あゝいとけなき闇の子よ   作:穢銀杏

1 / 4
...from the Abyss

 

 そうじゃないのよ。

 

 違うのよ。

 

 みんな揃って騙されたのよ。

 

 いいえそれとも、勝手に取り違えたと言うべきかしら?

 

 あいつは無口なやつだったからねえ。

 

 ろくすっぽ喋らないのをいいことに、行為だけ見て内心まで推し量る。きっとこうに違いないって、手前勝手な理想像を押しつける。

 

 王の刃も、

 菌糸の乳母も、

 幸薄いねぼすけな姫様も、

 樹脂に(めし)いた狙撃手さえも、

 自覚のあるなしに拘らず、みんながみんな、寄ってたかってそれ(・・)をした。

 

 恐かったのかもしれないね。

 

 お願いだからそう(・・)であれ、お前はこう(・・)いうものなんだって、べたべた貼って、塗りつけて――善意に満ちた存在として祀りあげておかなくちゃ、とてものこと同じ世界に居られない。

 

 ほら、この国でもよくやるでしょう?

 

 かみさまの製造方法よ。

 

 ひれ伏し、拝み、おだてあげ――どうか暴れてくださるなって、誠心誠意、ただ祈る。

 

 理解を絶した相手には。倒し(・・)封じ(・・)も及ばなければ。鎮めておくより他にない。

 

 あいつは、うん、確かにそうされるに相応しかったよ。

 

 私はそれを知っている。

 

 私たちだけが、本当のあいつを憶えてる。

 

 違うのよ。

 

 ウーラシールの終焉は、英雄が怪物を成敗したとか、そんなありきたりな筋書きじゃない。

 

 あの大穴で起きたのは、遥かにずっと生命原理に近いもの。

 

 新たなるヒトの怪物が、古いヒトの怪物に、(まみ)え挑み噛み砕き、深淵を更に深くした。

 

 世代交代、それともいっそ、共喰いと呼びたい行為だね。

 

 いまもこの眼に鮮やかに、あいつの姿が残ってる。

 

 (すさ)ぶる修羅が。

 

 闘争の化身が。

 

 すべてを焼き尽くす暴力が。

 

 最高に危険(イレギュラー)な、あいつの正面に立ったのよ。

 

 それがどういうことだかわかる?

 

 どれほどの勇気を要するか――。

 

 ふふん。

 

 まあ、私は闇の娘だからね。

 

 滅びゆく古いヒトの怪物が、最後の最後、悶えて撒いた無数のカケラ。

 

 世界の隅に散らばって。カケラはやがて、カタチを成した。人のありようを、それぞれ(かたど)るようにして。

 

 そうして動き出したのよ。

 

『渇望』のデュナシャンドラ。

 

『孤独』のナドラ。

 

『恐怖』のアルシュナ。

 

『憤怒』のエレナ。

 

 ああ、懐かしのお姉さまがた。

 

 もう誰も残ってないけれど、私はまだここにいる。

 

 いちばん小さく、いちばん弱い、末妹(まつまい)だけが残ってる。

 

 私はルーミア。

 

 深淵の落とし子、最後のひとり。

 

 象徴するのは『羨望』もしくは『愛』の側面。

 

 ……笑わないでよ、こっぱずかしい告白だってちゃんと自覚はしてるんだから。

 

 んもう。

 

 でもね、これこそお父さま――マヌスの十八番(おはこ)だったのよ。

 

 古いヒトの怪物が、そう成り果てる以前から、ことさら用いた、得意な魔術。

 

 人間性の闇にかりそめの意志を与え放つもの。

 

 ――追う者たち。

 

 新たなるヒトの怪物はそんなふうに呼んでたみたい。

 

 なんとも言い得て妙じゃない?

 

 結末は決まって小さな悲劇、けど執拗に、どこどこまでも追いかける。

 

 私そっくりじゃあないの。

 

 ただ、ほんの少し――半歩だけ、追う者たちより上等かしら。

 

 私はちゃんと捕まえて、殺して食べてあげるもの。

 

 いいとこ共倒れがせいぜいな、あの子(追う者)たちと違ってさ。

 

 どんぐりの背比べかもしれないけれど。

 

 それでも、ほんのちょっとのこの差異が、私にとってはかけがえのない、ずっとずっと縋り続けた、たったひとつのプライドなのよ。

 

 安っぽいでしょう?

 

 小さいでしょう?

 

 でも、きっと。

 

 その小ささゆえにこそ。

 

 寄る辺を求める衝動までもが弱かったから、私はこうしてここにまだ、カタチを留めていられるのよねえ。

 

 罪も報いも後の世も、忘れ果てて面白や――。

 

 姉さまたちは使命に殉じた。そうせずにはいられなかった。成否は二の次、その姿勢こそ肝心だった。

 

 けれども私は、場当たり的な、ぱっと消えてはまた燈る、刹那の感情だけを(よすが)に。

 

 誰に寄り添うまでもなく、暗い水面を、ただふわふわと浮かび、揺蕩い。

 

 人間性を捧げ、

 絶望を焚べ、

 王たちに玉座なし。

 

 火の時代の終焉を経て、

 新たな律の胎動を聴き、

 森羅が再び編み直されても、

 私だけは変わらない。

 

 すべてを孵し、

 すべての還る、

 闇と共に今も在る。

 

 終わらない彷徨の輪の中に。

 

 さあ、受け容れて。

 

 ぎゅって、包んで、愛してあげる。

 

 おかえりなさい。

 

 遠い遠い、かつて(・・・)いつか(・・・)。きっとあなたを育んだ、原形質のこの闇に――。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

One day the flames will fade, and only Dark will remain.

And even a legend such as thineself can do nothing to stop that.

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 アイソレーションタンクというものがある。

 塩水を湛えたカプセルだ。

 塩分濃度はなかなか高い。態々あくせく掻かずとも、ちゃんと身体が浮かぶほど。

 

 人肌程度に温められたその塩水に、耳栓をして横たわる。

 

 蓋を閉めれば、タンクの中は真っ暗だ。視覚と聴覚、人間が外部から情報を仕入れる最も太い「頼みの綱」が、これで途切れる。

 匂いもない。強い刺激はなにもない。こういう環境に置かれると、意識はしぜん、内へ内へと潜り込む。

 極めて深い瞑想状態に入るのだ。そのうち手足の感覚も失う。時間さえも模糊となる。自分と世界の境界線が揺らぎだす。()てしなく広がってゆくような、何処にもいなくなるような。つまり羊水の再現だ。生まれる前の、母の子宮で味わった、無上の安楽、あの境地がやってくる。

 

 

 ルーミアの闇は、妖怪にとってちょうどこの、アイソレーションタンクの如き機能を果たす。

 

 

 そのことに気付き、常習的にいりびたるようになったなら、やがてほどなく聞くだろう。

 誰にも理解できない言葉で、誰もが忘れた遥かな故事を、火と闇の神話を物語る、とても儚い、深淵からの残響を……。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。