夕方になった頃、
定時連絡で、無事に刑事に復帰することが出来たことをレイに報告している。
「ということで、
『良かったわね。これでしばらくは安心かしら』
「ただ、ほんのちょっとだけ同情するけどね」
『どうして?』
「一応、大戸野を嵌めるような結果にはなったし、それに関してはだけど」
そう、事実大戸野が言っていたことは、殆ど的を射ていた。
部下からの人脈があれば、もしかしたら本当に正体がバレていた可能性もある。
『そうね……。ところで、その後の進捗は?』
「ICPOからの情報で、県警がクリーナーの身元を割り出したよ。問題は
『犯人の顔は覚えてる?』
「勿論。年齢は40代くらい、大柄で、黒縁の眼鏡にオールバックの髪型だったよ。ただ、やっぱり写真がないと確証が……」
『もしかしたら、知ってるかも!』
「何だって⁉」
その特徴に合う可能性がある人物に、レイは心当たりがあった。
『今夜9時に駅前のカフェに行くから、その時に見せるわね』
「分かったよ。それと、もう一つ気になったことがあるんだ」
『なに?』
「その、鬼柳を撃った男なんだけど、俺が撃った弾を避けたように見えたんだ」
『気のせいじゃ……いいえ、確かに気になるわね』
能力を発動している武が狙いを外したことは一度もない。
レイもそのことはよく知っているので、少し気掛かりだった。
それに、武のファイブセブンの弾薬は、秒速でおよそ700メートル、拳銃弾の倍近い初速が出る。
そんな弾を避けるなど、余程のまぐれがない限り不可能だ。
『もしかして、武みたいに能力持ちだったりして』
「あるのかそんなこと?」
『私に訊いても知らないわよ……』
当然だ。武自身もどうしてこんな能力があるのか知らないので、レイに分かるわけがない。
「それと、もう一つ……
『ということは、谷さんを撃ったのは鬼柳で間違いないみたいね……』
「そうだな……」
『これで、私たちは終ね……』
谷を殺した鬼柳は死んだことで、仇を打ったことにはならないが、武が黒富士を追う理由が無くなった。
レイはそう考えた。
しかし――
「どうしてだ? ――」
まだ武には黒富士を追わなければならない理由が残っている。
「――オヤッさんを殺したのが鬼柳でも、それを依頼した奴がまだ居るだろ?」
そう、鬼柳が死んだとしても、まだ終わりではない。谷殺しを依頼した人間がまだ野放しになっているのだ。
「そいつを
『そうだったわねっ!』
何故か嬉しそうなレイの声に、武は首を傾げた。
『それじゃ、今夜9時に駅前。忘れないでね』
「えっ、ちょ! ――」
電話は切れた。
「妙に忙しい奴だな」
何時ものレイは、ここまで感情を表に出すことはなかったような気がする。
それに、さっき『これで、私たちは終ね……』というレイの声が、少しだけ寂しそうに聞こえたのは気のせいだろうか?
理解ができず、武は再び首を傾げた。
〇
カフェの中――
周りに人が居ない一番奥の席に、武とレイがテーブルを挟んでいた。
「この男じゃないかしら?」
レイがテーブルの上に1枚の写真を置いた。
写真には黒富士と、その後ろにもう1人男が写っていた。
「間違いない。この男だ」
大柄で、黒縁の眼鏡にオールバックの髪型、そして何より、顔が武の見た特徴と完全に一致している。
「
「そんな大物が、直々に鬼柳を?」
「うん。噂だけど、結構な手練れみたいよ」
「だったら、何でクリーナー雇ったんだろう?」
「尻尾を掴ませないためじゃない? 今のところ、クリーナーを雇ったのが黒富士だって知ってるのは、私たちだけだし」
「いつもの方法で県警にタレこんじゃう?」
「それで繋がればいいけど……」
「そんなヘマはしないよな……」
しばし沈黙が流れる。
上手い方法が見つからず、モヤモヤした気持ちが募った。
「有休取って、どっか出かけるかなぁ……?」
「『どっか』って、武は何処か行きたいところでもあるの?」
「思いつかないぃ……レイの方は?」
「私は……あるけど、1人で行くのはちょっと……」
不満気に語るレイ。
少しの間静まり返ると、武が口を開いた。
「良ければ付き合うよ」
「そう、ありがとう――えっ、今なんて?」
「『付き合うよ』って言ったの」
武の返事に、レイはキョトンとした顔で固まっていた。
「どうせ暇だし」
「いやいや、そうじゃなくて、この前私が言ったこと忘れたの⁉」
「刑事と犯罪者がうんぬん、って話でしょ?」
「それなのに……」
(付き合わないとこっちが困るんだよ!)
実は、レイがカフェに到着する前に、野々原から電話があり、レイに付き合ってほしい、と頼まれたのだ。
(野々原さんに頼まれた、とは言えないよな……)
誘う方法が分からず、モンモンとして下を向く武。
事実、武は今まで女性をデートに誘った経験は皆無だ。
自分の経験不足を呪う武は、自分が気づかないうちにプルプルと体を震わせ、目が回りそうな気分になる。
気まずい沈黙が再び流れる。
「そ、それじゃ……日曜の朝8時に駅前に来てくれる?」
重い空気に耐えられず、先に口を開けたのはレイだ。
「わ、分かった……」
「そ、それじゃ……」
そう言ってレイは席を立ちあがり、カフェを後にした。
レイを見送り、武は、ホッ、と息をついて安堵の表情を浮かべる。
何とかデート(?)の約束が成立し、一安心だ。
未払いの伝票が残されていることに気づいたのは、それから数分後のことだが……。
〇
レイと合流するため、前に野々原と待ち合わせたカフェの前に来た武。
普段の堅苦しいスーツ姿ではなく、白のTシャツに黒のカーディガンと、あまりお洒落とは言い難い格好だ。
それも仕方がないこと、武はこの歳になるまで、女性と付き合ったことが無い。服装に気を遣う機会が無かったため、服もスーツ以外はこれしか持っていないのだ。
武にとって今日は、人生初のデート(?)……なのだが、相手はレイだ。
今までプライベートで会うことなど殆どなかったので、いざとなると妙に緊張する。
というより、刑事が暗殺者とデートというのは、世間的にどうなのだろうか?
そんなゴチャゴチャな思いが渦巻くせいで、武の表情は険しい。
すると、黒いクライスラーがカフェに近づいて来た。
レイの車だ。
運転席から降りてきたレイは、メイクで人肌並みの白さだが、髪の色は、少し明るめの茶髪に染められていた。
服装も露出を抑えた白のワンピース姿だ。
「お待たせ」
「ドウモッ!」
緊張からか武の声が裏返った。
「何? 緊張してるの?」
「そ、そんなわけ……はい……」
(カッコ悪りぃ……)
出だしからのミスに、武はドンヨリと落ち込む。
「何よ。出かける前から暗い顔して」
「……ゴメン」
その後、何とか車に乗ることが出来た武。
しばらく車を走らせ、目的地に到着した。
デートスポットに
任せたのだが……。
着いた場所を見た瞬間、武は黙り込んだ。
「……本当にここでいいの?」
「そっちが『任せる』って言ったんじゃない……」
「そうだけど……――」
確かに武はレイに行先を任せた。それに関しては何も文句はない。
ただ、着いた場所が意外過ぎる。
「――……博物館でいいのか?」
レイに連れてこられた場所は、千葉県にある博物館。
古代生物の骨格標本や恐竜の化石、旧石器時代からの重要文化財などが多数展示されている場所だ。
(レイって、こういうのが好きなのか?)
よく〝人は見かけによらない〟というが、いざ目の当たりにすると、何とも言えない変な気持ちになる
「ボーとしてないで。早く入るよ」
レイに急かされ、一緒に館内に入った。早速目に入ったのは、ナウマンゾウの骨格標本だ。
標本とかには全く興味がなかった武だが、実際に生で目の当たりにしてみると、心を打たれるものを感じた。
「
隣に居るレイを見た瞬間、武は、キョトン、と固まった。
何故なら、標本を見るレイの目つきが明らかにおかしい。
頬を赤くしてウットリした表情を浮かべている。まるで憧れのアイドルや俳優と間近に出会えた少女のようだ。
(えっ、ちょっと待て! 本当にレイか⁉)
今までのレイでは全く見せなかった表情を目の当たりにし、戸惑いを隠せない武。
というより。今ここに居るのが本当にレイなのか、と目の前のレイを疑ってしまう。
「ハッ‼ ――そ、それじゃ、行きましょうか……」
我に返ったレイが、恥ずかしさから足早に先に進んだ。
(わかんねぇ……)
その後も館内を見て回る武とレイ。
本当に好きなのか、笑顔で展示物を眺めるレイに対して、普段の印象のレイとの大きな違いに、博物館の展示物よりも、レイの方に注目してしまう武。
全てのフロアーを見て回った武とレイが建物から出た。
レイは満足そうに両手を上に伸ばしている。
武はというと、普段と違うレイの方に興味津々だった。
(レイが標本好きだったなんて意外だな……)
レイの新たな一面に、武が感心していると、レイがバッグから一冊のパンフレットを取り出し、武に見せた。
「ねぇねぇ、次はここに行きましょう!」
無邪気な子供のように、キラキラと目を輝かせるレイ。
パンフレットには「鉄道博物館」の文字が大きく書かれていた。
「って、好きなの博物館の方⁉」
その後、デートと言うより、無理やり博物館巡りに付き合わされる武だった。
第12話 END