そこには屍があった。
絶望があった。
全戦全勝。それは栄光だった、他のウマ娘を蹂躙し、壊した事に目を瞑れば。
悪意はなかった。善意があった。それが悲劇だった。
「院長の調子はどう? ……手術は成功したのは知っているけど、やっぱり心配でね。……そう良かった。お金が間に合って安心したよ。……戻ってこい?無理だってば。私は罪を犯しすぎた。……別に規則違反はなかっただろって? ……なくてもやったことはやったことだ。……分かったよ。本当に困ったら頼らせてもらうよ」
ピーという音とともにウマートフォンの画面に通信終了の文字が表示された。デゼスプワールははぁ、と息を吐く。
「デゼスさん、今いい?」
「……ライスさん。何かご用ですか? ……私の恨みつらみなら個室で聞きますが」
タイミングを見計らっていたのか、デゼスプワールが電話を切った直後にライスシャワーがデゼスプワールに話しかけていた。
「……そんな話じゃないよ。ある意味そうだけどね。もっと私はあなたと走っていたかったよ、デゼスさん」
「……でも私はたくさんの夢を奪ってしまいました。走る資格は……」
「デゼスさんは何も悪いことしてないよ! ただ本気で走っただけ! それは一緒に走った私が一番知っているよ! 全力を尽くすことが悪なら、勝つことだって悪になるでしょ!? そんなこと絶対ないんだから! ……だからデゼスさんも悪くないと私は思うよ」
「ライスさん……。その言葉はありがたくいただきます。……でももう走れないんです。私は少し行き急ぎ過ぎました。トレーナーからはたくさんのレースに出るよりデカイレースで稼いだ方がいいと言われなるべく足を消費しないようにしていました。でも勝つために本気を出しすぎて、私の足も故障してしまいました」
「……そうなんだ」
「ええ、他の人には秘密でお願いします。あ、一応言っておきますがトレーナーは責めないであげて下さいね。あの人は噂で言われているほど守銭奴でもないので。お金があればあるほどいいというのが持論なのは事実らしいですが、無意味にウマ娘を使い潰そうとはしないですし、勝たせるために全力を尽くしてくれる人ですから」
「……本当にあの人は噂で損してるよね。否定くらいしたらいいのに」
「……ええ、本当に」
デゼスはフフッと笑った。
「ライスさん、これを」
「……これは電話番号?」
「ええ、ライスさんを含め一桁の人しか知らない番号です。使う機会はないかもしれませんけどもしよければ」
「……ありがとう」
「それでは」
そう言ってデゼスプワールはライスシャワーへと背を向けて歩きだした。
デゼスプワールと走ったウマ娘はレースをやめてしまう。そんな噂があった。大抵の噂はデマである。もしくはねじまがって話が伝わる。しかし、この噂は事実であった。
悪いことはしていない。ただ、全力で走っただけだ。能力を抑えずに走る、ただそれだけが悪夢を作り出した。
デゼスプワールは普段、本来の威圧とは程遠い威圧に調整して過ごしている。それは威圧によって周りのウマ娘が萎縮し、強いストレスを感じるからである。
だが調整した威圧感ですら学園のウマ娘たちには多少ストレスを感じていた。
ならば、威圧を抑えなければ?答えは簡単だ。ウマ娘は強いストレスにより無理なペースで足を潰し垂れてしまう。
そして、レースの中で強い負荷をかけすぎて足が故障する、しなくても強い威圧感によって心が折れレースをやめてしまうウマ娘が続出した。そして、この噂が生まれた。
「さて、どうしようか」
デゼスプワールはゆっくりと空を眺めた。
デゼスプワールがどのような道を歩むのか。それは神のみぞ知る。