WHITE WITCH(ホワイト ウィッチ)   作:木村仁一

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2話 魔女は舞い降りた

 (タケル)(たに)が自動車工場の張り込みを開始した頃――

 町外れの工業団地の一角に、ビル2階分程の高さの廃工場があった。

 

 工場内の広さは大型のセミトレーラーが8台収まっても、まだ余裕がある。

 少し出張った中央部分の天井の側面には、何枚か割れた天窓が並び、錆びついた鉄骨や天井クレーンが未だに残っていた。

 

 その廃工場の周りを4人の男がウロウロしている。

 男たちはいずれも〝暴力団〟という印象を誰もが受ける連中だ。

 懐が不自然に膨らんでいるところを見ると、武装しているのは明らかだ。

 

 工場内の奥には、1台の大型のトラックが止まっていた。

 トラックの荷台の中には、作業着を着た5人の男たちが、ゴーグルとマスクをして、無色透明の小さい彫り物を白く塗装したり、その彫り物に目や髭を筆で描いたりしている。

 

 作業する5人の内、4人は手伝いの暴力団の組員だが、その中で1人だけ印象の異なる年配の男がいた。

 スキンヘッドに、紺色のつなぎ、無駄のない滑らかな動きで透明な石をジュラルミンケースの中にある猫と同じように加工している。その腕前はまさに職人技の一言。

 当然だが、彼は本物の彫刻家だ。

 

 見る限り彫刻作りをしているようにしか見えない。

 こんな場所で隠れるように作業をするのは理由がある。

 それは石の原材料だ。

 一見するとガラスの塊だが、これはある産業所から盗まれた薬品の結晶で、粉末にして、ある薬品と混ぜることで毒ガスなどの原料にもなるのだ。

 もちろん、この結晶を無許可で販売するのは違法だ。

 

 それを誤魔化すために、陶器製の置物のように偽装しているのだ。

 結晶で彫刻作りをするこの彫刻家も、金に目が眩んだ男だった。

 

 1人の組員が、塗装が乾いた結晶をジュラルミンケースにそっと置くと、一息ついた。

 それは作業が終わった達成感からだけではなく、大事な商品を扱う緊張感から解放された安堵によるものだ。

 

 外では大変なことが起こっているとも知らずに……。

 

 荷台に扉がある左側面を見張る男が、懐中電灯を地面に置き、新品のタバコの箱を開け始めた。

 静かに男の真上に降下する人影に男は全く気づいていない。

 呑気に煙草を銜え、ライターでタバコに火を点けようとしていた。

 人影は懐から注射銃を取り出し、男の首筋に何か薬を打ち込んだ。

 

「いっ!!」

 

 やっと気づき、男は人影の方を見上げた。

 その直後に異変が起こり始める。男は喉を押さえ苦しみ始めると、次第に顔は真っ青に変わっていった。

 注射銃には即効性の毒が入っていたのだ。

 

「んっ⁉」

 

 音を聞いて、トラックの右側面を見張っていたもう1人の男が、倒れた男のもとへ向かう。

 そこには、仰向けに倒れている男。その口から泡を吹き、白目を向いた状態で死んでいた。

 それを見て尋常じゃないと悟った男は、無線機を取り出し異常を報告しようとした。

 その時だ。トラックの上から人影が男の下へ降りると、注射銃で男の首筋に毒を打ち込んだ。

 

「痛っ、――うっ‼」

 

 倒れている男同様、喉を押さえ苦しみだす。何とか意識を保とうともがくが、同じ末路を辿った。

 

 人影が倒れた男を見下ろしていると、トラックの荷台にある横のドアが開いた。

 

「おい!」

 

 ドアを開けた組員の男は、不審な人影を見て拳銃を抜こうと懐に手を入れる。

 人影も素早く腰に下げていた……ダガーシースからダガーを抜き、組員に向けた。

 拳銃を持つ組員に対して、刃物であるダガー使うのは、どう考えても無謀だろう。

 だが、その考えは一瞬で覆される。人影が握るダガーの刃の部分が発射され、組員の喉に刺さったのだ。

 

 ウィップダガー。

 刃渡り10センチ程で、ハンドルの下の部分に丸いリールが付いている。

 ダガーの刃は強力なバネの力で飛ばし、相手を突き刺すことができる飛び道具にもなっている。

 刃には細いワイヤーが繋がれているため、発射後はスイッチを押せば電動式のリールがワイヤーを巻き取り、ハンドルに自動で戻るようになっている。

 使い方によってはワイヤーを伸ばしたまま、鞭のように操って相手を切りつける武器にもなる。

 

 人影がダガーのハンドルを引くと、それに合わせてナイフの刃が組員の喉を離れた。

 床に倒れた組員の喉から流れる血が徐々に床を赤く染める。

 

「な、何だぁー⁉」

 

 彫刻家がそれを見て叫ぶと、4人の組員は慌てて拳銃を抜き、彫刻家は荷台の一番奥、最後部の扉の前へ一目散に向かい、扉を開けようと何度も扉を叩くが、出入りは横のドアからだったため閉められていた。

 

「……おお、落ち着いてください!」

 

 パニックでオロオロする彫刻家と違い、なんとか冷静に振る舞おうとドアに向かって拳銃を構える組員だが、その声も拳銃を持つ手も恐怖で震えている。

 何故なら、彼ら全員の脳裏には、自分たちを狙うある女の存在が浮かんでいたからだ。

 

 すると、横のドアから水色のスチール缶のような物が投げ込まれた。それが床に転がると、底の部分から紫色の煙が勢いよく噴射された。

 荷台の中は瞬く間に煙に包まれ、すぐ隣の人間の顔も分からないほど視界が悪化し、それが組員たちに更なる恐怖心を煽った。催涙ガスの可能性があったからだ。

 彫刻家の方もガスだと思い、荷台の奥で口にハンカチを当てながら蹲る。

 

 しかし、煙による刺激などはない。ただの発煙筒だった。

 何が起こるか分からない為、組員たちは煙が晴れるまでじっと息を潜め、様子を窺うことにした。

 すると――

 

「――うっ‼」

 

 風を切り裂くように、何かが飛ぶ音の後、組員の悲鳴が荷台の中に広がった。

 さらに、刃物で肉類を指すような、ザクッという音の後に何かが倒れる音が聞こえた。

 その後にもザクッという音の後に2体の倒れる音が彫刻家の耳に入る。

 自分も殺られる、と思い、視界が利かない中、武器になる物はないかと藁にもすがる思いで床を探った。

 

 すると、リボルバー式の拳銃を見つけた。恐らく殺された組員が倒れた際に落とした物だろう。

 彫刻家は武器が手に入ったことで少し落ち着きを取り戻した。

 だが煙で見えない状況で、どうやって組員たちを正確に殺したのか。それが分からない以上、安心はできない。

 彫刻家に、コツコツと冷たい足音が徐々に近づいて来る。

 

「死ねぇぇぇー‼」

 

 彫刻家は、足音が聞こえた方へ無我夢中で撃った。

 勿論、彫刻家は一度も拳銃を使ったことはない。撃つたびに反動で跳ね上がる拳銃が放つ弾がどこに飛んでいるのかも全く把握できていない状態。

 あっという間にシリンダーの中にある弾を撃ち尽くし、カチカチと空撃ちする虚しい音だけが響いた。

 彫刻家は耳を澄ました。足音は聞こえない。

 

「はぁ……」

 

 彫刻家は敵をやっつけたと思い安堵の表情を浮かべると、目の前で煙が流れ、僅かだが煙が晴れたその瞬間――

 

 目の前に銃口が現れた。

 

 恐怖はまだ去ってはいなかったのだ。

 彫刻家からは見えないが、向けられた拳銃のスライドには「WALTHER(ワルサー) P99」の刻印がされている。

 

「――や、やめてくれ、私はただ、雇われただけだ‼ 助けてくれ何でもするから!!」

 

 ――バンッ!

 

 彫刻家の命乞いもむなしく、拳銃は火を噴いた。

 

 外を見張っていた男たちが、銃声を聞きつけ、トラックの周りに集まり始めた。

 男たちはドアがあるトラックの側面に集まり、拳銃を構えた。

 徐々に煙も晴れ、男たちに緊張が走り、引き金に掛ける指にも自然と力が入った。

 

 すると荷台の中から姿を現したのは襲撃者……ではなく、灰色のスチール缶のような物が転がり出て、男たちはそれに目を向けた。

 すると、缶のような物は突然爆発。規模はそれほど大きくないが、頭がないスクリュー釘のような細長い金属の棒が周りに飛び散った。

 

 釘爆弾《ネイルボム》だ。

 

 飛び散った棒は、他にもトラックの側に止まっていた乗用車のガラスを割り、ボディにも突き刺さった。

 生身でそれを受けた男たちは、地面に転がり自分たちの血が地面を濡らすたびに、意識を奪われていった。

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