鮮血のエンブリヲン   作:Mk.Z

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第三十五話 Amnesiac/血を失いし者

 ■???

 

 ここは薄暗い。

 白く濁った吹雪は、日の光をすら弾いていた。

 シリルは貰った外套を着込み、吐息が白く凍るのを面白がるように口を開けた。

「……シリル、というのか」

 その痩せた男は、どこか不慣れな様子で口を動かしていた。

「シリル、シリル……良い響きだ」

『O keimel ta?』

「あぁ……we noltel'am. Wort zwet grich……」

 並んで歩く雪ゴブリンが、何やら鳴き声を男と交わす。シリルははっと気づいた。

「それ……ひょっとして、言葉なの?」

「何がだね?……あぁ、それは、まぁ、当たり前じゃないか?別にゴブリンが言葉を話したっておかしくはないだろう」

 男は戸惑ったように答えた。

「確かに、人間の……現在の言葉とは同じでないが」

 シリルもまた面食らって目をしばたたいた。ゴブリンは、二人が何を言っているのか分からない様子で、牙を剥き出しに欠伸をした。

「彼らの言葉は、古ツヴァイアー語だ」

 男は続けた。

「訛りがひどすぎてほぼ別物だがね。それでも、取っ掛かりくらいにはなる。ツヴァイアー、知っているか?ほら、北の……ドライフがその後継だ。彼らの国の名もそこから来た。ドライフ、“守護”だ、古きツヴァイアーの言葉で。かつてそういう名前の国があったのだよ、ツヴァイアー……大昔のことだそうだが」

 まるで教師のようにいきなり饒舌になった男の言葉に、シリルはふらふらと首を傾げた。

「ツヴァイ、アー?」

「ツヴァイアー。知らないのか?まぁ、無理もない。学者でもなければ名前すら……」

 男はそこで言葉を切った。

「だが、なぜ私はこんなことを知っているんだろうな?不思議だ。なぜ知っている?君が知らないことを。私は、誰だ?」

 男は、シリルを見た。

「私は、誰だ?」

「し、知らない……」

 シリルは気圧されて首を振った。男は残念そうだった。

「そうか」

「記憶喪失、っていうやつ?」

 シリルの言葉に、男は頷いた。

「名前すら思い出せん。歳も。故郷も……人間ではあるらしいのだが。気がついたときには、ゴブリンとここで……」

 男はしきりに首をかしげていた。

「知識はある。けれど記憶はない。この冷たいものが……雪であることは分かるし、君が<マスター>であることも分かる。1足す1は2。2足す2は4。彼らがゴブリンであることも分かる。だが、私は誰だ?それだけがわからない」

 雪の向こう側に、黒いものが点々と霞んでいる。

 ゴブリンの村だ。石と泥炭で作られた村落が、氷雪の中に佇んでいた。

 三角形を描く石積みが村を守っている。その切れ目には朽ちた木で柱が立てられ、くすんだ色の旗が翻っていた。血のような色の塗料が渦巻きを作っていた。

「Toss zwet……」

「……キシャール。二千ばかりのゴブリンの暮らす場所だよ」

「そんなに?」

「驚くことはない。この手の種族はおしなべて多産で、寿命も短めだ。世代交代は速く、あっという間に増殖する。ゴブリンとはそういうものだ」

 メジナルドは説明する。

「ゴブリン目、寒冷地型の【チル・ゴブリン】……俗称雪ゴブリン。まぁ、実態に則した呼び名だな」

「ここは厳冬山脈なの?」

 それを遮って、シリルは尋ねた。メジナルドは一瞬立ち止まって、静かに笑いだした。

「厳冬山脈?それなら、ほら……」

 その指の先には、吹雪に薄れてはいたが、確かに黒っぽい山並みが見えた。まだ遠い。遥かなる大山脈は、いまだ北方の果てに君臨していた。

「セルンの峡谷が厳冬山脈へまで続いている、などというのは大きな間違いだ。噂話、誤解、当てずっぽうの類いだよ。この吹雪と寒気は山地のはるか手前で止まっている。【測量士(サベイヤー)】たちの怠慢だな」

「じゃあ、ここはなんでこんなに寒いの?」

 シリルはがたがた震えながら言った。ようやく、どれほど寒いのかを身体が理解したのだ。

「まるで、シベリアみたいじゃない」

「なんだそれは?……この寒さの原因は分からん。ここはカルディナの北方だが、別に最北端ではない。気象学的にも、砂漠気候が想定される土地だ。なのに、谷筋はこれほど寒い。一説には、呪われているからだそうだよ。……【覇王】にな」

 【覇王】。そのあざなには聞き覚えがある。ステラが話していた、古の覇者。世界の半分を治めた大王。

『ハオウ?』

 そのとき、シリルは飛び上がった。傍らのゴブリンは、億劫そうに口を動かしていた。

『ハオウ、知ッテル。昔ノ王』

「しゃ、べれるの?」

「私が教えたんだ」

 男は自慢気とは程遠い態度で言った。

「ゴブリンたちの言葉を学ぶだけでは甲斐がないのでね。ほぼ全員に無視されたが、彼だけは熱心に私の話を聞いていた」

『U zwin schkam……私ハ、シュカーム』

「シュカーム……それが、名前?」

 初めてゴブリンを正面から見て、シリルは答えた。ゴブリンは大きすぎる瞳でじっとシリルを見ていた。

『私ハ、シュカーム。Orsch krostel ta?』

 シリルは戸惑ってまばたきをした。ゴブリンは繰り返した。

『Orsch krostel ta?』

「え?あ……シリル。シリル・ファイアローズ」

 シリルはつっかえつっかえ続けた。

 ゴブリンは首をかしげた。

『青ノ河、私ハ汝二尋ネル。汝ハ<マスター>(刻まれしもの)カ?』

 シリルは黙って左手を挙げた。その紋章をしみじみと見て、ゴブリンは頷いた。

『不老不死ノニンゲン?ナゼ、死ナナイ?』

「そんなこと聞かれたって」

「こいつらはニンゲンに御執心なのさ」

 男はしみじみ言った。

「ゴブリンとは言え、彼らには……彼らにも文化がある。信仰さえもある。彼らは彼らの世界観を持ち合わせている」

「それが、人喰いとどう関係が?」

「大有りだ」

 雪は強くなっていた。シリルは上着の襟を持ち上げ、くしゃみをした。

「彼らは喰ったものが自分の力になると信じている。早い話が、ティアンの脳を喰らうことで同じ特質を得たいのだ。彼らは人間になりたいのだよ。人間性が欲しいのだ」

「……ゴブリンが?」

「ゴブリンが、だ。いや、むしろ、だからこそか?一度では足りなくても、繰り返し、繰り返し脳を食すれば、人間になれると信じている。非合理に思えるか?それが信仰だ。強固な信仰に従って、ゴブリンはヒトを襲っている。ティアンとしてははた迷惑な話だが」

 シリルは困惑してゴブリンを見、男を見、そして口を開いた。

「ならばなぜ、あなたは……」

「私は客人だ。彼等にも彼等のしきたりがある。私もその全てを把握しているわけではないが、言葉を解し、疎通を図る人間を彼等は“客人(メジナルド)”として認めた。そうと認めたのなら殺しはしないのだろう……」

『Ga! Mesinard dalkee sh we wemeed!』

「ついでに言っておくと、君の立場も似たようなものだ。<マスター>くん。君は彼等にとって憧れる人間ではない。少なくとも、脳味噌を齧られる対象ではない。だが興味の的ではあるらしい。だから、浚われたのだ」

 客人は言った。

「帰りたくば帰ればいい。が、実力で蹴散らさない限り彼等は君を解放しないだろうな。まぁ、殺されはしない、間違いなく。便宜も図ってくれるだろう、ゴブリンなりにだが。食事の味は覚悟しておけ」

 あまり有り難くない申し出だ、とシリルはため息をついた。ステラを放っておきたくはないが、自分が彼女を心配できる状況だろうか?

「……なんで、人間になりたいの?」

 気づけば、シリルは尋ねていた。

「俺は、あんまり人間以外になりたいって思ったことがないけど」

「いい質問だ。つまり、難しい質問だな」

 ざくざくと、雪を踏む足音は段々硬くなっている。

 二人と一匹……いや、三人は既に門のそばまで来ていたが、男はゴブリンに目配せをし、シリルの知らないジェスチュアをして行き先をぶらした。門の横の岨道から小高い丘を上り、黒く疎らな木々を抜ける。

「君は、どう思うね?<マスター>……ティアンとモンスターの違いを」

「違い?そんなの……違う、としか」

「あぁ、良くない質問だったな。訊き方を変えよう。ティアンの特権を、君は理解しているか?つまり、ゴブリンから見てのことだが」

 シリルは吹雪に目を細めながら考え込んだ。睫毛に氷が積もっていた。

「強さは、人間の方が強いじゃない」

「そうかね?だが、素の肉体スペックでは人類などゴブリンの足元にも及ばないぞ。いや、足元にくらいは、及ぶか……?まぁ、ゴブリンは最下級のカテゴリーだからな。だが、他の生物も広く含めれば違う。概ね、戦闘力という観点から言えばティアンは生物として格段に脆い。体内に……なんだ、そう、生来のリソースの器を持たないからだ」

 それは知っている。<マスター>もだいたい同じだからだ。

「一方で、確かにティアンだけの特質はある。そこが彼等の<マスター>に興味を示さないことにも絡んでくるんだが……そら、着いたぞ」

 男は足を止めた。

「墓だ」

 そこは、墓地だった。

 黒い石が整然と並んでいた。大きな石、小さな石、その二つが向かい合うように延々と続いている。

「これは、ゴブリンの?」

「他にいるまい」

 男は墓地の入口で、そっと悼むような眼差しを見せた。

「ここは彼らの先祖代々の墓地だ。ここのゴブリンたちには、死者を埋葬し、哀悼する文化がある。人間が人間に向けるそれとなんら変わりのない感情が」

『立ツノヲ止メタモノ、此所ニ祀ラレル』

 シュカームは言った。

『デモ、コレハ、嘘』

「ここに骸はない。墓は全て空っぽ、墓標はただの記念だ。飾りだよ」

 当然だ、と客人は続けた。

「そうだろう?非人間範疇生物(モンスター)は、死ねばリソースへと分解されて消える。ちょうど君らと同じだな」

『身体、残ラナイ』

 シュカームは声を小さくした。それは、きっと悲しみの表現なのだった。

『ニンゲン、墓作ル。ゴブリン、消エル。ニンゲン二成レバ、身体残ル?』

「……君らのその思考は興味深いが」

 客人はシリルを見た。

「さっきの話は……墓を作り、骸を悼むことが人間の特権だ。そして、それは君らにはない。失礼だが、君らは本当に人間なのか?……いや、失言だったな。とにかく、これが、ゴブリンが欲しているもののひとつだ。だから、彼らは<マスター>の肉を食べたりはしない」

「俺が、人間じゃないってこと?」

「雪ゴブリンはそう思っている」

 シリルはシュカームを見た。こいつもティアンを食べたことがあるのだろうか。人に成ろうとして、人に成れると信じて。

 果たして、“血”は覆せるものだろうか?

 シリルは墓に目をやったが、どうしていいか分からなかったので十字を切った。男は囁くように言った。

「誰だって、自分を変えたいさ……」

 男はしばし言葉を切って、そして振り向いた。彼は丘を下り、あの村を目指して歩き始めた。

「寄り道をしすぎた。早く来たまえ、ここはどうにも陰気だ」

 

 ◇◆◇

 

 ■同刻・流氷都市セルン

 

 結局のところ、シリルを奪還するためならステラはひとり荒野を走っていくことだってできた。それをしなかったのは、シリルを信じていたからだ。

 いや、信じるなんて言葉は小綺麗すぎる。

(あたしは……心の底で、シリルを人間だと思っていない)

 腹の内に粘りつくような感情を抱えて、ステラは考えた。

 <マスター>には力がある。<エンブリオ>がある。その強さは、確かに彼の家族に追われないために軽々には使えないとしても、それでもなおゴブリン程度に引けをとるものではないし、何より彼は死なない。

 あのとき、なぜシリルが突然“消えた”のか、ステラには理解できなかったが、それが彼にとってひどく嫌なものであることは解った。再会したとき、シリルの表情の裏側には、隠しきれない憂いの色が透けて見えていたからだ。

 それでも、死ではない。

 どんな代償を払ったって、苦しみを受けたとて、不死身の付属物なら安いものだと考える人間(ティアン)は大勢いるだろうし、ステラにもそれは共感しうるものだ。一方で、不死身と力を得ても、シリルにはシリルの苦悩がある。ステラには知り得ぬ“向こう側”がある。

 そこには、一線がある。

 あの非礼な男はステラたちティアンのことを偽物の人間だと言ったが、その理屈の半分さえステラには理解できなかった。

 一線がある。シリルたちとステラを隔てる、ステラには見えもせず越えられもしない一線が。

 彼らは来訪者なのだ。その一線を越えてきた。彼らは彼岸と此岸の双方を知るまれびとで、こちら側に閉じ込められたステラでは手に入らない視点を持っている。

 “血”は覆らない。ティアンは<マスター>になれない。ステラには、シリルの“向こう側”を知ることは出来ない。

 そこで、ステラは深く息を吐いた。

 図書館は開いていたが、人気はなかった。無理もない、とステラは思った。ゴブリンが攻めてきた後となっては、みな他にやることがあるのだろう。

 扉をくぐると、紙と埃の匂いが強く漂っていた。

 ステラはどこか懐かしいものを覚えながら、棚を数えていった。母エストレーラが本好きで、よく難しげなものを砕いて読み聞かせてくれたことを、ステラはおぼろげながら思い出していた。

 やがて、一番端にあった大きな本棚から、ステラは最新版の『セルン沿革』なる書物を引っ張り出した。

 気になるのは、あの市長のことだった。ティアンが<マスター>になれるなら、ステラだって出来るはずだ。過去は覆せないが、未来は変えられる。

 ステラも、シリルと同じ場所に立てるかもしれない。

 あの特徴的な土面と、軽薄な言動を思い浮かべながら、ステラはページを繰った。書物の半ばから、歴代市長の顔と経歴が綴られている。はじめは似顔絵だったそれらが、途中から鮮明な写真へと変わっていく。

 都市の沿革や市長の経歴など、つまらないのだろう。ページは重く、人の触れた気配はなく、静寂のにおいが染み込んでいた。ステラは黙ってページをめくった。なにか、このアンニュイな気分を慰めてくれるものがほしかった。

 だが、あの女の写真は見つからなかった。ステラは首をかしげた。確かに最新版のはずだ。

「落丁……?」

 羅列の最後を占めていたのは、疲れた顔の男だった。あの女の先代だろうか。

 書物曰く、この都市の生まれで、なかなか行政の手腕に長けた人物らしかった。あの橋、この都市と融合している橋を代々修繕し続けた職工の家系だという。

 ステラはますます憂鬱になった。ちょうどこの図書館で、ユージフの話を聞いたのだ。古い条約と、それに縛られ続けるセルンの血筋を……

「あれ?」

 ステラは動きを止めた。今、なにか疑問が脳裏を走った。

 血筋。そう、血筋だ。

 ユージフは、マクバラー市長のことをこう言っていた。血筋絡みのトラブルで親を亡くしたと。

 なら、市長はセルンの血筋のはずだ。移住者ではなく、“契約”の血を引いているはずだ。

 そして、さらに前の記憶では、あの酒場の店主が確かこう言っていた。カルディナに留学に出ていた、帰ってきてからはセルンの発展に尽力した……

 それはあり得ない。セルン本来の血筋なら、この都市からは出られない。だからあの老人は、ステラの前で死んだのだ。ユージフがいた入国管理の施設が限界線のはずだ。

 なにか、つじつまが合わない。

 記憶違いや言い間違いか?アドラスターとの契約をいやが応にも意識するセルンの人々が、そんな間違いをするだろうか?

 ステラは硬直し戦慄した。図書館の暗がりが、静寂が、ひどく冷たく張り詰めている気がした。身体を冷や汗が伝っていた。

 そして、ステラは思わず剣を振り抜いていた。

 手応えがあった。無意識から覚めた彼女の眼が、自分が斬り飛ばしたものを捉える。

 それはゴブリンだった。

 陽光の薄い地らしき青白い肌に、鋭く恐ろしげな牙、そして、汚い毛皮を纏った身体。

 そんなもの、図書館には似つかわしくない。ステラは瞬きをしたが、眼前のゴブリンは消えなかった。これは現実だ。

 雪ゴブリンは静かに息を吐くと、傷口を押さえて立ち上がった。その盲た眼差しが、下品にステラを睨み付け、ゴブリンはよろめきながらまた飛びかかってきた。

「……ッ!」

 ステラは躊躇わず、ゴブリンに向かって踏み込むと、剣を下段から振り抜いた。皮膚と肉とを切り裂く感触がして、次いで骨に金属の当たる硬い衝撃が来る。ゴブリンは光の塵と化し、消滅した。

 その勢いのまま、ステラは前へ走った。後頭部を、なにかが掠めた。

『これも勘づくのか……なるほど、よく鍛えてあるな』

 今しがたステラの頭を握り潰そうとした巨大なコウモリ様の怪物が、逆さのままで言った。

『まぁ、無駄なんだが』

 コウモリに向かって剣を構えたステラは次の瞬間、よろめいて倒れ伏していた。足に力が入らない。

 後頭の掠り傷が、妙に熱を持っていた。

「毒……!」

『正解だ。君、レベルが低いので薬物の類いは効きやすいな。結構結構』

 蛙のような顔で、コウモリが嘲笑う。その名前は、

『結構』

【バエル】といった。

 コウモリのバエルはステラの何倍ものスピードで飛び上がると、倒れている彼女の頭を掴んでそこに止まった。次いで、あの竜のような異形が図書館の柔らかな絨毯を踏んで現れる。確か、【フルフル】と呼ばれていた竜だ。

 フルフルはステラに顔を近づけ、匂いを嗅ぐと、やにわその鋭い鉤爪で彼女の脚をズタズタに切り裂いた。

「ァ……ッ!」

 声にすらならない苦悶を漏らすステラの脚は、もはや骨で繋がっているだけに過ぎなかった。筋肉や血管は潰され、挽き肉と同じになっていた。

 奇形の竜は次に、ステラの腹を噛み裂いた。竜の牙にとってはステラの身体など柔らかな肉に過ぎなかった。自分の血だまりの中に沈みながら、ステラは己の温度が散逸していくのを感じていた。

 どこかから足音がした。入り口から静かに歩いてくる人影に、ステラは歯を食い縛りながら言った。

「お前、は……」

「あーあ、余計なこと気づいちゃうからよ?」

 【悪魔騎士】“マキシマム・マーチ・マクバラーちゃん”は、いつも通り軽薄な態度で瀕死のステラを見下ろした。

「でも、口封じの出来る“ティアン”でよかったわぁ……同類(マスター)に勘づかれると面倒だし。まぁ、外から来たあなたに()()()()()()のは当然としても、気づかれるなら精神保護のある彼らだろうと思っていたのにねぇ?やれやれだわぁ」

「お前は……誰だ……?」

 その絞り出すような言葉を嘲笑って、ステラの髪を掴んで顔を起こす。マクバラー市長は土面越しの視線で、ステラをまじまじと見た。

「ご存知!“マキシマム・マーチ・マクバラーちゃん(とても偉大で騒がしい、愛すべき葬列)”。それが、あたくしの名前。大好きな名前。あなたは、自分の名前がお好きかしらぁ?」

「違う……お前は、誰だ!」

 ステラは失血で冷たくなっていく身体を叱咤して、マクバラー市長を睨み付けた。

「お、まえ、は……本物、の、市長を、どこに?」

「知らないわよそんなのぉ!あたくしだって見つけられるならそうしたいわぁ……だいたい、流れ者のあんたがなんでそんなこと知りたがるのよ、この下品な小娘がッ!」

 マクバラー市長はステラの頭を放し、床に落とすと、その腹を蹴りつけた。ステラは痛みに鋭い息を吐き、マクバラー市長は慌てて跪いた。

「あらあら、ごめんなさいね?痛かった?大丈夫よ、すぐに……なにも分からなくなるから」

「……は、あ?」

 ステラは霞む眼でマクバラー市長の不気味な笑みを見つめ、そして冷えきった身体のなかで、掌だけがかっと熱くなるのを感じた。

 握手のとき、マクバラー市長の触れていた掌に、深紅の染みが現れていた。奇形の雷竜、【フルフル】にステラの腕をねじり上げさせ、マクバラー市長はその深紅の“印”を確かめると、満足げに頷いた。

「さて……教えてあげるわぁ。何もかも」

 もはや死にかけのステラを無理やり起こし、その顔へと唇を近づける。

「あたくしの<エンブリオ>はね、TYPE:アドバンスで……」

 しばし、静かな図書館に響くのは、ステラの小さくなっていく荒い呼吸と、マクバラー市長が何事か長々と囁く幽かな破擦音だけだった。ひとしきり二人の会話が終わると、マクバラー市長は立ち上がり、目配せをした。

『はい、我が主よ』

 物音ひとつ立てず控えていた【フルフル】は、その前肢を持ち上げると、鉤爪を広げ、あっという間にステラの頭蓋骨を踏み潰した。

 脳漿が零れ、柔らかな肉が溢れ、骨の欠片がパキパキと音を立てる。すでに力を無くしていたステラの身体はなんら抵抗することなく、首から上を失って完全に沈黙した。死んだのだ。

 絶命した少女の死体を前に、マクバラー市長は、市長に成り代わっていた女は、忌まわしいものを見る目付きで後退り、呟いた。

「じゃ、始めるわよぉ……《孤独のバプテスマ(ソロモン)》」

 

 To be continued

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