鮮血のエンブリヲン   作:Mk.Z

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第十九話 In Bloom/花開く砲火

 □■リェコ近郊

 

 ずっしりと空を塞ぐ空中戦艦を取り囲んで、サンフォーリングの彼らはズラリと砲門を向けていた。距離を十分に取り、回避のできるよう隙間のある陣形だった。どのみち、包囲網など容易く飛び越えられると知っていた。

「うちの部隊は貸せませんな」

 そう笑いながら言うアリブに、ウスフは顔をしかめた。

「逆らう気か?」

「逆らうもなにも」アリブはへらへらと言った。「うちの<ファラクの鷹>はブラウラウと提携したんでして。<砂蛇(サーク)>の手下になり下がった覚えはないわけで」

 ウスフはこの、アリブという男の慇懃さが嫌いだった。丁寧なのは言葉尻だけだ。態度の方はまるっきり友好的とは言い難かった。

「その他ならぬブラウラウ将軍が」ウスフは辛抱強く言った。「お前んとこの部隊は俺の指揮下で使えと言ってるんだ。別に手下とかどうだっていい、ただ足を引っ張るな。いいな?」

 そう言うのを聞きながら、間抜けな顔で首をかしげる男に、ウスフは歯噛みした。絶対にわざとやっているのだ。

「……チッ!」

 ウスフは懐から少なくない金を掴み出すと、アリブに渡した。アリブはそれをとんでもなくゆっくりと受け取ると、満面の笑みを浮かべた。

「では、うちのものは預けますよ」

 アリブが嫌みな歩き方でゆっくり退出するのを見ながら、ウスフは毒づいた。

「強突張りの商人気どりめ」

「敵艦、砲門らしきものを開きました」

 その時、観測兵が伝達した。

「いよいよか……急くなよ」

 ウスフは呟いた。

「今回は端からむこうさんもやる気だ。回避に撤しろ。手数を減らすことが一番不味い」

『了解!』

「よし。なら、撃ち方始め」

 【ガイスト】たちは、次々と砲弾を浮遊戦艦に向けて放った。歪んだ空間はそれを受け止め、少し揺らいで障壁を解除した。その内側で、チカッと微かな光が動いた。

「回避!」

 戦車たちが砂塵を蹴飛ばして走り出す。次の瞬間、その場所は火の海になった。

 だが、その軌道を逆に辿って、砲弾が飛んでいく。撃ち込んだ敵艦の側にも火の手がパッと上がった。

「さて、どう出る?」

 無敵の盾を持っていても、自分達が発砲するときにはそれを外さざるを得ない。エルディンたちからの情報だ。その隙を突けば、手は届く。

 敵艦の選択肢は3つ。ひとつは、無敵の領域内部に閉じ籠ることだ。だが、そんな方策は長く続くまい。常に空間干渉を展開し続けていれば遠からずエネルギーが尽きるだろう。

 逃げる、という可能性もある。それをするならサンフォーリングの勝ちの内だ。肩透かしだが、悪くはないだろう。

 そして、三つ目の選択肢は言うまでもない。

 戦艦は少しだけ沈黙していたが、やがてゆっくりと空を進み始めた。唸るような音が響き、第二波がやって来る。

「……なるほどな」

 ウスフは頷いた。

 無敵の盾など、なくてもともと。装甲で受けることも織り込み済みの選択肢なのだろう。それなら、無敵の盾は文字通り盾として使えばいい。

 炎は単に、こちらの弾薬が燃えたに過ぎなかったらしい。敵艦の装甲は煤けたのみで、傷は軽微なものだった。考えれば、もともと戦艦とはそう言うものだろう。

「なんだ、冷静じゃねえかよ。やりづらい相手だぜ」

 強力この上無い防御能力を持っていながら手札のひとつとしてのぼせ上がることなくそれを使えるのは、いい艦長がいる証だ、とウスフは歯噛みした。

「凡愚なら穴を見つけられた時点で慌てる筈だったんだが。しょうがねぇな」

「ボス!総隊長から伝達です、砲撃を続けろと」

「今さらか?……あぁ、やっとのお出ましか」 

 三つの航跡が空へと昇るのを、ウスフは眺めていた。

「<プレアデス>……遅いんだよ」

『それはすまないね?』

 通信越しの声に、ウスフは飛び上がった。

『援護を頼むよ。敵艦へのアタックはこちらが担当する』

 エルディンがそう言うと、三機は見事なマニューバで機体を翻しながら敵艦に接近した。ウスフは呟いた。

「チクショー、通信繋がってたのかよ」

「敵艦、高度を下げました!高熱源反応、来ます!」

 遠雷のような音がして、十文字の光が見えた。砂と石が吹き上げられ、大気を汚した。

「【スモークディスチャージャー】解放(リリース)!」 

 時を同じくして、純白の煙幕が戦車部隊を覆うように吐き出される。その内部から、無数の砲弾が空間固定に突き刺さった。

 戦艦は再び、砲口を広げた。さっきまでとは違う花弁のようなそれは、ぐりぐりと蠢き、狙いすまして不可視のビームを照射した。

「Eセンサーに反応!大気中の電離濃度が異常に活性化しています!」

「それって……」

 そして、花弁が閉じた。その端が発光し、紫色を帯びる。紫電が膨らみ、大気を割いて、いかずちが戦車部隊の陣形の真ん中へと突き立った。

「雷撃です!この距離で!?」

「陣形を更に広域に変更!限界射程ギリギリまで下がらせろ!」

 ウスフは叫びながら、狼狽していた。揺れる座席に掴まりながら、思考を回す。

(煙幕を張られた上で、制御に難のある雷撃を長距離狙撃に使うたぁ……!)

「なんかおかしいぞ、あいつ!普通じゃねえ探知能力を積んでやがる!」

 

 ◆

 

 <プレアデス>もまた、驚愕していた。敵の武装の多彩さに。まるでビックリ箱だ。

『前方、大きな波がある、その向こうにも!』

 <調装機>の窒素分子を捉える翼は、気流ではないものに大きく揺れた。ゾルが叫んだ。

『あの雷撃だ!あれの誘導用のビームが大気を電離してる!フライトユニットの揚力が不調に……』

「乗りこなせ!」

 エルディンはそう言うと、フライトユニットの反発力を最大まで上げた。反応光が濃くなり、【エレクトラ】が一気に上昇する。

 ()()()を飛び越えると、太陽を背に、【エレクトラ】は狙撃銃を構えた。

「徹甲弾、撃つ!」

 雷撃のため開いた障壁の間隙へ、超音速の弾丸は飛び込んだ。ほどなくして、装甲の内側から炎が上がる。

『やりぃ!さっすがリーダー!』

 初めての有効打にゾルは歓声を上げたが、エルディンは仏頂面だった。

 戦艦の右舷で、鉄の花弁が開いていた。その中でターレットのようになった部品が回転し、三つのレンズが発熱する。緋色のビームが【エレクトラ】めがけて照射された。

「レーザー……」

 そして、ビームが屈折した。

「……ではないな!」

 即座、【エレクトラ】は超音速へ加速した。エンジンが絶叫し、スラスターは炎を吹き、背部では赤橙色の光が尾を引いていた。青空の真ん中で、機体は軋んでいた。

 チャフを撒き散らしながら、エルディンは左舷へ舵を切った。青白い燐光が揺らぎ、機体が旋回する。高度がぐん、と上がった。

 一瞬遅れて緋色のビームも屈折したのを見て、エルディンは舌打ちした。気圧計は800を切っていた。

 二度、三度、四度目の急旋回で、緋色の光は背後をすり抜けていった。追尾機能の限界らしい。上下左右に振り回した機体を労りながら、エルディンはゆっくりと高度を下げた。

「どうにか躱せたか?」

 そんなことを呟いて、エルディンは即座に後悔した。【エレクトラ】のモニターには、新たな屈折ビームの先端が六本、捕捉されていた。

 一方、ゾルとコロリョフもまた標的だった。炸裂する焔と雷撃が走り、屈折ビームが後を追いかけ、単純な砲弾が飛ぶ。それらを掻い潜って機体を操りながら、ゾルは叫んだ。

『埒が明かない!着艦して近接戦闘を仕掛ける!』

 言うや否や、【アルシオーネ】は変形した。シルエットが広がり、爪が延びる。それを振り回しながら、射線の隙間へと【アルシオーネ】は飛び込んだ。右脚部を爆撃が掠め、機体がぐらついたのを立て直しながら、ゾルはどうにか戦艦の砲門に着陸した。

『吹っ飛べ!』

 爪先のアンカーを展開すると同時に、胸部のキャノン砲を撃つ。至近で放たれた砲は、戦艦の砲門に飛び込むと、内部をぐちゃぐちゃにしながら爆発した。ゾルは高らかに笑った。

『このまま、ブリッジを制圧する!』

 鈍色の爪を唸らせ、【アルシオーネ】はスラスターを噴射した。圧縮窒素が撒き散らされ、背後の焼夷弾の火がふっと消えた。

 だが、両腕の爪は、振り上げられてすぐに止まった。いつの間にか、【アルシオーネ】の機体にワイヤーのようなものが巻き付いていたからだ。

『これは……艦の装甲の下からッ!』

 【アルシオーネ】は両腕を振り回し、ワイヤーを切断しようとした。火花を散らして金属同士がぶつかり合い、甲高い音と共にワイヤーの破片が飛び散った。

 噴煙を上げて、【アルシオーネ】は離脱した。足元では褐色のワイヤーが虫みたいに蠢いていた。ゾルは呻いた。

『気持ち悪……』

『ゾル、退いてろ!』

 コロリョフが叫ぶのが聞こえ、慌てて【アルシオーネ】は変形して上昇した。コロリョフは呟いた。

「喰らってみろ……《全弾解放爆撃(ゼロエル)》」

 【タイゲート】の装甲はボロボロとパージされ、それと共に、<エンブリオ>内部に蓄えられていた何百発というミサイルが雲のように戦艦へと突撃した。

 一発でも十分以上の火力の塊が、雨あられと装甲へ着弾した。さっきの砲口の残骸すらも消し飛ばして、高熱と衝撃が戦艦を抉った。だが、コロリョフは舌打ちをした。

『誘われてたか』

 枯れ葉のように、戦艦の装甲が剥がれ落ちた。その内側には、空間干渉の壁がピンポイントで張られていた。

 新しい装甲が新芽のように膨らみ、出現しているのが【タイゲート】のモニターに映っていた。ご丁寧に、破壊された筈の砲門もだ。

『クソが!』

 【タイゲート】が変形し、飛翔する。その紅い軌跡を、戦艦の砲火の数々が追いかけていった。

 

 ◇◆◇

 

 ■【浮遊航行艦 エンブリヲン】・工房

 

 優美な屋敷とは違い、そこは鉄の色に満ちていた。空気も冷たく、高空の寒さが染み込んでいた。

 鋼鉄の壁と、金網仕立ての床には大小様々なケーブルが這い、作業台や製図机の上はガラクタのようなもので散らかっていた。

 そして、チャールズは自らの仕事の出来映えに満足していた。

「ま、こんなもんでしょ。じゃ、補充はよろしくね」

『イエス・サー』

 ヴァネッサのTYPE:ワールド・アドバンス、【黒姿無双 ゲヘナ】によって操られた人形たちは、チャールズの前に並べられた“種”のようなものを拾い上げると、次の命令を待つように静止した。チャールズはため息をついた。

「あー、B3のハッチにそれを入れてきて」

『イエス・サー』

 どうも柔軟性に欠ける。チャールズはそう思った。

 黒ずくめのスーツに身を包んだ青白い肌の彼らは、そうと思って見なければ人間と見分けがつかなかったが、元は等身大の精巧な人形だ。それにゲヘナのオーラを注ぎ込むことによって動かされている。

 しかし、ヴァネッサのゲヘナの力はあくまでも“憑依”だ。ヴァネッサ自身の思念で直接操るのが本来の使い方であり、自立行動に込められる命令はとても単純なものになる。

 今なら、『言われたことをやる』という命令が込められているだろう。それも、細かく指示してやらなければ容易くミスをするし、最後まで動かないこともある。使いにくい手下だ、とチャールズは顔をしかめた。ガードナー複合じゃないんだから。

「それはなに?」

 ふと、後ろから声をかけられてチャールズは振り向いた。

「クラリス?珍しいなぁ、俺の工房に来るなんて」

「呼ばれたから来たのよ、クラリッサが」

「そうよ、わたしが呼ばれたの」

「いつも通り、二人で?まぁ、いいけどさ」 

 チャールズは朗らかに言った。

「【装甲蔓(パルテノキサス)】の補充だよ。結構減りそうだからさ、ストックを放出したんだ」

 工房の中には、沢山の植木鉢が置いてある一角があった。チャールズはじょうろを持ち上げると、()()で満たされたそれらへ()()()を注ぎ入れて回った。

「この辺はまだまだ育たない。使えるストックはあれで全部だろうね。ま、ジェスイットがあれば減りは少ないけど」

「あれば?」

「ない場合があるみたいに言うのね」

「可能性はゼロじゃないって心持ちは大事だぜ?」

 チャールズは言った。

「実際、死角はあるよ。クラリス、ピクシスはどう言ってる?」

「……遠くに沢山。あと、近くに三つ」

 クラリスは掌を見つめて言った。その瞳には、キラキラと光る目盛りが映っていた。

 TYPE:エンジェルアドバンス、【理針盤 ピクシス】。その力はあらゆるものを捕捉し、追跡できる。

 エンブリヲンの中枢に組み込まれて情報を供給しながら、ピクシスは自分の主へもその情報を開示していた。サンフォーリングの戦車部隊も捕捉の内だ。どんな煙幕も、役に立たない。

「その遠くの沢山も、積み重なれば脅威だよ。ていうか、数が多いし。『雫が集まると雨あられ』って言うだろ」

 チャールズはまた、じょうろから機械油を注いだ。黒くて粘っこいそれは、植木鉢の下から浸み出して床を汚した。

「エドワードのジェスイットならだいたい全部防げる。取りこぼしは俺の【装甲蔓】が防ぐ。あの素早い三機はどうにもならないから、直接対処する」

 植木鉢のひとつから、金属製の植物がみるみる膨らんで飛び出した。一見柔らかそうなのに、床とぶつかったときの音は金属製の甲高い音だ。銀色の丸っこいそれがふと、逆に縮み始め、みるみるうちに掌大の三つの種になった。チャールズはそれを床から拾い上げると、クラリッサへ差し出した。

「と、言うわけで、《塗装》をお願いできる?」

「いいわよ」

 クラリッサは両手を伸ばし、愛らしく瞬きをした。

 次の瞬間、左手から溢れ出した粘性のあるペンキがそれを覆いつくし、ペロリと飲み込んだ。イーリスだ。

 チャールズは満足げに頷いた。

「いいね。きっといい花が咲く」 

 チャールズは側にいた最後の“人形”にそれを持たせると、双子を振り返った。

「あれは【誘導花(ヘリヤンサス)】って名付けた新種でね?対象を視覚で認識して追いかけるミサイルなんだ。航続距離はざっと百キロメートルは行く計算で、それに光学迷彩を掛ければそれはもう最強の……」

「……お兄様、本当に捕まえるの?」

「……本当に?」

 双子の問いに、チャールズは首をかしげた。

「俺がやりたくないことをしないのは知ってるだろ?やりたいことを我慢しないのも。あれは欲しいんだ、鹵獲して解析したらきっと新種が作れる!イヤッホー!」

 話している途中で止まらなくなったらしい、チャールズは飛び上がるようにして、無心で製図机の図面に向かい始めた。双子はため息をついた。

「【飛翔花(ストレリチア)】があるじゃない」

「わたしはあれが好きだわ」

「俺も好きだよ。……あ、そうだ、今度また触らせてね、メンテナンスしたいから」

 チャールズはそう言うと、窓の外を見た。透過装甲(パルテノキサス・リンピドゥス)の向こうには、砲火と死のダンスを踊る三機が見えていた。

 

 ◇◆◇

 

 【浮遊航行艦 エンブリヲン】動力室

 

 無数のパイプはうねり、ひとつところへと向かっていた。無骨な床をカンカンと踏んで、ウィリアム・ファイアローズは自分の<エンブリオ>のもとへと足を進めた。

 天井は低かった。パイプに埋め尽くされていたからだ。艦のすべての動力がここから供給されている。ちろちろと紅く見えてくる光は、心臓の鼓動みたいだった。

 ウィリアムは通算三つ目のドアを開けた。

「ここにいたのか」

「あなた」

 振り向くパトリシアの肩を抱きながら、ウィリアムはその前にあるものを見下ろした。

 熔鉱炉が明々と燃えていた。分厚い金属で造られた丸い淵に、なみなみと赤熱する液体が湛えられている。艦の隅々から伸びてきたパイプが餌を欲しがる雛のように炉へと食らいついていた。

「ご用事?」

「あぁ、足しておこうと思ってね」

 ウィリアムは懐から拳くらいの神話級金属(ヒヒイロカネ)を掴み出すと、熔鉱炉に放った。

 真っ赤に燃えているのに、その熱は全く伝わってこなかった。熔鉱炉は小さく音を立てて金属塊を呑むと、少し焔を強くした。

「プロメテウスの変換能力なら、これだけでもかなり保つとも。むしろ多いくらいさ」

「いつ見ても綺麗よ、この紅は。それにあの緋色も」

「いつも通り、人を雇って造らせたものだ」

 ウィリアムはまるで少女に自慢する少年のように、幼い表情で言った。

「幾つかの面倒な手順と、十分な資金があれば、わたしの経済力をこの世界に持ち込むことは難しくない。君たちのためにわたしは全力を注ぐよ」

「気障ね」

「君だって、家族を()()()()()()()()

「わたしのヴィマナは浮かせるだけよ。そこから先は一切関与しない……自由にやればいいわ」

「望めばいい。君の望みは?」

「いいのよ、家族皆が幸せに過ごしていれば」

 パトリシアは笑った。ウィリアムもまた、少し哀しげに微笑んでから、満面の笑みを浮かべた。

「この屋敷の王として、わたしは敵を討たねばならない。王妃である君は隠れていてくれ。使用人たちも連れて、カルディナの別邸にいればいい」

「従いますわ」 

 高貴な仕草で、パトリシアはスカートを持ち上げると、ゆっくりとウィリアムの手を握りながら、もう片方の手でドアノブを回した。ウィリアムの手が離れるとき、小さな宝石がパトリシアの手に残っていた。

「では、《また直ぐに(ヴィマナ)》」

 ドアの向こうは、さっきまでのパイプがうねる通路ではなく、木漏れ日の差し込む邸宅の廊下だった。柔らかな絨毯を踏みながら、パトリシアは小さく手を振り、扉を閉めた。

 小さく、蝶番の音がした。扉の上の小窓から、ウィリアムは向こう側を覗いた。

 そこは相変わらず、パイプのうねる狭い通路だった。艦の心臓へと続く動脈だった。ウィリアムはまた、熔鉱炉を眺める姿勢へと戻った。

 【焼却変転炉 プロメテウス】。

 【飛行基 ヴィマナ】。

 二つのアドバンスがこの艦を支えている。ウィリアムの《責務(プロメテウス)》はあらゆるものをエネルギーへと変換・供給し、パトリシアの《自由自在(マザーフロート)》はあらゆるものを積載して空へ浮かべる。この二つはエンブリヲンの根幹だった。二人が落ちるわけにはいかない。

「……そう、護らなければならない」

 ウィリアムはすこし考えていたが、やがて手持ちの全てを熔鉱炉に注ぎ始めた。

 リル硬貨。黄金の欠片。天竜の鱗。もう使わない剣や盾。魔法の込められた【ジェム】。プロメテウスは文句も言わずそれら全てを呑み込むと、咀嚼し吸収する作業に取りかかった。炉の震える音が聞こえる。

「全て喰らって、力に変えてくれ。わたしの半身よ」

 ウィリアムは後ろ手に扉を閉め、鍵を掛けた。かちゃり、と鳴った小さな音は、炉の運転する音にかき消されていった。

 

 To be continued

 

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