鮮血のエンブリヲン   作:Mk.Z

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第二章 夜明けの谷
プロローグ The Pretender/嘘と陰謀


 ■都市国家連合カルディナ・【ドラグノマド】某所

 

 煙草は湿気っていた。

 その男、ジョン・イワノフは、流行遅れのズボンの尻に煙草の箱をねじ込んだ。代わりに路傍で買っておいたチキン・サンドイッチを取り出し、なるべくゆっくり咀嚼した。

 SNSもインターネットもないのが、()()の欠点だった。待ち時間は何より暇だ。

 まったく趣味ではないが、本の一冊も買うべきか、と男は顔をしかめた。少しずつでも読み進めれば、なにがしかの教養にはなるだろうか。

 薄暗い路地は人の気配もなく、陽光の欠片もなかった。見上げれば、白い空が建物の隙間に見える。足元には、湿った苔か黴のようなものが陰気に蔓延っていた。

 ふと、誰かがそれを踏んだ。

「やぁ、ジョン」

「待ちくたびれたぜ」 

 待ち人に、ジョンはそう言った。ハンチング帽を直しながら。

「時間は正確な筈だが」

 待ち人は、聞き取りにくい声で言った。灰色の服の裾が揺れる。分かりにくいが、おそらくは男だ。そう若くはない。

 その男は、フードを被っていた。引き上げた襟元も相まって、その顔は良く見えない。目を細めたジョンを牽制するように、男は言った。

「詮索はなしだ」

「……おォ」

 ジョンは指を鳴らした。

 湿った足音と共に後ろの暗がりから現れたのは、厚手の革コートを着込んだ屈強な巨漢だった。背中には、何か背負っているらしい膨らみがある。この暑さにも汗ひとつかかず、剃り上げた頭は日に焼けた茶色だ。微かにゴムとビニールの匂いがした。

 その眼には瞳がなく、昆虫のような複眼だった。嫌な金色に光るその眼で、巨漢はジョンを見た。

 “それ”は口を開け、舌をだらりと垂らした。くすんだ緋色のそれには、緑がかった黒でグラゴール文字(グラゴーリツァ)の名前が刻まれていた。

 屈強な男は、厚い胸板を震わせ、喉を蠢かせた。フードの取引相手がさっと革袋を差し出す。角張った顎が動き、巨漢は嘔吐した。

 金属が擦れ合う音が鳴った。硬い音を立てて、男の口から何かが溢れていく。

 それは、鈍くきらめく無数のリル硬貨だった。

 不気味な嘔吐は長く続いた。大きな革袋がいっぱいになると、フードの取引相手は満足げに頷いた。

「いつも通り、報酬は電子通貨で。確認が済んでからだが」

「銀行振込にゃならないのか?」

「言ったはずだ。足がつく」

 ジョンは鼻を鳴らした。

「……随分と、警戒してるよな。よほど大事らしい」

 フードの男は革袋をしまい、立ち止まった。

「なんだ?」

「いや?ただよォ、これだけ手の込んだ手続きをして、やることがちんけなもんだと思ってよォ」

 背後では、コートの男が威嚇するように舌を垂らしていた。頬骨が出っ張り、犬歯が伸び始める。膨らんだ背中がほんの少し動いたような気がした。

「やりたいことは察しがついてる。『禁止法』のすり抜けだろ?だが、内部の権力を外に持ち出すんじゃなく、リアルのカネを内部に持ち込むなんてのァ、変だぜ」

 ジョン・イワノフの眼には、ぎらぎらと好奇心が光っていた。

「なぁ?現実の側によほどの事情と権力がないと出来ないし、やらないだろ。どうせ俺以外にも、似たようなのがいるんじゃないのか?」

「……ジョン」

「何を隠してる?そろそろ俺にも一枚噛ませろよ、後ろ暗いのはそっちだぜ。俺は今すぐにだって……」

「ジョン!」

 フードの取引相手は鋭く叫ぶと、サングラス越しにジョンを睨み付けた、

「言ったはずだ。詮索はなしだと。それを踏みにじるなら、こちらも相応の対応に出る。()()で済ませたいなら、目と口を閉じていることだ」

 その気迫に気圧され、ジョンは黙り込んだ。フードの男は口を閉ざし、別れも告げずに立ち去っていった。

 

 ◇◆

 

 ■ファイアローズ家・別宅

 

 カルディナの地上に、ファイアローズ家の別邸はあった。

 白亜の壁で出来上がったその美しさには、誰だって目を奪われるだろう。それは貝殻のように繊細で、背後の青空を鋭角に切り取っていた。

 門扉は閉ざされていた。不躾な来客や野次馬などを寄せ付けないためだ。ここにファイアローズなる一家がいると、知っているものすら多くはない。目付きの悪い門番は、その役目を十全に果たしていた。

「……なんでよ!」

 その静かな邸宅のなかで、ヴァネッサは叫び声を上げた。テーブルに手を叩きつける。青磁の食器は甲高く鳴った。

「お父様!シリルは間違いなくサンフォーリングに戻ったのでしょ?なら、すぐに追うべきよ!」

「エンブリヲンの再建が終わるまで、単独出撃は許可できない」

 ウィリアム・ファイアローズは威厳たっぷりに言った。

手下(イヌ)には追わせている。だが、二度と家族がばらばらになるリスクは侵さん。シリルを連れ戻すのは絶対だ。確実でなければ意味がない」

 その目には、確かな恐れがちらついていた。

「今回のことではっきりした。結束こそ第一に優先すべきものだ。絆さえあれば全てがうまくいくだろう」

「だからって……!」

「しつこいなぁ、あんたのは私怨だろ」

 なおも食い下がるヴァネッサを、チャールズは横から嘲った。

「そんなにシリルに会いたいのかい?また撃墜されるよ?」

「お黙り、チャールズ」

 ヴァネッサはぞっとするほど冷たい形相で言った。

「お前があの下郎どもに余計な契約を許さなければ、今ごろあの町を滅ぼせていたのに!」

「それをさせない契約だもの。エンブリヲンのサルベージはお陰で大幅に短縮できた。長い目で見れば、メリットのほうが大きいだろ?」

「矜持を曲げてまで得られる利益なんて、塵芥以下よ!」

「よさないか」

 ウィリアムは目を細めた。

「チャールズの判断には概ねわたしも納得した。家族を傷つけたものへの報復は必ず行うが、それが武力による蹂躙である必要は必ずしもない。最優先は“家族(エンブリヲン)”だ。ヴァネッサ、そういうことだ」

 ウィリアムは話を終えたとばかりに、椅子に背を預けた。背後からは、団子鼻の料理長が歩み出てきた。

「……本日も素晴らしい。鴨のテリーヌか?」

「はい、だんな様。アルター王国より取り寄せました最高級の鴨肉でございます。刻み入れましたのはギャレルの胚乳を干して焦がしたもの。香辛料に浸けることで臭みは無くなり、ほどよい風味が」

「メーンのフリットも実に美味だ。この独特の香りは何かね」

「主にレムの果汁でございます。火を入れますと酸味が引き立ちますので。油にも拘りがございまして、【歩き葡萄(ウォーキングバイン)】の種子から絞ったグレープシードオイルです。控えめな香りは食材の風味を邪魔することなく、香ばしさだけをもたらします」

 愉しげな会話の外側で、ヴァネッサは拳を握りしめていた。その瞳がやがて、自暴自棄に似た光に濡れた。

「……単独出撃でなければいいのでしょう?」

 ウィリアムは会話を止め、ヴァネッサを見た。

「なんだ?」

「お父様。プロメテウスの能力を貸してくださる?」

 ヴァネッサは笑った。その顔には、危険なものの兆しが映っていた。

「分かっているわ、絶対に独断専行はしない。だからこうして許可を求めているでしょう?わたしがゲヘナで出ることは決してないわ」

「……許可しよう」

 ウィリアムが左手をかざす。プロメテウスの能力は、見えない経路を通じてそのエネルギーをヴァネッサへ流し込んだ。

 ヴァネッサが小さく言った。

「……メイド長」

「はいお嬢様、ここに」

 皺だらけのメイド長は、深々と頭を下げた。

「何用で御座いましょう」

「アミヤを連れてきなさい」

 その老女は即座に退出し、ほどなく中年女を連れて戻ってきた。

「……お呼びでしょうか」

 アミヤと呼ばれたそのメイドは、大きな眼をさらに広げて言った。浅黒い肌が、不安に汗ばんでいた。

「アミヤ、お前は隠密系統だったわね?」

「は、はい、おっしゃる通りで」

 アミヤはおずおずと頷いた。話の先行きの不透明さに、少しばかり震えながら。

「そう。なら、うってつけね」

 ヴァネッサが左手を上げる。アミヤは怪訝そうな顔をし、そして即座に青ざめた。息が荒くなる。

「お、お嬢様!お慈悲を、お慈悲を!わたしには若い弟がおります、面倒を見なければ!お給金だって殆どは家族に仕送りをしているのです!」

「関係ないわ」

 ヴァネッサは冷酷に撥ね付けた。アミヤは後ずさろうとしたが、メイド長は厳しい顔でそれを防ぎ、アミヤの肩を掴んだ。

「お慈悲を!」

 アミヤは喘いだ。

「どうか、お嬢様!だんな様!ぼっちゃま方!お願い致します、どうか!」

 誰一人、アミヤに声をかける者はいなかった。琥珀色の瞳たちを見渡して、アミヤは絶望に顔をひきつらせた。

「アミヤ、お前はなぁに?」

 ヴァネッサは静かに問うた。アミヤは唇を引き結んだが、ヴァネッサの青白い掌に首筋を突かれ、息も絶え絶えに言った。

「わ、わたしは……」

「お前は?」

「わたしは、“ヴァネッサ様の”メイドで、ございます!あぁ、お慈悲を!」

 その瞬間、ヴァネッサの左腕から黒い光が溢れ、哀れなアミヤを飲み込んだ。双子が眼を背け、チャールズが舌打ちした。

 エドワードは何も言わなかったが、ただ不快そうに眉をひそめた。当のヴァネッサは、微笑んでいた。

「そう、それでいいわ」

 黒い水のようなゲヘナは、やがてアミヤの身体に染み込むように消えていった。亜麻色だった髪は漆黒に染まり、黒い瞳が虚ろに揺れた。死人のように生気のない顔で、アミヤはふらふらと姿勢を正した。

「お前に命じる。“シリル・ファイアローズを探して連れてこい”」

 ヴァネッサは気品ある声で言った。ゲヘナの黒を注がれたアミヤは、能面のような表情で踵を返し、扉を開けて出ていった。足音はすぐに疎らになり、やがて聞こえなくなった。

「……酷いな」

 チャールズは吐き捨てた。ヴァネッサは蔑むように唇を歪めた。

「あら?あれはお父様が私に下さった“私の”メイドよ。どう使おうが勝手でしょう、ねぇ、お父様?」

「いつも言っている通り、お前たちは自由だ。好きにしたまえ」

「にしても、使いきってしまったわ。せっかく注いでもらったのに。やはり生きた人間のように……複雑なモノを支配するのは骨だこと」

 ヴァネッサは自らの両手を見下ろし、ほっと息をついた。

「さぁ、あとは……さっさとエンブリヲンを再建して」

「言われなくても、やってるよ」

 チャールズはひらひらと手を振った。

「この期に、基礎設計から見直すつもりだ。今までのエンブリヲンは継ぎ足しだらけで、全体のスマートさに欠けてたからねぇ。期待して待ってなよ」

「なら、一つ頼めるかい?」

 黙りこくっていたエドワードは突然、口を開いた。

「チャールズ。新しいエンブリヲンに是非とも造ってほしいものがあるんだ」

「何さ?」

 エドワードは一瞬口ごもったが、刃のように鋭い瞳で答えた。

「艦内に……剣士のための闘技場(コロッセオ)を」

 

 ◇◆◇

 

 □カルディナ北方

 

 チューリヒに率いられた彼らは、既にサンフォーリングの汚染区域の外にいた。

 砂漠の色はくすんだ灰色へと変わり、金色だった砂から岩石の荒野へと移行していた。ひねこびた木々ではなく、白っぽい下草が植物の中心だった。それらは鋭く硬く尖っていて、大抵、毒を含んでいた。

「周囲に人影はない、今日もな」

 ステラたちの予想に反して、隊商が奸賊に襲われることはなかった。砂漠の風は穏やかですらあった。

「護衛が十分にいるのを見せるだけでいい。野盗だって商売なのだから」

 チューリヒはそう言って、いつも通り首をかしげた。

 亜竜級程度のワーム類は砂からよく顔を出したが、広げた大顎に剣や鉄砲を食らうやいなや、すぐにまた砂に潜り込んだ。砂漠の蟲にとっても、手間のかかる獲物はごめんなのだ。

「坊主!」

 軋む荷台に座るシリルに、傭兵のひとりが声をかけた。

「お前、なにしてる?」

「やめてよ」

 シリルは顔をしかめた。

操縦士(ドライバー)だろ?機体はどうした?」

「使えないんだ」

「なんだ、なら本当に役立たずじゃないか!」

 髭面の傭兵はあっけらかんと笑った。言葉は不躾だったが、シリルには分かっていた。彼は別にシリルを蔑んでいるわけではないのだ。

 サンフォーリング周辺の出身らしい髭面は、大きな斧を肩に担いでいた。その刃には、幾何学的な飾り文様が彫られていた。

「工芸品なの?」

「いや。溝を切っておくと血が抜けるからな。肉に刃が埋まらないんだぜ」

 自分で考え付いたかのように、男は自慢げに言った。

 ステラのほうはその剣の腕前で、上手く彼らに溶け込んでいた。ワームや砂漠のサソリが出る度、彼女の刃は火花を散らして敵を打ち倒した。

 巨大なサソリが体節の隙間を貫かれ、光の塵になる。ステラは得意気な笑みでシリルを振り返った。

 シリルは、なにも出来なかった。予め分かっていたこととは言え、それがシリルには歯痒かった。

 シャングリラを使えば、シリルの目的地が分かってしまう。サンフォーリングから何処へ行ったのか、何処へ行くのかが露呈してしまう。そして、シャングリラが無ければシリルは大して強くもない只の少年に過ぎないのだった。

「俺にだって!」

 シリルはそう言って、傭兵のひとりから安く買った狙撃銃を構えた。

 軽い音が響いて、銃弾が飛んだ。ハサミを撃ち鳴らす亜竜級の【砂漠甲蟹(サンドクラブ)】から、その着弾地点は左に3ヤードも離れていた。

「下手くそ!」

 傭兵は笑いながら飛び上がり、そのトゲのある殻を斧で叩き潰した。

「無理しなくていいわよ。あたしだけで二人ぶんは働いてるし」

「そうだぜ坊主、このお嬢ちゃんは働き者だ」

 髭面の傭兵は頷きながら、シリルの銃をトントンと叩いた。

「次は右に照準をずらしてみな」

「こう?」

 引き金を引く。銃弾はまたも逸れ、這いずるワームの左の砂山を吹き飛ばした。

「惜しい。もっと右だ。銃の癖は感覚で掴むんだぜ、見たとこそれァ結構な使い古しだからなぁ……幾らで貰った?」

「五万リル」

「ボられたな」

「だから止めておけって言ったのに、あたしは」

 ステラは首を振った。

 

 隊商は、曲がりくねった古道を通って、町を目指していた。途中にあるのは、渇れた川や、干上がった小さな湖、そして崩れ落ちた遺構だった。

 それらの砕け散った石積は、いつしか寄り集まり、しっかりした輪郭を取り戻し始めていた。砂と土に埋もれた石垣が顔を出し、そしてみるみる大きくなっていった。

「これは、何?」

 今やシリルの背丈をも追い越した巨大な石壁を見上げ、シリルは尋ねた。灰色の壁は、東西方向へ緩くカーヴしながら伸びていた。隊商はその壁の南側に沿うような道を、ゆっくりと進んでいた。

「これは、砦だ」

 チューリヒは囁くように言った。

「かつて、この国がカルディナと呼ばれるより昔だ、ここには豊かな国があったそうだ。大きく、強く、この砂の海を治めたという」

「……滅んだの?」

「どんな国も、永久には続かない」

 チューリヒは鳥の面を撫で、指差した。

「見たまえ」

 石の壁の崩落した切れ目から、霞む大気越しに見えるのは、途方もなく大きな山々の影だった。厳冬山脈だ。

 青く、雄大に佇むそれは、純白の雲へと沈んでいた。けれど垣間見える足元だけで、どれ程の大きさかは分かろうというものだ。

「かの山並みには、竜たちが棲むと言われている。知恵と力を備えた怪物だ。その女王に対して、傲慢な王は手を出した」

 チューリヒは次に、巨大な壁に開いたいくつもの裂け目を指差した。

「伝承によれば、怒れる地竜たちは津波のごとく国土を呑み込み、軍勢を蹴散らしたという。傲慢な国は荒野へと成り果て、王は死に、そしてあらゆる人々が竜の怒りを思い知った。これは千年以上の昔、厳冬山脈から侵攻してきた竜の群れを食い止めるために建造された長城だとされている……一日ともたなかったようだが」

 砂礫に崩れ始めている古びた壁を眺め、シリルは瞬きをした。

「全長は、途切れながらも八キロメテルほど。壁はまだ西へと続き、そして半ばで大きな峡谷へと突き当たる」

 

 その時、ちょうど視界が開けた。

 

 隊商が丘陵を乗り越えたのだ。くすんだ青空を、風が吹いていった。埃の混じった薫風に乗って、背後から来た白い鳥の群れが空を渡っていく。

 壁は途切れていた。それと交差するように大地は割け、南北に割れ目が伸びていた。

「キシャル大峡谷(ロロポ)だ」

 それは、対岸の景色が霞むほどの谷だった。黒々とした岩肌が、薄暗い谷底へ切り立っている。

 向こう岸には、やはり石造りの壁の片割れが聳えているのが見えた。長城から少し南に眼を向ければ、もうもうと黒煙が上がっているのがわかる。

 煙突だ。細長い煙突たちが、谷の中から背比べをするように何本も屹立していた。風に乗って、甘いような独特の匂いがした。

「採掘だよ」

 隊商の一行は、その煙突たちに向かって歩いていった。谷の手前で道は折れ、下り坂になって峡谷の縁を降りていた。

 細い道は舗装され、荒野だったはずの地面には緑が見え始めている。黄色い花が咲いている。それが日差しを喜ぶように揺れた。

 風向きが変わり、黒煙が流れていく。

 シリルは眼を見開いた。傍らでは、ステラも釘付けになったようにそれを見ていた。

 見えたのは一つの橋だった。巨大な鋼鉄の橋だ。大峡谷を渡るため、黒々とした金属を組み合わせ、アーチを描く鉄骨を無数の鋲とワイヤーで留めてある。百人とて横に並んで渡れそうな大橋だった。

 一つの町にも匹敵するその大橋は、無数の柱に支えられ、谷の両端を繋いでいた。その頂点は、鳥の群れが羽を休めるほどに高い。

 鈍い音が聞こえ始めた。貨物を運ぶ人足たちや、黒い岩を積み込んだトロッコが小さく見える。橋のこちら側のたもとに張り付くように、煙突や採掘施設が群がっていた。

 チューリヒは振り返り、言った。

「さぁ、着いたぞ」

 その時、正午を知らせる鐘が鳴った。割れんばかりの鐘の音に負けぬよう、チューリヒは声を張り上げた。

「ここが“流氷都市”……鋼鉄と氷の町、セルンの大橋だ」

 

 To be continued

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