日が傾いたころ、レイの隠れ家にクライスラーが止まった。
玄関が開き、
「すみません、武様。何故お嬢様がお酒を?」
「それが、ジュースと間違えまして……」
「そういうことですか……」
武は後部のドアを開けると、横になるレイの肩を掴んで、上半身を起き上がらせるが、それでもレイは寝息を立てていて起きない。
「しょうがない」
武は、レイ両腕を引っ張って、レイを背負うような体制を取る。
「武様、お嬢様なら私が……」
「これくらい、いいですよ……と言いたいところですけど、手伝ってもらってもいいですか?」
野々原の手を借りて、再びレイを背負う武。
「すみません、武様」
「大丈夫ですよ。それより何処に運べばいいですか?」
先行する野々原について行き、レイの部屋の前まで来た武。
流石にレイを背負って階段を上るのは疲れた。
野々原がドアを開け、武はレイをベッドの上に運んだ。
「うーん……ここ何処?」
レイが目を覚ましたが、まだ酔いの方は醒めていないようだ。
「大丈夫か、レイ?」
「大丈夫。おみじゅ、おみじゅぅ……」
レイはベッドから起き上がり、チェストに仕舞われていたミニボトルサイズのビンを取りだした。
「随分準備がいい……んっ!」
レイが「みじゅ(水)」と言っていたそのビンには〝RUM〟と書かれたラベルが貼られていた。
「ちょっと待てっ!」
「あー‼」
武がレイから酒ビンを取り上げた。
偶々、水を酒ビンに入れている可能性もあるが、一応の確認でビンの口に鼻を近づけてみるが。
「バリバリ酒じゃんっ‼」
「かーえーせぇー‼」
「バカやろ、酎ハイ1本でそこまでベロベロなのに、こんなの飲んだら死ぬぞ!」
するとレイは、まるでオモチャを取り上げられた子供のように涙を浮かべた。
何時ものクールなレイは、完全に行方不明だ。
「うわーん‼ たけりゅがいじゅわるするぅ‼ おしゃけ返せぇー‼」
「酒って認めてるじゃん‼ ――野々原さん……――って、居ないし‼」
この酒を何とかして欲しいと思っていたのだが、いつの間にかドアが閉まっており、野々原の姿が消えていた。
「わかった」
「……諦めたか」
武が、ホッ、としたのも束の間。
レイがベッドの上で大の字に横たわる。
「どしたん?」
「好きにしゅていいから、おしゃけ返して……」
顔を赤らめ――元々酔っているので赤いが――無防備な姿を晒した。
「好きにしないし、お酒も返しません!」
頑なにお酒を返すのを拒むと、レイは上半身を、バッ、と起こして頬を膨らました。
「わかった」
「ホントか……?」
武が怪しむように目を細める。
ならば、とレイは、自分が来ている作業着のファスナーを下ろし、それを脱ぐと、その下の白いTシャツを両手で掴んだ。
「脱ぐから、おおしゃけ返して……」
そう言って、Tシャツを捲り――
「――ちょっと待てぇ‼ 脱いでも返さないからぁ‼」
それを聞いたレイは、手を止めた。
「何ぃ!
そう言ってレイは、自分の胸を両手で寄せる仕草をした。
「訊いてないから‼」
「しょうれすか、たけりゅは大きい方がいいのれすかぁ! ――ちいしゃくてすみましぇん……」
一気にションボリして涙を垂らすレイ。
「落ち込むなぁ‼」
(ダメだ。完全に壊れた……)
流石にこれは黙っていられない、と思った武は、慣れていないが説教するように強めの口調で話し出した。
「そんなに酔っぱらって、体壊したらどうすんだよ⁉」
「だって……」
「だって、ってなんだよ⁉」
「酔わなきゃ、やっていけらいもん、復讐らんて……。ホントはアタシだってこんなことしたくないのに……」
「そんなにイヤなら止めればいいだろ⁉」
レイは再び涙を流しながら本音を話し始めた。
「私は……わかってほしかったの……パパとママが殺されたのに、奴らは何の罰も受けないで平然と暮らしていることが許せない。警察は何もしないし……それなら、私が仇を討つしかないじゃない……」
少し酔いが醒めたのか、ろれつが戻ったようだが、レイは再び子供のように泣き出してしまった。
これだけ見ると、本当にか弱い女性だ。
「レイ」
武は両手でレイの頬を優しく包み込むと、真っ直ぐレイの目を見ながら言った。
「俺が居ることも忘れないで。力不足かもしれないけど、いざという時は、俺のことも頼ってくれよ。俺はキミの味方だから」
武と目を合わせるうちに、レイの目がウットリしたようにトロンとし始めた。
「あっ、ゴメン‼」
慌ててレイの顔から手を放す武。
(――って、ものすんごく恥ずかしいぃ‼ うっかり顔触っちゃってるしぃ‼)
泣いているレイを見て思わず取ってしまった行動だが、段々恥ずかしさが増していき、顔が真っ赤に変わった。
すると、今度はレイの両手が武の頬を包んだ。
「えーと、レイ?」
「武……よく見ると、結構いい男だったのね……」
「えっ?」
ウットリするような眼差しで武を見るレイ。
こんなに可愛いレイを見るのは初めてだ。
(おいおい、これって……いやいや、そんなわけ――)
武の頭の中に、甘い展開が浮かんだが、すぐに振り払った。
払ったのだが……。
レイは目を閉じて、顔を武に近づけて来たのだ。
「えっ、マジかよ⁉」
これは本気だと覚悟を決めて、武も目を閉じる。
そして、レイの唇が武の唇に重なる――
ドサッ!
――寸前に、レイはベッドで再び爆睡してしまった。
(分かってたよ、こういう展開になるって‼ でも、俺の覚悟を返せっ‼)
体を、ブルブル、と拳を震わせて惜しがる武。
あまりにも絵に描いたようなベタな展開だからなおさらだ。
うっぷん晴らしに何かイタズラでもしてやろうか、と思ったが、後の展開が容易に想像つくので、それは思いとどまった。
とりあえずレイの体制を整え、布団をかけてあげる。
(……
バストサイズもそうだが、シャツを捲った時に、実は下着が少し見えてしまうなど、レイの秘密が色々暴露され、それが頭の中でプレイバックした瞬間、武の顔が赤くなった。
(いけないことを知ってしまったような……んっ!)
武の指先に、何か白っぽい物が付いていた。
臭いを嗅いでみると、化粧のような匂いがする。
武が再びレイの方を見ると、首元に点交じりの青あざのような痕があることに気づいた。
先ほどレイの体を整える時に、首元に触れたことでメイクが剥がれ、それで露わになったのだろう。
この首の痕は、恐らく安定剤の注射で出来た後だろう。
前に麻薬中毒者の資料で見たことがある。首や腕に頻繁に注射をしてできたものと同じだ。
レイの場合は命に関わることなので仕方ないが、やはり目立つ。
せめて注射器以外で安定剤を接種する方法はないだろうか?
そんなことを考えていると、ふと、チェストの上に飾られている5枚の写真が目に入った。
学生時代の友達と写る物が大半だが、1枚の写真を見て、武の中で雷のような衝撃が走る。
そこに写っていたのは、大きなログハウスをバックに、低学年くらいのレイが、両親と一緒に満面の笑顔で、カメラに向かって元気にピースをしているものだった。
まさに天使だ。
(カワイイ‼ レイもこんな時があったのか――それが今じゃ復讐鬼、って何の冗談だよ。
よく漫画やドラマで〝復讐は何も生まない〟と説得するお決まりのセリフがあるのだが、天使を悪魔に変えた黒富士がやったことを考えたら、そんなセリフは他人事だから言えるただのきれいごとのように思えてくる。
正直、今すぐに黒富士を捕まえて「殺してくれー‼」と叫ばせる程に痛めつけてやりたかった。
そして、最後の1枚。
それにはレイの姿が無く、何処かの研究所の前で、白衣を着た男性2人と一人の外国人女性が写っていた。
2人は、先ほど幼いレイと一緒に写っていた2人なので、レイの両親で間違いないが、その2人の隣に1人の男性が立っている。
その男の胸にはネームプレートが付いており〝夏目〟の文字が書かれているのが見えた。
レイの両親の関係者だろうと推測はできるが、それ以上のことはわからない。
レイに訊いてもいいが、今は爆睡中、無理やり起こすのもなんだか申し訳ない。
それに、運ぶためとはいえ、本人の許しが無いまま女性の部屋に入っているのだから、色々マズい気がする。
「……退散しよう」
武が酒瓶を持ってレイの部屋から出ると、ちょうど階段を上って来た野々原と鉢合わせた。
「武様、お嬢様は?」
「寝ちゃいました。それでこれ……、そのうちアル中で死んじゃいますよ……」
武は酒瓶を野々原に渡した。
「隙をみて回収はしているんですが……いつの間にか……」
「……ご苦労様です」
無表情だが、野々原の声のトーンを聞いて、何となく何時もイタチごっこが繰り返されていることが想像できた。
「それで、どうして部屋からいなくなったんですか?」
「そうでした。武様にお渡ししたい物の準備が整っていなかったので。こちらです」