元は飲食店だったようで、建物の前の
建物の奥には森のようになっていた。
「ここで止《と》めろ」
既に建物の前では、何台もの黒塗りの車が止まっており、大勢の人間が居た。
その中に居る1人を見た瞬間、武はこの連中が何者なのか気づく。
(
そう、全員荒松組の人間だ。
もっと言えば、
「降りろ」
飛馬に言われるまま、武は覆面車を降りると、チンピラたちが覆面車の後部座席を開け、飛馬と
そして飛馬は、勝田の手錠を外した。
「どういうことなんだよ、飛馬?」
「……すまない、
「だから‼ ――」
更に問い詰めようとした時、組員の男が無理やり誰かを連れて来た。
両手を後ろに縛られた未来を見て、武は察した。
未来が誘拐されたから飛馬がこんなバカを仕出かした、と。
「こういうことかよ……」
「そういうこと、だっ‼」
勝田は、武の顔に向けて拳を打ち、それを受けた武は地面にうつ伏せになる。
「散々俺のことをコケにしてくれたな、大下。たっぷり礼をしてやる、よっ‼」
今度は武を蹴り、武は地面を転がった。
「大下さん‼」
それを見た未来が声を上げるが、勝田は止まらない。
「……ふざけんじゃねぇ‼」
今まで黙っていた武がキレた。
仕返しと勝田を殴った後、体当たりをして、地面に倒れた勝田を無理やり抑え込んだ。
しかし、それで事態が変わるわけではない。
「おい、この女がどうなってもいいのか?」
未来を抑える組員の一言で、武の動きが止まった。
そう、人質が居るのだ。
渋々勝田を放した武。
「コノヤロー‼」
武から解放された勝田は、再び武をリンチにかけた。
それを見た未来の悲痛の叫びだけが虚しく響くが、誰も勝田を止めることは無かった。
〇
勝田によってボコボコに顔を殴られ、意識を失っている武が、組員たちの手によって廃屋の中に連れてこられた。
その後ろには荒松と勝田も居る。
建物の中は、長い間誰もここに来ていないことは想像に難しくないほど荒れ果てていた。
武が連れていかれたのは、厨房だ。
組員が武を地面に寝かせると、武の持っていた手錠を取り出し、武の右手にそれをかけると、反対側を厨房の作業台の足にかけた。
組員が武から離れると、勝田が横たわる武に近づき、武の顔を軽く蹴り、武を起こした。
「……。んっ!」
意識を取り戻した武は、自分の手に手錠が掛けられていることに気づいたようだ。
「起きたか」
「なんだ、ここで殺すのか?」
「正解だ。お前はここで、長い間誰にも見つからないまま死ぬんだよ。――おい、
近くの組員に頼んだのだが、組員からまさかの答えが返ってきた。
「えっ、持ってないです」
「なんでだよ、使えねぇな⁉」
間抜けな組員に拳を向けようとした時だ。荒松がアタッシェケースを持って現れた。
「待ってください、勝田さん。これを持ってきましたので」
荒松がケースを開けると、中に入っていたのは、レンガほどの大きさのC4爆薬が2つ並び、その上部に起爆装置が付いた爆弾だった。
爆弾の隣にリモコンがあることを考えると、恐らくリモコン式の起爆装置だろう。
「随分と大胆な物が出てきたな……」
まさか爆弾が出てくるとは、流石の勝田も予想していなかったようで、一瞬呆然とした。
一発ずつ体のあちこちに弾を撃ち込んで、苦しませてからあの世に送りたかったが、しかし、これはこれでアリだ。
武に最大の恐怖を与えることができるだろう。
「まぁいい。いつ爆発するかわからない恐怖を与えながら、跡形もなく地獄に逝くがいい、大下!」
「嘘だろ……‼」
武は何とか手錠が外れないかと何度も引っ張るが、当然手錠は外れず、ガチャガチャという音だけが無駄に響くだけだ。
「じゃあな、大下。あの世で片平に『よろしく』と伝えておけ」
それだけを言い残すと、勝田たちはその場を離れて行った。
「クソォォォー‼」
勝田が厨房を出た後に、武の悲痛な叫びと一緒に何度も手錠の音が聞こえた。
相当武が焦っていると思うと、こっちとしても気分がいい。
「おい、離れろ!」
廃屋を出たところで、荒松がその場にいた全員に命令を出した。
武たちが乗って来た覆面車を置いて、他の組の人間や車が廃屋から離れて行った。
50メートルくらい離れただろうか、ここまでこれば安全だろう。
「もう十分だろ‼ 大下を放してやれよ‼」
「おい、そいつを黙らせてくれ」
勝田を止めようとする飛馬にチンピラの1人が、飛馬の腹部に拳を打ち込み黙らせた。
「
それを見た未来が叫んだ。
勝田は、起爆装置の安全装置を解除し、起爆ボタンに指を持って行った。
「やめて‼ 大下さんが死んじゃう‼」
「その通りだよ、お嬢ちゃん。あの小僧が木っ端みじんになるところを見ていろ」
未来が止めるのを聞かず、勝田は起爆装置のボタンを押した。
ドーン‼
廃屋は大爆発を起こした。
爆炎が高く上がり、飛び散った破片は勝田たちの近くまで届いた。
「大下さん、いやぁぁぁー‼」
「……くっ‼」
廃屋から悔しそうに目を逸らす飛馬と、膝をついて泣き出す未来。
「おい、その2人を車に入れておけ」
「はい」
飛馬と未来をワンボックスカーに押し込むように乗せた。
そんな2人とは真逆で、機嫌がいいのが勝田だ。
自分を刑務所に入れ、左手まで撃ち抜いた憎き男を葬ったのだから。
「それで、早速ですが金の方は?」
荒松が勝田に尋ねた。
荒松にとって、今もっとも重要なのは金だ。
「まぁいい、案内しよう」
それを聞いて笑顔を浮かべた荒松は、勝田を車に案内しようとした時だ。
「アンタ!」
荒松が声の方へ向くと、そこには赤髪のロングヘアーで、紺色のような口紅を塗っている女が、1人の女を連れて立っていた。
「その女は何だ、リコ?」
リコと呼ばれた赤髪の女は、荒松組の組員――というより、荒松の女だった。
ちなみに、リコが捕まえた女は、青髪のショートカットで、耳に大きな輪のイヤリングを着けている。
「この女が覗いていました」
「アタシはただ、海を見に来ただけで……」
「嘘つけ。お前、
荒松は女の正体を知っていた。
勝田の情報を渡す時に調べていたのだから、当然だ。
女は悔しそうに荒松を睨みつける。
「まぁいい、あの世で
荒松が懐から拳銃を出そうとした時だ。
「ちょっと待った。アタシに
「構わないけど汚すな――」
荒松が言い切る前に、リコが女の口を抑え、取りだした刃の長いナイフで背中から女の心臓を突き刺した。
女は一瞬で意識を失い地面に崩れ落ちた。
リコの服は、返り血で汚れているが、そんなことは気にせず、近くに居た組員2人に命令を出した。
「ちょっと、海にでも捨ててちょうだい」
それを聞いた組員たちは、それぞれ女の手合いを掴んで海まで運ぶと、海に向けて放り投げた。
「だから汚すな、って言ったのに……まぁいい、ちゃんと着替えろよ?」
「はーい!」
無邪気な女の子のような声で、返事を返すと、リコは一台のワンボックスカーの方へ向かった。
「それでは改めてこちらに」
勝田は荒松に案内された車に向かうと、組員が後部のスライドドアを開けた。
案内された車はミニバンタイプで、荒松も勝田の隣に座ると、車は発進した。
「組長はもっといい車に乗っていると思ったが?」
「すみません。そこまで余裕がないということもありますが、自分が余り車にこだわりが無くて、どうしても経済的にマシな車を選んでしまうんです」
「そうか……」
つまらない男だ。
――高い車に乗り、一級品を身に着けてこそ、本当の男だ。
勝田はそう思った。
「ところで、あの2人はどうするんだ?」
勝田は荒松に訊いた。
「あの
「餌?」
「勝田さんも本当は憎んでいるのでしょう? 前の親分のことを?」
「……。なるほど」