鮮血のエンブリヲン   作:Mk.Z

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第二十一話 Wasting Light/おひさま

 □■二重都市サンフォーリング

 

 先々期文明の旧サンフォーリングが建造した都市塔は、根の部分だけでも小さな町に匹敵する面積を持つ。それは地下にも同等の広さで層を重ね、また上方に向けても先細りながら高度を積み上げていた。俯瞰すれば、頂点を西寄りにして、東へとなだらかに下っていくのが分かるだろう。

 層のひとつひとつは小規模都市としての機能を持ち、居住区や工廠の痕跡も散見される。層の間の移動には昇降機などが用いられていたようだが、現在ではそれらの全てが動力と動作機構を損失していた。

 

 地上から約一二〇〇メテル。第九十九層において、塔は急激に細くなる。断面積は真円に近づき、中央部を垂直に貫くメイン・シャフトを取り囲む管のような構造になっていた。外縁には七本のサブ・シャフトと荒廃した施設があり、交通経路とステーションの痕跡だと推測されている。

 遺跡の様相も変わっていた。知識人階級の領域や研究機関などが置かれていたと思われ、動力系と制御系の密度が大幅に上昇する。セキュリティも堅牢で、現在でも閉じたままの部屋がいくつも遺されていた。塔を構成する材質もより高度な技術で精錬されたセラミック様の物質になり、色は黒から濃紺へと変化していた。

 

 だが、この上層以上へ来られるものは多くない。

 九十八層以下、中層においても崩落は激しく、大塔南東部には巨大な裂け目が開いている。高空の風は強力に吹き付け、年々、都市塔を風化で削り取っていた。あと一〇〇年もせずに、サンフォーリングの塔は倒壊するだろう。

 上層では、事態がさらに深刻だった。

 層間移動システムは既に残っていない。厳冬山脈から流れ込む寒気のため、上空の気温は低く、乾燥していた。数ある開口部から注ぐ強風が複雑な気流を作り出している。滞在するだけでも重装備が必要になる場所で、崩落と滑落を躱しながら上へと進めるものは少ない。百年前の盗掘者たちでさえ、推測されるリターンの乏しさから、踏破を諦めていた。

 現在のブラウラウたちは塔の中層以下に(きざはし)を刻むことで本拠としているが、掌握率は三割にも満たない。上層に何があるのか、確かめたものはいない。

 

 下層からメイン・シャフトを見上げれば、空が見える。微かな光点でしかないそれは、この塔の最上部が空へ通じていることの証明だった。

 地上からの観測によれば、高度約二〇〇〇メテル、第二〇〇層にて、大塔は完全に崩壊し、恐らく最終層は喪われているとのことだった。その構造の痕跡は細かな破片となって、塔の周りに降り積もっていた。

 

 しかし、それほどの高さに至ってもなお、空と大気はまだ上へと続いている。

 

 ◇◆◇

 

 ■旧サンフォーリング都市塔・数十分前

 

「お疲れ様であります!」

 チャン曹長は、その声に身体を強ばらせた。

 目の前では、同じ<革新戦線>の兵士が厚着の男を連れて敬礼していた。砂漠の民だろう、ここいらの格好をしている。寒ざむしい通路には、その幾重にもなった布は似合わなかった。

「それは誰だ」 

「はっ!」

 兵士は敬礼を取り止めた。目深に被った帽子がふるふると揺れた。

「お客人です、施設を案内しております」

「……今やることか?“晴天作戦(オペレーション・ハロー)”がもうすぐ実行される。下っ端とは言え、配置につけよ」

「はっ!」

 チャンはそう言って、ふたりとすれ違った。その足がふと止まった。

「お前、どこの所属だ?」

 兵士は黙って振り返った。その胸に付けられた粗末な証を見て、チャンは頷いた。

第三分隊(新しい奴ら)か。なら無理もない。だが、終わったら指示を仰いで仕事にもどれよ」

 兵士は再び敬礼した。チャンはほくほく頷いて再び歩き始めた。イキのいい若いやつはこのへんでは貴重だ。ふと、黄河で追われる前に可愛がっていた若者の顔を思い出して、チャンはしばし感慨に耽った。

 我に返ったとき、先だってのふたりの足音は既に聞こえなくなっていた。

 

 ◆

 

 兵士に扮したシュルールのあとを、ミルハルは黙って歩いた。

「さっきのが最後だ。ここまでくればもう人は来ないッスよ」

 シュルールは黄河の書生みたいなやぼったい帽子を投げ棄てた。ミルハルは薄く笑った。

「似合ってたぞ」

「勘弁してくれよ。俺はああいう重たいのは嫌なんで」

 シュルールは肩をすくめて、話を切り換えた。

「うまいもんでしょうが、俺のやりかたは」

「あの記章は?」

「<ブラウラウ軍>に顔出してた時のやつ。堂々としてりゃいちいち確認なんかされねぇから。まぁ、確認しようもないんですが。入隊式があるわけでもないし」

 シュルールは角を曲がると、あたりに耳を澄ましながら言った。

「にしても、“晴天作戦”ってなんですかね?」

「お前も知らないのか?」

「知らない。また仰々しい作戦名付けてるだけかな……どうせ、空中戦艦相手の戦争の話でしょうよ」

 通路は次第に暗くなり、兵士たちがうるさくする音も遠くなっていた。なにか大きなものを動かす音が聞こえたが、それも角を曲がったとたんに弱くなって消えてしまった。

「引っ越しでもやってるのか?」

 シュルールはニヤリと笑うと、最後の角を曲がった。

「ここです」

 扉はなかった。本当は相応しいものがあったのだろうが、隔壁のシステムは二千年の時を経て壊れてしまい、入り口の中身をそのまま晒していたのだ。

 そこは、広い空間だった。かつての工廠の跡だろう、広々とした運搬用通路が外部まで真っ直ぐに伸びているのが見えた。

 黒い天井にも床にも、照明らしい白色の石が点々と埋め込まれていた。機械の残骸がそこかしこに転がっている。ミルハルは壁の文字を眺めた。

 『北邦ト号工廠……』と、掠れた文字は記していた。その先は崩落に埋まっていて読めない。

「俺がアレを見たのも、ここからでした。あのでかい……」シュルールは指差した。「……通路から、隊商のやつらが入ってきて、あっちの方へね」

「行ってみるか」

 ミルハルは警戒しながら歩き出した。通路を背に、工廠の奥へと。

 警報装置や見張りの類いはないようだった。鋼鉄の床には溝が切ってあったが、全てが砂に埋まっていた。鈍色の上に、金色がかった筋がいくつも延びるのが見えた。

「やたらと砂が多いな」

「ここは外に通じてるから、砂が入るんでしょう」

 シュルールは水筒の水を飲みながら言った。

「西からの風もある。正直言って埋まってないのは変すね」

「清掃したか。わざわざ」

 ミルハルは目を細めた。

「なにか使い道があるらしいな。よほど大事な」

 目の前にある、天井にまで迫るほどの貨物を見ながら、ミルハルが言った。

 その黄緑色のコンテナは、見上げるほどうずたかく積まれていた。ご丁寧にメーカーの印は全て消してあったが、それでもその細部の精密な印象からは、造ったのがサンフォーリングの付け焼き刃ではない、と分かる。

「ドライフか、カルディナか」

「多いなァ……」

 シュルールはコンテナの隙間を覗き込んだ。通路のようになっているそれは、碁盤の目のようにずっと奥まで続いていた。

「荷物置き場か?」

「なにを置くって言うんだ」

 ミルハルはコンテナをカンカン拳で叩いた。

「中身は詰まってるな。隊商から買ったものをここに置いてるのか?兵器ならもっと効率のいい積みかたがあるだろうに」

「違うっすよ」

 シュルールは首を振った。

「言ったっしょ、受け取ってたのはあっちだ。これは、サンフォーリングが売ってるものです」

「遺跡のガラクタなら、同じことだ。こうしてコンテナに入れとくってのは、つまり直ぐに出すからじゃないか」

 ミルハルはあたりを見回し、すぐに目当てのものを見つけたのだろう、小走りで倉庫の奥へと向かった。シュルールが後へ続いた。

「どうし……」

「これだ」

 ミルハルは立ち止まった。

 コンテナの列は終わっていた。代わりにあったのは、なにやら機械の塊だった。砂が入らないよう、シーリングが施してあるそれは、明らかに近代の技術で造られ、持ち込まれたものだ。

「ここで、だ。ここで造ってるんだよ、商品を。あれは原材料だろ」

 ミルハルは顔をしかめ、その機械を眺めた。シュルールは首をかしげた。

「何ですか、コレ」

「……なにかを抽出する装置か」

 ミルハルは機械を指差した。

「あれが原料を入れる口で」指が動く。「隣のもそうだ。その向かい側のやつは排気用のダクト。一番下に空いてるのが取り出し口だな。その横の窪みは……」

 ミルハルはずかずかとその取り出し口に近づくと、おもむろにカバーを掴み、ぐいと引いた。

 金属のカバーは重い音を立てて外れ、その内側からは白いカプセルのようなものがたくさん飛び出した。ミルハルはそのひとつを持ち上げると、無言でシュルールに差し出した。

 シュルールは瞬きをした。

 そこには、【cl-1246】と、角張った文字で印字されていた。

「これは?」

「ヤクだ。最下級のな」

 ミルハルは吐き捨てるように言い、コンテナへ向かった。

「一度使えばまず間違いなく廃人だ。効き目は素晴らしいらしい、俺の知ってるやつはみんな永遠に愉しそうだったよ。そうして、幻覚と多幸感に閉じ込められたまま現実に戻ってこれなくなる」

 ミルハルはコンテナの列の端で、半端に置かれていたものを見つけると、その蓋のロックを苦労して外した。

「……妄想の世界に生きられる薬だ。何より安価で、一時期はカルディナとドライフ、アルターにさえ流通があったほどらしい。今でもカルディナには相当量が出回ってるんじゃないか?あくまでもウラだがな」

 コンテナはゆっくりと開いた。ミルハルの声は震えていた。

「その元が、これだ」

 

 コンテナの内部には、ぎっしりと砂が詰まっていた。

 

「砂だ……まさか」

「ああ。そういうことだな」

 ミルハルは見るもおぞましいというふうに顔をそむけた。

「アルハールの資金源が分かった。あいつ、ここの砂を麻薬に変えて売ってやがったんだ、クソが!」

 コンテナの砂は相変わらず金色に輝いていた。シュルールはゆっくりその蓋を閉め、手を払った。ミルハルはまだ毒づいていた。

「精神の混濁。躁鬱。砂の特性だ、そりゃあ麻薬向きだろうさ!下種な真似を思いつくもんだ、あれほど俺たちが苦しんできたものを、カネに変えて!」

 ミルハルは力なく座り込んだ。

「最悪だ……最悪だよ。最悪の極みだ」

 絶句するシュルールの前で、ミルハルはしばらくそうしていた。いにしえの工廠は静かで、虚ろだった。

 ミルハルはため息をついた。その眼がふと遠くを見た。

「なぁ……兄さんよ」

「ああ。ご明察だな」

 その途端、物陰から音もなく次々と現れた数人の兵が、ばたばたと二人を包囲した。

 シュルールは戦慄した。どいつもこいつもブラウラウ将軍のお気に入り、親衛隊のような兵士たちだ。アルハール・ブラウラウ将軍ご本人も、重々しく歩みを進め、自身の弟を見た。 

 シュルールは焦って両手を掲げた。その顔は愛想笑いに歪んでいた。

「はなっから、バレてたのか?」

「わざと見せたんだろう。そうだな?兄さん」

「これまたご明察……」

 将軍は深く頷くと、ミルハルに問うた。

「それで?感想はあるかね」

「感想だと!」

 ミルハルはまた激昂した。

「あぁ、腐るほどあるぞ!なぜこんな真似をしたんだ!」

「なぜ?それが分からんのか?」

 将軍は鼻をならした。心底バカにした響きだった。

「必要だからだ。軍備、食糧、情報!リルなんぞいくらあっても足らん。それを得るためにこれを売ることの何が悪い?ん?」

「正気か、麻薬だぞ!」

「だからどうした?」

 ブラウラウ将軍は黄色い歯を剥き出して笑った。

「違法薬物だから、などと下らん御託を並べるのではあるまいな。ここを国家として認めていないのは、他ならぬ外の連中だ!存在しない国である我々、サンフォーリングが何を売ろうが勝手だろう?此処を法律の外に弾き出したのはやつらだ!」

 笑顔はやがて、獰猛な怒り顔へと変わった。

「砂!一リルにもならん汚染物質!それがカネに変わるんだ、やらない道理がない!どんな忌まわしい呪いであっても、それを祝福にすら転じさせてみせる、これはサンフォーリングの気骨なのだよ、現にこうして富に変わってゆくだろう!」

「だったらなんだ、そんなカネでやることも軍備増強だろうが!」

 ミルハルは吠えた。

「兄さんは昔からそうだな、力、力、力!スラム流でしか物事が解決できない!そんなもの、どんな災いを呼ぶか知れたものじゃない!恐れと脅威で何が出来る?排斥を悪化させるだけだ!」

「ならばどうする!」

 アルハール・ブラウラウはミルハルの胸ぐらを掴み上げた。

「どうする?この捨てられた町を!」

「人に忌まれぬ町にすればいい!」

 ミルハルもアルハールの腕を掴んだ。

「対話を繰り返し、平和な道で国交を樹立するのが正道だ!麻薬をばら蒔き、付け焼き刃の力で吠えることに何の意味がある、力はさらなる力を呼ぶだけだぞ!」

「対話!ハッ!軍事力を背景にした政治ゲームのことか?頭でっかちのお前の言いそうなことだ、机の上で国を救えるか!結局は、力がいるのだろうが!弱者の叫びなど、無為どころか悪にも等しいわ!」

 アルハールはミルハルを殴り付けた。その目が親衛隊に向いた。房飾りを貰った兵士たちは、無言で頷いた。

「……縛り上げて連れていけ!」

「お、おい、俺は無関係……!」

 ごねるシュルールと、歯を食い縛るミルハルを、兵士たちが後ろ手に戒める。その列の先頭を切って、将軍は歩き始めた。

 

 ◇◆◇

 

 二人が引き立てられてきたのは、牢ではなかった。

 司令部の体裁を整えた塔の内部、その一室だ。広大な空間に、<サンフォーリング革新戦線>が持ち込んだ機器がところせましと並べられ、床にはケーブルが数多伸びている。点々と立つ背の高い野営照明は、蟻のように動き回る兵士と技師を見下ろしていた。

 少し高くなった全体を俯瞰できる場所には、将軍の御座なのだろう、櫓のように囲いと座席が設けてあった。

 その足元に転がされ、ミルハルとシュルールは息を吐き出した。ミルハルが毒づいた。

「……もう、少し、丁重に扱って貰いたいな」

「黙ってろ」

 ブラウラウ将軍は冷たく言うと、部下からの伝達に耳を傾けた。

「……あぁ、全ては計画の通りに。いいな」

「はっ!サンフォーリングに栄光あれ!」

 部下は去っていった。ミルハルは皮肉っぽく言った。

「なんだ?新しい挨拶か?だせえぞ」

「お前よりはましさ。そのザマよりはな」

 将軍はそう言うと、椅子に腰かけ、眼下を見下ろした。

 壮観だった。兵士たちがせかせかと動きまわり、計画を実行していく様が。急ごしらえの司令部だが、悪くない。素晴らしい。

 将軍はいつまでも眺めていられる司令部の光景から目を離すと、ふと後ろを向いて問いかけた。

「……で、なんだ?」

「あは♪バレてました?」

 機材の後ろから白衣が歩み出る。アルベルト・シュタイナーは、大きなメガネを鼻の上で揺らしながら言った。

「なんだかお取り込み中、って感じだったので、静かにしてたんですよぉ。トラブルですか?」

「気にするな。そしてここから降りたまえ」

 ブラウラウ将軍の言葉にも、シュタイナーは怯まなかった。

「ざぁんねん、僕ってほら、あなたの部下じゃないのでぇ。命令には従いませんよお?」

 将軍はため息をついた。シュタイナーは意気揚々と続けた。

「で、聞きたいのはなにを企んでるか、なんですよねぇ。ゾンタークくんになにやらゴソゴソやらせて、何をやってたんですか?」

 シュタイナーはメガネを上げた。

「……秘密兵器。でしょう?分かりますよ」

 将軍はちらりとミルハルを見て、言った。

「良いだろう。すでに秘密でもない、直ぐに公然のものになるんだからな」

「おや♪それはそれは」

 将軍は懐から紙束を取り出し、シュタイナーに放った。シュタイナーはそれをおっかなびっくり受け取ると、表紙を眺めた。

「……これは」

「作戦概要だ。君らには渡してなかったな」

 『第一次晴天作戦(オペレーション・ハロー)』と、その書類には記されていた。シュタイナーはそれをパラパラと捲った。

「随分分厚いことで」

「附記資料もある。そちらの方が、君好みだろうな」

 言葉通り、シュタイナーは後ろにくっついていた附記の方に取りかかった。遠くでは通信士が叫んでいた。

『第一次接続、クリア!システム・オールグリーン』

 

 やがて、シュタイナーは息を飲んだ。その手から資料が落ち、シュタイナーの大きな目が将軍を見た。

「こ、これって……」

「あぁ。流石、理解が早いな」

 そう言うと、将軍はミルハルとシュルールに目を向け、また口を開いた。

「あの戦艦を倒すことは、正直に言おう、戦車部隊では不可能だ。<ファラクの鷹>の暗殺者たちや……気を悪くしないでくれ、<プレアデス>のことを計算に入れても、確実ではない。にも関わらず、私の態度は余裕そのものだった、そう思っているな?」

「……」

 ミルハルは黙って自信たっぷりの将軍を睨み付けた。シュタイナーはまだ呆けていた。

「……だが、それを可能にするあてはあった」

 将軍は苦労してかがみこむと、シュタイナーの落とした書類を拾った。パラパラと、その後ろの方をめくる。

「えー……附記5ページ。【メルトル】について」

「……フラグマンの遺産だ」

 シュタイナーは呟いた。

「僕のいたドライフにもいくつかあった。彼の技術の幾つかは、僕も解析して参考にした。恐ろしいほどのハイテクノロジーだよ」

「ここサンフォーリングにおいても、そのひとつが遺されていた」

 将軍は続けた。

「【メルトル】。意味は?」

 シュタイナーは学校で習った古典語の知識を探り、言った。

「“恒星(メルトル)”……」

「そうらしいな。【メルトル】は……決して尽きることのない魔力生成機関だ。かつてはサンフォーリングの都市機能、その動力中枢を担っていた。建造に際しては……データが残っていたな。『【炎王】旗下【紅蓮術師】二十六名、【魔術師】三十三名。《恒星》二回、《クリムゾン・スフィア》百六回の発動を種火(スターター)として、炉に火入れをした』と。ここはシュタイナー博士の補足を頂きたいね?」

「太陽だよ」

 シュタイナーは座り込んでいた。

「フラグマン……彼は、人工的に太陽を造ったんだ。制御できる範囲の、適切な規模で」

 シュタイナーは震えながら言った。

「あり得ない技術だ……基礎理論すら想像もつかない。大量の火属性魔術の熱を元手に、永遠に消えない灯をともしたんだよ。しかも、その火が途轍もない熱量なんだ。大量の熱エネルギーを発する小型の疑似太陽を封じた炉心、そこから変換した魔力で都市を支えるなんて……なぜ全部が吹き飛ばないのかさっぱり分からない」

「名工のなせる業かね?」

 将軍は平気そうに言った。

「とにかく、その【メルトル】は長らく都市に栄華をもたらした。痩せた土地を豊かにし、人々に恵みを与え続けた。潤沢なエネルギー供給により支えられた膨大な農耕プラントや都市機能は、この都市をまさに楽園に変えた」

 ミルハルは黙って聞いていた。将軍は滔々と続けた。

「が、ついにその蜜月も終わる。先々期文明の崩壊だ。戦乱の果てに、このサンフォーリングの都市はとある結論を下した」

 将軍は、心からの実感と共に頷いた。

「それは、【メルトル】の兵器転用。太陽のエネルギーをそのまま火砲へと変え、敵を討たんとする。素晴らしい考えだな、わたしでもそうしただろう」

 ミルハルは将軍を睨む視線を鋭くし、将軍はますます笑みを深くした。

「だが、問題がある。どんな兵器にする?単なる砲塔では、容易に破壊されうることが目に見えていた。エネルギーは潤沢にあるのだから、兵器としても究極を追求すべきだ。サンフォーリングの技術者たちは知恵を絞り、ついに答えに辿り着いた」

『第二次接続、クリア!』

 アナウンスが響いた。将軍は恍惚と言った。

「そう、それこそが、【真昼之星(ハロー)】……サンフォーリングの太陽だ」

 ミルハルはバカにしたように言った。

「……そんなものがか?どだい、どこにあると言うんだ。新しい遺構が見つかったなんて話はなかっただろう」

「あぁ、勿論!当たり前だ!太陽はどこにある?地面に埋まってると思うか?違うだろう。空にあるんだよ、空に!」

 将軍は天を指差して言った。アナウンスが叫んだ。

『最終接続、クリア!【真昼之星(ハロー)】発射体勢に移行します!』

 

 ◆◆◆

 

 ■静止衛星軌道・高度約35000キロメテル

 

 それは、二千年もの間、空にあった。

 かつて滅びを恐れた学者たちが、豊かな暮らしを捨ててまで力を求めた結果だった。平和のための贈り物だった核融合炉【メルトル】を軍事転用し、その潤沢なエネルギーを用いて地上を狙撃する、先々期文明の寵児。

 【真昼之星(ハロー)】と名付けられたそれの力は、主を失っても健在だった。冷えきっていた躯体に光と熱が走り、眠りが破られていく。

 始めに動いたのは、地上を向いた七本の槍の先端だった。次いで、最上層の基部に取り付けられたセンサー・パネルが翼を拡げた。

 中央に位置する黒々とした穴に、深紅の光が灯る。それはやがて、膨らみ、脈打ち、周囲を囲む槍のようなポールへ流れていった。

 

 二千年の昔、【炎王】によって注がれた炎は、今も燃えている。重水素と軽水素の混沌の中で原子核がぶつかり合い、核融合を起こし……陽子連鎖反応の果てに、凄まじい熱が炉心にて膨らんでいる。

 フラグマンには見限られた技術だった。わざわざ【炎王】を魔力切れで瀕死にしてまで造らねばならぬようなもの、後に出来上がる、死者のリソースを簒奪する新型の動力炉に比べればコストが大きすぎた。大仰な試作品だ。

 しかし、捧げたものの大きさは真実だった。一基あたりの出力でいえば、“動力炉”にも決してひけはとらない。その力は、二千年の時を経て、再び解き放たれようとしていた。

 

 サンフォーリング製、対“化身”決戦衛星兵器【真昼之星(ハロー)】は、地上から二千年前と同じコードで送信されてきた座標を確認した。打ち上げ施設であり、管制塔でもあった懐かしきサンフォーリングの“塔”は、今もその残骸を同じ場所に遺していた。

 記録されている地形データとはかなりの開きがあり、気象データベースも殆ど役に立たなくなっていたが、リアルタイムの演算で補正すれば狙撃は可能だ。

 目標は、浮遊する戦艦。高度は500メテルほど。センサー・パネルはしっかりとそれを捉えている。

 【真昼之星】の磁界フィールドは、ゆっくりと励起されていた。槍のようなフィールド発生器は照準を固定し、やがて、砲門の光が白色に変わった。内部では、プラズマの海が渦巻いていた。

 光が溢れた。

 大量のプラズマは砲身で加速され、即座に超高速で投射された。磁界フィールドにより偏向されたプラズマは、戦艦めがけて35000kmの距離を駆け抜け……炸裂した。

 

 To be continued

 

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