県警が何度も取り逃がしていることもあり、橘は勿論、その場に居る警官も皆、緊張と相手に対する警戒心から表情に緩みはない。
「取り抑えろ! お前たちは銃を構えろ!」
橘の命令を聞いた4人の警官が、ホワイトウィッチにゆっくり足を運ぶ。
他の警官はホワイトウィッチが攻撃してきた場合を備え拳銃を構えた。
警官の人数に加え、両手を上げている状況を見れば、ホワイトウィッチが明らかに不利であることは誰の目から見てもハッキリしている。逮捕されるのも時間の問題だ。
普通ならば……。
両手を上げたまま、迫る警官を観察するホワイトウィッチ。だがその目は、以前鋭いまま、観念した様子は感じられない。
「ジイ、
ホワイトウィッチは静かにつぶやいた。
その時だ。
ズガーン‼
けたたましい音と共に工場の側面の壁が吹っ飛び、大きな穴が開いた。
ホワイトウィッチに近づこうとした警官たちも、爆風に腰を抜かして転がり込んでしまった。
すると、爆発した壁から前後のナンバープレートが真っ黒な1台の車が猛スピードで工場の中に入り、ホワイトウィッチと警官たちの間に割り込む用に止まった。
これはホワイトウィッチの愛車・レッドスピーダーだ。
レッドスピーダーの見た目は、4ドアセダンの「ダッジ・チャージャー SRT8」と何ら変わりはない。
ただ普通の「ダッジ・チャージャー SRT8」との違いは、このマシンの特徴である十字で4つに仕切られたようなデザインのフロントグリル、その下の段には、赤いロケット弾が3つ顔を出していることだ。1発はさっきの爆発で使ったため、本来は4発だ。
ホワイトウィッチは運転席のドアを開け、素早く乗り込むと、レッドスピーダーは後輪をスリップさせ、砂ぼこりを巻き上げながら、猛スピードでバックしていった。
警官たちは一斉にレッドスピーダーへ向け銃を発砲、次々に銃弾はレッドスピーダーに命中している……いるのだが、警官が放った銃弾によってボディに穴が開いたり窓ガラスが割れたりする様子はない。
警官たちが放つ銃弾を弾きながら、レッドスピーダーは先ほど開いた穴から外へ消えていった。
防弾車という強敵に一瞬だけ無力感を覚えた警官たちだが、すぐに立ち上がり、それぞれ自分のパトカーに乗り込んだ。
「西嶋たちと君たちは現場を!」
橘は仲間の刑事――西嶋とその相棒の刑事、警官2人に命令を出すと、自分も相棒が運転する覆面車に飛び乗った。
けたたましいサイレンの音と共にパトカー2台が橘の覆面車に続いて工場を出ていった。
工業団地へと続く1本道は、2車線でちゃんと舗装された道路だが、幅は狭く、周りに住宅があまり見当たらない。田舎道という言葉がいちばん近いだろう。
その道をレッドスピーダーが猛スピードで走っていた。
車内では、ハンドルを握るホワイトウィッチがカーナビを操作していると、パトカーのサイレンが後ろから徐々に近づいて来た。
ホワイトウィッチがルームミラーを覗くと、覆面車とパトカー2台の姿が見える。
「前の車! 左によりなさい! スピード落とせ!」
覆面車のスピーカーから橘の声が響いた。
ホワイトウィッチは無視してカーナビをチラッと覗くと、アクセルを踏み込むと同時に、シフトレバーの横に並ぶボタンの中から「
レッドスピーダーの後ろから黒煙が噴射され、後ろを走る覆面車とパトカーの視界を奪った。
「何だ、この煙は⁉」
「落ち着け橘。まだ見失ってない」
ハンドルを握る橘の相棒は冷静にレッドスピーダーを追った。煙で視界は悪化しているが、レッドスピーダーの後ろテールランプは確認できる。
ホワイトウィッチは、袋の鼠も同然だ。
しかし……。
突然、レッドスピーダーのテールランプが消え、覆面車とパトカーの視界を奪っていた煙も晴れると――
「――消えた⁉」
橘が叫んだ。
前を走っていたはずのレッドスピーダーの姿はない。
橘たちの覆面車に続き、パトカーも煙を抜けたところで停車。
慌てて覆面車から外に飛び出た橘が周りを見渡したが、レッドスピーダーは見えない。それどころかエンジンの音も聞こえない。
完全に姿が消した。
「……どうなってる⁉」
橘は訳が分からず、その場に立ち尽くした。文字通り狐につままれた状態だ。
「橘!」
相棒の声で我に返った橘は、覆面車の中へ戻る。
相棒がカーナビを指差しており、画面を見ると追跡中は気付かなかったが、地図には脇道が表示されていた。
煙幕は、姿を消すためだけではなく、同時に脇道の存在を隠すためだったのだ。
すぐに追跡を再開したいが、脇道の先も分かれ道になっており、とても追跡は続けられそうにはない。
ホワイトウィッチの作戦勝ちだ。
カーナビの地図に注意していれば気づけたかもしれないという後悔から、橘はため息をついた。
だが、刑事としてのプライドがそう簡単に、諦め、という選択を選ばせなかった。
「まだだ、分担して追跡を続けろ。見つけ次第、応援を呼べ!」
警官たちに命令を出した橘は、再び覆面車に乗り込むと、僅かな望みを信じ、追跡を始めるのであった。