ぼくのかんがえたあふたーすとーりー(>ω<) 作:DX鶏がらスープ
すやまたけし『素顔同盟』
紅葉を迎えた秋の山々は、進めば進む程にその色彩をより鮮やかに深めていった。目の覚めるような赤い紅葉のアーチの下を、ぼくは歩き続けた。きっとこの先で彼女に会える、そしてそれがきっと何かを変えてくれる、そんな予感だけがぼくの足を動かした。だから僕は迷うことなく山道を進み続けた。
ふと上を見上げると、空はいつの間にかすっかり赤く染まっていた。改めて周囲を見渡すと、ぼくを取り囲む景色のすべてが同じ色に沈んでいた。視界いっぱいに広がる原色は、非日常的でかつ、ある種幻想的な光景を醸し出していた。だけどその時、ぼくにはそれが何故か不吉な光景にも見えた。沈み行く夕日に照らされた、秋の風情を感じさせる赤々とした紅葉の絨毯は、だけど同時に、大地にばら撒かれた何かの血のようにも思えたのだ。
何故だろう、胸騒ぎがしたぼくは足を早めた。きっと何かの気のせいに違いないと、どうしてか背筋を走る悪寒を無視して、ぼくは走った。そして、たどり着いた先でぼくが見たのは、その直感が間違ってなかったことを裏付けるものだった。
そこには何もなかった。正確に言うと、そこにあったであろうものは既に跡形もなく燃え落ちていた。赤い紅葉の葉が、黒く煤けたコテージだったと思わしき残骸の周りを舞っていた。軽く踏むだけでパキリと音をたてて割れる木炭がいくつも転がる痛ましい燃え跡を、恐らく警察なのだろう人達が、何人も忙しそうに行き来していた。
ぼくはその内の一人に事情を聞いてみた
「実は昨夜、ここで素顔同盟とかいう反社会集団の逮捕劇があってね」
そう答えてくれた笑顔の警察官に、僕は更に聞いた。
「...それで、どうなったんですか?」
「あぁ、結局奴らアジトに火を放って全員自殺したよ。バカな奴らだよ、仮面さえ付けてればこんなことにはならなかったろうだろうに...」
気が付けば日はすっかり落ちていた。ついさっきまであたりを黄昏に染めていた太陽は、すっかり地平線の彼方へと消え、あたりは静寂と闇に支配されていた。だからこそ、そんな夜の山道は歩きにくかった。視界が安定しない中、ふらふらと歩いていたぼくはバランスを崩し、その場に転んでしまった。だけど、今のぼくにはそんなことはまったく気にならなかった。
かつて見た少女の横顔が目蓋の裏を過り、そして消えていった。やっと出会えた自分と同じ側の人間、なのに彼女は死んでしまった。仮面を被りたくない、そんな主張はしかし、誰にも認められず炎の中に消えてしまった。あの寂しそうな、悲しそうな横顔に目を向ける人など、誰もいなかったのだ。
だとしたら今この胸に宿るぼくの感情は間違ったものなのだろうか。ぼくや彼女はただ頭がおかしいだけで、そんなぼくらの主張は根底から間違っていたのだろうか。そんな問いが頭の中でぐるぐると回っていた。そしてふと、ぼくはさっきまで懐に入れていた、少女の仮面がなくなっていることに気が付いた。
慌てて周囲を見渡すと、それはすぐ近くに転がっていた。きっとさっき転んだ時に飛んでいってしまっただけだ。ほっと胸を撫で下ろしたぼくは、起き上がるとそれを手に取り、しかし拾い上げたそれは、ボロボロだった。川で拾い上げた時には気が付かなかったけど、それには大小様々な傷がところどころに付いていた。だけどそれでも、仮面は微笑んでいた。許すよ、傷だらけの無機質な仮面の笑顔は、それでもそんな風に言っているような気がした。
それを見てぼくは気付いてしまった。きっと彼女はこの仮面をギリギリまで持っていたに違いないと、確信してしまった。彼女を苦しめたこれは、それでも確かに弱い彼女のことを守ってくれる楯でもあったのだと、そう思った。決してこの仮面は彼女にとって単なる敵ではなくて、だからこそ彼女は仮面を捨てたのだ。辛く苦しい現実に、それでも彼女は自身の力だけで立ち向かおうとしたに違いない。自分は自分、他の誰でもない自分なのだと、それでも笑って炎の中に胸を張って歩いていったのだ。
そこまで考えた時、ぼくは愕然とした。なぜならこのことを今知っているのはぼくだけだからだ。燃え盛る炎の中に消えた少女の本当の素顔を知っているのは、今やもうぼくだけだ。そして、もしぼくが忘れてしまったとしたら、もう誰も覚えていないのだ。あの少女の想いと覚悟は、世界から忘れ去られてしまうのだ。
そのことを認識した瞬間に、ぼくは歩き出した。転んだ痛みなんて気にせず、しっかりと一歩を踏み出し、来た道を真っ直ぐに戻った。偽りの笑顔の仮面を、それでもしっかりと被ったぼくの目の前には、次第に街の灯が見え始めていた。
今はまだ無理かもしれない、ぼくはそう仮面の奥で呟いた。ぼくらはまだ、仮面なしでは生きていけない。それほどまでに仮面は強くて便利で...そしてどうしようもなく優しいから。それに慣れきったぼくらが再びそれを外すのには、まだ時間がかかるだろう。だけど、ぼくや彼女のような人間が現れ始めている。それはきっと、この歪な時代の終わりが近づいている証に違いない、そうぼくは確信した。
そしてだからこそ、ぼくはまだ生きなければならない。この偽りの笑顔に満ちた世界で、ぼくらの後に続く人達に、教えなければならない。かつて仮面の下で泣いていた少女の話を。それでも最後はそれを捨て、あくまで自分の意志であの世へと赴いた、そんな勇気ある少女の話を、ぼくは語り継がなければならない。
それが、きっとぼくの使命なんだ
暗く静かな山道を下るに連れて、明るく華やかな街の喧騒が近づいてきた。少し前まで均一化されたつまらない町並みだと思っていたそれはしかし、よく見ると少しずつ建物の大きさや形が違い、そこを歩く人々もまた、背丈や髪型など一つとしてまったく同じものなどなかった。それを見て、ぼくは仮面の下で笑みを浮かべた。きっとぼくが自身の使命を果たす日はそこまで遠くないと、力強い足取りでぼくは一歩、また一歩と街への道を歩いていく。
手に持ったボロボロの仮面は、相変わらず無機質に微笑んでいた。だけどこの時だけはなぜか、ぼくにはそれが本物の少女の笑顔のように見えたのだった。
個人的に結構好きな話だったので、せっかくなのでこの機会に書いてみました。
国語じゃないような気がしますが、確かに何かの教科書で見た記憶があるんですよね。一体何の教科書だったか?