あゝいとけなき闇の子よ   作:穢銀杏

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Eclipse and the Ringed City

 

 

 知をもって、闇に対する者がいた。そして最後に、無知を知った。

 

 世界のはじまりにそれは無く、――…ええと、それから、なんだっけかな。

 

 いけない、セリフ忘れちゃったよ。

 

 ああ、もう、いいや。

 

 ――ばあ。

 

 説教者かと思った? 残念、ルーミアちゃんでした。

 

 やっぱり来たのね、世界の終わりの向こう側、いちばん深い、その先に。

 

 この吐き気のする黄昏に。

 

 輪の都に――嬉しいわ。

 

 先回りした甲斐があったってえもんよ。

 

 これで待ちぼうけを喰った日には、どうかしら。それこそ立つ瀬がないじゃない? 我と我が身が滑稽すぎて。すごく惨めな道化役になり下がっちゃうとこだった。

 

 せっかくこんな被り物まで用意したのに――ああ、これ、ちなみに、本物(・・)よ。

 

 あの蟲けらの首ねじ切って、聞くに堪えない戯言を二度と喋れなくしてあげたの。

 

 そしたら、みてみて、頭からっぽ。

 

 わざわざ掻き出す(・・・・)までもなく、こう、すぽんって被れたわ。

 

 昔はもうちょっとマシだった、少なくとも血肉が詰まっていたのだけれど。

 

 やー、時間の流れって怖いわー。

 

 …ねえ、これ、欲しい?

 

 進化を忘れて、停滞の泥濘に囚われて、グズグズ抜け出せずにいると、末路は決まってこんなんだぞって。

 

 教訓(いましめ)がてらに持っておくのも悪くないと思うのよねえ。

 

 どう?

 

 あなたが必要ないのなら、そのへんの沼に捨てるけど。

 

 …受け取るんだ。

 

 ふーん、なるほど、へえ、やっぱ?

 

 不死人ってそうよねえ。

 

 なんかもう、意味不明な領域で、モノ蒐めに熱心よねえ、あなたたち。

 

 ま、楽しんでくれてるようで何よりだわ。

 

 ここは酷いとこでしょう?

 

 病んで、爛れて、膿塗(うみまみ)れ。腐れが腐れを呼び込んで、もう手の施しようがない。

 

 焼き払いたくなるでしょう?

 

 東の方では「介錯」とか呼ぶ感情ね。

 

 素敵じゃない、いいのよ遠慮しなくても。やっちゃえやっちゃえ、思う存分、業を解き放ちなさいな。

 

 もしもあなたが求めるのなら、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけだけど、私の手も貸したげる。

 

 いやまあ、最初はそんな気なんて、ぜんぜんまったくこれっぽっちも持ち合わせてなかったよ?

 

 けれど、けれどね。

 

 唆すだけ唆したら、あとは野となれ山となれ。口をぬぐってそっぽを向いて、そ知らぬ顔してこっそり結果を待つだけなんて――そんなのもう、世界蛇とちっとも変わらないじゃない。

 

 だから思い直したの。

 

 きらいなのよ、あの種の出っ歯の爬虫類。

 

 あいつも、あいつを崇める黒教会も、私の口には合わないわ。

 

 向こうも私を軽蔑してるし、お互いさまね。闇に蠢くものたちも、ことほど左様に、一筋縄じゃいかないの。

 

 なんならユリアに訊ねてみたら? 自分をカラスと思い込んでる、ロンドールのスズメちゃん。どうせ擦り寄ってきてるんでしょう? 想像つくわよ、わかりやすい()ですもの。私の名前を呟き洩らしてごらんなさいな。賭けてもいい、間髪入れず背中を刺せって勧めるから、さ。

 

 敵意の大地に蒔かれた種は、暗い血潮を糧として、やっぱり闘争の実を結ぶ。

 

 刈り入れる者は誰かしら。

 

 ちゃんと旬を逃さない、眼のあるヒトがいいわねえ。

 

 なーんて。

 

 あはは。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

【包む闇】

 

 寄る辺なきルーミアの伝える魔術

 周囲に不可視の闇を齎す

 

 如何な理法をもってしても照らすことのできない闇は、しかし同時に術者自身の視力も奪う

 忘れるなかれ、闇は万人に闇なのだ

 

 おさきまっくら、ゆるゆるいこうよ、ながれながれて、どこまでも

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 …ミディール。

 

 戻っていたのね、闇喰らい。

 

 神の膝下(しっか)で育まれ、神に首輪をつけられて、使命を果たせと野に()られ。与えられた境遇にひたすら随順し続ける、朽ちぬ古竜の、その末裔(みすえ)

 

 火の時代の要石、深淵を塞ぐ神の蓋。

 

 私の、天敵。

 

 ああもう、最悪、最悪よ。

 

 なんなの忠犬(いぬ)じゃあるまいし。

 

 大事な飼い主、御主人様のかみさまは、とうに滅びて去ったのだから、あいつももういい加減、馬鹿な苦行はよせばいいのに。

 

 どうして来ちゃうかなあ、ここで。

 

 …あのね、本音で喋っていいかしら?

 

 見てよこれ。

 

 この手のふるえ。

 

 あいつが遠くで吼えただけでこう(・・)なるの。

 

 私は蛇とは違うとか、かっこよく見栄切っといて、面映ゆい限りなんだけど。

 

 これでも実はだいぶ落ち着いたほうでねえ。直後(すぐ)はもう、腰まで砕ける寸前だったわ。

 

 だって仕方ないじゃない。

 

「闇喰らい」よ、「闇喰らい」。

 

 名前からして既にもう、私への殺意しかないじゃない。俺がお前にとっての死だって、全身全霊、力いっぱい主張しちゃってるんだもの。

 

 生まれてこの方、あの黒竜に遭わないために、私がどれだけ神経使ってきたのかわかる?

 

 身の細る思いよ、比喩抜きで。

 

 ええ、そう、ずっと逃げてきた。

 

 あいつの目から、

 あいつの鼻から、

 牙から、

 爪から、

 鱗から。

 

 羽ばたきを予感しただけで、地平線の彼方まで、脱兎も追い越し逃げたのよ。

 

 逃げて、逃げ続けて。

 

 ここでもやっぱり逃げるのかしら。

 

 楽しくなりそうだったのに。惜しいわ、あまりに残酷よ。

 

 ――なんて、いくら奥歯をきりきりさせても、選択の余地なんて、私にはない。

 

 すごすご、びくびく、尻尾を巻いて。呼吸(いき)を殺して、死角を縫って。またこっそりと、辛うじて生命(いのち)を拾うさね。

 

 そうしなければ終わっちゃうもの。

 

 おしまいだって、とっくに知っているのよ、わたし――けど、でも、ああ、これ、なんだろう。

 

 胸が苦しい。

 

 痛むの、舌が。

 

 疲れているわ、ものすごく――砂になってしまいそう。

 

 たぶん、おそらく、逃避と彷徨の違いの所為(せい)ね。

 

 誰がなんと言おうとも、私の中でそのふたつには、明確な境界線がある。

 

 好きなことならいつまでだって続けて平気だけれども、そうじゃないのに無理に強いられるとなると、ねえ。

 

 澱が溜まるわ、心魂に。

 

 私の闇が褪せてゆく。

 

 お父さまから受け継いだ、大事な大事な暗黒が。

 

 どこかで雪がなければならないのだけど。

 

 ……。

 

 いや、どこかじゃない。

 

 いま、此処こそが、そう(・・)なのか。

 

 私は私に示さなくちゃダメなのか。

 

 これからも、私をやっていくために。

 

 …ごめん、ちょっと考えさせて。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

“協力要請サインに触れる”

 

「寄る辺なきルーミア」の協力要請に応え

 

霊体として召喚されますか?

 

[YES]  NO

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 ずいぶんな腐れ縁だけど。

 

 正面きって向かい合うのは初めてね。

 

 さあ、いらっしゃい、神の畜獣。

 

 あなたの使命がここに居るわよ。

 

 屠り去るべき、闇の娘の末妹(まつまい)が。

 

 

 

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