鮮血のエンブリヲン   作:Mk.Z

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第八話 Highway to Hell/蹂躙せしは

 ■<ブラウラウ軍>・後方・【ガイスト】指揮官仕様機

 

「目標、依然健在。増援と合流した模様」

 通信士が無機質に連絡を伝える。

 鈍く、着弾の衝撃が響く。繰り返す振動が砂漠の上にある全てを揺らしていた。

 【司令官】ウスフは手元の肉を食いちぎった。この近辺では珍しく、でっぷりと肥った身体が椅子を軋ませていた。

「増援?」

「<マスター>、数は2」

「殲滅しろ」

 ウスフの指示は変わらなかった。

「生身なら【ガイスト】部隊で潰せるだろーが。今のうちに早めに落とすんだよ」

 既にそうなっていた。戦車部隊は遺跡を蹴散らし、砂漠に陣取ってひたすら砲撃を続けている。配備した大量の弾薬を午前中で食いつぶす勢いだ。遅めの朝食を喰いながら、ウスフはモニターを眺めた。

「ボス!」

 そのとき、ひとりの部下が歩みより、敬礼をして言った。

「お伝えしたいことが!」

「なんだ?」

「標的と交戦していた所属不明機がこの戦域を離脱していきます!」

 その手元にはシャングリラの映像が映っていた。

「ほっとけ」

 ウスフはピシャリと言った。

「野良の<マスター>だろ?敵でも味方でもない」

「しかし、《看破》によれば、パイロットの名前が……」

「くどい!いいから放置しろ、離脱していってるんだろ?何が問題なんだよ」

 部下は黙った。ウスフは頷いた。

「それでいい……他には?」

「私から」

 不満げな部下を押し退けて、もう一人の男が端末を掲げた。副官のハシードという男だった。

「付近の警戒空域に飛翔体の反応が出現しました。数は一。着弾予測ポイントは我々ではなく、標的の周辺ですが」

「標的に?……こっち側の弾じゃねえんだな?」

「はい。友軍の砲撃とは軌道が異なります。しかし、発射点は不明。十秒前、突然センサーに反応が現れましたが、その地点に存在する物体はありません」

「それ、弾道から逆算できるか?」

 ウスフが笑う。その掌が昂奮に震えていた。

「その予想軌道を砲撃しろ。周辺に砲撃を撃ち込みつつ、質量センサーで探査しろ!」

 その下知を受けて、【ガイスト】部隊の一部が回頭する。即座に放たれた砲弾が弧を描いて飛び、そして虚しく散っていった。砂漠に噴煙が立ち上る。

 

 一部を除いて。

 

「……五番機の砲弾が空中で、ロストしました!」

「質量探査を向けろ」

 【ガイスト偵察特化型(ホークアイカスタム)】がそのレーダー群を展開し、六種にも及ぶ指向性並列探査インターフェースを向けた。ちらちらと光る計器を前に、オペレータが叫ぶ。

「大質量反応、アリ!三時の方角を、時速約二〇キロメテルで移動中!」

「よくやった!絶対に放すなよ、そのまま捕捉してろ!全体に通達だ」

 ウスフは喜ばしげに手元のメモに鉛筆を走らせた。そばの副官が画面を覗きながら言った。

「効いてるのはやはり質量探査(マスセンサー)だけですね。電磁波系は軒並み沈黙してます……レベル四の対幻術探査もです」

「今後は質量探査を最優先で稼働しろ。他は動作レベル下げとけ」

 ウスフは楽しげだった。

「将軍閣下の覚えもめでたいぜ、こりゃあ」

「だといいですね。元<砂蛇(サーク)>としては、ボスの出世には期待してます」

 ハシードは言った。

 

 ◇◆◇

 

 飛翔体が着弾する。土埃と砂が巻き上がり、ヴァネッサと双子を隠した。重い音が腹に響く。

「……クラリス、クラリッサ。二人とも、もういいわ。【飛翔花(ストレリチア)】で上へ戻って」

「分かったわ」

「気を付けてね、お姉さま」

 双子が再び消える。砲撃を“黒”で防ぎながら、ヴァネッサはその飛翔体だったもの、大型のコンテナー(アイテムボックス)を作動させた。

 鈍い駆動音と共に、それは中身を吐き出した。ガチャガチャと音を立てて砂漠に降り立ったその中身を、ヴァネッサのゲヘナは即座に呑み込んだ。

 黒いオーラが嚥下するように動く。漆黒の輪郭はもぞもぞと蠢き、やがて静かになった。

 最後にヴァネッサは、まるで慈しむようにその手をゲヘナへと伸ばし……ゲヘナは応えるようにヴァネッサの身体を覆い尽くした。

 

 一連のこれらは、外部からは全く見えていなかった。鋼鉄の硬さを誇るゲヘナの幕に隠されていたからだ。砲撃は止むことなく続いていた。無限に続く防御はない、というのが<ブラウラウ軍>の考えだった。

 実際に、それは正しい。ゲヘナの黒幕は少しずつ傷つき、破壊されつつあった。黒い欠片が砂漠に飛び散り、表面には罅が走り始めている。

「……あと数分で破れるな、ドンガメめ」

 前線の砲手は悪態をついていた。

 【ガイスト】数十機による飽和攻撃を耐えるなど、<ブラウラウ軍>の名折れだ。本当なら即座に消し飛んでいていい筈だった。

 だが、それももうすぐ終わる。

 砲手は黒い塊が揺らぎ始めるのを見た。限界だろう。そうなったら、あとは殻を失った中身を磨り潰すだけだ。

「……なんだ?」

 だが、そううまくはいかないことを、砲手はすぐに悟った。

 黒い幕が、上がる。まるで舞台の公演が始まるように。するすると、砲弾を遮っていた装甲の緞帳が捲れていく。

『さあ、行くわよ、ゲヘナーー』

 その中央にあったのは、

『ーー“黒蝶機(アゲハ)”』

巨大な黒薔薇の蕾だった。

 流線形と曲線が組み合わさり、僅かに宙に浮遊するそれが、蛹のように周りを覆っていた黒幕から“黒”を吸い込んでいく。その後には、ヴァネッサの身に着けていたライダースーツが、ぼろぼろになって砂の上に落ちていた。

「ほ、砲撃!」

「言われなくても!」

 【ガイスト】たちが荒れ狂う。砲門から炎が飛び出し、幾つもの筋が黒薔薇を襲った。だが、その強度は先ほどとは桁違い。罅や揺らめきの一つもなく、硬質にすべてを跳ね返している。

「鑑定士!解析急げ、あれはなんだ!」

 指揮官たちが叫ぶ。鑑定士は双眼鏡を目から外して言った。

「《鑑定》完了しました……」

「結果は!」

 鑑定士は言いよどんだが、すぐに声を張って叫んだ。

「あの正体不明物は……<マジンギア>、【マーシャルⅡ】と推定!」

 上官は絶句した。映像にある、浮遊しながら穏やかに回転する黒くなめらかな塊は、【マーシャルⅡ】などとは似ても似つかない。人型ですらない。

「敵の能力か……やはり“敵”は、<マスター>……」

「目標に、高熱源反応!赤外線輻射が増大していきます!」

 黒薔薇が、ゆっくりと綻び始める。その間隙を縫って、内部から一筋の紅い光が伸び、

『か……は……』

「エ、エミル!エミルがやられた!」

「十番機、大破!」

【ガイスト】を貫いた。

 それは、レーザーや火炎放射ではなかった。もっと明確な輪郭と、質量を兼ね備えたものだ。曲がり、赤熱し、軌道上のものを追尾して鎔断していく。

 それは蛇のようにのたうつ、巨大な鞭だった。花弁の隙間から覗くめしべのように飛び出し、周囲を薙ぎ払っている。

『死んじゃえ、《熔撃(アルジェンテ)》!』

 ヒステリックな声とともに、その鞭が舞う。履帯を回して回避しようとする戦車たちが次々と貫かれていた。

 いつのまにか、黒薔薇は咲き誇っていた。花弁が展開し、裏返り、()()()()()()

 滑らかな表面装甲は、しかし何も映せぬほどに黒い。流麗な曲線美は、ほれぼれする美しさとともに、どこか異質な印象を与えていた。それらが回り、開き、輪郭を変えていく。

 すらりとした脚部が伸び、腕が飛び出し、五指があらわになる。最奥にあった頭部が露出し、深紅の眼光を脅すように明滅させる。右腕部には、赤熱したワイヤー。左腕部には、白銀の重厚な剣。背部では、花弁の名残のようなバインダーが翼を広げている。

 

 そう、いまやゲヘナは人型の機体を顕現させていた。

 

 大きさは人間など及びもつかず、シャングリラよりも少しだけ大型だ。黒薔薇を人の形に整えたような、美しい機体。各部に開いたインテークが紅の粒子を吐き、頭部のバイザーが展開する。その中で、紅の単眼(モノアイ)が周囲を睥睨した。

「なるほど、<マジンギア>。らしくなったな」

 上官が吐き捨てるように言う。

「戦車部隊を下げろ。あの鞭は【ガイスト】の機動性では躱せん。密集陣形ではなおさらだ」

 戦車が砂を巻き上げて後退していく。<ブラウラウ軍>の隊長クラスたる上官は、静かに言った。

「この手の相手の為に、外様を雇ったんだからな」

『ええ、ご心配なく』

『あんたらの総大将との契約だ。きっちり仕事はこなしますよ』

 そして、風を切る音が戦場を駆け抜けていった。

 オレンジの波紋が大気を揺らす。三機の航空型<マジンギア>は、スラスターを全開にしてゲヘナに迫っていた。

 橙、青、緑。鮮やかな三機が空を駆け、音速すら追い越して突撃する。

「隊長、彼らは……?」

「……<プレアデス>と名乗っていた」

 隊長は指揮官機をも下げさせながら言った。

「ドライフ出身の<マスター>、飛空艇(ファイター)乗りだ。将軍直々にどこかから連れてきた。外様だが、腕は立つ」

 隊長は少しだけ不快そうに言った。彼のような、古参のメンバーにとって新参の奴らは横暴に映る。最近配下に収まったこの辺りの盗賊団どもといい、後輩が勝手に過ぎるのだ。

「航空型の機体なんて、初めて見ましたよ」

 部下はそんなことを気にもとめずに、ただ驚きと共に言った。隊長は首を振った。

「あいつらは、そんなものじゃすまないぞ」

 

 ◇◆◇

 

 ■<プレアデス>

 

 乙女の名を冠する飛行士たち。鮮やかな色に染められた翼ある機体。

 空は、彼らの領域だ。

『さて、機動性で勝てるかな?』

 そんな挑発とともに、三機が散開し、一斉に火砲を解き放った。ビーム砲、ミサイル、爆撃コンテナ。直撃すれば、どんな機体でも粉々になりそうだ。だが、

『しゃらくさいのよ』

ヴァネッサは嗤う。紅い光が機体に灯る。そして、“黒蝶機”は大空に舞い上がった。

 その足元が爆発する。降り注ぐ攻撃の線をすり抜けて、ヴァネッサの“黒”が浮かんでいく。

『なっ、推進力もなしに!?』

『狼狽えるな!』 

 驚愕するゾルに、エルディンが叫ぶ。

『すぐに追撃をーー』

『ーー《熔撃(アルジェンテ)》!』

 ゲヘナはただ、右の腕を振っただけだった。その手に繋がれた鞭、摂氏二万度の熱が風を切り裂いて三機を追う。

『回避!』

 航空型の特性たる機動力を存分に使って、三機が疾駆する。N2解放型スラスターが青い炎を引いた。

『空戦なら!』

 ゾルの緑、【アルシオーネ】が旋回し、その砲口を開く。宙に浮くゲヘナに向かって、一対の内蔵式滑腔砲が火を噴いた。

『うわっつ!』

 反動でアルシオーネ自身がバランスを崩し、エルディンが諫める。

『ゾル』

『分かってるって!』

 ゾルは忌々しげに叫んだ。

『大丈夫だよ!この前付けた【LRW06】のパーツがちょっと重心から外れてて……』

『違う、前だ!』

 【高位操縦士】エルディンが叫ぶと同時に、爆煙が揺らぎ、割れる。砲火を潜ってゲヘナが肉薄していた。傷はない。近距離で諸に食らったというのに。

『剣よ!』

 ゲヘナが左腕を振り上げる。シリンダーが作動し、その左手で白銀の剣が切っ先を煌めかせた。

『近距離兵装かよ!』

 ゾルが舌打ちする。

 一瞬の躊躇もなく、【アルシオーネ】の機首めがけてその鋭い刃を振り下ろそうとして……しかしゲヘナは突如、バーニアを逆噴射した。紅い光の粒子が漂い、ゲヘナの機体が吹き飛ぶ。その鼻先を、【タイゲート】のミサイルが通りすぎていった。ゾルが喚く。

『コロリョフ!危ないじゃないか!』

『むしろ……感謝してほしいな。いいヘルプだろ』

 【装甲操縦士】コロリョフが唸る。

『《サーカス・フレア》、発射(ランチ)!』

 無数のミサイルが青い装甲から溢れ出す。空を貫くその直線たちを踊るように回避したゲヘナは、両手を広げ、装備されていた武装を格納した。熱の鞭が巻き取られ、装甲が展開する。そして、入れ替わるように腕部装甲の裏側から射出された二本目のバトルブレードを、そのマニピュレータが掴み取った。

『……なかなかの機体だな』

 エルディンは少しだけ感心したように言った。

『機動性。装甲。どれも申し分ない。飛行能力は<エンブリオ>か?それとも別か?』

『エルディン。どうする?』

 寡黙なコロリョフが呟く。エルディンは操縦桿を押し込んだ。

『ヒットアンドアウェーでいくぞ、攻めを切らすな!』

 【エレクトラ】が風に乗って飛ぶ。気流の層を捕まえ、時にスラスターの噴射でそれから跳ねる。

『さすがヒコーキ。スピードはお手の物っていうわけ?でもね!』

 ヴァネッサが叫び、ゲヘナが双剣を構えて舞う。航空機のそれとは違う、浮遊し、漂流し、踊るようなその動きは、優雅ですらあった。

『わたしには勝てないのよ!』

 剣が閃く。刃を纏った“黒”を取り巻いて、三機の翼がぐるぐると回った。

『ちょこまかと……わたしが追い付けないと、思ってるのかしら!』

 ゲヘナが一瞬動きを止め、そして加速する。純粋に空を飛ぶための形である三機をも越える速度で、ゲヘナは風を切り裂いた。

『さらに速く……!』 

 エルディンが叫び、そして彼は数秒後、自分のミスを悟った。

『この軌道、旋回しきれないか……!』

 風を切って、【エレクトラ】が舞う。橙色の波紋が大気を汚す。だが、その進路上にはゲヘナが待ち構えていた。黒い刃が航空機のシルエットに迫る。

『まず、一つ、墜ちろ!』

 ヴァネッサが哄笑し、ゲヘナの両腕が艶やかに刃を振り抜く。ブレードは円弧を描いて斬りかかる。

 

 そして、もう一つの刃が二本のバトルブレードと切り結んだ。

 

『……腕?』

 ヴァネッサが呟く。

 そう、腕だ。

 接敵の瞬間、【エレクトラ】は近接武装を、【SRW03バスターソード】を装備していた。それを掴むのは、ゲヘナのそれと同じような、掌を模した機構(マニピュレータ)だ。

 航空機の輪郭が歪んだ。翼が畳まれ、機体下部フレームが展開する。金属の重々しい駆動音が響き始めていた。

『【エレクトラ】、フルドライブ』

 スラスターが炎を孕んだ。超音速分の推力で、【エレクトラ】が吠える。ヴァネッサが呟いた。

『その機体、航空機の<マジンギア>じゃ……?』

『そうだな、厳密には違う』

 二機が金属の軋む音を立てて、切り結んだ刃を震わせる。擦れ合う刃が火花を散らす。

 エルディンはコクピットのコンソールを操作し、そして操縦席のレイアウトが変形し始めた。

『……名乗っておこう。俺達は<プレアデス>。そしてこの機体は……T()Y()P()E()()()()()()()()()()武装と装甲を施した()()()()()()だ』 

 インテークが熱を吐く。双方のスラスターは限界までパワーを絞り出していた。大気が熱と圧力に甲高い悲鳴を上げる。

『普通の機械、例えば<マジンギア>とは全く違う。純粋な科学技術だけの産物ではなく、<エンブリオ>を素体に使うことで、更なる性能(リソース)を実現できるのさ。つまり……()()()()()()、と言い換えてもいい』

 【JX-002 エレクトラ】、その装甲が揺れた。機体の腹では、スタビライザーがまるで脚のように突き出している。機体上面、()が持ち上がり、鍔迫り合いの中で、ゲヘナを青白いラインセンサーで睨み付けた。

 

『<調装機(ベルドレス)>』

 

 【エレクトラ】は、変形していた。四肢が伸び、頭部が睨み、背後では翼が大気の波を捉えている。赤橙色の波紋が、揺らいだ。

『……と、俺達は呼んでいる。以後、お見知りおきを』

 

 To be continued

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