鮮血のエンブリヲン   作:Mk.Z

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第七話 Love Buzz/絡み付く衝動

 □【幻想機 シャングリラ】

 

 ステラは霞む視界の端に、それを捉えていた。少し前に目にしたものと同じ、いや、それの完全な姿を。

「あれ、は……」

 純白の装甲は滑らかに周囲を映し、その周りには仄かに彩雲が漂っている。虹を帯びた輪郭の隙間からは、灰色のメインフレームが覗く。

「機械の……巨人……」

 土煙を掻き分けて立つのは、機械仕掛けの人型だった。人のそれより心なしか長い手足と、背部に突き出したコクピット・ブロック。頭を模した輪郭の内側には、朝の海のような碧眼が灯っている。見覚えのある腕をだらりと下げ、それと同じ意匠に身を包んだ純白の機体だった。

 それは、シリルの声で言った。

『やめろ、姉さん』

 その“白”が一歩、砂漠を踏む。獣の唸りと楽隊の合唱を混ぜたような駆動音がひときわ大きく響き、鉄灰色のフレームが屈伸する。

 それを感じ取ったのか、慌てたようにざわめく“黒”はステラを放り出した。

 口のなかに土の味がした。身体が重い。これは恐慌と困惑だ。心臓の音が聴こえる。

 手足を動かそうとして、ステラは自分が震えていることに気づいた。右手から鈍く焼けるような痛みが走ってくる。

 そのすぐそばでは、ヴァネッサが呆然とした顔でその機体を見つめ、数秒後、狂ったように笑い出した。

「うふふ、ふふ、はは!そう、シリル、貴方……」

 ヴァネッサがステラを蹴り飛ばし、ステラは思わず痙攣するように息を吐き出した。ヴァネッサのそれは、まるで路傍のガラクタを動かすような仕草だった。

「……シャングリラ!私を愛してくれるのね?」

 そしてその言葉と同時、シャングリラが吶喊した。背部のブースターが光を放ち、幻想機が駆ける。碧眼が燃え上がるように発光した。

『ステラから……』

 右脚が砂を蹴った。

『……離れろ!』

 装甲の下の歌うような駆動音と共に、その左腕が轟と振り抜かれた。

「シリル!」

 “黒”は速やかに凝集し、もとの衣服の輪郭へと戻っていった。丈の長くなった服を揺らめかせながら、愉しげにヴァネッサが叫び、右手を軽く叩いた。その右腕が肘の辺りを境に再び膨らみ、巨人の黒腕がシャングリラの拳を受け止める。

 金属の打ち合う甲高い音が高らかに鳴った。人間の上半身ほどもある巨大な拳がぶつかり合い、拮抗する。飛び散る火花、渦巻く大気。勢いの差し引きは、僅かにシャングリラが有利だった。

『姉さんの能力は知ってる!ゲヘナは無尽蔵じゃない、ここにある総量だけでオレは……止められない!』

 シリルが操縦桿を押し込む。放出される虹の粒子が膨らみ、シャングリラの圧が増す。

「……」

 ヴァネッサは少し不満を滲ませた顔で、左腕を持ち上げた。その肌を包む繊維が蠢く。

 ヴァネッサの乗ってきた機体、後方で死んだように鎮座していたその航空機、その装甲の輪郭がゆっくりと動き始めた。黒い水のようなものが船から剥がれ落ち、ヴァネッサの腕へと纏わりつく。囁くように彼女は言った。

「ゲヘナ……」

 軋む音と削れる音。左腕が変形し、今までで最大の質量を展開した。背後で鉄屑へと()()()船を尻目に、ヴァネッサはその左手を翳した。

「……受け止めて」

 右腕より、シャングリラのマニピュレーターより遥かに巨大な掌が、白い機体を捕らえんと出現する。だが、シリルもそれを無防備に食らうつもりは無かった。

 相対するシャングリラの双眸が穏やかに発光し、虹の光がその両手に集まっていく。高密度のエネルギーが白熱し、虹が低い振動を発し始めた。

 シャングリラがその燃える腕を振るう。触れた“黒”は灼けつき、白煙を上げていた。

 光る掌が、その質量にあかせて迫る巨腕を貫き、焼き焦がす。飛び散る“黒”がおののくようにヴァネッサのもとへ戻っていく。

(今は、シャングリラで対抗できてる。今は!)

 シリルはしかし、焦っていた。

(どうせ見つかってるんだ、それはいい。でも、この先姉さんが本気を出したらオレじゃ勝てない)

 同じ第Ⅵ形態でも、二人の<エンブリオ>の能力特性には差がある。単純に互角ではないことは、彼自身がよく分かっていた。

 シャングリラの性能は高くない。正面から愚直にぶつかり合えば、いずれ立っていられなくなる。

(隙を見て、逃げる……そんな隙があれば、だけど)

 視界の端でステラが倒れているのを、シャングリラのセンサー群は捉えていた。シリルはモニター越しに、それに目をやった。

 これは半ば向こう見ずな振る舞いだった。ステラの状況を見ていられなかった、それだけだ。この先の展望はない。勝ち方が分からない。順当に行けば負ける。そう思っていても、シリルの手札では何も出来ない。

 シリルに出来るのは、祈ることだけだった。具体性すら無くした、投げやりな祈りだけだ。状況をひっくり返す()()が起きることを、シリルは思わず願っていた。

 

 だから、その時起きたことは、シリルにとって幸運だった。

 

 先触れは、砂礫の大地が弾けたことだった。石塊が転がり、ヴァネッサは途端に鋭いまなじりをつり上げた。ゲヘナが止まる。

「……誰かしら?」

 その言葉に、シリルも一瞬遅れてはっと気づいた。シャングリラのセンサーユニットがぐるぐると回り、周囲を走査する。

「……シリルじゃない。その女でもない。私の知らない一手を……邪魔を……」

 ヴァネッサが揺らぐ。怒りのヴォルテージが突発的に高まって行くのと共に、その影が膨らんだ。

「出てきなさいよ、虫が!“薙ぎ払え”!」

 ヴァネッサが掌を猛禽のように折り曲げ、“黒”が爆発する。激怒の発露は、防御の姿勢を固めるシャングリラごと、辺りの遺跡と砂漠を吹き飛ばした。

 ステラは、自分の顔に影が落ちるのが分かった。暴風と破壊が吹き荒れるのも、全身の感覚が伝えている。

 だというのに、ステラはまだ生きていた。痛みがある。身体が熱い。

「シリル……」

 目の前で、シャングリラがステラを庇うように膝をついていた。飛び散る瓦礫がその装甲に弾かれ、純白の機体が塵に汚れていく。砂にまみれた関節がじゃりじゃりと耳障りな音を立てていた。

『……乗って!』

 シリルの声がスピーカー越しに響く。眼前に横たえられたシャングリラの掌を見て、ステラは迷わずその身体を引きずり、硬質なマニピュレータに掴まった。シリルが叫ぶ。

『シャングリラ……』

 腕が持ち上がる。独特の浮遊感が肚を揺らす。

『……フルドライヴ!』

 そして、機体が加速した。風を切る唸り声が耳を塞ぎ、砂交じりの暴風に思わず瞼が閉じる。それでも、ステラには見えていた。

 シャングリラの五指の隙間から、周りの風景が変わっていくのを。偽装の結界を越え、光が溶けていくのを。

 

 砂漠に、無数の<マジンギア>が横たわっているのを。

 

 ◆

 

 ■ヴァネッサ・ファイアローズ

 

「臭い」

 破壊の円環の中心で、ヴァネッサはそう吐き捨てた。

「鉄臭いわ」

 怒りに任せてヴァネッサが振るった渦を巻く切り傷は大地と遺跡を切り裂いていたが、その跡はどこか歪んでいた。まるで……

「何かが隠れているみたい…にねえ?」

 ヴァネッサが呟き、そして“黒”が再び蠢き始める。ただし、今回は闇雲に振り回すのではない。

 蜂の群れの様に不穏な羽ばたき音を奏でながら、“黒”——ヴァネッサの<エンブリオ>、ゲヘナが廻る。ゆっくりと、狙いを定めるために。そして、

「“(スピア)”」

その先端が音速を超えて射出された。

 何もない場所を貫いたように見えたその黒い槍は、中空の空間を叩き割った。地平線に罅が走り、一瞬遅れてねじ切られた金属の破片が飛び散る。

 

 そして、その中に潜んでいた、静粛仕様の黒い【ガイスト】が、ゆっくりと大破した。

 

 銛のように引き戻した槍は、ヴァネッサのスーツに吸い込まれて消えた。彼女は仮面のごとく冷たく、堅い表情で振り向き、

『投降してもらおう』

背後に出現していた、彼女に巨大な銃口を突き付ける“橙”の航空機を睨みつけた。

 その機体は音もなく、地上十数メートルの高さに浮遊していた。短い翼からは赤みがかったオレンジの光がさざ波のように風に漂っている。スピーカーが言った。

『繰り返す、投降しろ。こちらの火器は【LRW01-Bビームライフル】、火力は上級の奥義魔術にも匹敵する。抵抗することなく速やかに<エンブリオ>を格納して……』

「いきなり銃だなんて、無作法ではないこと?」

 勧告を無視する。ヴァネッサは銃口にも臆することなく、おもむろにその中を覗き込んだ。

「知らない武器。知らない機体。私達への()()ではなくて?それとも……雇われの傭兵かしら」

『察しがいいな』

 “橙”——エルディンの駆る【エレクトラ】が即座に発砲する。熱と光の砲撃が風を貫いて飛ぶ。だが、

「“(シールド)”」

黒い壁がその熱線を遮った。飛び散る光に照らされて、ぞっとするほど冷酷な顔でヴァネッサが言う。

「せっかくシリルと(アイ)し合っていたところなのに、それを邪魔するのね。()()()()()!」

 打擲する言葉を皮切りに、隠匿が剥がれていく。光を歪め、音を隠していた幻術結界の向こうには、無数の機械兵器が鎮座していた。

 【ガイスト】。ドライフ皇国謹製の戦車たち。【マーシャルⅡ】の普及により相対的に旧式化したそれらが、民間の後ろ暗い勢力へ少なからず払い下げられていることはヴァネッサも耳にしていた。

 しかも、数が多い。継ぎはぎの修繕や不揃いな外観こそ目立つが、その数は辺り一帯を埋め尽くしてまだ余るほどだった。

「内戦の騒ぎに紛れて流れた機体かしら?随分と多い、ドライフも杜撰だわ」

『目標、黒い服の女!全機、主砲構えェ!』

 どこからか、号令が響く。“橙”がスラスターを吹かして空へと舞い上がり、戦車たちは砲門をヴァネッサに向けた。

『斉射ァ!』

 砲弾が炸裂し、砂と瓦礫の柱が空へと立ち上る。金属と金属が衝突する音は、爆発となって風を揺らした。だが、

「こんなもので落とせるなんて思ってないわよね?」

すり鉢状に削られた地面の中央で、渦巻くゲヘナに包まれたヴァネッサは冷たく言った。夜の梟のように首だけを回して、彼女は鋭く叫んだ。

「クラリス!」

「いるよぉ、そんなに叫ばなくても」

「お姉さま、怒ってる?」

「いいえ、怒ってないわよ」

 何もない空間から溶けるように姿を現した双子に、ヴァネッサはやさしく言った。

「クラリス。“上”に繋いで。チャールズに“素体(サリス)”を下ろさせる。それに……」

『次弾装填!斉射ァ!』

 ゲヘナが膨らみ、双子とヴァネッサを爆風から守る。ヴァネッサは裂けるように笑い、

「虫けらに、身の程を教えてあげるわ」

激怒の表情で言い切った。

 

 To be continued

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