男は眼鏡とマスクで顔を隠している。
そして男は、周りを見回すと、壁際に止められているパトカーの後ろにバッグを置くと、チャックを開けて中身をいじると、足早にその場を去っていった。
生活安全課の電話が鳴った。
「はい、生活安全課」
『白摩署だな?』
「はい、そうです……」
電話の相手は変声機を使っているのだろう、かなり高い声になっている。
「それで、何の用でしょうか?」
『爆弾を仕掛けた』
「……ハイッ?」
警官が思わず間抜けな声を出した。
「イタズラならやめてください!」
警官が注意すると、電話の相手は更に続けた。
『嘘かどうか確かめな。爆弾は署の裏のパトカーの後ろだ。今から10分後くらいに爆発するから、早く逃げな。あっそうそう、爆弾を動かそうとするなよ。動かしても爆発するからな』
そう言うと相手は一方的に電話を切った。
警官は首を傾げていると、生活安全課の課長が尋ねる。
「どうした?」
「いや、『爆弾を仕掛けた』と電話がありまして……」
「爆弾⁉」
それを聞いて一瞬うろたえるが、すぐに冷静になる。
「イタズラだろ」
「だと思うんですけど、一応確認してきます」
警官は半信半疑の心境で言われた場所に向かった。
すると、駐車されたパトカーの後ろに、スポーツバッグがあった。
慎重にチャックを開けて中を見てみると、中には「9:02」からカウントダウンするデジタル表示のタイマーと、その下には「C4」と書かれたレンガほどの大きさで、白い長方形の粘土状の物が二つ付いている物が入っていた。
爆弾だ。
警官が慌てて報告に向かった。
「爆弾ありましたぁ‼」
「何っ⁉」
課長も慌てて爆弾を見に行く。
「運べるか?」
「いいえ、『動かすと爆発する』と言っていました!」
警官の言う通り、起爆装置のタイマーの上には、パチンコ玉が入った小さい透明なガラスの筒があり、その両端には上下2つに分かれた金属の出っ張りがそれぞれある。
恐らく動かした時にその出っ張りにパチンコ玉が触ると、通電して爆発する仕掛けなのだろう。
「すぐに避難させるんだ‼」
刑事部屋のドアが勢いよく開き、警官が1人部屋に入って来た。
「どうした?」
「大変です、爆弾が見つかりました。急いで避難してください!」
「爆弾っ⁉」
それを聞いて刑事部屋に居た全員が、目を丸くして叫んだ。
〇
正面玄関より裏口からの方が爆弾のある場所には近い。
爆弾が置いてある場所には、電話を受けた警官と生活安全課の課長が居て、爆弾が入っていると思われるスポーツバッグを覗いている。
「すみません、刑事課です」
武がそう言って同じように爆弾を覗き込んだ。
確かにカウントダウンが続いている。
「本物ですか?」
警官が武に訊いたが、武は首を横に振った。
この爆弾が本物かどうかは武でも分からない。
ただ1つ分かるのは、起爆装置らしき物の下にある「C4」の意味くらいだ。
「おい、まさか『C4』って……」
いつの間にか武の後ろに立っていた
「そう、プラスチック爆弾。この建物を半壊させるのに十分な量だ。……本物なら」
「解除できないか? ほら、青い線と赤い線があって――」
「――バカ野郎、昔の刑事ドラマじゃあるまいし、第一どこにその線があんだよ?」
爆弾の回路はプリント配線板になっているので、見える限り線という線が一本も見当たらない。
「……。確かに……。じゃ、どっかに持っていく?」
「ダメです! 動かすと爆発する仕掛けみたいです」
警官が慌てて止めると、武もタイマーの上にあるパチンコ玉が入ったガラスの筒に気付いた。
「このパチンコ玉が入ったガラスのやつがトラップだな。――ちなみに爆弾処理犯は?」
武が警官に訊いた。
「連絡しましたが、到着に20分は掛かります」
「あー……。逃げよう!」
絶望的に間に合わないことを悟った武たちは、急いで爆弾から離れて行こうとするが、突然武の足が止まった。
あの爆弾が本物か偽物はわからないが、自分を署の外に出すための罠のような気がする。
だとしたら、
真っ先に思いついたのは、ライフルによる狙撃だが、昨日、屋上に出たときは何ともなかった。
あるいはたまたまライフルを用意できていなかったのか……?
それとも、この人混みに紛れて近づき、ナイフなどを使って静かに
いろんな考えが浮かぶ所為で、うかつに動くことができないが、この場に留まっていては、どの道、爆弾の餌食になってしまうのも事実だ……本物なら……。
しかし、みんなが避難している正面玄関先の駐車場に行くと、そこで待ち伏せか狙い撃ちされるような気がする。
疑心暗鬼に陥ってどうすればいいのか分からない。
「ボーとしてないで、早く非難するぞ、武!」
武の気持ちを知らない松崎が、武の腕を無理やり掴んで、強引に引っ張っていった。
「オイ
負傷している――かすり傷だが――はずなのに変なパワーを発揮された松崎に武は、署の人間が避難している駐車場まで強制的に向かう羽目になってしまった。
駐車場には署の人間のほとんどが集まっている。
柵の外には、何事か? と野次馬が集まり、中には面白半分にスマートフォンで撮影をする人間まで居た。
武は狙撃を恐れて、今度は松崎の腕を掴み、体制を低くしながら人混みに紛れ、駐車場に止まる車の陰に隠れた。
とりあえず、物陰に隠れればライフルでの狙撃は難しいだろう。
「なんだよ武、痛いなぁ……」
「ライフルで勝田が狙っていたらヤバいだろう⁉」
「あぁ、そういうこと」
「そういうことっ!」
問題は、この人混みに紛れて、勝田の仲間が居たら、そいつが何か仕掛けてくるかもしれない、ということ。
勝田がどんな手を使ってくるか分からないまましばらくすると――
「ちょっと刑事さん!」
「はいぃ⁈」
突然、眼鏡をかけたサラリーマン風の男が、武に声をかけてきた。
「何ですか?」
「ちょっと、どうなってんですか⁉ 今日中に免許を更新しないといけないのに……!」
「痛ててて‼ 何ですかいったい⁉」
何故か男は武の腕を掴み、無理やり引っ張って立たせた。
「今日中に免許の更新が必要なんだよ‼」
「だからって、俺の腕を引っ張るな‼」
男は相当パニックになっているのか、武の腕を決して放さない。
「何やってんだよ、お前⁉」
松崎が、サラリーマン風の男から武を引き離そうとするが、片腕を釣っている松崎では力が足りない。
「あい、誰かこいつを引き離してくれ‼」
松崎が助けを求めると、警察官が二人駆けつけ、武を男から引き離すのを手伝った。