鮮血のエンブリヲン   作:Mk.Z

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第六話 Ode to Boy/愛ゆえに

 ■□二重都市・北東

 

 空から堕ちてきたそれは、あたかも船のような形をしていた。表面は艶に欠ける漆黒に染められ、突き出た翼は鋭角で周囲を威嚇していた。それは、風を切り裂いて飛ぶための形だった。

 そして、そのハッチがゆっくりと開いた。蒸気が迸り、砂礫を濡らす。金属フレームの端を、中から出てきた黒手袋が掴んだ。

「……姉さん」

 身体を強ばらせ、シリルが呟いた。

 棺桶のようなそれから歩み出てきたのは、黄金の髪を靡かせた女だった。全身を身体の線に張り付く黒ずくめのライダースーツに包み、琥珀色の瞳を爛々と光らせている。

「探したわ」

 その女は、半ばから黒く染められた髪を揺らして言った。

「クラリスとクラリッサが“言い忘れた”みたいだから」

「姉さんがいるってことは、まさか……」

「ええ、みんな来てるわよ」

 “姉さん”と呼ばれた女は空を見上げ、静かに砂漠を踏みつけた。

 双子がいつの間にか姿を消していることにシリルは気づいた。どちらにしろ、この状況で助けになるはずもなかったのだが。

「オレを連れ戻しに来たのなら、無駄だよ」

 シリルは再三言った。

「オレは、帰らない」

 シリルが力尽きたように言う。女は一歩軽やかに踏み出すと、

「あぁ、シリル!」

一瞬でシリルとの距離を詰め、その身体を抱き締めた。

「寂しかったわ……急にいなくなるんだもの、さぁ、一緒に帰りましょう?」

 シリルがもがく。だが、女は獲物を狩る女郎蜘蛛のようにそれを抱え込み、小揺るぎもせずに抱き締め続けた。

「帰らないったら!」

「ええ、そう、もちろん帰るのよ、直ぐに」

 そんな噛み合わない会話を繰り広げる二人の傍らで、ステラは静かに戦慄していた。その身体が警戒心に震える。

(今の動き……見えなかった)

 音速にすら迫っていたかもしれない。ただ者の速度ではなかった。明らかにAGIに特化した戦闘型の振る舞いだ。

 隠蔽の術は何一つ掛けていないらしい。並みの《看破》でも問題なく通る。

「この人も、シリルの……」

 そう、名前が同じだった。ファイアローズ。

「ヴァネッサ・ファイアローズ……!」

 ステラは思わず口に出していた。ヴァネッサはゆっくりとステラの方を振り向くと、瞼を鋭く細めた。

「気安く呼ばないで頂ける?」

 ヴァネッサは腹立たしげに言った。その目がステラを不躾にねめつける。緩んだ(かいな)から逃れたシリルが荒い息をついた。

「……ふぅん、貴女、シリルのお友達?」

「……まぁ、そうね」

 ステラは油断なく言った。どことなく、非論理的な勘が告げていた。この女は危険だ、と。飢えた肉食獣のような雰囲気を漂わせている。

 だが、そんな勘とは相反するように、ヴァネッサはがらりとにこやかに笑った。まなじりに優しげなしわが刻まれる。

「弟と仲良くしてくださって嬉しいわ。自慢の弟なの。とてもいい子でしょう?」

 突然の満面の笑みにステラは面食らったが、ヴァネッサはそれに気づかなかったように、朗らかに歩み寄った。

「お近づきの印に、握手をしていただける?」

 ヴァネッサが左手の手袋を外す。ステラもまた、ほんの少し後ろめたい感情と共に歩み寄り、左手を差し出しーー

 

「《星蝕(エーラ)》」

 

ーーすんでのところで飛び退いた。

「……素早いわね。というより、目敏いのかしら」

「姉さん!」

 シリルが叫ぶ。

「ステラは敵じゃないよ、分かってるだろ!」

「いいえだめよ、シリル……だって今、あなた、()()したでしょ?」

 一転、夜の闇のように昏い目付きで、ヴァネッサは言った。まるで熱に浮かされたような口ぶりだった。紅い唇がわなわなと震え始める。

「あなたは彼女を心配した……シリルに心配を掛けるなんて、なんて悪い子なのかしら!悪い子は……」

 ヴァネッサが両手を広げる。

「……消さないと」

 そして、その袖口が異様に膨れ上がった。

 繊維の一本にいたるまで黒く染まっていた布地が、変形し、膨張していた。一本一本の繊維構造がほどけ、その輪郭を組み直す。膨らんだ糸は、やがて大きな人間の両拳を象っていた。

 その大きな、人間一人だって掴めそうな二つの拳は、ステラめがけて突進した。

 ヴァネッサは動いていなかった。ただ、その黒い両腕だけがステラを狙って動いていた。直線的に、空気を吹き飛ばして。

「……!」

 いきなりの狼藉を前に、ステラは躊躇いなく剣を抜いた。しろがね色の刃は戦闘の気配に鈍く震えていた。

 鞘のままで手加減が出来る相手とは思えない。考えるまでもなく、真剣を抜くべきだと分かっていた。

 轟音と同じスピードで黒い腕が迫る。右のそれを一跳びで躱し、そしてステラは剣の刃を寝かせた。位置から見て、“左腕”は躱せない。

「……ッ!」

 刃を押し当て、正面から叩きつけられる“拳”を受け止める。その勢いに逆らうことなく、ステラはその一撃を上向きに滑らせた。

 刃が火花を上げ、接触面が耳をつんざく金切り声で喚く。

(布じゃないみたい……まるで鋼鉄!)

「シリル!」

 ステラは、その“黒”を潜り抜けながら叫んだ。

「悪いけど、あなたのお姉さんを殺すつもりで反撃するわよ!」

 その言葉に、呆けていたシリルが目を見開く。ヴァネッサは獰猛に唇の端を吊り上げた。

「シリルに断る必要はないわ、わたしがそれを気にするとお思い?」

「なら……」

 ステラの身体がたわむ。

「……遠慮なく!」

 次瞬、彼女の身体が矢のように疾った。

 振り上げた剣が風を裂く。その上段の刃はいっそ惚れ惚れするほどの美しさでヴァネッサの頭を狙っていた。

「その能力も……懐に入れば!」

 巨人の腕のごとき大きすぎる得物など、ステラの素早さなら躱してみせる。ここはもう、彼女の距離だ。

 だが、ヴァネッサは余裕を崩さなかった。その両手が僅かに揺れ、ステラは走る予感に従って咄嗟に、右方へ身体を傾けた。

 そして、その背後を刃が滑っていった。

「こんな……!」

 “黒”は腕の輪郭を既に失い、ほどいてしまっていた。代わりにあるのは、薄くしなる無数の帯だ。その一つ一つが鋼鉄のような硬さと、薄紙のごとき切れ味を持っている。さっきまでの重い攻撃とは違う、全方位から迫る斬撃の雨が、ステラを狙っていた。

(これが、能力……?変形して自在に攻撃する、“黒”!)

 ステラが裂帛の気合いと共に剣を回す。

 全てを防ぐ必要はなかった。紙一重の致命傷だけと切り結ぶ。

 頬骨のすぐ下を刃が滑っていくのが分かった。肩、腰、脹脛。かすり傷が積み重なり始める。

 帯の一本が弾け、その隙間からステラは包囲網を飛び出した。鮮血を振り払い、追尾する“黒”から円弧を描いて逃げながら、ステラの目はその源を捉えていた。ヴァネッサの左手を。黒薔薇と、それにかしずく人々を描く紋章を。

「それがあなたの<エンブリオ>?」

「あら、どうしたの?嫉妬?」

 ステラの暗い感情を見てとったのか、ヴァネッサが嗤った。

「“紋無し(ティアン)”には眩しすぎたのかしら?無理もないわ、私の<エンブリオ>の力は貴女なんかが立ち向かえるものじゃないもの」

「どういう、意味よ!」

 憤怒のままに、ステラは剣を構える。ヴァネッサ・ファイアローズは、馬車に立ち向かう蟷螂を見たかのように嘲弄した。

「【剣士(ソードマン)】合計レベル一五〇……“才能”の限界。哀れなものね、ティアンというのは」

 ステラの表情が険しさを増す。さっきまでより向こう見ずな種類の怒りが彼女の身体を駆け巡った。

「だから勝てない、なんて言うのはナンセンスよ。勝敗は肉体のスペックだけが決めるものじゃない」

「だったら、証明してご覧なさいよ。ほら」

 ヴァネッサの“黒”……<エンブリオ>が膨張し、炸裂する。ステラは再び駆け出した。

「……それは、さっき見た!」

 勝ち筋は接近戦の中だけにある、とステラは思っていた。それはステラの得物が剣だから、この<エンブリオ>の能力が遠距離で威力を発揮できるからだ。先だっての方針は間違っていない。

(遠間は相手の距離。逃走はできない……)

 勿論、する気はなかった。それはステラの誇りが許さない。無様に背を向けて擂り潰されるなど、考えうる限り最悪の結末だ。

「力の大きさだけが正義じゃない。技術があれば、“力は使いよう”よ!」

 そして、ステラが剣を振る。馬鹿みたいに強くもなく、臆病者のように弱くもなく、この上なく適切な力加減で振り下ろされた刃は、ヴァネッサの刃筋を少しだけ混乱させた。

「ッ!」

 無数の帯が、その数ゆえにお互いを弾き合う。美しい黒の楽章へ、不協和音が差し込まれる。その間隙を、ステラは潜り抜けた。

「やたらに武器を展開した、その報いよ」

 そのままあえて日常速度で数歩、ゆっくり近づいた右足が、一気に砂を踏む。ヴァネッサがまなじりを揺らす。まるで急減速した馬車がつんのめるように、感覚を乱した彼女の眼を、ステラは追い越した。

(緩急を付ければ、速度は同じでも見え方は桁違い。そして、その単調な動きじゃ、これは止められない)

 日々自らの身体を操縦する鍛練を積んだこと、それこそがステラの誇りだ。才能に欠ける身体でも、強さは手に入る。その証明のつもりだった。

 ヴァネッサの意識は見るからに正面へ集中していた。少しだけ、ステラは身体を左にぶらす。それだけでいい。それだけのことが、彼女の剣を突き通す。目指すべき場所、ヴァネッサの顔へと。

「その黒い防御が無い場所なら!」

 “漆黒”を躱して、少女は刃を振り抜いた。重厚な金属が柔肌を切り裂こうとしてーー

 

「それで、おしまい?」

 

ーーヴァネッサが、蛇のように笑った。

 黒い手袋に包まれた掌が風よりも早く動き、ステラの剣を()()()()。剣の腹を摘まんだ指が嘲笑うように踊った。

「貴女、勘違いしてるわ。そんなレベルじゃないの」

 ステラがたたらを踏み、そしてヴァネッサの掌がその傷ついた頬を撫でる。

「今の、見えなかったでしょう?市井の野盗ならいざ知らず、これが貴女と私のAGIの差。技術でどうにかなるものじゃあないの」

 そして、と彼女は続けた。この一瞬は致命的だ、と。

 その言葉は聞こえなかった。足元の砂が爆発し、“黒”の刃が膨れ上がる。伸び上がるそれらはステラの周りを、一瞬で包囲した。

「裾を、地下に!」

「“縛れ”」

 ヴァネッサの裾から砂地を潜って伸ばされた、鋼鉄のような硬度でしなる無数の帯が、ステラを捕縛する。手を、足を、頚を。締め上げられた指が剣を取り落とし、砂埃が静かに舞った。

()()の動き、私が命じているもの。私の速さはこれの速さと同じなのよ。つまり、貴女の全速力より遥かに上なの」

 がんじがらめのステラへと、ヴァネッサが侮りの眼差しを向ける。紙よりも薄い刃がステラの頚を撫でた。

「さて」

 ヴァネッサは、ステラの顔を覗き込んだ。

「今、死ぬ?“そんなことは許さない”って眼ねぇ……」

 その冷たい琥珀色の瞳が、ステラの瞳と真っ向から見つめ合う。怒り狂う鷹のような眼で、ステラはヴァネッサを見つめた。眼を逸らしたら負けてしまうような気がしたからだ。

「……既に敗北しているのに。認めない、最期の瞬間まで食らいついてやる、そんな顔じゃないかしら?」

 ヴァネッサが唇を歪め、その指を突然、指揮棒(タクト)のごとく振った。音速を突破した刃がステラのぎらつく瞳を切り裂き……否、その直前で止まった。

「殺さないと思っているの?初対面だけれど、私は既にあなたを殺せるほど憎んでいるの。それは、お分かり?」

 その白い顔に激情の稲妻が走り、消える。冷酷な瞳孔は微動だにせず、ステラを捉えていた。

「シリルの心に、記憶にある女。言葉を交わして、名前を知っている。私の弟を誘惑した女。あの子に、私の知らない人間関係は存在してはならないの、そうでしょう?淫売!」

「姉さん!ステラはただの、友達……」

「シリル、少し静かにしていて貰えるかしら?」

 ヴァネッサが小さく尖った顎を振る。幾分鋭さを減じた“黒”が、無数の糸と化してわめくシリルを押さえつけた。それを粘ついた視線にくぐらせながら、ヴァネッサは再びステラを見やる。

「ねぇ、謝罪は、悔恨はないの?悔い改めるべきじゃない?貴女は私たちを、素晴らしく調和した家族を乱したのよ!」

「……知らない、わよ!」

 ステラが吐き捨てる。その唇が挑発の喜びに躍った。

「勝手な理屈で沢山言ってくれたじゃない!そんなに弟くんが好きなら、はなっから逃げられなきゃいいのよ!可哀想に、嫌われものなんだ?」

「……!」

 今度こそ、純白の激怒がヴァネッサの面を染めた。その足が砂を蹴散らし、中空に拘束されたステラの喉頚をヴァネッサが掴もうとして……

「そう、その位置よ」

ステラの蹴りが“黒”の細帯を吹き飛ばし、ヴァネッサの顔に炸裂した。

 それも単なる蹴りではなかった。右足のインパクトの瞬間、炎と爆風が膨張する。ボン、と空気が破裂する音が鳴った。

「これで……!」

 足が届く位置まで来させるだけでよかったのだ。炎熱を孕んだ蹴りは“黒”の防御をもすり抜けて身体を焼く。

「……靴に【ジェム】を……天属性の魔法かしら」

 だが、ヴァネッサは頭を振ると、ただ鬱陶しそうに黒煙を払い除けた。

 その顔の半分を覆う漆黒の面頬が剥がれ、巻き上がり、杭のような形に変じる。黒い槍は唸りをあげて、ステラの右の靴を切り裂いた。

「認識が浅いのだわ、貴女は、とことん」

 ヴァネッサはステラの靴だったものを掴み、放り投げた。沸き上がる“黒”がそれをバラバラにする。それを見もせずに、ヴァネッサはなじった。

「レベル一五〇、その数字で!貧弱なAGIで!私の裏をかけるとでも?どうせ左足にも仕込んでるんでしょう、今、出してみたら?」

 心底の侮蔑と共に、ヴァネッサはステラを見た。“黒”が足元の砂地からステラの剣を持ち上げ、その広げた掌に落とした。

「足りないのよ、決定的に。所詮はティアンだもの、ご自慢の“技術(テクニック)”で埋められる範囲なんてとうに越えているわ……だというのに、諦めないのね」

 その言葉通り、ステラの眼はまだ死んでいなかった。戦意を漲らせた瞳は、ヴァネッサを睨み付けていた。

 だが、ヴァネッサはそれを真っ向から嗤った。

「そうでしょうね、貴女は。【剣士(ソードマン)】としての誇りだというわけでしょう?例えここで死んでも、それは戦って死ぬのだから、剣士ではいられる。首を斬り落としても最期まで私を睨むのでしょうねぇ」

 その手が砂の上のステラの剣に手を掛けた。ずるりと刃を撫でるヴァネッサに、ステラは血相を変えて吠えた。

「べたべた触るな!それは、父さんの……」

「無様でなければいけないわ」

 ヴァネッサは無視した。

「淫売なら淫売らしく。誇りなど無く、無様にのたうち回って許しを請わなければならない……貴女を支えているのは、何かしら?」

 訊ねるヴァネッサはしかし、分かっている、という風で続けた。

 

「“剣”。そうよね?だったら……殺してなんてあげない」

 

 ヴァネッサがステラの腕を掴む。“黒”がざわめき、歓喜にどよめいた。

「一生、剣を振れなくしてあげる」

 最高の愉悦だ、とばかりにヴァネッサは唇をめくりあげた。

「右手の腱を切るわ。まともに曲がらない腕を眺めながら、一生を()()()悔いなさい?」

 ステラが息を飲む。

 一瞬遅れて、ステラは理解した。ヴァネッサの悪意を。

 その瞳が初めて揺れた。“剣士”の鎧が割れる。その奥で、怯える子供が顔を出す。

「やめ、やめろ!触るな!」

 ステラが叫ぶ。全身を締め上げる“黒”がかちゃかちゃと軋んだ。

「そんなこと、させ……」

「する、のよ。私が、私の意思で、貴女の腕を壊すの。何故なら、貴女が私に刃向かったから」

 “黒”はびくともしなかった。主人の愉悦に呼応するように、万力のような力でステラを固定している。指一本に至るまで、その拘束が行き届いている。

「ほーら、腕捲りをしましょうね?」

「やめろ、やめて、やめて!」

 ステラが身をよじり、くねらせ、もがく。それを児戯のように見下ろしながら、ヴァネッサは素早くステラの袖を捲り上げた。

「この剣は貴女の大切なもの?形見?なんにせよ、自分のそれで“剣”を喪うのだから悪いものではないでしょう?治癒の魔法も効かないように、ぐちゃぐちゃに“手術”をしてあげる」

 ヴァネッサがステラの剣を持ち上げる。その鋭い刃がゆっくりと彼女の肌に食い込み……

 

『やめろ!』

 

 そして、周囲が吹き飛んだ。

 

 ◇◆◇

 

 □【高位操縦士】シリル・ファイアローズ

 

 シリルの身体を押さえつける“黒”の重みは、まるで鉄塊のようだった。砂地にめり込んだ指がもがくさまは、彼が如何に無力なのかを雄弁に告げていた。

 姉の能力が凶悪なことは知っていたつもりだった。それでも、実際に敵対して初めて分かったことがある。

「異常だ、姉さんは……」

 突き立つ“黒”を透かして見える光景は、シリルにとっても到底、看過出来るものではなかった。

 これは、彼の縁だ。ファイアローズの姉弟の問題だ。その因縁に彼女を巻き込んでしまった。恩人だ、などという言葉が如何に薄っぺらいものだったか、その事実はシリルの胸を刺すようだった。

 それに比べれば、こんな拘束は取るに足らない。彼の苦しみなど、取るに足らない。

 だが、伸ばす腕も、蹴りつける脚をも、“黒”は無慈悲に否定する。いくらもがいて見せても、操縦士系統の肉体に力などない。

「くそッ、放せ、放せよ!」

 姉の含み笑いが聞こえる。その声は、シリルにとっても嘲りだ。

「姉さんの好きにはさせない……だから!」

 <エンブリオ>の発動を控えていたのは、クラリスに見つかりたくなかったからだ。そして、その心配はもう無駄になってしまった。

「姉さん」

 シリルの落としたその声を、昂るヴァネッサ・ファイアローズが気に留めることは無かった。

 シリルが最初から知っていたのと同じように。

「始めから、そうだったんだ」

 シリルが拳を固める。その手の甲で、虹色の薔薇が煌めき、そして暖かい光が静かに溢れ出した。

 周囲の“黒”がさざめき、持ち上がっていく。全てを塗りつぶす光の中心で、地に這いつくばったシリルがさけんだ。

 

「来い――」

 

 虹色の波紋が沸き立ち、風を渡っていく。

 

「――シャングリラ!」

 

 To be continued

 

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