鮮血のエンブリヲン   作:Mk.Z

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第十六話 Movin' On Up/神秘論

 □□二重都市サンフォーリング・十時間前

 

 ゾルは不服だった。

 誰かに、というわけではない。強いて言うなら自分にだ。

「……例えば、標的のファイアローズ某を捕まえて」

 ゾルはドックの隅、冷たい金属の床で資材に背中を預け、ひとりごちた。

「『ゾル、すごいぞ!よくやった!』『さすがだ!』とか」

 右手を拳銃の形にして、バン!活躍する自分を夢見る。

「ハッ!」

 実際は、こうしてサンフォーリングの旧都市塔でふてくされるのが精々だった。自嘲は忘れない。より惨めになるから。

 カッコいいヤツらの仲間に入れて、色々あって……それでも、ゾルはまだ虚しかった。自分があんまりにも役立たずで、空回りしている感じがして、ゾルは気だるげに背筋をのけ反らせた。

「あは?置いてかれちゃった?」

 そのとき突然、シュタイナーに真上から覗き込まれ、ゾルは悲鳴を上げた。

「な、なんだよ!?」

「いーやぁ、別に?暇してんじゃないかと思ってサ」

 その手がぶらぶらと嘲るように揺れる。ゾルは顔をしかめた。

「……【アルシオーネ】は?」

「言ったよぉ?復旧にはかなりかかるって。僕の整備ドロイドたちも万能じゃあないからねぇ、肝心な部分は僕が見てやらないといけないし、かといって作業自体のスピードはどうしようもないしさァ。つまり、時間は変わらない。て言うか、君のほうも<エンブリオ>になにかやらせてるね?ねぇ、何?」

 ゾルは忌々しげに俯いた。

「なら、いいだろ。ほっといてくれよ」

「いやぁ、慰めくらい受けてよォ。駆動系の同調が終わるまであと……一時間。やることないんだよねェ」

「そんな理由で僕に絡んでるの!?」

 ゾルが叫ぶ。シュタイナーは愉しげに言った。

「いーいねぇ、元気出てきた?ンじゃさぁ、ついでにもっと元気の出ること教えてあげるよ」

 その蛇のような笑い方に、ゾルは思わず仰け反った。シュタイナーは我関せずというふうに続けた。

「さっきも言ったけど、【アルシオーネ】は当分使えない。で、君は出撃してあの二人の役に立ちたい。なら、道はひとつだ、代替機を用意すればいい♪」

「言っとくけど、【ガイスト】は無理だよ」

「知ってる。いくら操縦できても、君の戦術はあくまで人型機体。慣れないユニットじゃあ、足手まといになるだけだろうねぇ」

 その落ち着きのない掌が、いつの間にかひとつの小箱を握っていた。

「ところでこれ、僕が造ってた試作機。【CZ-101】、偶然!人型機体の試作機だよ♪」

 ゾルは眼を見開いた。

「それって……」

「いやぁ、【マーシャルⅡ】なんてブリキ人形に負けたんじゃ、癪だからさぁ、僕も造ってみてたんだよねぇ、人型。<調装機>より前のやつだけど」

「それを、僕に貸してくれるのか?」

 ゾルは言った。口もとには思わず笑みが溢れていた。

「出撃にはどのくらいかかる?」

「試作機だからねぇ、ちょっと調整がいるけど、三十分あれば君仕様にチューンしてあげるよォ?さァ、感謝して?ね?」

「ありがとう、シュタイナー!でも、なんで……」

 ゾルは戸惑いながらも感謝した。シュタイナーの眼鏡がギラリと光った。

「今回の作戦、サンフォーリングの持ってる【マーシャルⅡ】も出てるんだろ?そいつをコテンパンに負かしてくれると、僕が愉快になれるんだ♪そ、れ、に。試作機のデータも欲しいしねぇ?あ、だからサ、多少壊してもいいけど、機体の演算中枢は必ず持ち帰ってネ」

 シュタイナーは愉しそうに踵を返した。その足は、すぐに止まった。首だけで、シュタイナーが振り返る。

「そうだ、機体色の注文はあるかい?」

 ゾルは頷いた。

「……緑色で頼むよ」

 

 ◇◇◇

 

 ■■二重都市サンフォーリング・現在

 

「……ッ!」

 シャングリラが砂を巻き上げて滑る。それを追うように、【オーバアスト】も跳躍した。

 虹の軌跡と、赤橙色の波が交差した。【オーバアスト】は両腕を伸ばし、シャングリラに掴みかかった。指の節のひとつひとつに、鋭い刃が彫り込まれていた。

「【LRW01アサルトライフル】、来い!」

 シャングリラがライフルを構え、撃ち放つ。砂漠を刺す弾丸を、オーバアストは華麗に避けた。

「……嘘だ」

 それも、綺麗なバク宙で。

『ハッ!呆けてるのか?』

 【オーバアスト】が一転、吶喊する。その足取りが軽くステップを踏むと、軽快なリズムでシャングリラへと回し蹴りを放った。

『【SRW11ブレードネイル】!』

 そして、その回転のまま、【オーバアスト】の装備した爪が円弧を描き、シャングリラの胸部を少し抉った。純白の破片がきらきらと舞う。

「……!」

『ハハハ、遅いよ!なんだい君の機体、こぢんまりして大したことないじゃないか!そんなの、持ち主の器も知れるね!それに最初からあちこち損傷してるなんてさぁ……正直興ざめかな』

 ゾルは嘲笑した。どこか安心しているような声音だった。

「このッ!」

 シリルが叫び、シャングリラも踏み込む。虹の熱を纏った掌が【オーバアスト】の胴を狙って振り下ろされた。

『む、だ!』

 【オーバアスト】は、鱗のような装甲を軋ませてそれを避けた。エビ反りの格好で、上体を捻る。がら空きになっていたシャングリラの右肩から、爪が襲いかかった。

「……シャングリラ!」

 シャングリラのバーニアから、彩雲が吹き出した。虹色の光に機体を預けて、シャングリラが後退する。かすった爪は、白い破片を斬り飛ばしていた。

『ふん、ちょこまかと……』

「【LRW08ミサイルコンテナ】!」

 シャングリラがその角張った塊を放り投げ、蜂の巣をつついたようにミサイルが一斉に飛び出す。【オーバアスト】はしかし、避けることもなく、両腕をただ広げた。その盛り上がった肩が、音を立てて開く。

 内部では稲妻のようなものが踊っていた。その輝きは一瞬強さを増し、そして消滅した。

『【加速灼撃機構(プロトン・ガスト)】!』

 次の瞬間、ミサイルの全弾が即座に爆発した。至近でもろに爆風を食らったシャングリラが揺れた。

「今のは……!?」

『教えるわけないだろ、三下!』

 舞い踊るように、爪が閃いた。人に近いフレキシブルな動きで、【オーバアスト】はシャングリラを切り刻んでいった。仰け反り、踏み込み、捻る。その機体の動きが生々しくて、シリルは思わず嫌な顔をした。

(なんて、機動性と運動能力!)

「でも、ッ!」

 シャングリラの碧眼が燃え上がった。シリルは操縦桿を押し込むと、即座にシャングリラの武装をチャージした。狙うは、敵機の着地の瞬間だ。

「そこぉッ!」

 土煙を蹴立て、更にそれをシャングリラの拳が貫いた。灼熱の虹が砂を消し飛ばす。

『……そんなことだろうと思ったよ』

 しかし、そこに【オーバアスト】はいなかった。ゾルの嘲りが響く。

『浅知恵!いや、機体性能かな?』

「な……」

『その程度の機体では、僕に勝てないさ!』

 重たげな金属の足は、砂を踏んでいない。【オーバアスト】の機体は、落下の動きを緩慢になぞっていた。シャングリラの拳は、その足の下を通り抜けているだけだ。

 赤橙色の波紋が躯体から立ちのぼり、巨大な四肢は空を掴んでいた。軽やかに宙に浮いているのだ。

『ふん!』

 深緑の鱗が稼働する。上空から振り下ろされた爪が、完全な隙を捉え、既に傷ついていたシャングリラの右腕を完全に切断した。

 フレームが断たれる鋭い音が鳴った。彩雲を吐き出すように爆発したその右腕ユニットに、ゾルは言った。

『なんだ、ロストするときも綺麗じゃないか……尚更楽しみだよ。その機体をバラバラに切り刻むのがね!』

 【オーバアスト】は優雅に着陸をすると、その爪先で砂漠を撫でて、浮き上がるように突撃した。

 

『所詮は陸戦兵器じゃ、僕の制空権には勝てないんだよ!』

 

 ◆◆◆

 

 ■【高位設計士】シュタイナー

 

「それ、何が見えるんです?」

 ラウルは困惑して言った。

 シュタイナーは、椅子に腰掛けながら双眼鏡を覗き込んでいた。視線の先にあるのは部屋の隅だけだ。

「壁ですか?」

「ちーがーうーよーラウル君。きみさァ、もうちょっと想像力を働かせてよね、僕が『殺風景な部屋の隅マニア』に見える?」

「見えないから訊いてるんですよ」

 いささか遠慮をなくした様子で、ラウルは言った。シュタイナーもそれを気にすることなく気さくに、二つ目の双眼鏡を差し出した。

「覗いてごらん」

 ラウルは言われた通りにした。双眼鏡の内側には、室内とは似ても似つかない光景が広がっていた。

 砂漠だ。そして、その上で交戦する白と緑の機体。

「これって……」

「あの白いのも良い動きだなぁ」

 シュタイナーはへらへらと言った。

「見た感じ、<エンブリオ>だねぇ、構造が非科学的だ。あ、でも武装は量産品だな」

「これ、遠隔地のリモートですか?」

「ん、あぁ、観測用のブイを飛ばしてるんだ。フライトユニットの試作過程で小型の実験版を作ったヤツの流用。道具は大事に使わなきゃね?」

 シュタイナーは得意そうに指を振った。

「あの機体は……?」

「白いほうは敵。緑のは、僕が作った試作機」

 シュタイナーは淡々と言った。

「【マーシャルⅡ】……ではないようですね」

「もしそれが分かってなきゃ絶交だねぇ、ラウル君。あれは僕が基礎から組み上げた全く新しい機体系統さ」

 深緑の機体は、確かに一風違って見えた。肥大した肩や、異常に分節された装甲、奇妙な重心を前に、【マーシャルⅡ】だなんて言える人間はよほど頓着がないだろう。

「【疑似ヒト基礎構築躯(マナーシュテルト)】って名付けたんだけどね。ヒトを逐一模倣した内骨格フレームの上に駆動系を載せてる。人間の戦士がやるのとおんなじ動きが出来るんだ。で、問題。通常の<マジンギア>の駆動系は?」

「基本的には電磁式アクチュエータですよね、でも、あれって……」

「さっすが。あれは液体圧力式だよ、機体内部を液体で満たして動かしてる。各アクチュエータ分室が丁度、筋肉の模倣になるようにねぇ。入出力応答は申し分ないけど、反応速度に難がある上、ほら、電装系とどうしても干渉するからさ、いっそのことって思って……直接フレームと圧力液に電圧を掛けてね……!」

 シュタイナーは何がおかしいのか、けらけら笑った。

「お陰で受信素子周りはかなり複雑化したけど、周波数帯を広く取ることで解決した。圧力液への金属粉混合の割合がミソでね、電解質の水溶液との併用で……」

「シュタイナーさん、それって……だからあの運動性なんですか?」

「そうだよ?関節駆動範囲はざっと【マーシャルⅡ】の二五〇%、基礎出力も倍以上」

 シュタイナーはちょっと考えて付け足した。

「ただし駆動系が複雑すぎて整備性とエネルギー要求量はさいあく。おまけに機体バランスと空戦能力のために、機体各所に分散配置したフライトユニットがこれまた、<マジンギア>複数機に相当するくらいの大食らいで……」

「そんな機体、消費が激しすぎる。長く持ちませんよ!」

 ラウルは叫び、シュタイナーも叫んだ。

「ご名答!なーんと素の活動限界時間は最大でも一分!薬物投与を加味してもまず五分は越えないねぇ!」

「薬物?」

 シュタイナーはおもむろにポケットからそれを取り出した。白っぽいシリンダーには、【cl-1246】と印字されていた。

「ドライフで密かに出回ってたこともある、禁止薬物だよぉ。投与するとMPの自己生成機能を最大限以上に異常活性する。代償としてHPが削れるんだけどね」

 シュタイナーはいたずらっぽく笑った。

「あ、君は使っちゃダメだよ~?依存性が強くって、一度でも打ったらおめでとう廃人確定フルコース!幻覚と多幸感の中でゆーっくり萎びていくから!」

「そんなもの投与して大丈夫なんですか!?」

「<マスター>だもの。意識への干渉はどういう仕組みかシャットアウトされてて、依存性もまるで効果なし!いいとこどりさ。ま、所持してるだけで違法だから、使ってる人間はまーずいないだろうけどね。犯罪者でも手に入れるのは難しいと思うよ~?」

「逆にあなたはなぜ持ってるんです?」

「昔の……コ・ネ♪」

 シュタイナーは心底愉しそうだった。

「あの機体に話を戻すけど、人体を模倣したせいで燃費は最悪なんだ。もちろんアクロバティックな動きが出来るのは強みだけど、それに拘りすぎてもしょうがない。その辺の兼ね合いとか取捨選択、最適化を行うためには実働データがそれこそ山のように必要だからね。只今ゾンタークくんに頑張ってもらってるワケさ」

 愉快そうに悩ましげなポーズをとるシュタイナーは、ふとラウルを見た。

「全体的にほんのり非人道的って言いたげじゃない?」

「いえ、そんなことは」

「どうかな♪まぁ、いいんだよ。僕ァデータがほしい、彼は仲間の役に……いや、認められたいって言ったほうが正しいか。ウィンウィンさ」

 シュタイナーは愉しげに踊り出した。双眼鏡を覗き込みながらふらふらと部屋を歩き回る。

「主観なんてものは心底どうだっていいんだ。善悪は相互作用によってのみ規定される、人が真に分かり合うことは出来ないんだよ~?」

 徹頭徹尾享楽的なシュタイナーに、ラウルは呆れたように首をかしげた。

 

 ◇◆◇

 

 ■【高位操縦士】ゾル・ゾンターク

 

 シャングリラは傷ついていた。各部の装甲が脱落し、右腕は切り落とされている。損傷箇所から虹の粒子が漏出しているのが見えた。

「良い機体だ、【CZ-101 オーバアスト】」

 ゾルは呟いた。その目の端ではちらちらとインジケータの光が躍っていた。

(機体稼働残時間およそ一分。時間をかけてられない)

 ゾルの指が軽快な音を立て、操縦桿のキーを叩いた。【オーバアスト】の肩部装甲が展開し、機体が浮上していく。地上から体長の倍ほどの高さに達して、機体は静止した。その肩では、紫電がくねっていた。

「【加速灼撃機構(プロトン・ガスト)】」

『……ッ!』

 シャングリラがバーニアを噴射し、距離を取った。砂が煙幕みたいに舞い上がる。

「けど、遅いんだよ!」

 不可視の突風が、シャングリラ目掛けて照射された。虫の羽音のような唸りが、操縦席のシリルの耳の底に響いた。

『……!?』

 突然、シャングリラがガクンと停止した。脚部がよろめき、砂漠を削って機体が転倒する。

 操縦桿を握るシリルの手に、力が入らなくなっていた。鈍い振動のようなものが身体を蝕んでいるのが分かった。

 ゾルは笑った。

「ミサイルを爆発させるだけの武装だと思った?装甲をすり抜けて操縦士(ドライバー)の肉体を壊す兵器なんだ!」

『ぐッ……あ、あぁ!』

 気づいたら、シリルの上体は倒れていた。俯いた顔から鼻血が落ちる。全身に火傷のような感覚が走っていた。ガンガンと頭が痛み、そこへゾルのうるさい挑発が刺さってくる。

「もう操縦できないくらいに蒸し焼きにしてあげるよ!ファイアローズ!それとも……」

 砂漠に倒れるシャングリラのコクピットブロックめがけて、【オーバアスト】が両手の爪を合わせた。その背後で、圧縮窒素の光が弾けた。

「……その前に機体がオシャカになるかな!」

 【オーバアスト】が風を吹き飛ばして加速した。赤橙色の波紋を揺らして、【SRW11ブレードネイル】が突き出される。三連二つの鋭い爪は、陽光を映してギラリと光っていた。

「終わりだ!これで……!」

 避けられるはずもなかった。操縦桿を握る手は間に合わず、【オーバアスト】は真っ直ぐにシャングリラの胴を狙っていた。

 シリルは、霞む目でそれを見ていた。琥珀色の瞳は、力なく揺れていた。敗北が突撃してくるのが見えた。

 負けられない。

 爪が迫っていた。その鋭い切っ先にある金属の光沢も、妙にゆっくりに見えた。自分の呼吸が荒く、低くなっていくみたいだった。

 敗けたくない!

 熱にひび割れた唇が、小さく呟いた。切り札の名前を。

 

『……《神秘論(シャングリラ)》』

 

 そして、シャングリラの胸を【オーバアスト】の爪が貫いた。

 

 ◆

 

 二の腕までを胸部装甲に埋めて、【オーバアスト】は停止した。生き物なら致命傷に相当するようなそれは、まさに決めの一手に見えた。

「……?」

 けれど、ゾルは首をかしげた。おかしいのだ。

 貫かれた筈の装甲が、霞のようになっていた。突き入れた爪の周りから、光の粒子になって消えていく。彩雲と虹がほどけ、大気に溶けていく。本当なら、破片と鉄屑が飛び散るのが正解なのに。

『……《シャイニング・ライフル》!』

 そして、一条の光が【オーバアスト】を貫いた。

「なっ……上か!」

 ゾルは叫び、機体を即座に浮かせた。シャングリラの光の残滓をかき分けて【オーバアスト】が前進する。その頭上から、虹を纏ったシャングリラが飛び降りてきた。

「……瞬間移動(テレポート)か!」

 【オーバアスト】のセンサー・アイは、砂漠に降り立つその姿を完璧に捉えていた。その純白の胸部装甲には、貫かれた傷などなかった。

「それが能力ってわけ?でも残念、外したね!」

 左肩を貫かれた【オーバアスト】は、煙を上げながらも浮上し、爪を構えた。

 ゾルは息を吸い込んだ。なんてことはない、掠り傷だ。ちょっとヒヤッとしたが、それだけのことだ、と、ゾルは笑った。

「褒めてあげるよ、能力はね。でも、それも無駄。鬼札を浪費して隙をさらしただけさ!」

 あえて明確にそう言いながら、ゾルは素早くコンソールを操作した。【加速灼撃機構】は消費が大きいし、左肩の装置が壊れている。再度、接近戦で切り刻むと決めた。

「今さっきの隙に、勝負を決められていれば良かったものを!」

 【オーバアスト】は急速に上昇すると、隼のように地上を見下ろした。爪を広げて、揚力をカットする。シャングリラ目掛けて落下攻撃を構えながら、ゾルは叫んだ。

「所詮は、陸戦型!」

 六本の斬撃は、計画通り頭上からシャングリラを切り刻む、筈だった。

 

『《神秘論(シャングリラ)》』

 

 彩雲と砂を蹴散らして、【オーバアスト】は空振りで着地した。その背後に、シャングリラの灼熱の蹴りがめり込んだ。

「……バカな、そんな!」

『《神秘論》』

 振り返った【オーバアスト】の右脚部が、装甲を撒き散らして断裂する。【オーバアスト】は膝をついた。膠のような動力液は砂を巻き込んで汚れていた。

「右……」

『《神秘論》』

 煙をあげる左肩に、バトルナイフが突き立っていた。その柄をシャングリラの拳が叩き、刃がフレームに噛みついて嫌な音を立てた。粘りつく液体が滲み出してくる。

「左……!」

『《神秘論》!』

 虹が沸き立ち、目の前にシャングリラが出現した。その熱の光を帯びたマニピュレータは、幾重にも重なった装甲を焼き焦がして【オーバアスト】の脊椎フレームを掴み、胴体を引き裂きながら引きずり出した。

 オイルと膠が飛び散り、鮮血のように溢れた。

「うそだ、嘘だ!」

 ゾルは叫んだ。今度は、恐怖の叫びだった。

「あり得ないだろ、こんな、大質量転移の連続使用なんて、そんな!常識だ!なんで、こんなのが出来るんだよ!」

『言っただろ、俺は……』

 シリルの焼けた声が聞こえた。

『……あんたに、勝つんだ』

「答えになってないんだよ……!」

 ゾルはあえぎながら、操縦桿を狂ったように引き、キーボードを叩いた。乱暴な操作に返ってくるのは、無機質な機械音声だけだった。

(【加速灼撃機構(プロトン・ガスト)】、応答なし)

(機体メインフレーム大破。中枢制御系、データなし)

(脚部破損。歩行不能)

(N2干渉場が喪失)

(エネルギー残量が低下。戦闘配備を解除します)

「そんな、そんなはずじゃ!僕は、みんなに、みんなのために!」

 【オーバアスト】の光が、消えていく。動力が尽きた機体は、力ない鉄屑へと変わっていった。フレームが軋み、アクチュエータが停止する。

 漏れだした深紅の動力液は樹脂のように傷口を塞いでいたが、損傷が大きすぎて駆動部も固めてしまっていた。それでなくても、エネルギー切れだ。武装の一つも動かせない。

 なにより脊椎を掴み出されては、歩けもしないし、大地を踏みしめられもしなかった。がらがらと機体が崩れていく音が、フレームを伝って響いていた。

「そんな……」

『終わり?』

 シリルは呟いた。ひどく身体が重かった。口の中には嫌な血の味がこびりついていた。

『俺の、勝ちだ』

 それでも、シリルは静かな勝鬨を上げた。シャングリラの碧眼は、シリルの意思に応えるように燃えていた。

 

 To be continued

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