WHITE WITCH(ホワイト ウィッチ)   作:木村仁一

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8話 運

 (タケル)はボートマリーナから数百メートル離れた河川敷に運良く流れ着いていた。

 

(クソ、沢又(さわまた)の野郎……)

 

 沢又に裏切られたことに対する憎しみが沸々と湧いてくるが、同時に塚元(つかもと)に敗れた悔しさも増してゆく。

 それよりも、かすり傷とはいえ出血した左腕は、水に浸かったことでさらに痛みが増し、徐々に武の意識を奪っていく。おまけに全身ずぶ濡れによる寒さも追い打ちを掛けている。

 水面から出たところで武は崩れるように倒れた。

 近くには誰も居ない。いずれ誰かが通るかもしれないが、もし自分を探しに来た塚元組の人間だったらこのまま葬られるのがオチだ。

 そんな武の気持ちを知ってか知らずか、1台の車が近づいて来る音が聞こえる。

 それがわかっていても、今は何もできない。

 虚しい。

 やがて車が止まった。

 疲労感や痛みからか、何もかもがどうでもよくなっていく。このまま死んでもいいような気さえもしていた。

 そして車から武に向かって駆け寄る足音が近づいて来る。

 もうだめだ。

 何もかも諦めた武は、眠るように目を閉じた。

 

「大丈夫⁉」

 

 女の声が聞こえた。それも武の聞き覚えのある声だ。

 武が顔を上げると、女はしゃがみ込んで武の顔を覗き込んでいた。

 フードを被っているので何時もの金色の長髪は見えないが、間違いなくレイだ。

 

「良かった。怪我は⁉」

「……左腕をちょっとな」

「ここね」

 

 怪我の場所を確認すると、レイは持ってきた救急箱から消毒液と包帯を取り出し、武の怪我の処置を行った。

 消毒液の刺激で傷口が一層痛むが、死ぬよりは遥かにましだ。

 

「それより、よくここが分かったな」

「あなたの携帯の電波を追跡したの――あ! ねぇ、携帯の電源切って、電波で追跡できるって聞いたことがあるから」

「あぁ、分かった!」

 

 武は携帯を取り出すと電源をオフにした。

 

「もしかしてさっきの狙撃も?」

「えぇ、あなたとの連絡の後、塚元の連中を尾行したら、あの場所を見つけたのっ――」

 

 そう言うとレイは、包帯と腕の間に細い木の棒を入れ、力いっぱいそれをねじった。圧迫して止血する方法だ。

 その時武は痛みから一瞬「うっ!」と声を上げる。力加減からどうも憎しみを感じるが、出血の方はちゃんと止まった。

 

「ついてたな俺……」

「言ったじゃない‼ 『ムヤミに動かないで』って‼ 塚元に全然歯が立たなかったし、私が来なければ死んでたのよ‼」

 

 棒が回らない様に別の包帯で棒を縛り固定し、処置を終わらせると、レイはさっきとは打って変わって強い口調で武を怒鳴った。

 当然のことだ、忠告したにも関わらず勝手な行動を取ったのだから。

 武もさすがに反省し「……悪かったよ……」レイに詫びを入れる。

 

「立てる?」

「あぁ」

 

 武は何とか立ち上がることが出来た。川に流されたことで体力を奪われているせいか、少し足元がおぼつかない様子だが、大きな支障はないようだ。

 

「これからどうする?」

「とにかく隠れ家に行きましょう。見つかると色々面倒だから」

「お、おう……でも良いのか俺を連れて行って?」

「今更何よ。もしかして私を裏切る気?」

「そんなことしないよ……」

 

 武はレイと一緒に急いでサバーバンへ向かった。

 

「新車?」

 

 武はサバーバンを見るなりレイに訊いた。

 

「そう、レイドマスター。防弾処理だけで、まだガジェットは付いてないけど。この車ならまだ警察にも知られてないから、動きやすくて」

 

(レイドマスター……どういう意味だ?)

 

 名前に関して素朴な疑問を抱いたが、今は考えないことにした。

 

「俺、ずぶ濡れだけどシート駄目にならない?」

「駄目になるようなシートじゃないけど、駄目になったら弁償してね?」

「だよね……」

 

 武は顔を引きつらせてレイドマスターの後部座席のドアを開けた。後部なら横になれると思ったからだ。

 乗り込もうとして時、ふとボートマリーナがある方へ目を向けた。

 ハッキリとは分からないが、黒煙が上がっているようにも見える。

 

「急いで!」

「あっ悪い」

 

 武が乗り込むとレイはレイドマスターを走らせた。

 

                 〇

 

 武たちが居たボートマリーナの近くに、パトカーは勿論、消防車や救急車も止まっている。

 何故ならボートマリーナが火事になったからだ。

 建物は黒く焼け落ち、骨組みだけが僅かに残る程の変わり果てた姿となっていた。まだ冷え切らないせいか、一部で白煙が上がっている。

 離れた場所では全身ずぶ濡れの沢又が救急隊員の検査を受けていた。特に大きなけがはないようだ。

 そこにマル暴の刑事と一緒に鹿沼(かぬま)松崎(まつざき)が近づいて来た。

 

「何があったんですか?」

 

 鹿沼の質問に沢又が答える。

 

「襲撃された……。大下君だ、確信はないが、暴力団とつるんでる」

「大下が⁉」

 

 思いもよらない返事に鹿沼の顔がこわばった。

 

「そんなわけないじゃないですか‼ 武が暴力団となんか……」

 

 当然のように松崎が否定した。武がどうしてもそんなことをするとは思えなかったからだ。

 しかし沢又の顔は真剣だ。

 

「もちろん、本心とは思っていない。私の見た限りでは脅されているように見えたから。とにかく周辺の聞き込みだ。早く大下君を探すんだ」

 

 沢又は立ち上がりその場を離れた。

 問題は武がどのように見つかるかだ。水死体で見つかるなら、連中に消されたのだろう、と憶測が立てられるが、もし生きていたらどうするか。

 塚元の組員たちも動いているようだから、彼らが先に武を見つけるのが一番理想的だが、何処にもそんな保証はない。

 今は運を天に任せるしかない。

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