翌日、昼前の
昨晩、
そんな松崎の携帯電話に着信が入った。相手は
「どうした武?」
『
「調べる、って何をだ?」
『実は、情報屋の
「北野組の組長の息子? 何か事件?」
『そうだ。北野の息子が勝田に殺されたらしい』
「何だって? そんな話聞いてないぞ?」
『俺もだよ。朝電話があって、その話を聞いたんだ。しかもそれを
「アイツが⁉」
『
「わかった、やってみるよ」
『それともう一つ、勝田が隠し持っている資産についても調べて欲しい、って頼まれたみたいなんだ』
「資産?」
『俺もよく分からないんだけど、もし分かったら教えてくれ』
「了解。それで武?」
『なんだよ?』
「今日行くんだろ、未来って
修羅場になることを想像したのか、松崎の顔がニヤッとする。
『安心しろ、彼女も一緒だ』
ここで電話は切れた。
「……。お
嫉妬に狂った松崎が、携帯電話を強く握りしめ、目から血の涙を流していた。
「落ち着け、松崎。血が無くなるぞ?」
〇
アパートの駐輪場を借りるという手もあったが、アパートの住人じゃないのでそれは遠慮した。
武が時計を見ると、間もなく15時、レイとの約束の時間だ。
14時頃に、一度安定剤を打たないといけないので、この時間になった。
すると、1台のクライスラーがコインパーキングに入って来た。
レイの車だ。
車から降りてきたレイの恰好は――
「なんか、可愛いな……」
「うるさい……」
――明るいピンク色の作業着で、髪の色は硲署に連れていかれた時と同じ、黒に近い茶髪だ。
「武の方も……っていうか、ただのライダースーツよね?」
「借り物だけどね」
武が今着ているのは黒のライダースーツだ。と言って、中は普通の白TシャツとGパンだが。
「それで、妹さんにはちゃんと連絡したんでしょうね?」
「勿論、いきなり行ったら流石に失礼だろ。まぁ、未来ちゃんから『まだ葬儀の準備は先で、直人の遺品の整理だけだから来なくても大丈夫』って言われたけど、それでも1人に出来ないから、って言ったら納得してくれ……て……」
レイの方を見ると、頬を膨らませて不機嫌な顔をしていた。
「本当にゴメン、今日の予定台無しにして……」
「別に……怒ってないから安心して……!」
そう言うレイだが、表情が不満でいっぱいだ。
「そもそも遺体がまだ戻ってないなら、手伝うことも無いんじゃない?」
「そうだけど、もし勝田が
(
「確かに。そうじゃなくても、大切な家族が殺されたら、色々気が滅入って、最悪自ら
レイが遠い所を見るように目を細めて、黒いオーラを放ちながら言った。
他から見たら、呪いをかける魔術師か何かのよう。
「――縁起でもないこと言うなっ‼」
武が瞬時にツッコミを入れた。
未来が居る部屋のチャイムを鳴らした武。
すると、「はーい」と未来の声が聞こえた。
「大下だ」
武の声を聞いて、未来が玄関のドアを開けた。
「やぁ、お邪魔するよ」
「こんにちは、
「んっ、どうしたの?」
突然、驚いたように未来が、ビクッ、と身を震わせたことで、武が未来の視線の先を辿って後ろを振り返ると、そこには笑顔なのに禍々しいオーラを放つレイが立っていた。
「あぁ……未来ちゃん、彼女はレイ……チェル。未来ちゃんのことを話したら、どうしても、って」
「よろしく……。レイでいいわよ、未来ちゃん……」
妙に圧を掛けるような口調のレイに、次第に未来は怯えだしていた。
「えーと、あっ、に、日本語上手ですねぇ、レイさん……」
何とかコミュニケーションを取ろうと、未来が口を開いた。
「ありがとう。でも私、こう見えても日本人だからね?」
「……ご、ごめんなさい」
「レイ、その辺にしてぇ‼」
慌てて武が、今にも泣き出しそうな顔をする未来とレイの間に割って入った。
部屋に入って
私物が少ないので、早く終わり……というより、あまりやることが無かった。
「ふぅー、これで終わりね?」
「あっはい! ありがとうございます!」
玄関でのことでレイに対する怯えがまだ抜けない未来は、まだどこかオドオドしていた。
あまりにもやることが無かったので、部屋の掃除も手伝う武とレイ。
武は窓拭きをしている。
普段から寮で使っている自分の部屋の窓も、自分でやっているので、窓拭きくらいはお手の物だ。
部屋の中を改めて見渡すと、中は綺麗になっている。
半分は未来もやっているのだが、残りはレイが掃除をしていた。
料理の腕が優れていることは知っているが、身の回りのことは、全部野々原がやっている感じだったので、レイ自身は掃除などが苦手なイメージだったのだが、そうではないらしい。
改めてレイの女子力を目の当たりにして、レイが女であることを自覚し直した。
「ちょっと、手が止まってる!」
「あっ、悪い」
レイに注意され、窓拭きを再開する武。
(本当に、勿体ないな。未来ちゃんも良い奥さんになりそう――)
そう思いながら乾拭きしようとした時、武の手が止まった。
窓を通して見た先にある、別のアパートの陰から、こちらを覗く人影が見えた。明らかに、こっちを監視している。
相手も武に自分の存在を気づかれたことを察したのか、慌ててその場を離れて行った。
武は、タオルをその場に置いて、玄関へ走った。
「どうしたの、武?」
武は何も言わずに、急いて靴を履いて玄関の外へ。
怪しい男が居たところまで走って来たが、既に男の姿は無かった。
未来の部屋を覗いていたのは間違いないが、一体何者だろうか。
「どうしたの、いきなり飛び出して?」
武のことを追いかけてきたレイが尋ねた。
「誰かが部屋を覗いてたんだ」
「監視されてたの?」
「間違いない。俺に気づかれた瞬間に逃げやがった」
「ということは、誰かが
「多分……。やばいな、署に連絡して――」
武が携帯電話を取りだして松崎を呼び出そうとした時、武の携帯が鳴った。
相手は松崎だ。
「隆太」
『やぁ武、北野の戸籍を調べたら、離婚した妻と2人の子供が居ることがわかったぞ』
「妻と2人の子供?」
『それも驚いたことに、その別れた妻の名字が、
「なにっ⁉」
直人と同じ名字、そして子供が2人と聞いて、武は直感した。
「直人は北野の息子なのか⁉」
『その通り。まぁ、離婚の理由は、暴力団のいざこざに巻き込まないようにするためだろう』
ということは、未来は北野の娘ということでもある。
そこで武はあることに気づいた。
「隆太、トシさんは居るか?」
『居るよ。代わるか?』
「頼む」
『何だ、大下?』
電話から
「トシさん、勝田のことだけど、どのくらい覚えていますか?」
『ある程度は』
「それじゃ、勝田が北野組に入った時期も知っていますか?」
『確か……そうだ、お前が関わった例の事件のおよそ5年前くらいだ。結構スピード出世をしたみたいだけど……』
「北野が離婚した時期はどのくらい前か、隆太に訊いてください」
『それなら聞いているよ。確か……20年くらい前だ』
これで分かった。勝田は北野の息子と知らずに、8年前の事件に巻き込んだのだ、と。
直人が北野の息子だということは後で知ったかもしれないが、今の勝田にはもう関係は無い。
「なるほど、もしかしたら、さっきの男は……?」
『男?』
「実は、未来ちゃんの部屋を覗いていた奴が居たんです」
『本当か? 相手は?』
「分かりません。気づいて追いかけたんですけど、もう……。未来ちゃんには――しまった、未来ちゃん1人だっ‼」
「大変‼」
「すまないトシさん、誰かよこしてくれ‼」
『おい――』
電話を切ると、武とレイは、急いで未来の所へ。
玄関のドアを勢いよく開けて中に入ると、未来がリビングに居た。幸い何事も無かったようだ。
「どうしたんですか、急に?」
「未来ちゃん、最近ストーカーとかの被害に遭ってない?」
「いいえ」
「……そう。それじゃ、単刀直入に訊くけど、未来ちゃんのお父さん、どんな人か知ってる?」
「それは……」
未来が口ごもってしまった。
武とレイと未来が、リビングのテーブルを囲み、詳しい話を聞いた。
「知ってるんだね?」
「……はい」
どうやら未来は、父親の正体を知っているようだ。
そして武は、先ほど松崎から聞いたことを未来に尋ねた。北野が暴力団の組長の部分は伏せてだが。
「はい、確かに私の父は、北野という人だってことは、母から聞いています」
「それで、お父さんのことは、何処まで知ってるの?」
「……」
未来は黙り込んでしまった。
確実に何かを知っているが、話すとマズい、と思っているのだろう。
「大丈夫だよ、未来ちゃん。正直に話して」
「……。実は……私の父は暴力団の組長で、離婚したのも、それが原因だと」
どうやら未来は、北野が暴力団だということを知っていたようだ。
(そう言えば、刑事になってから、殆ど連絡しなくなったな……)
それも直人と未来なりに武に気を遣ったのだろう。
確かに暴力団の関係者と接点があれば、懲戒解雇や刑事処分になる可能性はある。
とはいえ、絶縁している場合はどうなのだろうか?
「でも、信じてください! 私もお兄ちゃんも、暴力団とは何も関係ありませんからぁ!」
「そう必死になると、逆に怪しいわよ?」
「えっ、あわわぁ……‼」
レイのツッコミに、未来は軽くパニックを起こしてしまった。
「レイ、その辺にしてっ!」
武が制止するが、お構いなしにレイは続ける。
「それで、他にアナタが、暴力団の娘だ、って知ってる人は居るの?」
「……。一部の人には、何故かバレていて……学生のことは歯がゆい思いをしたことはあります。お母さんも死んで、それで、私もお兄ちゃんも仕事が見つからなくて、お金も無くて……」
「それで、直人はあの話にノッた訳か」
「……はい」
「アハハ……」
武と未来は、互いにそっぽを向く形で苦笑いをした。
「あの話、って何?」
「ドキッ!」
尋ねるレイに、武と未来が、ビクッ、と身を震わせた。
「何を隠してるの、武くん?」
「ベ、別に隠しては……」
「……」
レイの無言の笑顔が武に迫る。
まるで「怒らないから正直に話しなさい」と言って、後でしこたま怒る母親のような感じだ。
「正直に言うけど、幻滅しない?」
「内容による」
「まぁいいけど。俺、高校の時に親父と揉めて、グレてたんだ。それで、割のいい仕事はないかな? と思ってたら――」
武は8年前のことを話し出した。
直人との初めての出会い。
そして、あの人とのファーストコンタクトだ。