鮮血のエンブリヲン   作:Mk.Z

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第三話 Kasabian/諍いの足跡

 □【高位操縦士】シリル・ファイアローズ

 

「とりあえず、話し合いませんか?」

 シリルはダメ元で話しかけた。辺りを囲む黒ずくめの男たちは、殺気だった様子で刃を構えていた。

「せめてほら、用件だけでも」

『身ぐるみだ』

 賊がガスマスクのようなパイプ越しに喋った。くぐもった声はどこか、場違いな滑稽さすら帯びていた。

 それはただ、表面的な話だ。剣呑さは十分に伝わっている。

『お前が【操縦士(ドライバー)】だってことは割れてる。乗機がある筈だ。整備用の資材もな。置いていけ』

「……」

 シリルはどう言っていいか分からずに、言葉に詰まった。

 不可能だ。たとえ()()()()()()()()()()()()()()

 だが、シリルの事情などには無頓着な様子で、賊は吐き捨てた。

『俺たちは<鉄の遊牧民(アイアンキング)>。砂漠をさすらうもの。そして、その為には餌がいるんだ……刃向かってみるか?』

「いや……」

 今度こそ、否定の呟きが唇から飛び出した。ぎらつく刃を前に、シリルにそんな気があるはずもない。彼の肉体能力(ステータス)は低い。容易く斬り捨てられて終わりだろう。だから、

「……逃げる!」

シリルは脱兎のごとく駆け出した。

『……アホが!逃がすな』

 黒ずくめが散開する。シリルより遥かに素早い動きで、彼らはシリルの進行方向を塞いだ。

 シリルは躊躇わなかった。小柄な身体を伏せて、賊の間をすり抜ける。だが、

『そういうことは、同速度(AGI)域のやつにやるんだな』

賊の掌が風を切ってシリルを押さえつけた。その足が揺れる。次の瞬間、重りの入った黒靴の爪先がシリルの頬を蹴り飛ばした。

「うァ……!」

 小さく叫び、シリルが吹き飛ぶ。その寸前で胸ぐらを掴むと、男は無言でシリルの腹を殴り付けた。

 内臓を焼かれるようだった。胴体が失くなってしまったような気がして、シリルは思わず喘いだ。呼吸すらままならない。肺腑が空気を欲しがって喚いている。

『俺は優しいだろう』

 男は嘲笑った。

『本気で当てれば、俺のSTRなら、お前の貧弱なENDくらい容易く貫通する。さぁ、身ぐるみ差し出せ』

「出来ない……ッ!」

『差し出せ』

 男がシリルの腹を突く。肝の臓を殴られて、シリルは身悶えした。

 無言のまま、シリルの懐から直方体の小箱が落ちた。硬い金属で出来たそれは、柔らかな砂に半ば埋もれて止まった。賊の一人がかがみこむ。

『“鍵”は開いてます』

『確かめろ』

 男がシリルを捕まえたまま、平坦に言う。やがて、賊が首を振った。

『足りませんね』

『おォ』

 男か短く応じ、同時にシリルの腕を掴んだ。

『舐めてるな、お前?』

 掌が閉じる。万力のような握力に、左腕の骨が軋んだ。

『観光客狙いのスリじゃあないんだ。“全て”差し出すんだよ、危機感ってものが無いのか?あ?……ああ、なるほどな』

 賊の男がシリルの左腕を捻り上げる。その視線が無慈悲さを増した。

『“左手の紋章”、<マスター>ってやつか。珍獣だな』

 嫌な音を立て始めた関節に、シリルが呻く。男は構わず、シリルの腕を引っ張った。諦めるような感触と共に、左肘がへし折れ、シリルは小さく叫んだ。男はそれを無視した。

『そういやァ死なないらしいな、それで……羨ましいことだ、これは仕方ない』

 男の眼に嫌な光が点る。

『……殺して奪うか』

 その手がシリルの首を掴むため、ゆっくりと近づく。邪悪な蛇のようなその動きに、痛みに気を取られながらもシリルは恐怖した。

 “死”は不味い。それは彼にとって多大なリスクだ。この世界での“死”の仕様は知っている。最新記録地点(セーブポイント)に戻されることは到底受け入れられない。それがどれだけ滑稽に見えたとしても、シリルにとっては重大な危惧だ。

 潮時だった。全て台無しになるよりは、リスクを取ってでも可能性を追う。あるいは、初めからこうするべきだったのかもしれない。

 そう、リスクはある。とはいえ、確実ではない。ほんの一瞬なら、潜り抜けられる公算のほうが高い。どちらにせよ、この土壇場で選ぶ余地はない。

 男の手が迫る。シリルは嗄れた声で叫んだ。

「シャングリ……ラ!」

 そして、虹色の紋章が輝いた。

 

 ◇◆◇

 

 ステラは全速力で走っていた。砂を蹴り、廃墟を飛び越える。全身の力は最大限に漲っていた。

 あの少年のことは別に友達でもなんでもない、とステラは思っていた。むしろ迷惑だ。トラブルを持ち込むくせにヘラヘラと……

「でも、見過ごせは、しない……!」

 あの弱々しく、お人好しな少年が傷つけられるのはあまりに後味が悪い。

 彼は善人だ。ましてや、一方的に叩きのめされて良い筈がない。

 これは正義感ではなかった。強いて言うなら、縁だ。その縁を辿って事態をどうにかするだけの自負はあった。

 シュルールの教えた情報は確かだった。砂には僅かに、大人数が移動した痕跡があった。忍び寄るための足跡だ。隠匿の意思が感じられる痕跡だ。

 それに混じって、無警戒な足跡が一列。他のものより小さく、少しだけ輪郭が弱い。シリルのものだ。

「能天気!」

 ステラは毒づき、加速した。

 もはや顔をうつむけて足跡を追うまでもなかった。人の気配、微かな声や衣擦れの音が風に乗ってやってくる。その方角へ、ステラは踏み込んだ。背後で遺跡が倒れる音がした。

『な、なんだお前……ウワッ!』

 気の抜けた様子で立っていた歩哨を殴り飛ばす。全力疾走の勢いが乗った一撃はその耳を捉え、昏倒した歩哨は錐揉み回転で崩れ落ちた。

 そして、廃墟の壁を飛び越えたステラは見た。

 腕を押さえてうずくまるシリル。殺意と共に彼を襲う賊。そして、

「シャングリ……ラ!」

 

その0.5秒を。

 

 シリルの左手の紋章が光り、虹色が沸き立つ。そして何かが、現れた何かが、一瞬のうちに全周の賊を薙ぎ倒した。

 距離を取り、AGIを全開にしていたステラにははっきりと見えた。その純白。そして、虹色に彩られた輪郭が。

 流線型と直線で構成された、硬質な構造物。滑らかな白の装甲は辺りを映し、その端々には彩雲のようなものが踊っている。俯瞰すれば、それはまるで“腕”のように見えた。

 一瞬の出来事だった。それはすぐさまシリルの左手へと吸い込まれ、視界から消失した。後に残ったのは倒れ伏す賊と、吐きそうな顔で立ち上がる、覆面の外れた頭目だけだ。

『お前……お前の……!』

「……!」

 鋭い呼気と共に、ステラの剣が男の耳の後ろを素早く殴り付ける。脳震盪を起こした男は今度こそ【気絶】した。

「やぁ、ステラ……!」

 シリルが脂汗を流しながら立ち上がり、よろめく。ステラは黙って薬瓶を取り出し、何事か喚くシリルを無視してその口に瓶を突っ込み、薬液を流し込んだ。

 シリルが噎せる。空になった薬瓶を仕舞うと、ステラは話しかけた。

「気分はどう?」

 シリルが首をかしげ、そして唇を上げる。

「全然痛くない!凄いね、その薬……あれ?」

 楽しげに腕を振り回したシリルが、力の入らない身体に驚きながら崩れ落ちる。ステラは呆れてため息をついた。

「それは痛み止め。傷は治ってないわ」

 ステラがかがみこみ、シリルの腕を調べる。ねばついた薬を塗り白い包帯を巻いて、ステラは言った。

「結構綺麗に折れてる。直ぐに治るよ」

「医者なの?」

「真似事よ。剣士なら怪我の手当てくらい出来なきゃいけないもの……さ、上を脱いで」

 ステラが促す。シリルは顔をしかめた。

「いや、でも……」

「いいから!」

 シリルが渋々服を脱ぐ。ステラはその変色した腹を調べ、ほっと息をついた。

「こっちも大丈夫。内臓は破裂してない」

 シリルは恥ずかしげに上着を着込んだ。ステラは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「とりあえず、こいつらはここに置いていくわ。シュルールにキツく言っておいたから多分もう襲われないけど、気はつけておいて」

 ステラがシリルの右手を引く。シリルはおっかなびっくり立ち上がると、誤魔化すように笑った。

 

 太陽は傾き始めていた。

 廃墟の影が地上を這いずり、風の音が変わる。ステラは規則正しく歩みながら、乾いた唇を開いた。

「さっきの……」

 シリルが首を傾げる。ステラは何かを突き破るような口調で続けた。

「さっきの、白いあれが、あなたの……<エンブリオ>?」

 シリルは頷いた。

「そうだよ」

 二人の足取りが影へと入る。ひやりとしたものが身体を走る。

「持ってないなんて嘘だったのね」

「そうは言ってない。使いたくなかったんだ」

 シリルが表情を暗くした。

「だけど、あの状況じゃ仕方なかった」

 ステラが胡乱げな眼を向けたが、シリルは気づかない様子だった。歩行が傷に響く感覚があるのだろう、微かに眉をひそめている。

「それに、もういいんだ。ほんの一瞬だったし、きっと問題はないさ」

 自分を納得させようとしているのが見え見えの言葉は、砂混じりの風に乗って消えていった。

 ステラは興味を失くしたように、顔を背けた。きっと事情があるのだろう、そこを好奇心に任せて無理矢理に聞くつもりはない。はしたない人間に成り下がるつもりはない。

 隣では、シリルが考え事に溺れていた。その瞳が遠くを見つめ始める。

「そう、きっと……見つからないよ」

 

 ◆◆◆

 

 ■上空・一〇〇メテル

 

「見つけた」

 そう呟いた。 

 高空の風に、フリルが揺れていた。

 桜色の唇が寒さに震え、頬は薔薇色に染まっていた。吹きすさぶ風の音はひどく虚しい。砂漠の大気は湿り気に欠け、熱と冷気の両方を刺々しく孕んでいた。

「見つけた」

「見つけたね」

 そこにいたのは、二人の少女だった。

 年齢はシリルたちよりも少し上だろうか。だが、その外見と少しだけアンバランスに幼げな所作は、どこか浮世離れした雰囲気を醸していた。

 白金の髪は柔らかなウェーヴを描き、琥珀色の瞳を守る睫毛がぱちぱちと動く。有毒の砂を気にかけることもなく、その二人は無造作に砂漠を見下ろした。

「けれど、隣にいるのは誰かな?」

「きっとお友達?すぐにお友達が出来たんだね」

 小柄な人影が揺れる。二つの影は、砂漠へとその足を踏み出し……空中を踏みしめて、シリルとステラを遠くから眺めていた。

「《神の指針(ピクシス)》」

 その言葉と共に、穏やかな光が展開する。曲線が回り、枝分かれし、やがてその図陣を固める。

 少女の身体を中心に描かれた光の線は、小刻みな目盛りと記号を持つ円環を幾重にも作っていた。その一部に触れ、少しだけ動かし、少女の片方は首をかしげた。

「怪我をしてるみたい……姉さんに教えなくて良かったね」

 その目がふと、空を見上げる。もう一人の少女もまた、こくりと深く頷いた。そして何がおかしいのか、少しだけ笑った。

「うん、そうだね。行きましょ?クラリス」

「そうだね、クラリッサ」

 その二人の少女が動き出す。白金の髪(アッシュブロンド)、琥珀色の瞳。そして、目鼻立ちさえも、全て。

 

 そう、その二人は、全く同じ顔をしていた。

 

 双子が不意に笑う。ころころと、鈴を鳴らすように。そして、その輪郭が消え始めた。砂漠の遠景に、二人が喰われて消えていく。

「さぁ、一緒におうちに帰ろう、シリル」

 太陽が廃塔の輪郭に隠れる。砂漠の風が冷たく、ひときわ強く強く吹き始めた。

 

 To be continued

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