そうじゃないのよ。
違うのよ。
みんな揃って騙されたのよ。
いいえそれとも、勝手に取り違えたと言うべきかしら?
あいつは無口なやつだったからねえ。
ろくすっぽ喋らないのをいいことに、行為だけ見て内心まで推し量る。きっとこうに違いないって、手前勝手な理想像を押しつける。
王の刃も、
菌糸の乳母も、
幸薄いねぼすけな姫様も、
樹脂に
自覚のあるなしに拘らず、みんながみんな、寄ってたかって
恐かったのかもしれないね。
お願いだから
ほら、この国でもよくやるでしょう?
かみさまの製造方法よ。
ひれ伏し、拝み、おだてあげ――どうか暴れてくださるなって、誠心誠意、ただ祈る。
理解を絶した相手には。
あいつは、うん、確かにそうされるに相応しかったよ。
私はそれを知っている。
私たちだけが、本当のあいつを憶えてる。
違うのよ。
ウーラシールの終焉は、英雄が怪物を成敗したとか、そんなありきたりな筋書きじゃない。
あの大穴で起きたのは、遥かにずっと生命原理に近いもの。
新たなるヒトの怪物が、古いヒトの怪物に、
世代交代、それともいっそ、共喰いと呼びたい行為だね。
いまもこの眼に鮮やかに、あいつの姿が残ってる。
闘争の化身が。
すべてを焼き尽くす暴力が。
最高に
それがどういうことだかわかる?
どれほどの勇気を要するか――。
ふふん。
まあ、私は闇の娘だからね。
滅びゆく古いヒトの怪物が、最後の最後、悶えて撒いた無数のカケラ。
世界の隅に散らばって。カケラはやがて、カタチを成した。人のありようを、それぞれ
そうして動き出したのよ。
『渇望』のデュナシャンドラ。
『孤独』のナドラ。
『恐怖』のアルシュナ。
『憤怒』のエレナ。
ああ、懐かしのお姉さまがた。
もう誰も残ってないけれど、私はまだここにいる。
いちばん小さく、いちばん弱い、
私はルーミア。
深淵の落とし子、最後のひとり。
象徴するのは『羨望』もしくは『愛』の側面。
……笑わないでよ、こっぱずかしい告白だってちゃんと自覚はしてるんだから。
んもう。
でもね、これこそお父さま――マヌスの
古いヒトの怪物が、そう成り果てる以前から、ことさら用いた、得意な魔術。
人間性の闇にかりそめの意志を与え放つもの。
――追う者たち。
新たなるヒトの怪物はそんなふうに呼んでたみたい。
なんとも言い得て妙じゃない?
結末は決まって小さな悲劇、けど執拗に、どこどこまでも追いかける。
私そっくりじゃあないの。
ただ、ほんの少し――半歩だけ、追う者たちより上等かしら。
私はちゃんと捕まえて、殺して食べてあげるもの。
いいとこ共倒れがせいぜいな、
どんぐりの背比べかもしれないけれど。
それでも、ほんのちょっとのこの差異が、私にとってはかけがえのない、ずっとずっと縋り続けた、たったひとつのプライドなのよ。
安っぽいでしょう?
小さいでしょう?
でも、きっと。
その小ささゆえにこそ。
寄る辺を求める衝動までもが弱かったから、私はこうしてここにまだ、カタチを留めていられるのよねえ。
罪も報いも後の世も、忘れ果てて面白や――。
姉さまたちは使命に殉じた。そうせずにはいられなかった。成否は二の次、その姿勢こそ肝心だった。
けれども私は、場当たり的な、ぱっと消えてはまた燈る、刹那の感情だけを
誰に寄り添うまでもなく、暗い水面を、ただふわふわと浮かび、揺蕩い。
人間性を捧げ、
絶望を焚べ、
王たちに玉座なし。
火の時代の終焉を経て、
新たな律の胎動を聴き、
森羅が再び編み直されても、
私だけは変わらない。
すべてを孵し、
すべての還る、
闇と共に今も在る。
終わらない彷徨の輪の中に。
さあ、受け容れて。
ぎゅって、包んで、愛してあげる。
おかえりなさい。
遠い遠い、
One day the flames will fade, and only Dark will remain.
And even a legend such as thineself can do nothing to stop that.
アイソレーションタンクというものがある。
塩水を湛えたカプセルだ。
塩分濃度はなかなか高い。態々あくせく掻かずとも、ちゃんと身体が浮かぶほど。
人肌程度に温められたその塩水に、耳栓をして横たわる。
蓋を閉めれば、タンクの中は真っ暗だ。視覚と聴覚、人間が外部から情報を仕入れる最も太い「頼みの綱」が、これで途切れる。
匂いもない。強い刺激はなにもない。こういう環境に置かれると、意識はしぜん、内へ内へと潜り込む。
極めて深い瞑想状態に入るのだ。そのうち手足の感覚も失う。時間さえも模糊となる。自分と世界の境界線が揺らぎだす。
ルーミアの闇は、妖怪にとってちょうどこの、アイソレーションタンクの如き機能を果たす。
そのことに気付き、常習的にいりびたるようになったなら、やがてほどなく聞くだろう。
誰にも理解できない言葉で、誰もが忘れた遥かな故事を、火と闇の神話を物語る、とても儚い、深淵からの残響を……。