオーラも消えていた。四肢はまるで死んだように動かず、ただ背部の推進力だけで引きずられるように移動している。

『ダミーバルーンだ!』

 コロリョフが叫んだ。その時、ミサイルが“白”に追い付き、目眩ましの風船をビリビリに引き裂いて爆発した。

「小癪な真似を!」

 ギアを入れる。【エレクトラ】は即座に鳥のような形に戻ると、地表へと急降下した。赤橙の光が尾を引いて消えた。

『追尾ミサイルに反応はない、目標は完全に消失(ロスト)した!』

「何故だ!」

 【エレクトラ】が地上へと降り立つ。燃え上がる大地を踏んで、機体を歩かせながら、エルディンは歯噛みした。

「いつの間に入れ替わった?あり得ないぞ、そんな暇はなかった。死角もない。俺もお前もずっと目を付けてたはずだ」

 【エレクトラ】は帆布のようなダミーバルーンの残骸を拾い上げると、燃える遺跡を蹴り飛ばし、八つ当たりのようにビームライフルを撃った。真っ直ぐな光の軌跡は、爆撃の炎ごと遺跡を薙ぎ払った。

 エルディンは腹立たしげに言った。

「ダミーで俺たちを引き付けて、標的のヤツはその後どうする?俺たちを撒くためには?」

『機体を格納して徒歩で逃げる。目のつきにくさはダンチだ』

 エルディンは頷いた。如何ようにしてかは分からないが、トリックに向いた場所を探して動いていたなら、あの自信ありげな機動にも納得がいく。

(生体反応探査は……クソ!この爆撃の跡じゃあ、熱も二酸化炭素も気流もかき消されちまう!)

「……この外縁空域を広く調べるぞ。逃げられるのが一番厄介だ」

 エルディンは悔しげに言った。見つかるなんてことはもう期待できなかった。

「【アルシオーネ】がいれば!」

 エルディンはそう愚痴り、そして手を止めた。

 さっきの崩落地点が動いていた。“白”が地下坑道を突き破って出てきた場所だ。瓦礫が盛り上がり、その中から巨大なものが現れる。エルディンはため息をついた。

「期待させておいて……これか」

 出てきたのは、ボロボロに成り果てた【マーシャルⅡ】だった。少し前までゾーレンクラーケの名前で呼ばれていた機体だ。追加ユニットの殆どをパージして這い上がってきたらしい。

『あんたも運が強いな、ミスター……』

『キール小佐だ』

 八本足どころか、下半身をほとんど丸々切り離した機体が、キールの声で言った。いまや機体の脚部は、【マーシャルⅡ】のものとすら異なり、ほぼ添え木のようなフレームでしかなかった。

『まさか地下道を崩すとは思わなかった。生き埋め自殺と変わらん』

『結果として、ヤツはおめおめと逃げた。随分素早いらしいな』

 エルディンの言葉に、キールは何がおかしいのか、少しだけ笑った。

『フフ……あァ、いや、すまないな。嘲ったわけではない。その事がまさに、あの機体の秘密を教えてくれそうだと思っただけだ』

『秘密とは?』

『予感に過ぎんさ』

 キールは言った。

『続きは後で話そう。周囲を探すぞ。まだ遠くへは行っていないはずだ』

 

 ◇◆

 

 敵の予想には反して、シリルとステラはまだ遺跡の陰にいた。辺りでは焼夷弾の炎が燃えていたが、半地下のようになった遺構の底にはその炎も届いていなかった。

「……」

 ステラには何が起きているのか分からなかった。気がついたらシャングリラは消え失せ、この場所にいて、シリルに手を引かれていたのだ。そのまま遺構の隅に転がり込み、差し出された酸素マスクを付けて、そこからはただ息を殺している。

 白っぽい遺跡は熱に炙られていたが、二千年の時を耐えただけあって、高熱と震動の大部分を弾いてくれていた。

(……頼むから、二千と一年目が限界じゃありませんように)

 ステラは身体を縮めた。背後では、ステラを抱き締めるようにシリルが身体を固くしていた。

「息を……抑えて。動かないで」

 シリルが低く囁いた。

「生体反応に、出ないように……」

 ステラは小さく頷いた。指先から爪先まで、微動だにさせなかった。まるで遺跡の石の一部になったように。

 爆撃は次第に遠くなり、音が止んだ。それでも、二人は必死に動かなかった。

 酸素マスクのせいで視界は悪かったが、それでもまだ明々と燃える火は容易く分かった。その熱も、大気を伝って肌を炙っていた。

 遠くで瓦礫の音が聞こえた。何かが着陸する音だ。重いものが動く駆動音が微かに漂ってくる。何かを探しているのだ。

(あたしたちを……)

 シリルが何をやったのか、ステラには分からなかった。あの空飛ぶ機体たちは、シャングリラを見失ったのだ。

 そして、どん、と何かが破裂するような音がした。

 一瞬遅れて、すぐそばの遺跡が砕け散った。光の筋が暗い空を裂いて、遺跡を薙ぎ倒していく。爆風がステラの身体を打ちすえ、一際強い熱が身体を襲った。ステラは思わず目をつぶった。

 心臓が早鐘を打っていた。それでも、ステラは動かなかった。身じろぎすら許さなかった。

(石だ……あたしは、石!)

 幸いにして、遺跡の向こうからあの機体の青いカメラアイが二人を覗き込む、ということはなかった。獣が唸るような、飛び去っていく機体の音が聞こえなくなり、辺りが静かになっても、ステラは動かなかった。

 やがて、爆撃の残した炎が消えそうになってから、ステラはゆっくりと身体を起こした。途端に震えが身体を襲った。

 辺りでは、砂と石が焼けていた。しゅうしゅうと音を立てて冷めていくそれらに、ステラは焦るように辺りを見回した。深く、ゆっくりと息を吸い、足の震えを止める。

『……行こう』

 いつまでもここにいるわけにはいかない。夜明けの空が白み始めていたし、焼夷弾の名残ももはや薄かった。熱と火の毒気に紛れてリェコへ入れるぎりぎりの時間だ。

『シリル……』

 ステラは肩を抱いていたシリルの腕をほどきながら振り向いた。

 

 シリルは気を失っていた。顔色が青白い。単に眠ってしまった、なんて可能性はゼロだ。

 シリルは酸素マスクを付けていなかった。はじめからひとつしかなかったのだ、と気づいたときには、もうステラはシリルをおぶって走り出していた。

『開けた場所、開けた場所へ!』

 足元が熱かったが、それを気にしている場合ではなかった。火の毒を吸い込んだなら、すぐに新鮮な空気がいる。風が動いている場所を探して、ステラは全力で走った。

 廃墟はひどい有り様だった。焼けた骨のような建物たちが、林立しながら煙をあげていた。硝煙の匂いが辺り一帯を塞いでいた。全てが熱され、灼けた中を走るのは、まるでゆっくりと煎られるのと同じようだった。

 幸い、西へと少し進んだところで遺跡は途切れていた。ステラはすぐにシリルを砂の上に寝かせると、辺りを警戒しながらその顔を覗き込んだ。

 息づかいが変だった。シリルの浅くひきつるような呼吸に、ステラも同じくらい蒼白になりながら叫んだ。

「嘘、嘘だ、ねぇ、起きて!息を!」

 ステラはシリルの頬を叩いた。白金色の髪が額に張り付いていた。力なく横たわるその顔に、ステラは硬直し……そして、自分の手の中にあった酸素マスクを見た。

「もしかして……」

 躊躇っている暇はなかった。ステラはそのマスクをシリルの顔に被せると、横のつまみを回して供給レベルを最大にした。自分の手も、火傷で赤くなっているのが見えた。

「お願い……!」

 ステラはそう呟きながら、ありったけの薬瓶をシリルと自分にぶちまけた。

 

 ◇

 

 身体がダウンしてからというもの、シリルの意識は何もない空間にいた。本当に、何一つ存在しない場所だ。あんまり愉快な体験じゃないな、とシリルは思った。落っこちそうだ、とすら思えなかった。

 酸素マスクははなっからひとつしかなかったし、それをステラに使わせたのは別に後悔していなかった。生命のリスクは彼女のほうが大きいのだ。命を懸けるなら、自分の方がいい。それに、生身で動くときに有能なのはステラのほうだ。

 とはいえ、シリルは焦っていた。

(死んだら、次はカルディナのセーブポイントに戻る。多分、父さんの部下の人が張ってるはずで、すぐに捕まっちゃう)

 シリルはため息をつこうとしたが、やり方が分からなかったのでやめた。

(一酸化炭素中毒になったのは始めてだけど、意識を失うって結構、重症だよね。戻れるかな?)

 戻れなければ困る。幸い、ここにいる間はシリルの肉体も生きているということだから、間一髪助かっているはずだ。あとはステラが処置してくれるだろう……うまく行けば。

「……で、お前がいてくれて助かったよ」

 シリルはふと、そんな言葉を吐いた。背後では、純白の機体が、無言で佇んでいた。シャングリラだ。

「ここに一人でいるの、辛いからね。どっちにしろ、やることはないけど」

 話し相手には向いていないことは分かりきっていた。それでも、自分以外の意識がいるだけで、なんとなくシリルは心強かった。

 シャングリラは何も喋らなかったが、翡翠のようなデュアルアイをちかちか光らせていた。シリルは黙ってそれを見つめ、やがて言った。

「右手を吹っ飛ばされたのは悪かったよ」

 シャングリラは答えなかった。シリルはまた何か言おうとして、ふとまばたきをした。

 

 まぶたの感覚が戻っていた。身体の重み、額を撫でる風、痛む掌も。

 もう一度目を開くと、もうあの何もない場所は消えていた。

「ステラ……」

 シリルは砂漠に横たわっていた。それを蒼白な顔で見下ろすステラの向こう側に、朝日が見えていた。

 胸全体にかけて、お腹を壊したのが治った後のような安心感が広がっていた。呼吸が滞りなく出来ることへの安心感だ。それを確かめるように、シリルは息を吸い込み、吐いて、言った。

「……ずっと考えてたんだけどさ、サンフォーリングの人達も敵になったのかな?」

「……第一声が、それ!?」

 ステラは叫び、シリルを睨み付けた。

「死にかけてた癖に!もうちょっと焦るとか何かしたらいいのに!」

「焦ったよ。死にたくないもん」 

 シリルは身体を持ち上げ、今度こそため息をついた。頭痛がする。指の先が静かに震えていた。まだ本調子じゃないらしい。

 ステラは本当に怒った顔で、シリルを見つめていた。

「分かってない……君は何も、分かってない!」

 シリルは何か言おうとして、黙った。ステラは蒼白だった顔を真っ赤にして言った。

「死ぬって言葉の意味、分かってるの?」

「……ごめん」

 シリルは呟いた。ステラは絞り出すように続けた。

「……怖かった。目の前で知ってる人が死ぬんじゃないかって」

 ステラはそれきり何も言わずに歩きだした。シリルも、よろけながら後に続いた。

 

 ◇◆◇

 

 □■貧民街リェコ・近郊

 

 リェコの町まではまだ、しばらくかかるようだった。念のためシャングリラを使わずに徒歩で歩いていたので、速度は遅々として上がらなかった。なにより、砂を吸い込まないためにした口覆いは息苦しく、足取りを鈍いものにした。

 シリルは最初、どうせ毒は効かないからと口許をさらけ出して歩いていたが、憤慨したステラに顔をグルグル巻きにされてからはおとなしく口を覆っていた。夜明けの風は冷たく、それを避けるためにも厚着は意味のあることではあった。

 ステラは眠そうだった。夜通しひどい目に遭ってまだ、リェコにはつかないのだ。シリルも欠伸を噛み殺しながら歩いていた。

 辺りに遺跡はなかった。まるで、島と島の間に広がる外海みたいだ。人々は廃墟の島々に掴まって暮らしている。そう的はずれな喩えでもない、とシリルは思った。

 シリルがそう言うと、ステラは首を振った。

「海、知らないの……でも、そうかもしれない」

 砂地の上では、人は暮らせないのだ。容易く毒のある砂に溺れてしまうから。

「どこでもそうよ。きっと。だから、みんな集まって、力を合わせて暮らすの」

「そうだね」

 シリルは頷いた。

「贅沢だと思う。自由って。欲しいなら、それを守っていくために戦わなくちゃならないんだ」

 ステラはシリルにちらりと目をやって、小さな声で言った。

「ごめんなさい」

「……?」

「あたしは、シリルが甘えてると思ってた。でも、あの人から逃げたいのは、無理もないことだと思う」

 シリルはなんて言っていいか分からないように、ステラを見た。

「……あたしは、自分の家族が好きだった。でも、多分、そういうものが呪いになってしまうこともあるんだと思う。幸福が足りないことと、不自由に取りつかれることは違う。あたしにはもう何もないけど、君にはいろんなものがある。それを全部受け入れる必要なんてないよ」

「……家族を嫌いでもいいのかな」

 シリルは呟いた。

「おれは多分、恵まれてる。いろんなものを持ってる。愛されてる。それを……」

「自分で決めたら」

 ステラは言った。それは、自分に言い聞かせるようでもあった。

「何が幸せで、何が不幸せか。何が善で、何が悪か。それを決める権利だけは、誰にも奪えないはずだってあたしは信じてるし、そう決めるの。自分自身で」

 たとえ、いろんなものを敵に回すことになっても。

 

「ねぇ、あれ」

 

 ふと、ステラは指差した。その視線の先には、微かにだが、黒っぽい何かが動いていた。

「機械だわ。サンフォーリングの人かも」

「俺たちを探してるのかな……」

 シリルは強ばった面持ちで言った。

「エンブリヲン……父さんたちの敵なら、俺を見て仲間だと思っても不思議じゃない」

「あの黒いのとは戦ってたのに?」

「でも、気にはなるはずだよ。あの八本足は『重要参考人』って言ってた。《看破》で名前を見たりしたのかもしれない」

 シリルは顔をしかめた。

「近づかない方がいい」

 ステラも頷き、走り出した。砂丘の向こうへとその影が隠れていくのを確かめながら、二人は駆けた。足元では砂がさらさらと音を立てていた。

 

 そして、シリルが何かにぶつかった。

 

 シリルは砂を巻き上げて派手に転げた。金色の砂ぼこりは途端に宙を漂い、そこにあるものの輪郭を浮き彫りにした。

『それってさァ、逃避行の最中ってやつ?』

 いたずらっぽい声が響き、シリルは素早く起き上がった。ステラも代剣を構えた。

「誰!」

『そうカリカリしないでよ、いま隠蔽を解くからさ』

 幻惑が晴れ上がる。景色は歪んで、溶けて、消えた。

 その中にあったのは、深緑の<マジンギア>だった。

 人型機体だが、【マーシャルⅡ】とは明らかに違うものだ。鱗を連ねたような装甲とマッシヴな輪郭は、機体構造の基礎から全く違う設計思想に支配されていることを示していた。顔に当たる部分には、朱色の仮面が取り付けてある。その奥で、眼光が鼓動した。

『名乗ろうか?僕は<プレアデス>のゾル・ゾンターク。君を捕まえに来たんだ』

 シリルが後ずさる。その目がちらりと動くのを見て、ゾルは愉快そうに言った。

『機体に乗りなよ。心配しなくても、そっちの彼女に手は出さないし、サンフォーリングの奴らにも横槍は入れさせないさ』

 サシでやろう。そう、ゾルは横柄に述べた。

『僕の標的は君だけだよ、シリル・ファイアローズ』

「信用できるとでも?」

 シリルは油断なくその機体を睨みながら、ゾルに見えないようにステラに合図をした。もう少し近づいてくれないと、シャングリラのコクピットには巻き込めない。

 だが、

『ふーん、そういうことするんだ?』

ゾルの機体が跳ねた。

 風を切り裂いて、その鋼鉄の手刀が砂漠に突き立つ。シャングリラが顕現するより速く、ゾルはステラとシリルの間を隔ててしまった。

『信用しなよ。さもなきゃ、この子も標的に加えるだけだ。コクピットに格納するなんて隙はないと思いなよ』

 シリルが唾を飲み込む。やがて、その口が開いた。

「ステラ!逃げて!」

 虹が爆発する。

 彩雲が弾けて、シャングリラが砂漠に立った。その碧眼がステラと、見知らぬ機体を見つめる。

『望み通りにしたぞ』

『いいだろう。ほら、君、さっさと逃げなよ』

「シリル……」

 ステラは呟いた。シリルは叫んだ。

『いいから!今はこうするしかないんだ、先に行って!』

 シャングリラが掌を広げ、そこに虹の光が灯った。

『おれもすぐに行くから!』

『言ってくれるね』

 ステラはしばし逡巡していたが、やがて踵を返して走り出した。丁寧に、リェコのそれとは方角をずらしている。

『……僕が言うのもなんだけどさァ、結構あっさり従うんだね』

 ゾルは笑っていた。

『素直かい?』

『ステラは関係ないんだ』

 シリルは言った。

『自分と関係ない因縁で死にそうになるのは違う。そうだろ。これは、俺のせいだ。俺のトラブルだ。だから、俺が全部引き受けなきゃならないんだ』

『へぇ、自分の因縁になら殉ずるわけ?』

 ゾルは嘲った。機体のセンサーがチカチカ光った。

『それも、違う』

 シリルはどこか、ヴァネッサと似た獰猛な表情を隠しきれずに言った。

 

「俺は、あんたになら、勝つ」

 

『それは侮辱かい?』

 ゾルがガチガチと歯を噛み鳴らす。

『やってみせろよ、ファイアローズ!』

 深緑の機体が、両腕を広げる。ゾルは叫んだ。

『ゾル・ゾンターク!【CZ-101 オーバアスト】』

『……シリル・ファイアローズ。【幻想機 シャングリラ】』

 朝日が砂丘を越えた。眩い光が真っ白に破裂した。

 

『『行く!』』

 

 To be continued

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