鮮血のエンブリヲン   作:Mk.Z

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第四話 Lazy Gun/未来兵器

 □■二重都市・北方

 

「逃したァ?!」 

 その男はすっ頓狂に叫んだ。大声の圧に金属と革が震えた。

 密閉されて陽光から遠い部屋の中には、明かりを補うための簡素な照明が点っていた。角ばった座席がその下に並び、一段上がった場所にはひときわ大きな座面と、机のようなものが床に固定され、備え付けてあった。その座席の上で、男は苛々と足を揺らしていた。

「報告は順調だっただろうが!」

「いやァ、すんません」

 シュルールは唇の端をいたずらっぽく上げて言った。

「俺の手違いで。襲えないターゲットでした」

「……」

 男はその刺青入りの禿頭を揺らし、獣のように獰猛な表情をシュルールに向けたまま、叩きつけるような口調で傍らの部下に尋ねた。

「おい、今月の収支は?」

「シノギはほぼなし。砂漠のワーム類との戦闘が四回。赤字ですね」

「それみろ!」

 両手を振り上げて、男はまた叫んだ。大音声の響きに、シュルールは顔をしかめた。

「テメー、どういうつもりだシュルール!これで済むと思ってるのか?」

「勿論、思っちゃいませんが」

「だったら埋めろ。お前の好きな手段でいい、ガキ相手に部隊を二つ動かして何一つ持って帰れなかったツケをな……分かってるだろう。今はチャンスなんだ」

 男は節くれだった指を立て、言い聞かせるように、鼻につく口調で指折り言った。

「<ナスール盗賊団>、<砂蛇(サーク)>。アリブんとこの<ファラクの鷹>も出張ってきてる。こんな時に、よりによってこんな時に遅れをとる訳にゃいかねんだよ。それをお前……」

「お言葉ですが、撤退しなくてもどのみち撃退されていた可能性が高いスよ、一人は腕利きだったし、もう一人は紋付き(マスター)だ。子供の見た目だって……」

 シュルールは長々と弁解した。その眼には反省などと言うしおらしい色はなかったし、それは男にも十分伝わっていた。

「俺に逆らうな」

 男が甲高い声で怒鳴る。その視線が今度は別の、痩せぎすの部下に向いた。

「言ってみろ!俺は誰だ!」

「はっ!ボスは懸賞金五万リル、<鉄の遊牧民(アイアンキング)>頭目、“アイアンキング”クロイツィヒさんです!」

 健気なその部下は、軍隊の敬礼を真似して言った。

「そうだ!」

 クロイツィヒが断言し、その手が酒瓶を投げ捨てる。

「お前がガキに甘いのは勝手だが、落とし前はつけろ。戦車部隊は大食らいなんだ」

「生憎、貯金はないんですよ」

 二人が睨みあう。視線がぶつかり、その間には火花が散っているようだった。

 同情は何よりの贅沢品だった。自分の余裕を切り崩すことに等しいからだ。ぎりぎりのどこかで線を引けなければ、狩人から獲物に転落するのが貧民街の鉄の掟。それはシュルールも承知している。

 空気が諍いの予感に張り詰めるなか、それを破ったのは、慌てた様子で室内に飛び込んできた哨戒役の伝令だった。

「た、大変です!」

「どうしたァ!」

 クロイツィヒはがなった。歩哨は息も絶え絶えに叫んだ。

「敵襲!敵襲です!警戒線の内側、所属不明機(アンノウン)の反応が接近中!」

「何?」

「機?」

 シュルールとクロイツィヒが同時に眉をひそめた。疑問の感情ゆえにだ。

「……警報装置の敷設をサボったか?担当のやつらをあとでとっちめて……」

「違います!」

 歩哨がぶんぶんと首を振る。怠惰ゆえの事態ではない。断じてない。

「警戒網の上から……空を飛んで!」

「へぇ、そりゃ凄い」

 シュルールが口笛を吹いた。クロイツィヒもまた、歯を打ち鳴らして笑った。

「戦の準備をしろ。物好きを撃ち落とせ」

 その指令は瞬く間に団の全体へと波及していった。だらしない盗賊たちが気を引き締め、走り出していく。それに呼応して、金属製の獣が産声を上げていた。

 並び立つ砲門!堅固なる装甲!砂丘を踏み荒らす無限軌道!

 その獣たちこそ、<鉄の遊牧民(アイアンキング)>の主力たる家畜だ。

 

 【ガイスト】、その係累。

 

 大食らいの兵器たちが排気を吹き、がたごとと轟音を立てる。その動きとともに、見張り役がガタガタと油の足りない望遠レンズを動かした。

「……対象を光学で捕捉しました!やはり機械兵器ッス!」

 見張りが叫び、その指が機械のスイッチをパチパチと弾く。

「《鑑定眼》は最低レベルで動作、機体の詳細は不明!数は三、高速で近づく!」

 その声には狼狽があった。

「中央の一機は音速の三倍で接近してます!」

「撃て」

 クロイツィヒが短く命じる。それは速やかに伝声管や通信魔法を通じて全体へと伝えられた。砲手たちは喜んで引き金を引いた。

『了解!一番機から四番機、主砲、テェ!』

 砲弾が飛ぶ。空を切り裂いて、硝煙の匂いを引きながら、轟音と共に飛ぶ。

 だが、通信士は悲しげに怒鳴った。

「躱されました!……映像出しまァす!」

 そして、据え付けられたモニタ装置はそれを映し出した。

 数は三機。飛行装置らしき短い翼は赤混じりのオレンジの波紋を空中に残し、橙や青といった機体色の鮮やかさからは自信が感じられる。それらに共通する意匠は、兄弟機の証のようにも見えた。奇妙な形だが、航空機の範疇だ。

「射撃を散らすな。対空迎撃砲を使っていいから逃げ筋を潰せ。一斉射が終わると同時に狙撃。主砲を当てれば落とせる」

 クロイツィヒは冷静に命じた。

「所詮はカトンボよ」

『了解!対空機関砲、斉射!』

 唸りを上げて銃口が揺れる。迸る閃光とともに礫の雨が敵機へと襲いかかった。三機が驚いたようにその軌道をたわめ、回避に走る。

『斉射終了まで、十、九、八、七……』

 整列する【ガイスト】部隊が砲口を上げる。まるで邪悪な竜が獲物に舌なめずりをするように。

『六、五……』

 履帯が止まる。光学センサーが眼を凝らして敵機を追う。

『……二、一、斉射停止!』

「全機、主砲発射ァ!」

 号令と同時、火柱とともに煙を吹く砲弾が空を汚した。重金属の塊に恥じぬ威力を孕んだ攻撃が、絶対に避けられない軌道で三機へと向かう。

 そして、三機は更に加速した。

 スラスターが青い光を吹き、ソニックブームと共に機体が砲弾を飛び越える。

「なんだあの機動性は」

 クロイツィヒが吠えた。

「《鑑定》の解析は最低限効いてる。<マスター>どもの能力(エンブリオ)じゃあねぇ、実物だ」

 つまり、人の手が造り出した純粋な物質だった。技術と資材がなければあんなものは作れない。

「どこのどいつだ!航空型<マジンギア>なんぞ、ドライフも実用化してねぇ技術だろうが!」

「詳しいことで」

 シュルールは肩をすくめた。クロイツィヒは思案への欲を振り払うように頭を回した。

 そして、轟音が響き渡った。

 三機が搭載された武装を起動したのだ。【ガイスト】が蹴散らされ、砂漠には戦争の光が灯った。

「シハラ機大破!コプハス機ももう保ちません!」

「敵機散開!各個行動に入った模様です!」

 “青”がミサイルを放ち、“緑”が反動に揺れながら重砲を撃ち込む。そして“橙”の搭載する機銃が発光した。

『コプハス機、大破ァ!うわ……!』

 クロイツィヒはその光景に目を疑った。“橙”が放ったのは弾丸ではなかった。鉛弾よりもっと危ないものだ。

「あれはなんだ、グラジ!」

「察するに、火属性の魔術に近いですね。食らった機体は装甲を軒並み融かされてます。ですが、あの銃の外観はドライフの【LRW01】です。改造品(モディファイ)かと」

 魔力式の銃器のなかでも大口径のものは比較的生産が容易とはいえ、そう簡単に手に入る代物ではない。彼らのような砂漠のならず者では到底かなわない差がそこにはあった。権力の差だ。

 【ガイスト】が次々と大破していく。必死に砲塔を回し、履帯がちぎれそうなほど唸った。それでも、その攻撃は空を駆ける三機を捉えるには愚鈍に過ぎ、またその躯体ものろまな的でしかなかった。

 敵————橙、青、緑のカラーに染められた三機は、明らかに強力な機体だ。それこそ、並みの【マーシャルⅡ】だとて凌駕しているのではないか、そう思えるほどに。

「部隊を下げろ」

 クロイツィヒは静かに言った。その手が机を叩き、部下はびくりと身を震わせた。

「下げろ!このままじゃ無駄死にだろうが!」

「大将、そりゃ仲間思いですけど。あいつらはそれを許さないですよ」

 シュルールは首を振った。クロイツィヒは静かに顔を歪め、凶暴な形相をシュルールに向けた。

「じゃ、好い機会だろ。損失補填のよォ!お前が殿に出ろ!」

「無茶言うない!オレは盗賊(バンディット)だ、兵器相手に何かできるか!」

「生身でも気張りゃあ……!」

 クロイツィヒがそう吠えたとき、ひと際強い震動が彼らを襲った。

 【ガイスト】部隊をあらかた蹴散らし終えた三機は、その上部に内蔵するカメラアイを本丸へと向けていた。武装が展開し、その銃口が殺意に光る。部下が泣きそうな声で叫んだ。

「高熱源反応!来ます!」

 “橙”のビーム兵器、その唸りが次第に高くなる。一秒足らずの後、銃口は赤熱した。

『撃つ』

 熱と運動エネルギーの塊が大気を穿ち、本丸の()()へと突き刺さる。だが、

『……?』

分厚い金属の塊は傷ひとつなく、煙の一筋も上がってはいなかった。

「……は!」

 クロイツィヒは鋭く息を吐いた。

「はは、ははは!そう、そうだ!」

 周囲で部下たちがほっと息をつく。クロイツィヒは狂ったように嗤った。

「この機体……【アイアンキング号】は無敵だ!」

 <マジンギア>の内部で。

 本丸たるこの場所ーーいや、クロイツィヒの鎮座するこのフラッグシップ機こそは、一見して建物に見えるほどの超大型<マジンギア>だ。【ガイスト】三騎を基礎に連結させ、超重装甲を施した走行する要塞だ。

 直線的な装甲はまるで壁のごとく、無限軌道はいくつもの予備を備え、火薬に満ちた砲門がずらりと並ぶ。内部には相当量の弾薬を乗せるだけのペイロードを持ち、長期戦にも耐えられる構えだった。一週間は飲み食いできる見通しだ。

『ほう、堅いな』

 不意に、そんな声が響いた。通信員役の盗賊が怯えたように叫んだ。

「敵機からッス!魔術通信!」

「オープンチャンネルか?」

「は、はい!」

「繋げろ!」

 クロイツィヒが喚き、通信は繋げられた。ノイズ混じりに傲慢そうな声が届く。

『はじめましてと言うべきかな?“アイアンキング”』

「お優しいじゃねえか、会話の意思があるとはな……何者だ、お前らァ!」

 クロイツィヒは激昂した。

「よくも俺の<鉄の遊牧民(アイアンキング)>を!」

『クライアントの要望だよ』

 その声は確かに、嘲笑うような色を含んでいた。

『たいそうキレイ好きでね。家の庭に君たちのような虫けらがいるのは我慢ならないそうだ。俺たちは雇われの掃除屋というわけだな』

「抜かせ」

 クロイツィヒがデスクを叩く。積んであった書類がバラバラと落ちた。

「この機体の装甲は一味違うぞ。むかし無理やり協力させた<マスター>の手が入ってる……<エンブリオ>の力だ」

『成る程、それがカラクリか。熱への絶対耐性付与、といった能力かな?』

 声……“橙”のパイロットがそう述べると同時、衝撃音が轟いた。

 見るからに重武装型とおぼしき“青”がその装甲を展開し、雨霰のような火力を叩きつけたのだ。空を噴煙の筋が走り回り、小型のミサイルが次々に<マジンギア>へと着弾していく。

 しかしそれらはクロイツィヒご自慢の重装甲を少しばかり削っただけで、破壊には及ばなかった。

「はっは!厚さ五メテルの伝説級金属だぞ!易々と破れるかよ!」

 そして、装甲に埋め込まれた砲門が火を吹く。大口径のキャノン砲は、砂漠の大地すら掘り起こす勢いで一斉に炸裂した。

「おう、おう、カトンボども!ここからは泥試合だ!覚悟しろ!」

 三機がいくら強くても、無限に攻撃を受けられるわけではない。そして火器の威力では決して【アイアンキング号】のそれも低くはない。堅さで勝るなら、攻防の差し引きの末に立っているのは<遊牧民>だ。

 だというのに、“橙”は逃げる様子もなく、ただ空中へと浮上した。それに応じて、他の二機も少しだけ離れていった。逃げたわけではない、少しだけの距離だが。

 “橙”はライフルを格納し、換装した狙撃銃を展開した。そのセンサーはまごうことなく、クロイツィヒらを捉えていた。銃口が太陽を映して煌めく。

「アホが!小手調べのつもりか?……撃ち落とせや」

 即座に機関砲が放たれる。空を汚す礫を避け、“橙”は飛翔した。狙うは、重装甲の頂点だ。

「敵が真上に陣取りました!死角です!」

「全速力で旋回、東!まず他の二機から片をつけろ!」

 クロイツィヒが激を飛ばし、そして“橙”の狙撃銃が【アイアンキング号】を真っ直ぐに見下ろした。部下が接眼レンズを覗き込み、叫んだ。

「……《鑑定》成功、データ照合!ドライフの【LRW02スナイパーライフル】と思われます!」

「それがどうしたよ?」

 クロイツィヒは自信満々だった。

「五メテルを破れるか?一発二発じゃ沈まねェよ!」

 クロイツィヒの言葉をよそに、“橙”のスナイパーライフルが起動する。金属のフレームが僅かに伸長し、排熱機構が展開、センサーが同調を済ませる。数秒後、トリガーは静かに引かれた。

 

 そして、クロイツィヒの誇る超重装甲は、容易く貫通された。

 

「あ?」

 クロイツィヒは、首をかしげた。

 その声が最後だった。分厚い金属の箱の中で、弾丸の連れてきたエネルギーが吹き荒れたからだ。

 脆弱な人の身体など一瞬で粉々になり、機体そのものも内部からの圧力に崩壊していく。悔しさや恐怖など、感じる暇もなかった。

『状況終了』

 そんな捨てぜりふと共に、三機が上昇する。センサーにはぎりぎりで生き残った残党が蜘蛛の子を散らすように走り去っていくのが見えたが、それにかかずらう気はなかった。頭目たるクロイツィヒを倒せば、依頼は完了だ。

 

 三機のスラスターが炎を上げる。空を漂う翼は、目的地へ向け地上一〇〇メテルの高度を滑っていった。()()()()()()()。目指すは、

『サンフォーリングへ向かうぞ』

 

 ◇◆◇

 

 瓦礫が動く。歪み、ねじれ、粉々になった金属を押しのけて、シュルールは躊躇いがちに顔を出した。抜けるような空には、何一つ浮いてはいなかった。

「行った、か」

 死ぬところだった。超重装甲特化の【アイアンキング号】を破壊するだけのエネルギーを人体が受けて、無事でいられる筈もない。

「……偶然に助けられたな」

 その首元から、砕けて灰になった【救命のブローチ】が溢れ落ちた。

 ニ、三週間前、手に入れていたのは幸運だった。本当に偶然だ。とある盲いた老人のバザールで、二束三文に売られているのを見つけたのだ。もう少し経っていたらシュルールの他に目を付けたものが出てきてもおかしくはなかった。

 どうやら、シュルールの他には生存者はない。皆、高熱と高圧によってただの炭屑へと変わってしまった。他ならぬ頭目のクロイツィヒも。

「あんな装甲を貫通する狙撃だったか。なんにせよ、これで<鉄の遊牧民>は終わりだな……せっかく鞍替えしたのに、もう次の大将を探さねぇと」

 シュルールは肩を竦めると、瓦礫を踏みしめて歩きだした。足元では、焼けた金属が囁くような音を立てていた。

 シュルールは、死人を思うことはしなかった。<鉄の遊牧民>は仮の止まり木に過ぎない。愛着が湧くにも付き合いが短すぎた。

 サンフォーリングなら、食い扶持の当てもあるだろう。そこで生まれ育った彼には、それ以外の暮らし方は分からなかった。

 

 To be continued

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