「すみません、送ってくれて」
「いいえ、こちらこそお嬢様がご迷惑を」
「いや、元々は俺が余計なことを言ったからで……。まぁ、色々ありがとうございました」
「お気をつけて」
武はクライスラーを降りると、未来の部屋に向かった。
未来の部屋のチャイムを鳴らすが、未来は出てこない。
(あっ、誰も入れないように言ってたなぁ)
「未来ちゃん、俺、大下」
名前を言った瞬間、中から人の気配がした。
そして、ドアが開き未来が姿を現した――
「えっ⁉」
――と思ったが、中から出てきたのは未来ではなく、
「何処に行ってた⁉」
「飛馬こそ何で――あっ!」
そう言えば、松崎から連絡があった時に、誰かをよこすように言っていたことを思い出した。
「それであんたが来たのか……」
「不満なのか? それより、彼女を置いて何処に行ってた⁉」
「それは――」
「――あっ、それは、私が間違えて大下さんの彼女さんにお酒を飲ませちゃって!」
「未来ちゃん‼」
「えっ? あっ! ごめんなさい……」
いつの間にか飛馬の後ろに居た未来が、慌てて自分の口を抑えたが、もう遅い。
「お前、自分の彼女連れて来たのか?」
「彼女、って言うほどの関係じゃないけど……。いいだろ、捜査の張り込みじゃないんだから。未来ちゃんの手伝いの話をしたから『手伝う』って言うから」
「だからって、連れて来るかよ」
「しょうがないだろ、本当なら今日は予定があったんだから」
「えっ! それなのに来てくれたんですか⁉」
驚いた後に気まずそうな表情を浮かべる未来。
(ヤバッ‼)
「いや、未来ちゃんは気にしなくていいよ。1人になっちゃったことが気になったのは事実だし、話をして『私も行く』って言ったのもレイだし」
「でもレイさん、それで私に冷たかったんですよね?」
「……あぁ」
そう言えば、未来に対してレイが妙に高圧的な態度を取っていた気がする。
「いや、本当に気にしなくていいからね、未来ちゃん‼ こっちの予定は来週もあるから‼」
武の言葉を聞かずに、未来は部屋の中へ行ってしまった。
「お前、
(テメェも原因の1つだろ⁉)
確かに家族を亡くしたばかりの人をほっておいて休日を過ごすのは、罪悪感はある。それは武も同じだ。
しかし、指摘して予定を変更せざるを得ない空気を作ったのは、間違いなく飛馬だ。
それがどうも納得がいかなかった。
「話は戻すけど、どうして彼女を1人にした?」
「酔っぱらった彼女を家に送ったんだよ。車で来てたし、運転させられないだろ?」
「それなら、俺が来るまで待てば良かっただろ?」
「彼女の実家が隣の県なの! それに、呼び出しもあったから、少しでも早く帰さないと悪いだろ⁉」
「確かに、すまない……」
(そこは納得するんだ)
「それじゃ、後は俺がやるから、飛馬は帰っていいよ」
「いや、俺が残るから、お前が帰れ」
「なんでだよ……?」
「課長から許可は取った。お前だって門限があるだろ?」
「いや、門限まで時間あるから……」
「そう言えば
「唐突に話を変えるな。ってホントか⁉」
「数時間前だ。黙秘を続けているらしいが」
「黙秘、ってことは、話は出来るんだな?」
(よーし、明日バリバリ説教してやる!)
武は「フフフ……」と怪しく笑い出した。
「変な笑いをしていないで、早く帰れ」
「いいだろ別に。それより、大丈夫なんだろうな?」
「問題無い。北野組のことも考えて、病院の警備は厳重にしている。県警も協力してくれているから――」
「――そっちもだけど、そっちじゃねぇよ」
「何?」
「言っておくけど、飛馬」
「何だ?」
「未来ちゃんに手を出すなよ?」
「出すか!」
その後も、色々言い合ったが、武は未来のアパートから離れて行った。
外の見張りに気づかないまま。
〇
時間は遡り、武がレイの家に着いた頃――
白摩総合病院の一室の前では、2人の警官が両脇に立っていた。
ここは勝田が居る病室の前だ。
そこに白衣を着た医者が、近づいた。
「ちょっと待ってください」
警官の1人が医師を止めた。
「チェックさせていただきます」
「どうぞ」
警官が医師のボディーチェックを行った。
その間に、別の警官が持っていたバインダーを見る。
バインダーには、医師の写真と名前が出ていた。どうやら本物の医師らしい。
「どうぞ」
チェックを終え、医師が病室の中へ入った。
その光景を離れた場所から1人の女が見ていた。
女は20代後半で、青髪のショートカットに、耳には大きな輪のイヤリングを着けていた。
〇
「
「どうだ、
席に座る北野に向かって言った。
「難しいです。ずっと
「医者になりすまして何とかならねぇか?」
「それも難しいです。事前に担当する医者がリストアップされていて、該当する医者でも、ボディーチェックされるみたいなので、なりすましは難しいかと」
「……」
一度怒鳴ってやりたい気持ちになるが、打開策が浮かばないのは自分も同じだ。
「病院を出たところでやるしかないな」
「そうですね、オヤジ。一応他に方法がないか探ってみます」
「頼んだ」
(けじめは必ず取らせてやる。覚悟しろ、勝田……)
「それで……娘の方は? さっき娘の知り合いに見つかった、って聞いたが?」
「それなら問題ありません。そろそろ連絡が来ても――」
すると、組員のスマートフォンが鳴った。
相手は未来を見守っている組員からで、未来の現状報告を受けた。
「オヤジ、今のところ異常は無いようですが……」
「どうした?」
「どうやら、お嬢さんのお知り合いの方がお帰りになったようで」
「1人なのか⁉」
「それが、しばらくして男が一人来まして……」
「男ぉ⁉」
北野が険しい表情を浮かべた。
「まさか、未来のことを⁉」
「それが、お嬢さんの知り合いみたいで、すんなり中に……」
「知り合いぃ⁉」
更に北野の表情が険しくなる――というより、何かに変身しそうな形相をしている。
突然、娘の部屋に男が入った、と聞いて、穏やかでいられる父親は居ない。
「落ち着いてください、オヤジ‼」
「その前にも男が入って行ったよな⁉」
「あれは、お嬢さんのお友達みたいですし、女も一緒でしたから」
「まさか、娘に限ってそんな……男をとっかえひっかえ……」
「本当に落ち着いてください‼」
「今すぐにしつけ直さなくては‼」
「だから落ち着け、って‼」
北野の暴走に、思わずタメ口で説教してしまった。
本当なら殴られて説教が始まるが、今の北野の耳には。全く入っていないようだ。
時間は経過し、再び未来を見守っている組員から、連絡が入った。
北野は何とか自分の席に座り、なんとか自制しているが、顔は真っ赤になり、体が小刻みに震え、今にも噴火しそうな火山のようだ。
連絡を終えると、組員が説明に入る。
「オヤジ、男の正体ですが」
「……どこのモンだ⁉」
小声だが、何処か圧が強い話し方に、内心恐怖を感じるが、続けた。
「
「確かか?」
「はい。先に来たお嬢さんの知り合いの男が、再びお嬢さんの家に来て、その時に『県警』とか『課長』と言っていたみたいなので、間違いないみたいです。一応、身元を調べてみますが」
これで北野も少しは落ち着く、と思ったのだが。
「
再び北野の顔が徐々に赤くなって行き、頭からも湯気のような物が現れた。
「……誰か助けて」