鮮血のエンブリヲン   作:Mk.Z

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第二十四話 Contingencia/崩壊する力

 ■■【浮遊航行艦 エンブリヲン】艦内

 

 プラズマの奔流が消えた後も、艦内は酷い有り様だった。

 艦橋にも火の手が上がり、贅を尽くした内装が灰になっていく。煙が流れ込み、ものの焼ける匂いが漂う。火花が散り、小規模な爆発が連続して艦を揺らしていた。

 エンブリヲンは前部を喪っていた。上層の艦橋周辺を境に、そこから前はすべて崩壊し、脱落していた。断面は黒煙を上げ、崩落を続けていた。

 パラス・アテナにより植えられた植物たちは、それを防ごうと根を這わせていたが、次の瞬間にはひゅうひゅうと音を立てて、瓦礫と共に地表へ降り注いでいった。

 通路の隔壁が次々と降りていた。それでも、艦体の半分を消し飛ばされてはなす術がなかった。ヴィマナも六割が剥離し損壊している。残った部分もその浮遊能力ゆえに沈んでこそいないが、走る亀裂は艦全体に崩落を広げていっていた。

「……お前たちは退艦しろ」

「お父様!」

「すぐにだ!」

 ウィリアムは血走った眼で言った。その顔には狂気があった。

「エドワード……あぁ、エドワード!何故だ!また、こんな……」

 蒼白な顔をひきつらせ、歯をがたがた噛み鳴らし、ウィリアム・ファイアローズは呟いた。

 ヴァネッサの人形たちは冷たくなって床に転がっていた。注がれていたゲヘナはずいぶん前に消えていた。

「それほどの事態か、ヴァネッサ……」

 死んだように静かな通信機を眺め、ウィリアムは呟いた。

 パトリシアは既に退避させた。チャールズとは繋がらない。通信機能は既にすべてがダウンしていた。

 ウィリアムは双子を見た。二人がここにいる意味は既にない。これ以上怖い思いをさせることはない。

「後部になら非常用のVTOLがあったはずだ……イアゴ」

「はい」

「ふたりに付け。恐らくエドワードは……チャールズはいまだ無事だが、これ以上家族を傷つけられるわけにはいかん、そんなことはさせん!断じて!」

「旦那様は?」

 使用人のイアゴは、双子のそばへ控えながら言った。ブリッジを後にするウィリアムは、背を向けて答えた。

「私は、あの敵どもを討つ」

 その左手では、紋章が光っていた。

 

 ◇◆◇

 

 □■二重都市サンフォーリング

 

「ふは、ひ、は!やった!やったぞ!」

 将軍は叫んだ。粘りつくような笑いかただった。

「見ろ!我らが太陽は強い!これこそが祝福だ!」 

『敵艦、大破した模様』

『四本腕は<プレアデス>と交戦中、“黒”と“白”もこの空域を離脱していきます』

『【真昼之星(ハロー)】、再度冷却フェーズに入りました』

 シュタイナーは画面を覗き込み、唸った。

「なんであの障壁が消えたんだろう?心当たり、あります?」

「大きな力には相応の副作用があるものだ。おおかた、展開時間に限界でも生じたのだろうよ」

 将軍は有頂天だった。

「ともあれ、これで我らが進軍は成った。国土、人民、そしてここに示された主権と、その守り人たる軍事力!二重都市サンフォーリングは砂上の楼閣ではないぞ!」

『おお!』

『おお!』

『サンフォーリングに栄光あれ!』

 司令部はどよめいた。

 その顔の殆どが、この都市では珍しい若人だ。二重都市に革命をもたらさんとするその意思の波に、将軍は恍惚とした表情を見せた。

都市国家連合(カルディナ)に見棄てられた我らが、ゴミのように黙殺されし我らが、決して力なき弱者ではないと、世界に教えてやるのだ!さぁ、出陣をしよう!剣を持ち、太陽に抱かれて、戦車に乗って南へと往こう!いざ北方の気高さを世に知らしめん、サンフォーリングの逆襲はここから始まるのだ!」

 その高らかな演説は、若人たちに拍手で迎えられた。文明も健康もなく、無知に眼を塞がれた彼らにとって、この太陽はまさに革命だった。その破壊力は、何かが変わる未来を予感させるのにこの上ない説得力を発揮していた。

 シュタイナーは、どよめきから一歩距離を置いてそれを眺めていた。そばには、縛り上げられた二人が無造作に転がされていた。

「……逆襲。強い言葉だ」

 シュタイナーはポツリと言った。

「君は不賛成なのかい?」

「俺は……」

 ミルハルは口ごもった。

「……俺とて、正解を知っているわけじゃない。だが、身に余るほどの力で、他人を脅かすことが正しいとはどうしても思えないだけだ」

「でも、勝ち負けはどこにでも在るんだよ」

 シュタイナーの声は、ひどく穏やかだった。

「人生は不平等だ。生まれではなく、生き方でさえね。恵まれたものが恵まれ続けるとは限らないし、全員がぬるま湯に浸かっているだけの世界はむしろ不健全だ。悲しいけどね。僕は、彼らの闘争を否定できはしないな」

 シュタイナーはミルハルにそう言うと、指令席を降りていった。ミルハルは、顔をしかめた。

「……だが、その勝ち負けの形だって選べるはずだろうに」

 荷物や機材が並んで手狭なその場所を、シュタイナーはすいすいと歩いていった。目線の先では、技師のラウルがシュタイナーを見つめていた。

「君は拍手しないの?」

 シュタイナーはラウルの肩を叩いた。

「カルディナを打ち負かせば、戦利品はある。君、知識と技術が欲しいんだろ」

「ええ。確かに」

 ラウルは頷いた。

「僕は機械をいじるのが好きでした。でも、ここではそれ以上がない。あなたみたいに、高等な教育を受けられるわけじゃない」

「だから、この軍に身を置いた……」

「でも夢は、叶いましたよ。こんなに凄い技術に触れられて、貴方と出会えもした。それは、この場所に生まれたからでしょう」

「駄目だよ満足しちゃァ。満足は完結だ。ヒトは不完全で不幸だから欲を持てる。完成してしまったら、そこで終わりだ」

 シュタイナーは唇を歪めて言った。

「僕は、いつかあの<マスター>たちだって越える。僕にはその頭脳があるんだからね」

「では、その天才にひとつ、質問です」

 ラウルは顔を引き締めて、機材のひとつを引っ張り出した。

「これです」

「これは……炉心周辺のリアルタイムデータかい?」

「ええ」

「……なるほどねぇ」

 シュタイナーは、技術者の顔になって言った。

「将軍どの、祝賀会は後回しかもしれませんよォ……炉心から供給されるはずのエネルギーレベルが、想定値の98%に留まってる」

『それがどうした?』

 将軍は耳敏く、拡声器越しに答えた。

『十分な数字に聞こえるが』

「ええ、まぁ、誤差の範囲内ってこともなくはないですけど、何せ二千年前の兵器だし……けど、僕はドライフ人ですからねぇ、先々期文明の技術は信頼してるんです。いろーんな意味で」

 シュタイナーはつかつかと観測兵のところへ行くと、その席を奪い取った。

「借りるよ」

「ちょっと!何を……」

「借りるってそう言ったよ?」

 画面が動き、大破した戦艦の映像が切り替わった。不明瞭な、オレンジ色の光へと。

「【真昼之星(ハロー)】内部の観測データから熱輻射のみを取り出して、想定値との比較を映像化したものです、分かります?ホンのわずか暗い部分がある」

「……こんなことが?」

「手持ちの機械の使い方は勉強しとくもんだよぉ……まぁ、難しいだろうけど。ドライフから輸入したんだねぇ」

 シュタイナーは機材を軽く撫でて、続けた。

「そこの人!この位置の状況報告を」

『え、えっと……』

「第55番ブロックの22層以下!早く!」

『あ、はい!……異常、ありません!構造体に損壊無し、稼働状況にもエラーは……』

「なのに、エネルギーは漏出してる」

 シュタイナーは切って捨てるように言った。

「【メルトル】に穴が空いているなら、緊急のプログラムだって動くはずです。なァのにそれがない。破損はない。けれど、エネルギーを減らしている何かがある」

 シュタイナーは冷や汗を垂らしながら、センサーの詳細を切り替えていった。

「二番、五番、三十三番、五十二番……見つけた」

『……ッ!これは……』

 そこにあったのは、巨大な黒い影だった。技師たちが慌てたように走り回り、それを拡大表示する。

「この形……まるで」

「……サナギだな」

 将軍は顔をしかめた。

 その影は、炉心の太陽にへばりつくように身体を丸めていた。積み重なった節と尻から伸びる針のような輪郭は、まさに蝶の蛹と同じだった。

『……対象、解析不能!』

『対象区域内のセンサーからの信号が途絶しています、排除機能までもが……』

「ねぇ、この塔とあの太陽炉の通信システムは?」

 シュタイナーはラウルに尋ねた。

「何を使ってる?」

「……兵器内部も含め、概ね電磁波による通信です。それが阻害されているということは……」

「喰ってる……のか」

 将軍が呟いた。シュタイナーも顔を歪めた。

「電磁波を、光を喰って成長している……サナギ。“太陽”に、寄生してるんだ!」

『内部の間接目視による観測、出ました!』

『鑑定班より報告!対象の……潜在エネルギーは、神話級(マイソロジー)!<UBM>と推定!』

「なんだとぉ!」

 今度こそ、将軍は絶叫した。

「バカな!我らの太陽に……即時排除しろ!」

『無理です!デブリ迎撃用の550mmバルカンも、内部にはありません!』

『作業用アームは対象の周辺で軒並み停止しています!』

『区画をパージしようにも、信号が届きません!ましてや、あんな内部では!』

「光の信号を読んで、自分への攻撃を防いでるんだ……」

 シュタイナーは眼を細めた。

 

「能動的に迎撃するんじゃない、太陽を喰らい尽くすのでもない……あれは待ってるんだよ!炉心の可能な限り近くで、どんどんエネルギーを喰って、そして……羽化が出来るのを」

 

「神話級の力を満たすエネルギーを確保するとなれば、相当な時間が必要でしょうが……あれは二千年前から空にあった。いつ潜り込んだにせよ、たっぷりエサは喰えたでしょうね」

「ならどうする!」

 ラウルの言葉に、将軍は呻いた。

「我々の切り札だぞ、ここで失うわけには……!」

「直接排除しようにも、距離がありすぎます。応答にすら1分30秒のラグがある37000kmの上空では……打つ手がありません」

 将軍は蒼白な顔で、椅子に座り込んだ。

「クソ、何故、こんな……こんな不幸が!」

「偶然……でしょうねぇ、残念ながら」

 シュタイナーは言った。

「二千年前の打ち上げに紛れ込んだ虫けらが、太陽のエネルギーに偶然適合し……神話級の宝物獣にまで至った。天文学的確率ですけど」

「シュタイナー!」

 将軍は机を叩いた。

「貴様のあの、飛行機乗りども!やつらに“太陽”まで行かせろ!翼はあるだろう!」

「……認めたくはないけれど、それは無理ですよぉ。フライトユニットの限界高度は成層圏すら厳しい……002は別ですけど、それだって気密性能は大気圏内の想定です。辿り着く前にパイロットが死んじゃいますって」

「ならば……そうだ、やつは何故、炉心に直接潜り込んでいない!」

 将軍ははっと顔を上げた。シュタイナーは答えた。

「耐えられないから、でしょうねえ。太陽……それがどんなものか、僕には想像もつかないですけど。神話級でも無事では済まないんでしょう。それにあれはあくまでサナギ。羽化するまでは無防備なのかも」

「だったら、太陽に突っ込ませろ!」

 将軍は立ち上がった。

「炉心の熱を上げて焼き殺せ!出来るか?」

「理屈ではね」

 シュタイナーはけれど、首を振っていた。

「でも、分かるでしょ?貴方がた……ま、僕もこの場合はそうですけど、あの炉心の機能も理論も分からないまま、遺されたものを使ってるだけですから。制御しきれずに暴走して爆発……自爆と変わらないですよぉ」

 その時、通信士が叫んだ。

『砲身の冷却が終了しました、砲撃シークエンス・スタンバイ!』

「そんなこと言っとる場合か!」

 将軍は吠えたが、通信士はなおも叫んだ。

『いえ、しかし……発射システムが止まりません!第三次放射のカウントが開始しています!』

「七番までの全てのスピヤー回路を遮断、サブも」

 シュタイナーは素早く言った。

「トリレンマ中枢を停止、全回線から停止信号を送信して」

『しかし……応答無し、信号を拒絶されました!』

『炉心の認識システムが作動していません!』

『ターゲティング固定、全てが自動制御に移行しています!』

「この……バックドアは?」

『……』

 シュタイナーは舌打ちした。

「そんな状態であんなものを使おうと!?」 

『いえ、しかし、どのみち狙いはあの敵艦ですから……』

「そういうことじゃない!全く、なんて稚拙な!」

 そのとき、拘束されたミルハルが静かに口を開いたことに気づいたのは、そばにいたシュルールと、ブラウラウ将軍だけだった。

「なら、道はひとつだな」

「黙っていろ!」将軍は口の端だけで言った。「この捕虜め!お前に何が出来る?」

「そうだな、たとえばこういうことだが」

 言うや否や、縛られていたはずのミルハルはガバリと立ち上がると、やにわ将軍を殴り飛ばして飛び上がった。着地点は、シュタイナーの後ろだ。

「ミルハル!貴様!」

「おとなしくしてもらおう」

 シュタイナーの首を軽く押さえながら、ミルハルは言った。彼の脱ぎ捨てたマントを払いのけて、将軍は叫んだ。

「捕らえろ!」

「無駄だ。下手なことをすればこの男の首をへし折るぞ。この状況ではこのうえなく貴重な人材だろう!」

 シュルールは、縛られたままで首を伸ばした。厚布を脱ぎ捨て、素顔と身体を晒したミルハルを見て、彼は息をのんだ。

「ミルハル、あんたは……」

「俺も色々あったのさ、カルディナでな」

 

 その身体は、半分近くが機械に変わっていた。

 

 シュタイナーを拘束している左手は、鋼鉄の義手だった。その肘では、飛び出した刃がゆっくりと格納されていくところだった。それで縄を切ったらしい。両足も金属で覆われている。袖の無い、粗布のシャツの下では、肩甲骨や肋骨も革と金属に置き換えられていた。

「その身体……<マスター>の力か」

 将軍は呆然と呟いた。ミルハルは吐き捨てるように言った。

「“鉄医者”ヨハン・ヨハンソンという奴の……<エンブリオ>の技だ。随分と不格好になったが、馬力は人間のものよりもかなり上だぜ」  

 ミルハルはシュタイナーを捕まえる手に力を込めた。

「さぁ、シュタイナー博士!教えろ、あの兵器を暴走させる方法を!こうして脅してやれば言い訳も立つだろう!」

「うん、うん、そうだね、教える、教えるからもうちょっと力抜いて、お願い!」

 シュタイナーが哀れなほど取り乱しているのを見ながら、将軍はよたよたとにじりよった。周りでは兵士たちが騒いでいた。

「駄目です、離れてください!」

「危険です!」

「喧しい!」

 将軍は一喝した。

「兄弟ゲンカを今から少々やるだけだ!ミルハル、その男を放せ!この私が手ずから殺してやる!」

「下らん妄言だな、兄さん。俺が従う義理はないぞ」

 二人が睨み合うなか、一人の若い兵士が将軍を押さえ、前に出た。

「止めてください、お願いします!あれは俺らの希望なんです、この町を立派にするための!」

「そうだ!やめろ、ミルハル!我らを貴様の非暴力主義に付き合わせるな!」

「そんな話か、これが!」

 ミルハルは吠えた。

「そののぼせ上がった頭でよく考えろ!あのサナギが羽化したなら、真っ先に襲われるのは直下のサンフォーリングだ!何せ通信電波でいやというほど呼び掛けたんだからな!貴様こそ、鉄血主義にこの町を付き合わせているだけだ!言ったはずだ、戦争屋だけがここの住民ではないと!」

 ミルハルは叫び、シュタイナーを小突いた。メガネの白衣は、即座にしたがった。

「えっと、活きている回線から全力で稼働レベルを上げ……サナギの干渉範囲の外でサーキュレーターをループ、ゲインを最大に、センドとリターンでさらに増幅を……」

「やめろ、シュタイナー!」

 将軍は口元から血を垂らして叫んだ。

「それは、それがなければ、サンフォーリングは終わりだぞ!寄生虫など後から駆除できるだろう、今はまだ必要だ、必要なんだ!」

「そんなリスクを抱えたまま戦争をやるのか?傭兵としても下の下じゃあないのか」

「ミルハルゥ……」

 将軍は身をよじり、咳き込みながら言った。

「貴様はほっとしてるんだろうな、大嫌いな兵器を壊す言い訳が出来て……だが、その先は破滅だぞ。刃なしにこの苦界を渡れるものか!……未来とは!闘争の先に勝ち取るものだ!」

「違う!その闘争は苦痛に対してのものだ!虐殺と示威行為の果てに待つものこそ破滅だ!あのサナギがまさにそうだろう、手に余る力に頼った先で、新たな力に脅かされるんだ!敵を間違えるな、あのサナギこそが敵なんだ!」

「シークエンス承認、もう止まらない!【メルトル】は、熱暴走に突入したよぉ!」

「シュタイナァァァア!」

 将軍は絶叫してミルハルとシュタイナーに掴みかかったが、時は既に遅かった。シュタイナーを放り投げたミルハルは、真っ向からブラウラウ将軍を迎え撃った。

「殺してくれるぞ、ミルハル!」

「くたばれ、クソ兄貴が!」

 コードや機材を蹴り飛ばして殴り合いを始めた二人の横で、通信士が叫んでいた。

『【真昼之星】、出力臨界!しかし……発射シークエンスも依然止まりません!あと五秒で狙撃が始まります!このままだと、砲身を維持しきれずに自壊の恐れが……!』

 

 ◇◆◇

 

 □■サンフォーリング上空・静止衛星軌道

 

 その蛹に高次の思考は無かった。ただエネルギーを吸い込み、蓄え、致命的な危機には反射でのみ対応する、そういう生命に過ぎなかった。高位のリソースもただ溜め込まれるだけで、発現に至っていない。まさしく蛹だった。

 けれど、羽化は近い。

 そうなれば、その真の神話級の力を以て地上へと降下し、知恵と力を持つ偉大な蟲としての一生を開始するだろう。かつて太陽炉に紛れ込み、極限環境で世代交代を繰り返したちっぽけな魔蟲の一種の末裔として、遺伝子に刻まれた結論がそれだった。

 だが、その寸前、太陽の暴走が始まった。

 膨らんだ熱と光の塊に、蛹は全身の権能……エネルギー吸収能力を全開にし、それを吸い込もうとした。あらゆるエネルギーを食らうその特性は、しかしフラグマンの小型太陽そのものを喰らいきれるほど強くない。加速した核融合反応が放出する光子エネルギーの奔流に、その蛹の殻は少しずつ崩壊を始めていた。いちどきに呑み込みきれない余波が、純粋な破壊力として作用していた。

 丁度そのとき、自壊しかけた磁場フィールドが最後のプラズマ砲を吐き出し、それは事前に入力された標的へと向かって暴走した。

 半壊したエンブリヲンへと。

 最大のプラズマ・ビームが大気圏を穿ち、その直後、【メルトル】が炉の壁面すらも呑み込んだ。

 

 光を増す二つ目の太陽を見上げながら、ウィリアムは艦の最上層にいた。気温は低く、凍てつく風と赤熱する焔が互いを喰い合っていた。

「いざゆかん」

 ウィリアムは呟いた。その身体は巨大な馬に跨がっていた。背後では、焔の薔薇を染め付けた、紫紺の旗が燃えている。

「さぁ、頼むぞ、“くろがねの星(アームドスパーキー)”号」

 愛馬“くろがねの星(アームドスパーキー)”号は、血走った眼を見開き、蹄を鳴らしてウィリアムに応えた。その筋肉は虎のように雄々しく、その鬣は獅子のように大きかった。鐙を踏むウィリアムの腰には、小型のリアクターのようなものが艦内からケーブルの尾を引いて提げられていた。

「随分と我が屋敷を荒し、なにより我が家族を!家族を傷つけてくれた。よって、報いよう、その忌まわしい光に!」

 ウィリアムは両手を広げ、次の瞬間、エンブリヲンに降り注いだプラズマを受け止めた。

 凄まじいエネルギーだった。【メルトル】の暴走により出力を増した【真昼之星(ハロー)】は、その最大火力を以てエンブリヲンを狙撃していた。

「この……下郎が!」

 ウィリアムは光に身を焼かれながら吠えた。

「甘く見るな、ファイアローズ家が当主の、私の、ウィリアム・ファイアローズの……」

 その腰で、リアクターが唸った。

「父の、《責務(プロメテウス)》を!」

 エンブリヲンに注ぐプラズマは、ウィリアムの身体と、プロメテウスの支持体たる愛馬へと吸い込まれるように動いていた。

 プロメテウスの能力は、あらゆるものを喰らって力に変えること。敵の攻撃とて、喰らえぬはずがあろうか?第一形態のリアクターは、許容量を遥かに越えたエネルギーに悲鳴を上げながらも、そのエネルギーをウィリアムとその愛馬へ注ぎ込んでいた。

 そしてウィリアムは、崩壊するエンブリヲンの頂点に立ち、手を前に広げた。“くろがねの星”号が大きく嘶いた。

 これから行うのはたったひとつだけウィリアムが持つ力だ、と彼は知っていた。その左手で、紋章が輝いた。

「火よ!」

 プラズマの奔流が終わり、空は晴れ上がった。エンブリヲンが更に、割れた。

「火よ!」

 ウィリアム・ファイアローズの双眸は、天にある第二の太陽をしっかりと捉えていた。

「《奪われし火(アヴェンジャー)》よ……!」

 そして、腰のプロメテウスが爆発し、愛馬が《送還》され、ウィリアム・ファイアローズは光の塵になり……【浮遊航行艦 エンブリヲン】もまた、完全に轟沈した。

 

 時を同じくして、サンフォーリングでは通信兵が叫んでいた。

「【真昼之星(ハロー)】、完全に崩壊しました……!」

 将軍は項垂れて、ミルハルを見上げた。

「……満足か、この、愚弟が……これで俺の、俺たちの希望は潰えた。惨めな日々が、続くのだ、これからも、な」

「なぜ、そう決めつける」

 ミルハルは呟いた。

「この土地を離れて、出奔でもすればいい。確かに国を追われたものも多いが、世界中の全てが敵ではないだろうに」

「そう、か?お前だって、結局は、帰ってきたではないか……分かっている、はずだろう?」

 ミルハルは何事か言おうとした。が、そのときシュタイナーが言った。

「バカな……死んでない!あのサナギは!」

 メインモニターには、黒々とした蛹の反応がいまだに映っていた。光学観測の一切を喰らい尽くす蛹は、しかし今だけはその吸収を停止して、その真の姿を晒していた。

 傷は多く、各部が焼けている。それでも、神話級の蛹は太陽の爆発にすら、かろうじて耐えていた。エネルギーを喰らうその能力特性は、致命傷の手前で超新星爆発(ノヴァ)の力すら呑み込んだのだった。

「まずい……あれでも殺しきれなかったってことは、つまり!」

「エネルギーは逆に十分……羽化が、始まります!」

『対象内部に、微弱ながら電磁波の放射を確認しました!』

『観測出来ました!物質の流動と、定期的な信号!』

『あれは……心臓です!眼と……脚も!身体が形成され始めています!』

「いけない、すぐに追撃を!何か!」

 シュタイナーが振り向いたが、将軍は首を力無く振った。

「不可能、だ。そうだろう?」

 シュタイナーは口をパクパクさせ、とうとう頷いた。

 ここが最後だ。殺せなければ、十全に成った本当の神話級の災害が、地表に舞い降りる。あの敵艦すら上回るだろう脅威に、今度はあの“太陽”なしで立ち向かわなければならない。

 それが不可能なことなど、全員が理解していた。間違いなくサンフォーリングは亡びる。誰からも、見捨てられた町のままで。

「そんな……」

 ミルハルは顔を歪め、歯を食い縛った。

 

『待ってください……高熱源反応!地表からです!』

 

「何?」

 シュタイナーは勢いよく身を起こすと、そう叫んだラウルのもとへ向かった。

「熱源?」

「はい、この座標は……敵艦!」

 ラウルは眼を見開いた。

「既に轟沈したはずのあの敵艦(ふね)からです!高熱源体、上空へと向かっています!」

 

 《奪われし火(アヴェンジャー)》。

 そう名付けられたプロメテウスの一撃は、いたってシンプルなものだった。

 所持するエネルギーの全てを、遠距離で撃ち放つ。それは、本来ならあり得ないほどの“太陽”のエネルギーを食らったことによって、同じく膨大な返礼として炸裂した。

 真っ赤に燃える火が、衛星軌道をめがけて空を進んでいたのだ。

 ウィリアムが狙った通り、サンフォーリングの太陽の方角へ、エネルギーの許す限り、焔は飛翔していった。

 その疑似太陽は既になく、その座標には蠢く蛹しかいなかった。プロメテウスの復讐の矢は、その衛星軌道上の微睡む蛹を、完膚なきまでに貫いた。

 既に“食事”を止めていた蛹は、その焔を減衰させることなく、諸に破壊力として受け取った。傷ついた神話級の鎧を炎熱が砕き割り、爆発が貫通した。

 そして蛹は、この上なく強くなれるはずだった蛹は、とうとうその翅を伸ばすことなく中身をぶちまけた。極低温の衛星軌道は、そのどろどろした肉と体液の混合物を即座に凍結させ、そして焔の余熱と宇宙空間からの放射線の嵐が、直後にそれをばらばらに砕き壊した。

 

「思わぬ助けだ……」

 シュタイナーは足元に崩れ落ちながら、呟いた。

「死ぬかと思いましたよ」

「死んだも同然だ……!」

 将軍は立ち上がりながら、吐血を吐き捨てた。

「振り出しか。満足か、ミルハル?こんな結末で」

「結末?」

 ミルハルは首を振った。

「違うぞ、兄さん。結末なんてものはないんだ、まだ。俺はこの町をまともな町にしたい。そう思っている」

「はッ!」

 将軍は嘲るように息を吐いた。

「そら、みろ!お前も故郷(ふるさと)に魂を繋がれたイヌだ!俺と同じさ。さっき言ったろう、逃げ出せはしない!」

 将軍はこの上なく邪悪な顔で言った。

「人間は生まれる場所を選べない。変えられもしない。生まれも、才能も、思想すらも、そのはじめから全て過去に制約され続ける。決して消せない呪いだ!あがいた結果がこのザマだよ」

 その凶相に、冷たいものが混じった。

「さぁ、俺を笑え!お前も同じなんだからな……人間はみな、“血”の奴隷だ!血を捨てられるものなどいるものか!」 

 黒い血が溢れた。アルハール・ブラウラウは、サンフォーリングの将軍を名乗った男は言った。

「だが、なぜ……なぜ、この場所に生まれたのだろうな。この場所に……こんな、呪われた場所に……」 

 そう言って血反吐と共に崩れ落ちたアルハールに、ミルハルは駆け寄った。ミルハルは、決死の形相で叫んだ。

「医者!」

 その瞬間は、誰も動かなかった。ミルハルは怒号を飛ばした。

「医者だァ!この男を助ける医者だ!ヤブ医者で構わねえから呼べ!」

 その叫びは、周囲の硬直を叩き割った。途端にざわめいて動き出す兵士たちのなかで、ミルハルは言った。

「死なせんぞ、兄さん……こんな所で、死に逃げなどさせるか!」

 

 ◇◆◇

 

 そして、時は少し遡る。

 

 To be continued

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