WHITE WITCH(ホワイト ウィッチ)   作:木村仁一

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2話 喫茶店

 ビル2階――

 (タケル)が足を止めたのは英会話教室の玄関前だ。

 

(こんなところに何の用だ? ……いやでも彼女とは限らないけど)

 

 武はドアをノックした。

 

「yes」

 

 ドアの向こうから女の人の声が聞こえる。

 

「ちょっとすみません」

 

 ドアが開き、中から出てきた女の人を見て武が『えっ』と目を見開いた。

 ドアの向こうから現れたのは……ホワイトウィッチだ。

 茶髪ではあるが彼女で間違いない。

 ホワイトウィッチも武を見てキョトンとしている。

 

「えっ‼」

 

 互いに声を上げ、またお互いに同じように、静かに、と自分の口元に人差し指を当てた。

 

                 〇

 

 夜も更け、勤務を終えた武は駅前の喫茶店に居た。

 白いレンガ模様の壁とメニューの書かれた看板が飾られた大きなガラス窓にアンティークなガラスドアがお洒落だ。

 勿論、武だけではない、ホワイトウィッチも一緒だ。

 競馬場の時と同じスタンドカラーコートを着ているが、今回色は薄めの緑色のコートだ。

 2人はお店の入り口が良く見える奥の向かい合わせの席に座っていた。

 互いの前にはコーヒーの入ったカップがある。

 

「まさか、うちの管内で働いてるとは思わなかったよ」

「小遣い稼ぎも必要なの」

「それはわかるけど、でもどうしてあそこで?」

「谷さんから警察記録のコピーを貰うのに、あの英会話教室が都合よかったのよ。近いうちに辞める予定だけど、誰かさんが素顔バラしたから」

「悪かったな。後で何とかするよ……」

 

 武は気まずそうにホワイトウィッチから視線を外した。

 

(なるほど、偶にオヤッさんが記録保管庫から、すぐ居なくなっていたのはそういうことか)

 

 武は刑事になってからの約1年間、谷が署の記録保管庫から突然消えて消えることが気になっていたが、その理由がホワイトウィッチだと分かり少しだけ納得した。

 

「本当に尾行されてないでしょうね?」

「大丈夫」

「ホントに……?」

「……大丈夫」

 

 ホワイトウィッチは目を細め、武に圧を掛けるように訊いた。

 誰にも付けられていないことは間違いないが、ここまで猜疑(さいぎ)全開の目で問いただされるとさすがに自信がなくなる。

 刑事が暗殺者に尋問されているようなシュールな光景がそこにあった。

 

「ところで要件は?」

 

 武は逸らすようにホワイトウィッチに訊いた。

 武がここに居るのも、英会話教室でホワイトウィッチに指示されたからだ。

 

「組員を買収して、塚元(つかもと)組を色々探っているの」

「塚元組って……前尾に続いて、うちの管内に入ってきた連中か?」

 

 塚元組とは黒富士組系の暴力団で、今は亡き前尾の後釜的に白摩署の管轄内に入って来た連中だ。

 その証拠に前尾組が経営していた会社なども次々と塚元組に名義が変更されている。

 風の噂では既に前尾組が健在の時も縄張りの一部を塚元組に提供していたらしい。

 

「そう、明日情報が入るから邪魔をされない様に神奈川県警の動きを聞きたかったのよ。まさか、連絡する前にあなたが現れるとは思わなかったけど」

「県警なら大丈夫。相変わらず証拠掴めずで、黒富士組に手も足も出せない状態だから」

「情けないわね……」

 

 ホワイトウィッチは冷たく呟いた。

 本来なら色々言い訳をして否定するところだが、武もホワイトウィッチの言うことに納得し、ガクッ、と俯いた。

 

「ホントになぁ……証拠がないと動けない警察が情けないよ……」

 

 武は頭を抱え、それを見たホワイトウィッチが一瞬哀れみの目で武を見ていた。

 すると、ホワイトウィッチは何かを思い出したようにクスリと笑った。

 

「谷さんと同じこと言ってる」

「言いたくもなるよ」

 

 武はムスーとした表情でよその方へ視線を向けたると、再びホワイトウィッチに向き直した。

 さっきの会話でふと気になったことをホワイトウィッチに訊いてみることにした。

 

「なぁ? アンタの前だとオヤッさんはどんな人だった?」

 

 武の質問にホワイトウィッチは気まずそうに黙り込んだ。

 

「そのくらいは話してくれてもいいだろ?」

「……そうね」

 

 どうせはぐらかされる、と武は期待しなかったが、ホワイトウィッチは口を開いた。

 

「……最初はとても警戒心が強そうな感じだったかな」

 

 話した。

 武は内心驚いたが、それよりも武が言いたかったことがあった。

 

(噂の殺人鬼が現れたら誰でも警戒するだろ普通……)

 

 そう思い武は目を細めた。

 

「でも付き合ううちに、こんな私のことを気にかけてくれるようになって、私を理解しようとしてくれた……そんな人よ」

「オヤッさんらしい。事件(ヤマ)が片付いても被害者のことを気にするような人だから」

 

 ホワイトウィッチの話を聞いて少しだけ安心した。

 相手は暗殺者なのでどこまで本当のことかは疑わしいが、武が聞く限りホワイトウィッチの口調から嘘は感じられなかった。

 

「そうでしょうね。偶に出る()()はイマイチだったけど」

 

(ん⁉)

 

 耳を疑う言葉に武は目を点にした。

 

「オヤッさんが冗談⁉ 嘘だろ⁉」

「言ってたわよ。『黒富士組じゃなくて、いっそ腹黒組にしたらいいのに』って」

 

(マジかよ)

 

 武は顔を引きつらせた。

 

「ありえねぇ……俺だって聞いたことないぞ。俺が言うと『くだらんこと……』って言ってたのに……」

「ふーん、アナタの影響だったのね」

「そうなのかな……?」

 

 それを聞いて少しだけ谷を憎んだ。1年近く組んできたのに、何ヶ月の暗殺者にそんなことを言っていたのかと。

 

「……でも、もう聞けないのよね……」

「……」

 

 寂しそうに話すホワイトウィッチに、何も言葉が出ない武は、何かをごまかすようにコーヒーを飲んだ。

 

「……なぁ、どうして本家の方を直接叩かないんだ?」

「あなたには関係ないでしょ……私には私の目的があるの」

「目的って……」

 

 刑事の癖でつい深く追求しようとしたが、ここで反感を買ってしまっては、ただでも少ない協力者を失うかもしれない。武はこれ以上の追及を止めた。

 

「分かったよ……でもこれだけは言わせてもらう」

 

 武はホワイトウィッチに対して、どうしても譲れないあることを言った。

 

「奴らを裁くのは法で、アンタじゃない」

 

 ホワイトウィッチは目を細めゆっくり立ち上がると、武の横で立ち止まる。

 

「私も言わせてもらうけど、死ななきゃ治らない奴がいるのも事実よ。大下刑事」

「そうかもしれないけどホワ……」

 

 武はうっかり、ホワイトウィッチ、と言いそうになり止めた。

 いくら何でも公共の場所でうかつに、ホワイトウィッチ、なんて言えない。

 携帯の登録名にも「白姉」にしていた。

 

「そう言えば名前は?」

「教えると思う刑事に?」

 

 武は不満そうに口を噤みホワイトウィッチから顔を前に向けた。

 普通に考えれば暗殺者が刑事に自分の名前を明かすはずがない。

 

 それなら偽名かニックネームでもいいだろ……。

 

 武は口には出さなかったが、そう心にツッコんだ。

 

「レイよ、大下刑事」

「え?」

 

 それを聞いて武は再びホワイトウィッチに顔を向き直した。

 

「一応レイチェル・ハリスって名乗っているから」

 

 まさかのフルネームが出た。

 ホワイトウィッチ――レイはそう言って、喫茶店を出て行った。

 

「レイか……」

 

 ホワイトウィッチの名前を聞いても、どうせ偽名だろうとそれ以上気にも留めなかった。

 武は椅子の背もたれに深く背中を掛け、そしてさり気なくテーブルに視線を動かし。

 

「んっ!」

 

 あるものの存在に思わず二度見してしまった。

 テーブルの上に置かれていた物は、未払いのコーヒー代の伝票。

 武は鬼のような形相になった。

 

(誰もおごるなんて言ってねぇぞ。可愛くねぇ女だな‼)

 

 その表情を見た他の客やお店の従業員がドン引きしていることに、武は全く気付いていない。

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