シンザンをフィーチャーした作品は探せば結構あるのです
でもそれは偉大な名馬へのリスペクトだと思います
「理事長、転入という名目でシンザンさんの中央トレセン学園の登録書類、完成しました」
「了解ッ! トドメの判子をドーーーン!」
「しかし寮への根回しは如何なさいましょう? 栗東の方に一応空き部屋があるようですが」
「暗黙ッ! 寮長のフジキセキを呼び出し、そこはかとなく匂わせつつ巧言で理解してもらうというか何というか……」
「……日本ウマ娘協会の重役が来たときくらいテンパってますね」
「壮絶ッ! そっちの方が遥かに気が楽だ! 尻で椅子を磨く連中とは違う! 日本史上最高とも評される伝説のウマ娘なのだぞ!」
「しかし本当に大変な事になってしまいましたね……」
「まさしくバックトゥザフューチャーだからな。無礼があってはならないし、その経歴に傷を付けるなど論外だ」
「面倒はあのトレーナーさんに見てもらうとして、本当にシンザンさんは元の時代に戻れるのでしょうか……」
「不明ッ! だが所謂並行世界というやつで歴史が変わったりしないことを祈るのみ!」
「そういえば、事の経緯を話した時、シンボリルドルフ会長の目がおかしかったですね」
「狼狽ッ! 突如あのような事を話されては無理はない。だが同じ三冠ウマ娘。思うところもあるのだろう」
「……なんだかひと悶着はありそうな気がしますね」
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(頼庇ッ! とりあえずシンザン殿の面倒は君が見てくれ! くれぐれも無礼はないように!)
と理事長に言われたものの……。
【責任重大だな】
名目では、関西から中央の見学ということでしばらくうちのチームで面倒を見る、という事になった。
書類一式は理事長と生徒会長が行うので、自分はチーム『シリウス』のメンバーとして一時的に登録するだけになる。
「ふむ。ふむふむ……」
シンザンさんはトレーナー室のソファーに腰掛けながら資料を見ていた。
「いやはやトレーナー、時代は変わるものなんだねえ。天皇賞の勝ち抜け制度が廃止されたり、宝塚記念がGⅠ級になったり、
更にジャパンカップという国際試合が行われたり、日本のレースも発展したものだ」
【まあGⅠ級のレースは増えましたね】
「私の時代は短距離路線は軽視されてたからね。でも短い距離でも夢があるという事はいい事だ」
コンコン……。
「失礼しますわ」
ドアを開け、一礼。入ってきたのはメジロマックイーンだ。
「トレーナーさん、午後の練習について少しお伺いしたい事があるのですが」
【ちょっと待って。もう少しで書類が終わるから】
「緊急の用事なのですか。これは失礼しました。あら、あなたは……」
「初めまして」
【理事長に押し付けられる形でしばらく面倒を見る事になった】
「理事長に? そんな大層な方ですの?」
「シンザンだ。よろしく」
「初めまして。メジロマックイーンですわ。『シリウス』のリーダーを務めさせていただいております」
マックイーンは丁寧に会釈する。
「え、シン……ザン…………」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと! トレーナーさん! どういう事ですの!? シンザンさんって、まさか、あのシンザンさんなのですか!?」
【実は、かくかくしかじか……】
ブーーーーーーーーー!!!!
「す、す、す、すいません! とんだご無礼を! まさかシンザン本人に出会えるなんて夢にも思ってもみませんでしたので!」
「なあに、所詮私なんて昭和の遺物だよ」
「そんな事はありませんわ! 貴方が現れたからこそ、日本のウマ娘とそれを取り巻く環境は進化したのですから!」
「そんなものかねえ……」
「あ、あ、あの、握手、していただけますか?」
「いいよ。はい」
「はうっ! 夢心地ですわ~……」
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そして午後の練習時間、俺はチームメイトにシンザンさんを紹介した。
【と、いうわけでこちらがシンザンさんだ】
「よろしく。しばらく厄介になるよ」
しかし皆の反応は薄かった。
「えーと、誰でしたっけ……?」
「ハヤヒデに勉強を教えてもらった時に、出てきたような、出てきてないような……」
「ライス知ってるよ。凄い人だよ」
「歓迎のイモリの姿焼き食うかー?」
「…………」
皆の反応は様々だった。
ただ一人、ナリタブライアンだけが睨み付けるようにシンザンを見ていた。
「貴方たち、何も知りませんの!? 戦後初のクラシック三冠ウマ娘! 19連対の日本記録保持者! それがシンザンさんですのよ!」
「……私まだそこまで走ってないんだけどな」
「えっ、19連対って事は……」
「19回レースを走って一度も三着以下になった事がないということですわ!」
「えーーーーーーーーーっ!!??」
「すっごーーーーーーーーーーいっ!!!!」
「まあオープン戦が大半だったからそんなに凄いとは言えないけどね」
「いやいや、それにしたって凄いよ!」
チケゾーが興奮気味に叫ぶ。
「そんなウマ娘が昔いたなんて! 感動し゛た゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
「感動するのならちゃんと勉強をなさいませ、チケットさん」
言うなれば、生ける伝説が目の前にいるようなものである。知ってる人なら神々しすぎて平伏しているかもしれない。
「……気に入らないな」
周囲がシンザンを称賛する中、ナリタブライアンが口を開く。
それは、紛れもない『敵意』だった。
「どんなに凄いウマ娘かもしれないが、所詮前世代の実力者だ。近代の発展した世界で凌ぎを削ってきた私たちの方が速いに決まっている」
「ブライアン……」
「ブライアンさん……」
「シンザン、私と勝……」
「待った!」
ブライアンの流行り気を大声で制した者がいた。
それは、勝負服に身を包んだ、トレセン学園生徒会長シンボリルドルフであった。
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「初めまして、シンザン殿、中央トレセン学園で生徒会長を務めております、シンボリルドルフと申します」
「シンザンだ。まあ気楽に構えてくれよ」
「私と勝負していただけませんか? これでも無敗でクラシック三冠を達成し、生涯でGⅠを7勝したウマ娘です」
(ルドルフ会長、現役時代の勝負服着てる……)
(本気の証ですわ……)
「なに、それなら私も参加させてもらうぞ。私もクラシック三冠ウマ娘だ」
ナリタブライアンが言う。
「へえ、面白そうな事やってるじゃない。私も混ぜてよ」
普段なら観客席になっている場所に一人のウマ娘がいた。とん、とん、と降りてきて、ジャンプし、練習場に降り立つ。
「ミスターシービー……」
「私もクラシック三冠ウマ娘なんだ。二人にひけは取らないよ」
「素晴らしい……この時代にはこんなに三冠ウマ娘がいるんだね……」
シンザンは感激した、という笑顔で三名を見つめた。
「きっと、今は三冠ウマ娘なんて10数人といるんだろうねえ。それだけこの世界も発展したという事か……」
「えっ……」
「それは……」
新旧の三冠ウマ娘同士による直接対決。
おそらく二度と見られない幻のカード。
それが今まさに行われようとしていた。
「こ、これは、トレセン学園始まって以来の最強決定戦となる模擬レースになりますわ」
「誰が勝つんだろ……?」
「うーん、まいったなー。すっげー盛り上がりそうなのに、ゴルシちゃん焼きそば作ってる余裕がねーぞ」
「……ゴールドシップさん、あなたはこの状況で」
チーム『シリウス』のメンバーは、観客席に移動した。
話を聞きつけ、秋川やよい理事長も駆けつけた。
異様な気配を嗅ぎ付け、人々が集まってくる。
ただならぬ緊張感が、練習場に充満していく。
練習していたウマ娘達も、引き上げ、このレースを見守ることにした。
シンザン、シンボリルドルフ、ミスターシービー、ナリタブライアン、この4名による、芝2000m。ゲート使用。
しかも三名は勝負服に着替えての本気の勝負である。
「よお、誰が勝つか賭けようぜー。負けた奴ロイヤルビタージュース一気飲みなー」
「えええ!? あの超不味くて夜眠れなくなるやつですか!?」
スペシャルウィークが狼狽える。
「じゃ、じゃあ私はルドルフ会長に賭けます」
「ライスは、チームのよしみでブライアンさんに」
「じゃあ私はシービーさん!」
「シンザンさん以外ありえませんわ。で、言い出しっぺのあなたはどうするんですの?」
「鳥山明だな」
「また訳の分からないことを……」
(おいおい、何やってんだあのウマ娘……)
(ターフの上で座禅なんか組んでるぞ……)
(知らねーよ……)
「…………」
他の三名がストレッチで体をほぐす中、シンザンは只一人、芝の上で座禅を組んで瞑想していた。
観客も、走る三名も、その姿は奇異に見えた。
しかしその姿に唯一理解を示したのが、理事長のやよいと秘書のたづなだった。
「刮目ッ! あれがシンザン殿のルーティンか」
「はい。シンザンさんはああやって、走る前に座り、目を閉じ、岩のように動かなかったそうです」
「普通あんなことをやれば脚が痺れるし関節だって動かなくなる。愚策だ。しかし……」
「ここからでも感じます。シンザンさんから放出される威圧感が……」
そしてその威圧感を感じ取った者がいる。他でもない。これから走る三名だ。
(まるで果し合いをやる前、嵐の直前の様だ)
(殺気がビリビリ伝わってくる)
(気にするな。気圧されたら負けだ)
そしていよいよ出走の時がやって来た。
解説はいない。ここにいる全員が解説だ。
ただし係員はいる。ゲートに入ることを促し、各ウマ娘が一人、また一人とゲートに収まっていく。
シンザンは大外、四番だった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
ガコン!
ゲートが開く。そしてそこから完璧なスタートダッシュを決めたウマ娘がいた。シンザンだ。
「スタート早っ!」
「出遅れるかもと思ったけど、全然そんな事ないぞ」
「スタートなんて0.01秒の勝負の世界だぞ。完璧じゃないか」
見てる観客が見惚れるくらいの速度だった。
そしてそのままあっさり好位置を取り、内ラチに入り、ペースを保つ。
番手はナリタブライアン、三番手はシンボリルドルフ、最後方ミスターシービーといった状況で第1コーナーを回る。
「皆が皆、得意な位置に付けましたわね」
「シンザンさん先頭だけど逃げてるって感じじゃないね」
「末脚ならルドルフ会長かシービーさんでしょ」
「いやブライアンさんだって悪くないよ」
チーム『シリウス』のメンバーも緊張した面持ちで戦局を見つめている。
第2コーナーを回って向こう正面へ。依然順位は変わらない。
第3コーナー。府中をイメージして植えられた大欅を超える。まだ四名は仕掛けない。
第4コーナー。ここで最初にナリタブライアンが仕掛けた。
「はあああああああああっ!!」
シンザンを躱し、最後の直線を先頭で駆け抜ける。
「いくぞっ!」
更に皇帝シンボリルドルフがシンザンを躱し追走に入る。
シンザンはまだ動かない。
「よーし、いくよっ!」
最後に天衣無縫の追い込みウマ娘ミスターシービーがシンザンを躱す。
「……なんだ結局三人の戦いじゃないか」
「あのウマ娘、結局はただの色物に過ぎなかったってわけだな」
「だがここからは誰が勝つか分からないぞ」
観客もすっかりシンザンを蚊帳の外に追いやろうとしていた。
「…………」
しかしシンザンは全く動じていなかった。
シンザンはレース開始時から、慎重に三人を『見ていた』。八方目を使って。
意識を視界だけでなく体全体から散らすように放出し、後ろ三人の走りを把握し、観察し、どんな走りをするのか見極める。
故に、情報戦ではこの時点で圧倒していた。
人間やウマ娘なら180度が限界だ。だがシンザンは360度を感覚で見通せる。
(成程。流石三冠ウマ娘だ。斬れ味鋭い脚を持っている。自信家だし、走りっぷりも度胸も良い)
(だが、上半身の使い方がもう一つだ。足腰に頼り過ぎている。初速は良くても、終速に課題があるね。フォームも数センチ単位で直せればもっと良くなるのに、勿体ない)
「……データは取れた。じゃあ、行こうか」
ギュン!
シンザンはシービーが抜き去ったのを見計らってから自身に点火した。
「!?」
「な、なんだあの末脚は!?」
「で、でもここから届くのか!?」
観客席にいた全員が戦慄した。恐るべき斬れ味の脚だ。
「凄い! どんどん差が詰まっていく!」
「で、でも追いつきませんよ! 間に合いませんよ!」
「いや、シンザンさんなら届きますわ。これが、現役時代『髭も剃れる鉈の斬れ味』と称賛された末脚……!」
『シリウス』のメンバーも息を吞んだ。
何よりも走ってる三名が背後から襲い掛かる圧倒的な迫力に総毛立つ。
(ウマ娘のそれじゃない。猛牛か大熊だ!)
(まずい! 全力で走っているのに、差が詰まってくる!)
(冗談じゃない。これじゃ逃げ惑う獲物と捕食者じゃないか!)
だが観客席の人々が感嘆したのは、シンザンのフォームである。
思い切り走っているのに、フォームが綺麗で、美しいのだ。芸術と言っていい。
先頭のナリタブライアンを、シンボリルドルフが捕らえる。そのシンボリルドルフを、ミスターシービーが捕らえる。
そしてその三人を、シンザンが纏めて捕らえる。
そして四人は、ほぼ同時にゴール板を通り過ぎた。
「接戦だ!」
「どっちだ!?」
「うおー、大接戦ドゴーンだぜ!」
ハァ……ハァ……ハァ……。
ハァ……ハァ……ハァ……。
三人は汗だくで、立っているのもつらそうな表情で掲示板を見ていた。
(菊花賞や有馬でもこんなに疲れたことないぞ……)
ナリタブライアンは流れる汗を必死に袖で拭いながら結果を見つめた。
周囲もそうだ。ルドルフもシービーも呼吸が整ってない。
「…………ふう」
ただ一人、シンザンだけが平然としていた。
そして掲示板にゼッケンが発表される。
一着:シンザン
二着:シンボリルドルフ
三着:ミスターシービー
四着:ナリタブライアン
以上の結果となった。
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「完敗です。手も足も出ませんでした」
レース後、シンボリルドルフはシンザンに対し、改めて会釈した。
「なに、長い事現役から遠ざかっていたんだろ? 一応こっちは現役だからね」
シンザンは勝ち誇ることなく、シンボリルドルフの走りを讃えた。
「いや、それとは違うんです。何と言いますか……プレッシャーもさることながら、
走りに全く無駄がないと言うか、気が付けば手のひらで踊らされていたと言うか……」
「一流には分かってしまうんだね。そう。私の走りは『構築』から始まるんだよ。
砂は集めても指の隙間から零れ落ちる。だが土ならそうはならない」
シンザンは指の間を閉じたり開いたりしながら語る。
「土台を作り、木材を組み、壁を塗り、瓦を付ける。家はこうして造られる。
レースも一緒さ。上手いスタートを決めて、勝負所で仕掛けて、後続の追い込みを見ながら脚色を調節して、最後に先頭を守る。これをやれば勝てる」
「おいおい……」
「まあ今日は三人の脚色を調べたかったから仕掛けを遅らせたけどね。この速度でこの位置ならこの脚色で最後に捲れると確信していた」
「だから着差が殆どなかったというのか」
「栗田が言ってたんだ。ハナ差勝ちでも勝ちは勝ちだろ、ってね。勝つためにわざわざレコードや大差出す必要なんてないのさ。本来はね」
三人は、ぽかん、としていた。あれを全て計算ずくでやっていたというのなら、文字通り次元が違う。
観客席で聞いていた『シリウス』のメンバーも唖然呆然としていた。
「ねえ、シンザンさんの話、みんなは理解できた? ライスは、出来なかった……」
「……いやー私いつもハヤヒデに勉強教えてもらってるくらい馬鹿だからわかんないや。あははー」
「私も実は勉強は苦手で。この前も補習だったんですよねーあはは……」
「おい誰かアインシュタイン連れて来いよ。あ、外した奴はロイヤルビタージュースの刑な」
「シンザンさんが指導論を出版して後世に残せば日本の歴史が二歩は進んでいたかもしれませんわね……」
そしてこの走りは他の観客にもしかと伝わっていた。
「おいおい、とんでもねえ実力者だぞ」
「何者だあのウマ娘……」
「俺、スカウトしてこようかな?」
「静粛ッ!」
しかしそんな流れを秋川やよい理事長が制する。
「注目ッ! 此度行われたレースは、緘口令を敷き、一切の概要を外部に漏らすことを固く禁ずる! これは理事長命令である!」
これにより、三冠ウマ娘同士の最強決定戦は幻となった。
だが、その結末は中央トレセン学園における知る人ぞ知る『伝説』となり、口を濁して後世に伝えられることとなる。
三冠ウマ娘同士が勝負したら、聞くだけでワクワクすると思いません?
でも当時の人々はシンボリルドルフが現れた時、凄い馬が出てきたと言う一方で
ルドルフよりシンザンの方が上だ、と答えたそうです
でもシンザンを超えろ、と皆が切磋琢磨したからこそ近代競馬は進化し
シンボリルドルフという名馬は生まれたとも私は思うのです