第一取調室――
加藤の向かい側には二人の刑事がいた。
年は谷と同じ50代前半、短い髪型に少し頑固そうな目つきをしている。
上下茶色っぽい色のスーツを着ており、おでこが少しハゲ上がっていた。
谷に続くベテランの刑事で、刑事課の皆からは、『トシさん』の愛称で呼ばれている。
もう1人が
40代後半、色黒の肌に、鍛えられた大きな体は、ジャケットの上からでもよく分かる。
逆立った短い髪に、威圧的な顔つきはプロレスラーを思わせる。
額に包帯を巻いた加藤は、椅子の背もたれに深く背を押し当てるように座り、顔は天井へ向いている。
見た目ほど事故の怪我は大したことはなく、医師にも取り調べが可能と診断されていた。
そんな態度の悪い加藤に、机を挟んで対座する鹿沼は、加藤に圧をかけるように睨みつけている。
対して菅原は壁に寄りかかり、腕を組みながら同じように加藤を睨んでいる。
加藤は相変わらず黙秘権を行使して何も話さない様子だ。
「……加藤、いい加減に話したらどうだ? あの大量の銃をどうするつもりだったんだ?」
菅原がしびれを切らし、加藤に尋問した。
しかし、加藤は重い口を閉ざしたままだ。
鹿沼と菅原は、不謹慎だと思いつつも黙秘権を考えた人間がとても憎らしいという気持ちでいっぱいだ。
すると、取調室のドアが開き、武が顔を出した。
「トシさん、どうですか?」
武が鹿沼に声を掛けた。
「見ての通りだ……何も話そうとしない。吐かせるのは難しそうだ……」
鹿沼は菅原と同じように腕を組んで鼻でため息を吐いた。
「それで……トシさん、菅さん、ちょっといいですか?」
手招きをする武に誘われ、鹿沼と菅原は取調室を後にした。
2人が取調室の外に出ると、谷が深刻そうな顔をして鹿沼と菅原を出迎える。
「なんだ大下?」
「トシさん。県警が加藤を引き取りに来ます……」
「何⁉」
鹿沼と菅原が声を上げた。
「何で加藤を
「トシさん、課長が口を滑らせた以外に何がありますか?」
鹿沼と菅原が「あぁ」と頷いた。
宮元が県警の言いなりなのは、課員みんなが知っているため、特に驚くことではない。むしろ、宮元が県警に歯向かう方が、課員にとって
「トシさん、私にも加藤の取り調べをやらせてくれないか?」
「ええ、どうぞ」
鹿沼が承諾すると、谷は真っ先に取調室に入り武たちが続いた。
谷は鹿沼が座っていた椅子に座り、武や鹿沼、菅原はそれぞれ壁際に立って谷の取り調べを見守った。
「加藤、ネタは上がっているんだよ……いい加減に吐いたらどうだ‼」
そう言って谷は机を壊しかねないほどの勢いで叩いた。
「いいか加藤! お前みたいな駒はいくらでも居る。黙っているつもりだろうが、お前の刑務所行きは決定的だ。あれだけの銃を作らせたんだからな。他にも奴らに都合の悪いことを、お前はいっぱい知っているだろ?
谷の話に全く耳を傾けない加藤は、変わらずだんまりを決め込んだ。
「加藤‼」
バンッ!! と机を叩いて谷が立ち上がった。
「おい谷さん、落ち着いて」
鹿沼が谷を宥めると、ゆっくり椅子に座り、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
確かに捜査が後回しになるという焦りからかもしれない。
だが、今まで見たことがない谷の態度を見た武の目には、谷がそれだけの理由で取り調べを急ごうとしている様子には見えなかった。
〇
やがて県警のマル暴が到着した。
取調室からマル暴の刑事2人が、加藤を連れて出て行った。
少し離れた場所に立つ武と谷。2人とも表情は曇り、連れて行かれる加藤にそっぽを向いていた。
どうやら加藤の口から密造の真相は聞き出せなかったようだ。
「横取りされた気分」
「まったくだ」
そう言って2人は悔しそうに加藤の背中を睨みつけた。
すると、2人に向かって、1人の女性が近づいて来た。
彼女は、神奈川県警・暴力団対策課・第二係一班の刑事。
無表情で硬そうな印象があるが、それよりも彼女が持つ不思議な美貌の方に意識が向いてしまうだろう。
不思議というのは、顔つきはアジア系ではあるものの、どこか日本人離れした洋風の雰囲気も漂わせているからだ。
年齢は30代半ば、長い前髪は左右に分けられ、後ろ髪と一緒に後ろに回されている。
170センチの身長に、紺のレディーススーツを着こなすスマートなボディーラインは、モデル業でも通用しそうだ。
「マル暴の結城です。大下刑事と谷刑事ですね?」
「そうですが」
「昨夜の工場の件で色々訊きたいので、一緒に県警に来ていただけませんか?」
「分かりました……」
谷が返事をすると、結城は2人から離れると同時にスマホを取りだし、操作を始めた。
その後ろ姿を見て、谷は何か怪しむように目を細めた。
「んっ! どうかしましたオヤッさん?」
谷の様子に気づいた武が声を掛けた。
「えっ? あ、いや、何でもない……」
武は谷の様子が変だと思いながらも、谷と宮元とのやり取りについて質問した。
「ところでオヤッさん、タレコミって課長に言っていましたけど、本当は
「本当はね。だが色々高くついてしまって、あまり課長に知られたくないんだ」
谷は「困ったなぁ」というように頭を掻いた。
武は以前、谷が宮元に捜査費用のことで指摘されたところを見ていた。
情報屋などに支払うための捜査協力費は毎月出るが、それでもほんの僅かだ。ほとんど刑事が自腹で費用を支払うことは珍しくない。
だが、谷の使う金額は、刑事の収入の大半、またはそれ以上に
「分かりました。課長には黙っておきます」
「すまんな、武……」
谷は武に向けて「ゴメン」と言うように右手を縦に上げる。
「そうだ! 先に車を出しといてくれ、ちょっと準備することがあるから」
谷はそう言って、武の前から歩き去った。