鮮血のエンブリヲン   作:Mk.Z

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第二十七話 Higher Than The Sun/no.2

 ■残時間00:35:77

 

 ゲヘナは、いまや黒い炎に燃えていた。

 依り代であるジャンクの【マーシャルⅡ】の改造機体、駆動系さえも廃して武装に偏重させた木偶が、ひび割れて消えていく。遠からず、機体は鉄屑以下のスクラップに成り果てるだろう。

 依り代を燃やして、憑依を強める、ゲヘナの秘奥だった。

「でも良いの、もう良いのよ。どうせ長くはもたないもの……シリルを墜とせればそれでいいのよ……!」

 ヴァネッサはわなわなと呟いた。頬に荒れた金髪が張り付いていた。

 二機は螺旋を描いて空を上っていった。天空を舞い踊るシャングリラの速度にも、今のゲヘナの速さは匹敵していた。

 ゲヘナが黒い焔を羽根のように撒き散らす。

『ヴァネッサ!』

 チャールズが、通信で叫んでいた。

『何してる!おい、聞いてるのか!』

 その声の向こうには、戦闘音が混ざっていた。

『ゲヘナの人形が軒並みダウンしてる!艦内の任務を放棄する気か……』

「うるさい!」

 ヴァネッサは金切り声を上げた。ざわめいた黒が膨らみ、次の瞬間には通信機をバラバラに切り刻んだ。

 ゲヘナは、憑依するオーラだ。総量には限りがあるが、翻って、それは量を集中させればゲヘナの力を強められることと同じだった。

 エンブリヲンの支援に使われていたゲヘナが消滅し、ヴァネッサのもとへ集まってくる。フル容量を取り戻した《星蝕(エーラ)》に、黒い焔(ゲヘナ)が火勢を増し、虹色の粒子とぶつかって、獣の叫ぶような音を立てた。

『Oooooooooo!!!』

『Ooooooooo……』

 二機は空に咆哮した。その声は、とてもよく似ていた。機体の面立ちさえ、無関係とは思えぬほどに同じだった。

 それは、血縁という楔の証明なのだった。

『シャングリラァ!』

 幻想機の両腕が虹の槍を握った。その輝きを投擲して、シャングリラが加速する。

 黒蝶機は、背部のスタビライザーを広げた。その花弁のような輪郭が歪み、深紅の光を宿した。

『《パルス・レーザー》!』

 鮮血のようなレーザーが、幾筋も伸びていく。虹の槍を砕いたそれらは、そのままシャングリラへと襲いかかった。虹の円環が沸き立ち、シャングリラが真上へと翔ぶ。それを追って、またも深紅の光が軌跡を描いていった。

『《シャイニング・ライフル》!』

 シャングリラが掌をかざし、その光を集めて、弓のように引き絞る。放たれた虹の矢が、風を穿ってゲヘナに突き立った。

 そして、深紅のレーザーがシャングリラの肩を砕いた。

 虹に変わっていたはずの肩部装甲は、砕かれたとたんに乳白色の破片になって散っていった。

『逃げられると思うの?』

 ヴァネッサは絞り出すように言った。あまりにも悲痛な叫びだった。

『血は変わらないわ。天地がひっくり返ったって、血は覆せない。私達が姉弟であることは、永遠に変わらない!だから……』

『そうだね、姉さん』

 シリルは肯定した。だが、その声音は決して屈従するものの響きではなかった。

『人は生まれを選べない。切り離せもしない』 

 ステラの顔が浮かんだ。才能がないことを、不平等な血を、憎悪すらしていた彼女の顔が。

『俺だってそうだよ。姉さんとの血縁は、どれだけ拒否しても変わりはしない』

『そうよ!だから、あなたは私と結ばれているの。私のものなの!口では嫌がってみたところで、あなただってそれを分かっているんじゃない!』

『違う!』

 シリルは叫んだ。吹き荒れる高空に、光が炸裂した。

 深紅のレーザーがシャングリラを貫き、左脚が裂けて熔け落ちた。同時に、シャングリラの掌がすれ違いざまにゲヘナの左肩を焼き焦がした。

『血は呪いだ。絶対に解けない呪いだ!でも、俺は姉さんのものにはならない。姉弟だからって、そんなのおかしいんだ!』

 シャングリラは光を集め、また弓を引いた。ゲヘナのスタビライザーのひとつが、貫かれて爆発を起こした。

『生まれに従わなきゃいけない決まりなんてない!たとえ過去が変えられなくても、その中でどう生きるかは自由だ。無限なんだって、そう教えてもらったから!』

『嫌……』

『血が繋がっている事実は消えなくても、俺は逆らってやる!血縁がなんだよ!それだけじゃないか!だから受け入れなくちゃいけないなんて、姉さんを好きにならなくちゃいけないなんて……』

『やめて……』

 ヴァネッサはか細く呟いた。シリルは、苦しげに叫んだ。それは、縛られたものの叫びだった。

『俺は認めない、絶対に認めない!』

『そんなの、だめ!』

『そればっかり!』

 虹が加速した。黒が膨らんだ。

 そして、ゲヘナが絶叫した。

『Ooooooooo!!』

 黒いオーラが溢れだし、シャングリラの行く手を遮った。スタビライザーが大型化し、黒い焔を撒き散らす。

『じゃあ、どうなるのよ……この、私の気持ちは!シリルを好きだっていうこの気持ちは!』

 ゲヘナが軋み、燃える拳をシャングリラに叩きつけた。

『血は変わらない……だから愛せたのに……それを受け止めて、その上で否定するなんて、そんなの……そんなの!』

 ヴァネッサは顔を上げた。

『そんなの、ずるいのよ!』 

 二機は衝突した。光が鬩ぎ合い、剥離した装甲材が弾けて飛んでいき、色とりどりの煙が飛行機雲のように引かれて消えていった。

『行け、しもべたち!』

 ゲヘナがバックパックを開く。その中から、小型のビーム砲が十機、小鳥のように飛び出した。

 ゲヘナの力で浮遊するそれらは、編隊を作って深紅のレーザーを吐き出した。鍔迫り合いの最中のシャングリラに、それが突き刺さる。

『うおおおおおお!』

 シャングリラの光が強くなった。膨らんだ虹の風が、突風のようにレーザーを押し返す。光の粒子の中心で、稲妻のようなものが踊っていた。

 二機は共鳴し、震え、拒絶しあっていた。精神の半身である<エンブリオ>がお互いにぶつかり合い、軋んでいた。 

 

 対流圏を抜け、風は静かになった。 

 気流の渦は既にはるか下になり、サンフォーリングの廃墟も、その上に巣食うスラムも、全ては霞んでいた。宇宙のそれに近く、色濃くくすんだ青空の一点では、太陽の冷たい光がまばゆく輝いていた。

 二機は回った。その後ろを陽光が動いていった。

 このなにもない、無限にすら思える空の上では、自分とその敵だけが、確かに存在するものだった。二機が衝突し、離れ、またぶつかり合う。その動きだけが真実だった。高さも広さも、紛い物と同じだった。

 空は回転し、天地はひっくり返った。太陽を見下ろしながら、ゲヘナは深紅の光を撃ち、シャングリラは七色の風を吹かせた。地表からの距離は、既に10000mを越えていた。

 二機の装甲は凍結し、そしてすぐに戦の熱で氷解した。蒸気は雲になり、薄くふたりの航跡を彩っていた。

『警告:高度上昇』

 その警告も、二人は無視した。金属の機体は厳しい環境にも耐え、なにより風が薄らいでも飛行に支障はなかった。

 

 ◇◆

 

 ■現在・高度18542m/残時間00:15:66

 

 限界が近い。

 シリルはそれを悟っていた。活動限界もそうだが、なによりこんな戦闘を長くは続けられない。

 互いの一手一手は、致命傷を与えるのに充分な威力を持っていた。遠からず、どちらかが墜ちる。

 ゲヘナの機体は悲鳴を上げていた。無理矢理に注ぎ込まれた大量のエネルギーが、憑依の対象をも損なっていた。黒っぽい破片が次々に脱落していく。

 それでも、この戦闘を放棄するつもりは、どちらにもなかった。

 

 そのとき、天を火柱が貫いた。

 

 【真昼之星(ハロー)】が最期に静止衛星軌道上から投射したプラズマの熱は、大気を揺らし、混乱させた。

 ふたりはそれに気がつかなかった。第二射までの轟音も、破壊も、エンブリヲンが轟沈寸前の窮地であったことも、パラス・アテナと<プレアデス>の丁々発止も、ふたりの眼には映らなかった。

 

 だが、第三射のプラズマ・キャノンは、そんな二機も射線上に捉えていた。

 陽光が爆発し、摂氏二万度を越える火柱が空を割った。静謐なはずの成層圏でさえ、その熱に揺れていた。

 シャングリラとゲヘナは、その光の外縁に呑み込まれていった。ブースターが焔を上げ、脱出をしようとする。

 シャングリラの各部が融解を始めていた。虹の粒子が爆発し、融けた装甲に戻っていく。

『……ッ!』

 今、降り注ぐこれがなんであるか、シリルは知らなかったが、その正体はもうどうでもよかった。

『こんなところで、墜ちられない!』

 虹の翼が膨らみ、シャングリラはプラズマを押し退けて飛び出した。荷電粒子の光線の水面から、飛ぶ魚のように機体がまろびでた。

 

『隙!』

 

 そして、そこにはゲヘナが待ち構えていた。

『脱出に集中して……注意が逸れたわね!』

 虹色の光の中に、ゲヘナの左腕が突き立った。その黒く染まった五指が、装甲を掻き分けてフレームを掴む。虹色の光が、もとの姿へと戻っていく。

 コクピットのハッチが持ち上がり、焼き切られて引き剥がされた。シリルの顔を直接目の当たりにして、ゲヘナは紅い瞳を灯した。

『これで、終わりよ!』

『違う!』

 シリルの顔が、ゲヘナの形相を睨み付けた。その琥珀色の瞳孔には、ひとかけらの怯懦すらもなかった。

 シャングリラの両腕が、黒く燃えるゲヘナの機体を掴んだ。漆黒の熱をものともせず、装甲を引き剥がす。黒煙が爆発し、ヴァネッサが喚いた。

『なによ、なんなのよそれは!』

 コクピットが割れ、二人は直接向き合った。高度は、すでに20000mを越えていた。

『コクピットを剥がされたのよ、怯えて、すくむのが本当じゃない……なんで、まだ戦えるの?まだ勝とうと思えるのよ!その眼!』

 ゲヘナが殴りかかる。プラズマの奔流が弾けて消えた。その残滓が機体を揺らしていた。

『その、眼!』

 シャングリラはゲヘナの腕を受け止め、もう片方の掌でゲヘナの頭を撃った。バイザーが焼け焦げて吹き飛び、紅い単眼は狂ったように動いた。

『あの女と同じ、眼……!』

『シャングリラァァァ!』

 シャングリラの手が、ゲヘナを殴り付ける。

 黒い焔はとうとう、プラズマに痛め付けられたシャングリラの機体を砕き、そして砕け散ったシャングリラの左腕部は、ゲヘナの胸部装甲からバックパックまでを貫いていた。

 ヴァネッサは歯を噛み鳴らした。

 あのとるに足らない小娘を踏み潰してやったときのことが、頭をよぎっていた。彼女の力は、ティアンの【剣士(ソードマン)】ごとき、完膚なきまでに叩き潰したはずだった。あの小娘から受ける脅威なんて、爪の先程もないと思っていた。

 それなのに、眼前でシャングリラを操るシリルは、あの女と同じ眼をしていた。たとえ厳しい世界にでも、決して変わらぬ不自由を抱えていようと、諦めることなく抗うものの眼差しだった。

『あぁ……!』

 その瞬間、ヴァネッサは悟った。

 シリルがステラから貰ったものが、決して小さくないことを。シリル・ファイアローズの中に、ヴァネッサのまるで知らない部分が生まれ、大きくなっていたことを。

 すでに、シリルが自分の物ではないことを。

 言葉でなく、無意識の直感でヴァネッサ・ファイアローズは理解し、そして即座にそれを拒絶した。

 受け入れられるはずもなかった。頭の中で明文化される前に押し込められたそれは、ただ強烈な不快感としてヴァネッサの体を駆け巡った。

『Ooooooooo!』

 ヴァネッサはゲヘナと共に絶叫し、シャングリラの頭……その朝の海のような碧眼を深紅のレーザーが貫いた。シャングリラのカメラアイが爆発する。

『Ooooooooo……oooooOO!』

 次の瞬間、シャングリラの虹の矢がゲヘナの頭を砕いた。

 太陽が輝く。白煙が飛び散り、二機はとうとう、高度27000mの高空から落ちていった。

 

 To be continued

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