鮮血のエンブリヲン   作:Mk.Z

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第十七話 Dirty Water/戦の裏

 □■サンフォーリング・地表

 

 臓物を晒す死骸のように、深緑の機体は擱坐していた。脊椎と骨盤、肋骨にあたるらしい褐色のフレームは、骨髄のような緋色のコードを露出して、まるで本物の骸骨みたいだった。火花が苛々と走り、膠のような動力液はゆっくりと垂れ落ちていっていた。空気の漏れるコポコポという音が不規則に鳴っている。

『ふー……』

 シリルはゆっくりと息を吐いた。対人兵器に襲われた身体には、火傷とひきつれが現れていた。風邪を引いたみたいに喉が痛んだ。

『ねぇ、なんで俺を捕まえたいの?』

 シリルは尋ねた。勝ったんだからそれくらい聞いておきたい、という気分が声に滲んでいた。

「……ッ!」

 だが、その態度は何よりゾルにとって不快なものだった。

「ま、だだ!まだ、何か!」

 狂乱するゾルは、手当たり次第に触れる全てを起動した。

 レバーを引き、キーボードを殴り付け、武装コードを上から下までアクティベートした。

 しかし、試作機に搭載された未完成の機構の数々は、無駄な起動用の魔力(MP)を消費しただけで止まった。耳障りなブザーが次々に喚く。

(応答なし)

(応答なし)

(応答なし)

「僕は、僕だって!役に立てる筈なんだ、そのはずなのに!こんな、こんな!お前なんかに!」

『……知らないよ』

 シリルは冷たく呟いた。そんな事情、心底どうでもよかった。

「……!」

 ゾルは顔を真っ赤にして操縦席を殴った。周りでは、あらゆる表示がエラーを吐いていた。

 ひとつを除いて。

 照明をカットされて真っ暗になった操縦席で、ひとつのボタンだけが緑色に光っていた。ゾルは迷わず、乱雑にそれを押し込んだ。隣に並んでいたボタンたちと一緒に。

(……【T-555熱運動抽出爆弾】の起動が入力されました。起動しますか?)

「何?」

 ゾルは操縦席を揺すっていた手を止めて、顔を上げた。目の前には、システムからのメッセージが真っ黒な画面に映っていた。

(【T-555熱運動抽出爆弾】の起動が入力されました。起動しますか?)

 ゾルにはそれが何か分からなかったが、武器であることは確からしく思えた。掠れた声で、自棄っぱちで叫んだ。

「あ、あぁ、この際なんだって良いよ、撃て!」

 その途端、再び何かが動く音が聞こえた。管制システムは無機質に続きを表示した。

(承認されました。プログラム555に従い、離脱シークエンスを開始。操縦者は対ショック姿勢)

「え?」

 呆けるゾルをよそに、システムは操縦席の明かりを今度こそ完全に消すと、いそいそと()()()()()()()()を始めたらしかった。コクピットが揺れ、焦げ臭い匂いが漂ってきた。

 同時に、【オーバアスト】の胸部装甲を固定していたボルトが破裂した。内部では深紅の光が心臓のように脈打っていた。

『……ッ!まだ!』

 シリルは血を吐きながらシャングリラを操作しようとしたが、限界だった。操縦桿を引っ張る腕から力が抜ける。それでもシリルは操縦桿のキーを押し、せめて【オーバアスト】を押し退けようとした。

 目の前では白い噴煙がいっぱいに膨らみ、シャングリラはそれを払い除けるように左腕を動かした。

 視界が晴れたときにはもう遅かった。【オーバアスト】の頭部は、小型ロケットのようにコクピットを連結して射出され、はるか遠くへと飛翔していた。

 やがて頭だった部分が軽く爆発し、ライム色の落下傘を広げて降下していくのが見えた。シリルはシャングリラの左腕を構えたが、諦めた。遠すぎてビームは届かない。

 深紅のコアは、次第に輝きを増していた。砕け散った機体はそのエネルギーに耐えられないのだろう、嫌な音を立てて自壊し始めていた。装甲に罅が走り、唸るような起動音は大きくなる。シャングリラのセンサーは高熱源反応を知らせていた。

 そして【オーバアスト】の残存エネルギーの全てを燃やして、自爆プロトコルが機体とその周りにある全てを吹き飛ばした。

 

 ◇◆◇

 

 □■サンフォーリング旧都市塔

 

 シュタイナーは沈黙したまま、それらを眺めていた。双眼鏡の中身はブラックアウトしていた。観測機がロストしたのだろう。

 シュタイナーはやがてポツリと言った。

「光……」

「なんですか?」

「なんでもない。それより、しくじったよ。あれを取り外すのをすっかり忘れてたなぁ」

 シュタイナーは剽軽な態度を作って、言った。

「ま、機体に残ったエネルギーが少なすぎてか、大破してたからか。熱運動励起の初期段階で自壊したみたいだけど。良かったよ、ゾンタークくんに起動されたときはどうなることかと思った」

「そんなに危ない武器なんですか?普通の自爆システムじゃあ……」

 ラウルは首をかしげた。褐色の肌に冷や汗が浮いた。

「まさかまた、ろくでもないことを操縦士(ドライバー)に?」

「この場合、ろくでもないのは兵器のほうさ。幸いかな?」

 シュタイナーは懐から手帳を取り出すと、しっかり符号化されているそのページを繰った。奇妙な記号が延々とのたくっていた。

「僕がシュタイナーで造ってた【FLA08Xプロトフライトユニット】、機体を浮かせるだけで出力のほとんどを食っちゃう役立たずでさ?だから<調装機>では、素体にした<エンブリオ>に戦闘機動の出力を任せることで解決したんだけど……ま、得られたものはそれだけじゃなかったんだよね」

「得られたもの?」

「フライトユニットの飛行理論は僕が作ったんだ」

 シュタイナーは何かを思い出すような顔で言った。

「あれはバカみたいにMPを消費して、大気中の特定粒子に反発して揚力を得る仕組みなんだけど、当然!そんなことしたら物質のほうにも圧がかかるからさ、場合によっちゃ、反発対象の物質が持たないんだよね♪」

 シュタイナーは双眼鏡を丁寧にしまうと、ラウルの双眼鏡もその手の中から恭しくつまみ上げ、にたりと笑った。

「ここで質問!どんな物質のほうがより脆いでしょう?」

 ラウルは目をぱちぱちさせた。自信なさげな答えは、逆にシュタイナーを満足させたようだった。

「より脆いって……例えば、神話級より伝説級金属のほうが脆い、ってことですか?」

「んふふ、そう思うよねぇ?でも実際はそうとは限らないんだ?」

 シュタイナーは両手を広げ、バサバサとはばたいた。

「この空気!へなへなの気体と、かったーい金属とじゃあ、むしろ金属のほうが脆いんだ。もちろん、本当に高エネルギーのレベルの話だけど、事実ね。それでねぇ、そういう風に物質が壊れるとき、ものすごい爆発が起こるんだよね」

「それを転用したのがあの兵器だと?」

 ラウルは怪訝そうに言った。シュタイナーは大きく頷いた。

「フライトユニットの基礎理論実験中に得られたデータを活用したんだ」

 部屋のなかは静かだった。シュタイナーは壁の地図を指差した。

「ドライフ極北に、かなり前に放棄された<ヒルドルブ鉱山>っていう場所がある。鉱夫たちが伝染病に罹って治す手だてもないっていうんで国家主導で立ち入り禁止!そこから産出された鉱物も、全て回収されちゃって」

「鉱毒ですね?」

 ラウルは鋭く言った。シュタイナーは上の空で頷いた。

「そう。悪い人はいるもんで、そこで見つかった【有黄鉱(ゲルプ)】と名付けられた鉱物は遅効性の猛毒として使われたりもしたんだけど」

 シュタイナーはなんておぞましい!という風に鼻をつまんだ。

「最低だよ、人に毒を盛るなんて」

「その毒の鉱物を撒き散らすのがあなたの兵器なんでしょう?」

「違うよラウル君。言ったでしょ~?僕が造ったのは爆弾。実はねぇ、【有黄鉱】はひどく“脆い”石なんだ。だから、フライトユニットの応用で反発力場を掛けてやると……」

 ポン!とシュタイナーは指を鳴らした。

「熱量にして、ヴァーム/グレセ比およそ12500。破格の数字だよ。知り合いの【傀儡師】に頼んでこっそり採掘してもらってさ、それを使ったんだけど……あ、これ内緒ね?バレたら多分ドライフに指名手配されちゃうから」

 シュタイナーはニヤニヤ笑った。

「まぁ、もうそんなことどうでもいいけど」

「どうでも良いって?どういう意味です」

「新しい研究対象を見つけたからね」

 その瞳は、誕生日に大きな玩具を貰った幼子みたいにきらきらと輝いていた。

「あの白い機体、面白い能力だ。空間を歪めずに転移するなんて」

「違うんですか?」

「違うよ。機体ひとつなんて大質量物が転移出来るレベルの連続空間干渉は不可能だ。試算しなくても分かる、天文学的なエネルギーが必要になるね。超級職でも無理だよ」

 シュタイナーの両手の指は、わなわなと震えていた。獲物を襲う蜘蛛みたいだった。

「あぁ、解析したいなぁ……捕まえたら触らせてくれないかなぁ」

 シュタイナーは身をよじりながらぶつぶつ言った。恍惚とした顔は未来の研究計画を幻視しているらしく、頬を紅潮させ、口元はだらしなく緩んでいた。

「……上に頼んでおきますよ」

 【技師】ラウルバーブラマド・ラーは呆れたように頷いた。

 

 ◇◆◇

 

 □■二重都市サンフォーリング・貧民街メルダウンズ

 

 町の様子は相変わらずだった。寂れているというより、嫌な種類の活気が流れていた。道端でいらいらと虚空を怒鳴り付けていた老人が、突然ネズミのようにそそくさと走っていった。

 その隣で廃墟の欠片に腰かけた若者は、通りがかりの痩せた女ににやっと笑って言った。

「……なぁ、あんた。買わない?」

 その額に巻かれた青虫みたいな色のボロ布を眉の上まで上げながら、若者は目線だけで後ろの家を指した。家の中、表に掛けられた布の向こうには、黒々とした闇と紫色の煙が溜まっていた。

「なぁ、どうよ?」

 若者は、肝心の売り物の仔細には触れないように繰り返した。そうしろ、と雇い主から言われていた。

「……いくら、なのお?」

 やぶにらみの女は、若者を見つめて言った。口調はおぼつかず、夢見心地だった。荒れた髪が頬に張り付いていた。

「そりゃあんた次第だ。結構安いってことは言っとくぜ」

「安いのお?安いんだぁ、いいわねぇ」

「おいおい、既にパァか?」

 見世の前にいる若者は唇を嘗め、白痴相手では客引きのやりがいもない、と、よそいきの笑顔を消した。女は落ち着きのない方の目で、そんな若者を睨んでいた。

「おい」

 そのとき突然後ろから肩を掴まれて、若者は悲鳴を上げた。

「……最近は阿片窟の受付か。景気は良いらしいな」

 目をパチパチさせながら振り向くと、そこにいたのは砂避け布を厚く巻いた男だった。

「シュルール」

「……ッ!あんた、ミルハルかよ!」

 シュルールは目を丸くして叫んだ。

「おいおいおい、いつ戻ってきた?帰ってくるわけねぇと思ってた!」

「お前こそ、<ブラウラウ軍>に入ったんじゃなかったのか?」

 ミルハルは肩を竦めると、あたりを見回した。

「話せるか?」

「あ、いや、今はさぁ、ほら。仕事中……」

「ねぇ~あたしを無視するのぉ、おにいさァん」

 静かに無視されていた女は、ここにきてふらふらとシュルールに寄りかかった。微かに麝香のような匂いがした。

「あぁ、ちょっと待っててくんない?どうせ暇だろ?」

「暇じゃないわぁ、あたし買い物にいくのぉ」

「だったら他のやつに聞いてくれ。見世の中に人がいるからよ」

「いやよ!あたしお兄さんがいいの。ねぇったらァ」

 女の眼は、次第に危なっかしい光を孕んでいた。

「いうこと聞いてくんないとぉ……殺してやるわよ」

 言うが早いか、女はシュルールの眼球めがけて左手に握った楊枝を突き刺そうとした。ひゅっ、と小さな音がして、楊枝の先が瞳に迫った。

 すんでのところで、ミルハルは女の手首を掴んだ。厚着の奥で凄む。

「やめろ」

 女は片目だけでミルハルを凝視した。指先から爪先まで、微動だにしなかった。ややあって、堰き止められた水が再び流れ出すように、女は苛々と頭を振った。

「なぁによぉ、カンケーないでしょお?」

「喧しい、女!さっさと失せろ!」

 その気迫たるや、ミルハルが一瞬膨れ上がったようだった。女は唇を一文字に引き結ぶと、突如ぱっとシュルールを放し、猿のように走り去っていった。最初のふらふらした足取りが嘘みたいに、機敏な動きだった。

「お気遣いどーも」シュルールは言った。「自分でもどうにか出来たけどな」そう言って、掌でナイフをキャッチする。

「その場合、ここでどっちかが死んでたろ」

 ミルハルは言った。

「一番穏便に済ませたつもりだが」

「変んないっスね、あんたは」

 シュルールは微笑んだ。遠くではさっきの女が喚いていた。

『苛められた!苛められた!』

「ひどい言い種だ。ひとの目ん玉に毒針突き刺そうとしといて」

「だが、お前だってヤクを売ろうとしてたろう?」

「それくらいいいでしょう。嫌なら買わなきゃいいんだ」

 シュルールは平然と言うと、眉を上げた。

「で?」

「ここじゃあな」

 ミルハルは首を振った。

「場所を変えよう。夜なら?」

「そんな時間まで待つこたないぜ、ミルハル」

 シュルールはいたずらっぽく笑うと、見世の入り口に向かって大きく叫んだ。

「ズェズェウさァん!」

 それを聞いてか、三秒後。見世の奥から一人の男がのっそりと顔を出した。腹の出た老人だったが、実際のところまだ三十を越したばかりだとシュルールは知っていた。

「シュルール、なんか騒いでたな?どうした」

「俺、この仕事やめまァす!お世話になりましたァ!」

 シュルールはひらひらと手を振り、駆け出した。後ろでは呆然としたズェズェウがシュルールの後ろ姿を見つめていた。

 

 ◇◆

 

 二人は路地裏にいた。洗濯物を干している老婆が疑わしそうに二人を見、そして欠伸をした。

「こっちだ」

 シュルールはそう言うと、砂溜まりを跨ぎ越えた。その後ろには、崩れかけた石造りの家があった。灰色の壁には黒いタールのようなものがこびりついていた。

「借りてんだ、一日五〇〇」 

 金属製のドアは錆びきっていて、ひどく軋んだ。床には砂が入り込んでいて、シュルールはそれらを腹立たしげに蹴散らした。

 中ではずんぐりした老人が黄色の布にくるまって座っていた。傍らには冷えきったキセルが転がっていて、老人はピクリとも動かなかった。

「死んでるのか?」

「生きてるよ。……そう信じてる」

 臭いは死体同然だけど、と呟いてシュルールは二階へ上がった。ミルハルもその後に続いた。ふと目をやると、黄色の老人は皺の奥の奥から鷹のような金色の目で二人を追っていた。

 二階には扉が三つあった。それぞれ違う人間が住んでいるらしい。ひとつはなにか毒々しい色の液体に汚れ、もうひとつは無数の刀傷のようなもので埋め尽くされていた。

 一番奥の扉は最悪だった。扉の前の廊下は黒く煤けていて、何かの模様が焼き付いていた。ミルハルは肩を竦めた。三人分はありそうだ。

 改造されたドアノブは髑髏の形に彫り上げられていた。シュルールはそっとそれを握り、左右に二回ずつリズムをつけて捻ってからおもいッきり扉を開けた。

「前の住人が被害妄想の魔術師で」シュルールは言った。「これをやらないと燃やされるんだ」

 部屋のなかは結構清潔だったが、やはり前の住人が残したらしきもので囲まれていた。ベッドサイドの壁には血のような文字で、“クリムゾン・スフィア”と印されていた。

「上着は適当に掛けてくださいよ。窓には近づかない方がいい」シュルールは顔を歪めた。「うるさいから」

 ミルハルは窓を眺めながらベッドに腰かけた。哀れな古ベッドは今にも壊れそうなほど沈み込み、床の寸前で止まった。

「ここで寝てるのか?」

「いや、その変な文字の下じゃ寝る気にはなれなくて」

 シュルールは戸棚から水を取りだし、ミルハルの前のローテーブルに置いた。

「それで、用件は?」

「お前の仕事先の伝手を借りたい」

 ミルハルはその水を持ち上げ、躊躇いがちに口をつけた。

「……ブラウラウにいた筈だ。少なくとも、俺はそう聞いた」

「結構前の話ですよ」

 シュルールは頭をかいた。

「あんたも思ってるでしょうが、俺の性分はどうも忠誠って感じじゃなくてね。あの“敵”に部隊がぐちゃぐちゃにされた時、逃げる奴らと反対方向に走ったんだ。そのまんまトンズラこいてやった」

 シュルールは誤魔化すように笑った。

「なんせ、目に見えない敵が空を飛んで襲ってくるんだ、何匹か。多分デカい。そんなのに義理堅く立ち向かうほど、俺は人間が出来てない」

「それは別にいい。なら、ブラウラウのとこを抜けたのは一月くらい前だな?」

「ええ。その後はまぁ、<砂蛇(サーク)>とか<鉄の遊牧民(アイアンキング)>にいたりもして、ただどこもドンパチの末にやられちゃって。<ブラウラウ軍>の差し金でね」

 シュルールは水を飲んだ。その目がキラリと光った。

「あいつらが本格的に統一に乗り出したってのは知ってます?」

 シュルールはどこか他人事を面白がるように言った。

「ここらの武装勢力はみんなヤられるか従うか、外部の飛行機乗りまで雇ってね。ま、面倒なんで俺はあんなヤク売りの小間使いなんかをやってたってわけで」

「聞きたいのはそこだ、シュルール」

 ミルハルは言った。

「……今は<サンフォーリング革新戦線>だったな?アレに最近までいたお前なら分かるだろ、なぜこんな強行策を採れてるのか」

「強行策?」

「アルハールの愚連隊は昔から頭ひとつ抜けてた」

 ミルハルは続けた。

「頭ひとつだ。サンフォーリングの統一なんて出来るような力は無かった。第一、正体不明の“敵”に壊滅させられた後にあれだけの戦力をほいほい整えられるってのが無理なんだよ。どっから湧いたんだ?【ガイスト】も安くないだろ、武器やら食料やらを揃えるのにごまんとカネが要る筈だ」

 シュルールは黙っていた。ミルハルは鋭く言った。

「目端のきくお前なら知ってるんじゃないか?アルハールの自信の根拠も」

「直接訊きゃあいい」シュルールも見つめ返した。「あんたの兄貴でしょう、家族水入らずで」

「訊いたよ。当然答えちゃくれなかったがな」

「なら、俺に言えることはないッスよ」

 シュルールは身じろぎをした。腰の下で安物の椅子が鳴った。

「俺は下っ端だ。どこでもそう。下っ端で知れることにゃ限りがある、それもどこでもそう。軍事機密なんてとてもとても」

「軍事機密か?俺がサンフォーリングを出たときは不良どもの集まりでしかなかったさ」

 ミルハルは噛み潰すように言った。

「別に出典やら根拠やらを示せッてんじゃない、適当でいい。なにかないか?カネの動きは完全に隠しきれるもんじゃないだろ」

 シュルールは考え込んだ。ミルハルもそれっきり沈黙し、身体に血を巡らせるように立ち上がった。

 しばらくして、シュルールは呟いた。

「そういやぁ……」

 ミルハルは黙って眉を動かし、先を促した。シュルールはしかめ面で続けた。

「……これまた結構前なんで、あんまり覚えてはないんですけどね。確か、変な商人が来てたんだよな」

「変、とは?」

「時間ですよ。隊商が寄る時間はだいたい決まって朝方なんだが、そいつらは昼過ぎに来たんで、気になってね。護衛の依頼ってわけでもなさそうで、なにか積み込んで帰ってったんですが」

 シュルールは額を叩いた。

「そう、思い出してきた。こっそり覗いてみたら、男が三人くらいで。格好はドライフ人だったな。そんで、そいつらだけでまた西へ行ってね」

「買い付けに来たのか?」

「そうですよ、やり取りは向こうに荷物が行ってたんだから。そんで、そう、目を使ってみたら」

 シュルールの瞼は、反芻するように瞬きを繰り返していた。

「そいつら、【薬剤師(ファーマシスト)】と【錬金術師(アルケミスト)】だったんですよ」

「何?」

 ミルハルは眉をひそめた。シュルールはがばりと頭を上げた。

「変でしょ!?普通、遺跡のガラクタを引き取るのにそんなやつら来ないですよ、【技師(エンジニア)】とか【鑑定士(アプレイザー)】ならともかく。それでなんとなく記憶に残ってたんだ」

「薬剤師……錬金術師……そんな奴らが買うものがここに?」

 ミルハルは呟いた。シュルールは勢いづいたように、また話し始めた。

「あ、それとは別の話なんだが、ブラ……<革新戦線>にはなんか隠し球がありそうですよ」

 隠し球。それを言うとき、シュルールの唇は楽しそうに踊った。

「サンフォーリングの遺跡から何か掘り出したらしい。兵器か技術か情報か。なんにせよ、あんたの兄貴はかなりそれにご執心みたいだ。多少無茶しても勝ちに持っていける力なんでしょうね」

「……だが、今さらそんなものが残ってるか?採掘なら後のないやつらが散々掘り返しただろう」

「まぁ、大きなものじゃないっすね。設計図とか?大したものを造ってる感じも見当たらなかったが」

 シュルールは肩を竦めた。ミルハルとそっくりな動作だった。

「これで言えることは全部かな。俺にしちゃ、物覚えのいい方だろ」

「あぁ、参考になった」

 ミルハルは考え込みながら、ゆっくりと歩いた。考え事をするときのクセなのだ。

(さて、何を掘り出した?ここは昔からハズレの<遺跡>だ。……むしろ今まで何も出てこなかったからこそ、今になって出土したか?だが、新しく遺構が出てきたなら隠し通せる筈がない、となると小規模なもの、それでいてあの自信に繋がるもの……)

 だが、そこでミルハルの思索は中断された。彼の足が窓際まであと一歩という距離まで近づいたからだ。

 窓枠がぶるりと震えた。

『こ、殺し屋だァァァァァ!殺し屋だァァァァァ!』

「チクショー、また始まった」

 シュルールは舌打ちした。防犯の呪いを掛けられた窓枠は、野太い男の声でがなっていた。近所五十メテル四方に響き渡っていそうだ。

『殺し屋だァァァァァ!殺し屋が来たぞォォォォ!』

 そして突如、隣の部屋から薄めの石壁を貫いて、長剣の刃がギラリと顔を出した。隣室の扉の傷はこれか、とミルハルは得心した。

『殺し屋だァァァァァ!』

「すまん、シュルール」

「いや、誰も悪くない。悪いのは前のやつだ」

 シュルールはうんざりしたように呟いた。壁から生えた剣はいまや、三本に増えていた。一本目をゆっくり掌で押し戻しながら、ミルハルは言った。

「……隣人がこうじゃあ、被害妄想も仕方ないな」

「そりゃお互い様ですよ。どのみち、この辺の連中は文字通り世界一イカれてるんだ」

 吠える窓枠が発火し始めたのを見ながら、シュルールは心の底から、ため息をついた。

 

 To be continued

 

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