鮮血のエンブリヲン   作:Mk.Z

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第九話 Killer Queen/彼女の力

 □■二重都市近郊

 

 空は凪いでいた。超音速の空戦はしばし停戦し、四機は空中で睨みあっていた。

 細身のゲヘナとは違い、<プレアデス>の機体はどことなく大柄だった。工学的とも言える。純粋に技術で造られた<マジンギア>ほど野暮ったくはないが、純粋な<エンブリオ>のような、なんでもありの自由な造形というわけでもなかった。

 四肢は分厚い装甲に覆われ、各所から黒い帯のようなケーブルが覗いている。基本構造は同じ設計思想のもとにあるのだろう、その外観は統一的だった。背部にも同じ形の翼がある。それは大気に反応して、赤橙色の波紋を拡げていた。

『……可変機なんて、ドライフでもいないと聞いていたけれど。それが“無理”って訳?』

 ヴァネッサはコクピットに悠々と腰を沈めながら、言った。

『<エンブリオ>を素体にすれば、確かに融通が利くでしょうね』

『ああ。そして……その分の技術(リソース)は他へ向けられる。苦労をしたよ。だが、<エンブリオ>のほうもそれを前提に応えてくれた。武装や駆動系には<マジンギア>の技術が流用できる。あとは技術的に困難な部分を、ギアを素体にして補えばいい』

 エルディンは自信ありげに答えた。

 いまや、ゲヘナは人型に変形した三機の<調装機(ベルドレス)>に取り囲まれていた。【JX-003 タイゲート】が限界まで積まれたミサイルを向け、【JX-004 アルシオーネ】は、両手に虎のような爪を展開している。

『さて、もう一度言おう。勝ち目はない、投降したまえ』

 エルディンの【エレクトラ】がライフルを構える。

『単純な計算だよ。純粋な<エンブリオ>と比較して、総合した性能(リソース)は当然こちらが上だ。純粋な機械兵器と比べても勝るだろうな。二倍なのさ。技術と能力(エンブリオ)、両方だからだ』

『それをすると思うの?』

『いや……勿論、言ってみただけだが』

 エルディンは、闘いを忌避する筈は到底ない、という風な口ぶりで言った。

 ヴァネッサも、獰猛に笑った。それは蹂躙者の笑みだった。

「そうね。ゴミの割には悪くないわ。……だから、少し本気でやってあげる」

 ヴァネッサはコクピットの中だけで呟いた。操縦桿の下のカバーが音を立てて開き、その中身を差し出した。

 出てきたのは、白っぽい円筒形のシリンジだった。内部に薬物を湛えた注射器だ。黒く角ばった文字で、【cl-1246】と印字されている。

「……ふん」

 ヴァネッサはそのシリンジを引き抜くと、躊躇うことなく銀色の先端を首筋に突き刺し、オレンジのボタンを押した。

 空気の音がして、ピンク色の毒々しい液体が動脈に流れ込む。一秒足らずで、魔力(MP)の自己生成機能を活性化させるドライフの違法薬物(ドラッグ)が、ヴァネッサの身体を駆け巡った。

『さぁ、殺してあげる……ゲヘナ!』

 そして、唸るような轟音をあげてゲヘナが飛び出した。

 深紅の軌跡が空を走る。一瞬遅れで<プレアデス>もバーニアを噴射した。急速に膨れ上がったN2ガスの航跡が高空を汚す。

『逃がすか!』

 三機が飛翔する。雲は無い。広すぎる空では、互いの軌跡だけが見える座標感覚の基準だった。高度が少しずつ上昇し、気温が下がり始めていた。コロリョフが計器に視線を飛ばす。

『気圧、796hPa……行けるな』

『オーケー、フォーメーションF8だ……ゾル!』

『了解!』

 エルディンが叫び、ゾルの【アルシオーネ】が噴煙を吐き出す。

 背部の飛行装備から延びる赤橙色の波紋が赤みを増す。噴煙を撒き散らして、高波に跳ねるように【アルシオーネ】が急上昇した。その頂点で、太陽が背に光る。

 【エレクトラ】と【タイゲート】が火器を解放する。ミサイル群が小魚のように炸裂し、ビーム砲が空を穿つ。全ては、高度約二千メートルでの出来事だった。

 ゲヘナはその黒い機体をくねらせ、砲火を躱していた。夜のような装甲を戦火が照らす。

 そして、太陽の真ん中から【アルシオーネ】が飛び降りた。

『【FLA08XBフライトユニット】一時停止。三秒後に再起動!』

 そう言った瞬間、赤橙色の波紋が途絶え、揚力は消失した。深緑の機体が急降下を始める。

『【SRW11ブレードネイル】励起!』 

 白い雲を引く、その鋭い爪は、

()()()()、だ!』 

直上からの奇襲で、ゲヘナの滑らかな流線型のメインフレームを切り裂いた。

『やった!僕の勝ち!』

 ゾルが笑う。 

 ゲヘナは胴を完全に切断されていた。輪切りの様相だ。衝撃の瞬間、軌道を逸らしてコクピットブロックは守ったようだが、それも無意味。

『大破した機体じゃ、もう……?』

 だが、ゾルは笑みを消した。

 ゲヘナの破片が、墜ちない。機体を半分にされたというのに、飛行を乱しもしない。

 その白黒の破片が、凝集する。切り口が張り付き、“黒”が波打った。

『再生して……ッ!』

 深紅の鞭が飛ぶ。フライトユニットを再起動した【アルシオーネ】が咄嗟に逆噴射を掛け、高速移動形態に再変形した。音の壁を即座に越え、鞭を振り切って飛行する。

 薄雲が回る。空の上、座標の感覚はなく、ただ相対速度だけが視界に現れていた。

『ゾル!』

 他の二機が追走し、弾丸が直線を描いて深紅の折れ線に迫る。鞭は諦めたように追撃を取り止めた。

『……逃げ足が取り柄なのね、それは褒めてあげるわ!お似合いよ』  

 ヴァネッサが高らかに笑った。

 ゲヘナの機体は、既に傷を直し終わっていた。すべらかな表面は一筋の罅もなく、どこが傷ついていたかすら分からない。

 <プレアデス>は、笑えなかった。

「それが能力特性か」

 エルディンが呟く。秘匿通信(プライベートチャンネル)で、コロリョフが言った。

『エルディン、戦闘空域を離脱しちまう。<ブラウラウ軍>から離れると厄介だぞ』

 エルディンは舌打ちをした。

 既に高高度だ。これ以上の分断は避けたい。【ガイスト】の砲撃も届かなくなって久しい。

『作戦会議?』

 そんな彼らを、ヴァネッサ・ファイアローズが嘲笑う。

『なら、こういうのはどうかしら?《熔撃(アルジェンテ)》!』

 再び鞭が盛った。<プレアデス>は即座に散開して、そして気づいた。

 赤熱したワイヤーが狙っているのは、三機ではなかった。明後日の方向へ鞭先が飛ぶ。狙いは錆色の鱗を持った、一匹の飛竜だった。

『観測用の飛竜か』

 その竜は、高度一五〇〇メテル程を飛行していた。腹には情報収集用の角ばったセンサーユニットが括りつけられ、眼下を見渡していた。もし何かに襲われたとして、竜が対処してくれるという寸法だ。<ブラウラウ軍>の一部隊が飛ばしたのだろう。

 鞭の熔解する先端は、狙い過たずその飛竜の頭上から、頸椎部を貫いた。

 頑健な竜種は首を貫かれてなお生きていたが、頚椎を灼熱が焼き始めてからではもうなす術がなかった。鞭が蠢き、竜の首を焼き切る。焦げた煙を引きながら、力なく顎を開いた頭部が落ちていった。

『なぜあんな竜を……』

 エルディンが疑問の声を上げる。

『いや、おかしいよリーダー!』

 数百メートル上を飛行していたゾルが叫んだ。

『死体が崩壊してない……頸を切られたら、生きてるはずがないのに!』

 首なしの飛竜は、未だ空に留まっていた。翼は硬直し、頸部からはどす黒い血が溢れているというのに。ヴァネッサが謳う。

『死んだものは、もう従属していない。飼い主の所有権を離れているわ、そうでしょう?』

『何を……!』

 竜の血が、黒みを増した。とめどなく流れるそれが、赤さび色の鱗を汚していく。黒く染めていく。次第にその“黒”は、竜の躯を覆い始めていた。

 黴のように漆黒が繁茂する。鱗の形が埋もれ、爪が鋭くなり、丸太のようだった尾は、優美な刃に姿を変えた。

『さあ、行きなさい、わたしの新しい下僕(しもべ)!』

 首無しの黒竜がびくりと跳ねる。次の瞬間、首無しは急降下を開始した。目指すは、地上に並ぶ戦車部隊だ。

『まずい……ッ!』

『僕が行く!【アルシオーネ】、全開!』

 深緑の躯体が腰部を畳む。翼が展開し、頭部を格納する。

 

 そして、突如【アルシオーネ】は弾き飛ばされた。

 

『……ッ!』

 装甲が飛び散り、フレームはひしゃげている。右腕部が脱落して吹き飛んでいた。バランスを崩した機体が傾き、重力に引かれて墜ちていく。

 まるで、見えない何かに正面衝突したように。

『なぜ……?まさか、これも奴の?一体どれほどの!』

 エルディンがそう喚きながら操縦桿を押し込もうとしたとき、ふと、全体通信が鳴った。

『あ、あー、こちら、第三分隊、こちら第三分隊』

「なんだ、こんな時に!」

 エルディンが小声で毒づく。通信は高らかにのたまわった。

『こちら第三分隊。現在、ポイントJ-103(ヒトマルサン)付近にて、大質量物の移動を認むる。時速約二〇キロメテル』

質量反応(アンノウン)だと!?』

『エルディン、これは……』

 【タイゲート】が飛行形態に戻る。エルディンは沈黙したまま、センサー類を皿のような目で見つめていた。

『繰り返す。現在……』

『エルディン!』

『……あの黒い機体の操縦士(ドライバー)は、誰かと接触していたな』

 エルディンが言う。

『俺たちがいるのは、J-113。そして【アルシオーネ】の不自然な大破』

 眼下では、【アルシオーネ】の緊急不時着システムが作動したのだろう、ライム色の落下傘が広がっていた。それを見下ろしながら、エルディンが言った。

『いるのか……?何か、大きなものが、この空の上に……』

 

 ◆

 

 ■【黒姿無双 ゲヘナ】“黒蝶機(アゲハ)”/ヴァネッサ・ファイアローズ

 

お父様(パパ)?」

 甘ったるい声と共に、ヴァネッサは操縦席に備え付けの受話器を取った。

「ええ、そうよ。さっき伝えたでしょう、シリルを見つけたわ。今?ゴミ掃除の最中」

 通信の向こうで、誰かが何か言った。ヴァネッサは顔をしかめた。

「何よそれ!言っとくけど、もう探知はされてるんだからね!……そうよ、イーリスの範疇外。別に万能じゃないでしょう?クラリッサだって分かってるわよ、だから高度を下げすぎだって言ったのに……ええ、さっき衝突してたわ、あれで分からなきゃ本当の間抜けよ」

 ヴァネッサはそう言うと、操縦桿を動かした。ゲヘナが右舷に旋回し、そしてその左側面をビーム砲が炙っていく。

「すぐ済むわよ、一機落としたから。というか、墜ちていったんだけれど……え?」

 ヴァネッサは、そんな外部の状況など取るに足らないとばかりに通信機を睨み付けた。

「……いいわよ、好きにしたら?威嚇にはなるでしょうし。なら、もう終わりにするわ。これ以上は憂さ晴らしにもならないもの」

 ヴァネッサが少しだけ荒っぽく受話器を置く。

 空は晴れやかだった。砂漠の大気は酷く渇いている。水に油を垂らしたような薄雲の他は、視界を遮るものもなかった。

 そんな空を往く橙色の可変機を、ヴァネッサはつまらなさそうに見下ろした。

「一機だけ。青いほうは仲間の救助に向かったのかしら?退屈ね」

 彼女は既に飽いていた。

 ()()()()()()で下僕に変えた竜の死骸は戦車部隊の中央に降り立ち、包囲の中でその暴力を振るっていた。戦車たちは砲弾を雨のように撃ち込み、竜はそれを一台ずつ踏みつけにしていた。一進一退といったところだ。

 目の前の<プレアデス>たちも、彼女にとってはただ鬱陶しいだけの存在だった。強い弱いの以前に、戦闘がそそらない。

 シリル!その方が大事だ。そしてあの、シリルを拐かした女!

『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……もう、全部、嫌い!』

 叫びと共に、ゲヘナが飛んだ。超音速の突撃が、爆音を追い越して加速する。

『この……ッ!』

 【エレクトラ】もまた機体を変形させると、その後を追った。

 砲撃が届き始めていた。<ブラウラウ軍>の対空砲だろう。エルディンは目の端でそれを見ながら一言だけ呟いた。

「俺の推測が正しければ、弾は無駄にできないな」

 【エレクトラ】は、ゲヘナの通った軌道に沿って飛んでいた。乱高下する高度、そしてたなびく深紅の光を追って。

「……驚異的なスピードだ。こちらも<エンブリオ>の能力を使っているというのに、距離が縮まないとは」

 わざわざ軌道を合わせてまで追撃をするのは、警戒しているからだ。あの黒い機体ではない、もう一つの何かをエルディンは警戒している。

 その正しさを証明するように、砲撃の音が変わり始めた。空を闇雲に汚す音ではなく、何かに着弾する音だ。ここは、既に高度一〇〇〇メートルだというのに。

 鈍く響く爆撃音と、そして炸裂する炎が見える。何もない場所を彩る砲火は、確かにくっきりとその輪郭を浮かび上がらせていた。

 通信が言う。

『<プレアデス>!配置につけ、敵だ!』

「あぁ、見えてるよ」

 <ブラウラウ軍>からの通信に、エルディンが苦々しく言った。

「ハッキリとな」

 その言葉と同時、偽装が剥がれた。

 青空が歪み、黒い虹色の境界線が景色を剥離させていく。クリアに見えていた視界がざわめき、溶けるように消えていく。まるで、硝子に結露で描いた落書きを消すみたいに。

 しかも、巨大だ。<調装機(ベルドレス)>一機などとは比べ物にならないスケールで、光学迷彩が解除されていく。

 砂漠の光景も、雲一つない空も、全てが嘘だった。そこにあったのは、

「……母艦か」

 

空を泳ぐ戦艦だった。

 

 紺と純白の装甲で覆われた、巨大な艦だ。鋭角なディテールを重ね、ブリッジを囲む甲板の上には疎らに十字架が突き立っている。硬質な輪郭は、しかし遠くから見ればまるで鯨のように雄大で、鯆のように優美だった。

『エルディン!』

「見えていると言った!」

 エルディンが吠える。【エレクトラ】のセンサーは、あの黒い<マジンギア>……否、<エンブリオ>が戦艦へと帰投するのを捉えていた。

「恐れ入るよ、これ程巨大なものが……カルディナの空に潜んでいたとはな」

 エルディンは操縦席の計器を記録し、思わず武者震いをした。秘匿通信のチャンネルを捻る。

『……コロリョフ!ゾル!伝達だ、敵は戦艦。しかも空を飛んでいる。記録を調べたが、実視及び電磁波(レーダー)は役に立たない!』

 一方的に、<プレアデス>のリーダーは叫んだ。

『気流もだ。周囲の波を調べたが、不審な点は無かった。ハイレベルな偽装だ、恐らく直接の質量探知しか効果はない!』

 耳障りなノイズが走る。コロリョフが通信越しに言った。

『……っちは問題な……竜……砲撃を……』

「チッ!広域のジャミングか」

 発信源は、考えるまでもない。

「【エレクトラ】……いや、()()()()()()

 エルディンは、操縦席の天井からスコープを引きずり下ろした。

「狙撃モードだ」

 その瞬間、【エレクトラ】は巨大な狙撃銃を構えていた。

 <鉄の遊牧民>を撃ち抜いた、大型のスナイパーライフルだ。肩部装甲と半ば一体化するようにマウントされている。呼応して、【エレクトラ】の頭部がセンサーカバーを開く。高度二千メートルに滞空しながら、その銃口は敵艦へと向いていた。

「【LRW02】、正常に動作中。APFSDS装填完了、標的を捕捉(ロック)

 ……まぁ、大きすぎて目を瞑ってても当たるだろうが。そんな後半を、エルディンは心の中だけで言った。コクピットのスコープを覗き込み、赤い引き金を引く。

「狙撃!」

 そして、【エレクトラ】が反動で吹き飛んだ。即座にブースターを吹かし、姿勢を制御する。

 超音速の徹甲弾は、つつがなく発射されていた。ユゴニオ弾性限界を飛び越えて、装甲を貫く弾丸だ。たとえ神話級金属の装甲だろうと貫いてみせる。

「……そう来たか」

 だが、それは戦艦の表面で止まっていた。

 弾かれたり、突き刺さっているのではなく、装甲の表面で停止している。より正確には、限りなくその手前で。

『ゾル!』

『……あァ、ごめん。大丈夫だよ、健康さ、この上なく』

 イライラした声で、通信越しのゾルが言った。

『ジャミングは効かない。【アルシオーネ】ならね。機体はオシャカだけど!』

『視えているならいい。どうだ?』

 エルディンの疑義に、ゾルは正確に答えた。口調も少しだけ真面目になっていた。

『あぁ、よォく見えてるよ。あんなに大きいからね。今、データを同期する』

 三秒のラグ。そして、【エレクトラ】のモニターを地上からの【アルシオーネ】の観測情報が埋め尽くした。

『予想してるとは思うけど、空間固定防御だ。物理現象は全部弾かれる。【アルシオーネ】でも、中身は覗けないくらい完全に遮断されてる。銃弾なんて威嚇にもならないね』

『あの艦艇を全て覆ってるのか?』

『言いたいことは分かるよ、普通は無理。けど、僕の《多元情報観測処理素子(オヴザーヴドライヴ)》はそう結論を出してる』

 エルディンは頷いた。【アルシオーネ】は近接戦闘型かつ情報処理特化型の機体であり、その観測は絶対だ。<プレアデス>は三人ともそう理解していた。

『敵艦の周囲全域に空間干渉のエネルギー場が確認できる。相当の規模だ、あの戦艦、全長200メートルはあるのに』

『神業だな』

 エルディンはため息をついた。空間干渉相手と分かった時点で、保有兵器の殆どが意味を失ってしまう。

『良い知らせもあるよ。あの防御、干渉出力は最低だ。多分展開範囲に特化してて脆いんだろうね。空間干渉攻撃なら簡単に破れるよ』

『持ち合わせがあるか?』

『あると思う?』

 エルディンは首を振った。空間干渉はかなり高次の能力特性だ。専用の武器か、そういう能力を持った人間か。なんにせよ、簡単ではないし、この場で即座に用意できるものでもない。

 だが、ゾルはこう言った。

『……状況が変わってきたみたいだ。いい知らせと悪い知らせ、両方だよ』

『なんだ?』

 こういう言い方の時、大概はいい知らせですらない。エルディンは鋭く尋ね、ゾルは答えた。

『敵艦の空間固定領域が一部弱まってきてる。部分解除しようとしてるんだ』

 同時に、周囲一帯を示すスペクトル図がモニターに映る。エルディンはそれを見もせずに言った。

『それで?』

『障壁がない部分は撃てば当たるよ。……で、なんで障壁を解除しだしたんだと思う?』

 エルディンは舌打ちした。悪い癖だ。

『ゾル、ブラウラウ軍のやつらにも伝達しておけ!』

 【エレクトラ】は超大型狙撃銃を携えたまま、飛び出した。

 空間固定を解除したことで、あたりの気流は乱れ始めていた。巨大な艦が陽光を遮り、渦巻く風が雲に変わっていく。安定性に優れる人型形態でなければ墜落していたかもしれない。【エレクトラ】は油断なく銃口を構えながら、空中戦艦から距離を取った。

『ゾル、穴が開いたならロックオンできるだろう!どこだ!』

 エルディンは叫んだ。

『観測データを同期しろ、敵艦に叩き込む!』

『それがさ、リーダー、おかしいんだ……』

 いまやゾルの声は狼狽えていた。

『空間障壁に開いた穴は分かるし、敵艦のデータも取得できるようになった。多分、<エンブリオ>だ、鑑定システムを弾いてる。ただ、捕捉できない!何回もリロードしちゃうんだよ。まるでどこを狙っていいか分からないみたいに、ターゲットが定まらない!』

 エルディンは眉を顰めた。【アルシオーネ】の認識センサーに不調はありえない。敵の妨害か、あるいは前提に間違いがあるのか。

 戦艦は、側面の装甲を開いていた。その内側には、黒々とした穴がいくつも口を拡げている。大小の感覚が狂ってしまいそうなスケールだが、その砲門もまた巨大だった。

 そして、砲門が炎を吐き出した。

 叫び声のような音が鳴って、砲口が十文字に光る。次の瞬間、地表の戦車部隊が業火に吹き飛んでいた。

「なんという……」

 エルディンは絶句した。

 <上級エンブリオ>にしても強い。明らかに片手間の火力ではなかった。地上では砂が舞い、戦車の装甲が歪んで砕け散っていた。

「特化した上級か、それ以上だ。それに、あの強力な偽装、広すぎる空間干渉……どれも、強すぎる」

『ありえないよ!<エンブリオ>は多機能化するほど弱くなる、鉄則だ!なにか大きなリスクを掛けてるにしたって、強すぎるよ!』

『あぁ、そうだな』

 エルディンは、敵艦を見た。空を飛行し、空間を歪め、姿を隠し、風すらも偽装する、強力な戦艦を。

 硬質な輪郭の端で陽光が光っていた。遥か向こうの船尾に開いたブースターは、【エレクトラ】すら飲み込めそうな直径で、風を噴き出していた。

 再び砲門が光る。大気を切り裂いて、【エレクトラ】のものとよく似たビーム・キャノンが地上を赤く染める。

 エルディンのその目が見開かれる。敵艦の砲門が、ついに空中の【エレクトラ】の方を向いた。ゆっくりと、鈍色の砲口が熱を孕む。急いで回避機動を取りながら、エルディンは叫んだ。

 

「まさか……この艦!」

 

 強すぎる能力と、多彩な特性と、その両方を埋めるアイデアを、エルディンは思い付いていた。自分達だって、似たようなことをやっているのだ。

 

「複合型……全身がアドバンスで出来ているのか!」

 

 そして、熱線が炸裂した。

 

 To be continued

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