ウマ娘プリティダービー『神馬』   作:K.T.G.Y

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この作品を書くにあたり、シンザン鉄をどう扱うか色々考えました
が、やはりシューズのように扱うのが最良だと考えました


蹄鉄

 

晴天に恵まれ絶好の練習日和の放課後。

チーム『シリウス』の面々もまた、練習場に集合していた。

 

注目すべきはやはり『シンザン』である。

 

シンボリルドルフ、ミスターシービー、ナリタブライアンの三冠ウマ娘を抜き去った脚は記憶に新しい。

 

伝説が、刻を超えた瞬間だった。

 

彼女がジャージ姿で現れた時、周囲がザワついたのは間違いない。

 

「いよいよですね。シンザンさんってどんな指導をするんでしょう?」

「想像つかねーなー。悪いけど時代遅れは否めないんじゃねーか?」

「普通に考えればそうなんだけどねー」

 

 

「さて……」

 

【今日の練習内容はシンザンさんに任せます】

 

「そうはいうが、私は正直、人に教えるのは苦手なんだがね……」

 

 

「注目ッ!」

観客席から大きな声が飛んできた。

他でもない、秋川やよい理事長である。傍にはたづな秘書もいる。

 

「おお間に合ったか! 実は皆に見てほしいものがある!」

 

【何でしょう?】

 

「凝視ッ! これである!」

 

理事長は、何とも変わった形のシューズを取り出した。

「京都にある博物館から特別に貸し出してもらったものが先ほど届いたのでな! 持ってきたのだ!」

 

「……何ですのそれ?」

「蹄鉄……でしょうか」

「スリッパだよあの先端は!」

「いやあれはどう見ても鉄下駄だろう」

 

「あー……あれか。私にとってはトラウマものなんだがね……」

 

「これこそが、かの有名な『シンザン鉄』である!」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「……『シンザン鉄』?」

 

「左様ッ! シンザン殿が現役の頃、武田トレーナーが特注で作らせた一品である!」

 

「ええ!? あれ履いて走るんですか!?」

 

「いや、そうじゃない。私から説明しよう」

シンザンは皆に解説した。

 

 

シンザンが武田トレーナーの所に在籍してしばらく経ってからの事。

当時、名伯楽で知られた武田の所で指導されたいというウマ娘は多く、一人で60人~70人は預かっていた。

さすがに一人では手が回らない為、栗田がスケジュール管理など、中尾が体調管理などを担当していた。

 

中尾はシンザンの下半身の踏み込みの強さに惚れこみ、武田に「こいつは大物になりますよ」と吹いたが、

武田は「いや駄目だ。あれじゃ使えん」とバッサリ。

 

その理由は走り方にあった。

シンザンは下半身の力が強すぎたため、地面を蹴るのではなく、踏み潰すようにして走る悪癖があったのだ。

人間もウマ娘も、地面は蹴って反動を付けてスピードを出すもの。これではいいタイムは出ない。

 

そこで開発されたのが、通常の蹄鉄の何倍も重量があるこの『シンザン鉄』だった。

 

これを履いて走るには、下半身だけではなく、上半身の筋肉も使い、全身を一体になるようにして走らなければならない。

つまり『シンザン鉄』はフォームの矯正用なのだ。

 

 

「武田は山本五十六の名言『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』という信条の持ち主だった。

だから人間で、陸上経験もないのに、こいつを履いて走って見せた……何度も転びながらね」

 

「いや待て。こんな物を履いて走るなど不可能だ。怪我をしてしまう」

とナリタブライアン。

 

「逆だよ。怪我をしない為にこいつが必要なのさ。試しに走ってみせようか?」

シンザンは借り受けたシンザン鉄を愛おしそうに履き、一呼吸すると、前方目掛けて走って見せた。

 

ダッ! ダッ! ダッ! ダッ! ダッ!

 

「わわ! 凄い! 本当に走ってる!」

「あれは何キロあるんだ?」

 

「一説によると、『シンザン鉄』は片足8kg。つまり両方履くと斤量16kgになります」

とたづな秘書。

 

 

「まあこんな感じかな。じゃあ今度はチケゾー、試しに走ってみな」

「分かった! やるぞー!」

 

 

「うおー! ど、どこんじょうーー!! うぅ、つら、うわああっ!」

ずでーん。バランスを崩して転んでしまった。

「シンザンさん、これ無理だよー!」

「持ち上げようとするから走れないんだ。あくまで走るのを意識しなきゃ。じゃあ次、スペ」

 

「けっぱるべー……うぬぬ……あっわわ……あ、脚が……あうっ!」

ずでーん。こっちも頑張ったが最後には転んでしまった。

 

次はライスシャワー。

「はっ……はっ……はっ……はっ……」

二人に比べればそこそこ走れてはいる。しかし足取りは重く、スピードも出ていない。

 

その後も、マックイーンやブライアンが試したが、似たような結果だった。

 

ただ一人を除いて。

 

「へっへー、おまえらの走り見て何となくコツが掴めたぜ。どうだ、上手いもんだろ?」

ゴールドシップが果敢に挑んだ結果、シンザンと遜色のない走りを見せてみせた。

 

「……よりにもよってゴールドシップさんに出し抜かれるとは……シンザンさん、わたくし、もう一回挑戦しますわ!」

「私もー!」

「私もです!」

「はいはい、どうぞ。やり過ぎて怪我しないようにね」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

「ひぃ……ひぃ……ひぃ……ひぃ……」

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」

 

【休憩にしよう】

 

トレーナーは皆に汗拭きタオルとスポーツドリンクを差し入れた。

 

「わ、わたし脚がガクガクします……」

「わたしもー。坂路よりキツいこれ……」

「くそっ、何故上手くいかないんだ……!?」

 

一方、シンザンは、軽く一周してくる、と言って『シンザン鉄』を履いたままコースを走り始めた。

既にぐるりと一周しもう第3コーナーあたりだ。

 

「…………」

その光景を、ナリタブライアンは複雑な想いで見つめていた。

 

(昨日といい今日といい、何だ? 私には何が足りないんだ……?)

 

 

「ふう……」

走り終えたシンザンはトレーナーからタオルとドリンクを受け取り、『シンザン鉄』を外すと芝生の上に裸足で座り込む。

 

「はっはっは、こりゃ明日はみんな筋肉痛かな?」

「……シンザンさん、どうしてシンザンさんはあれ履いて普通に走れるんですか?」

「さっき言っただろ? あれを履いて走るには上半身と下半身の筋肉を一体にしなきゃならないって」

「…………」

「あんた達は最新の器材で上半身の筋肉は『鍛えられて』いる。だが、上半身は『使えて』いない」

「何を言ってる。上半身なんて走りの基本だ。わたし達だって常日頃から鍛えているし、使ってる」

「私の言ってる意味で、上半身を使えているウマ娘なんて、そうはいないと思うがね」

「くっ……!」

「腕も、胸も、背中も、腰も、使えるものは全て使う。そして上下が1:1になるように動かす。

こうして初めて、上半身と下半身が一体になっていると言えるんだ」

 

「バランスだってそうさ。人もウマ娘も、前後、左右、上下にバランスが分かれている。

それらを一切の無駄なく駆動させるにはただ前に走っているだけでは身に付かないよ」

「後ろ向きに走れってことですか?」

「そういう意味じゃない。例えばボールの上に乗るピエロがいたとしよう。当然彼はバランス感覚が凄いということになる。

ウマ娘のレースは前に走る競技だ。当然重心は前に向く。しかし一度バランスを失えば崩れてしまうほど脆い」

 

「確かに、レースでも一度体がぶつかるとそのまま崩れてズルズルと後退していくウマ娘がいますわね……」

 

「バランスがいい走りとは、体の中心に重心がしっかり身に付いた走りの事を言うんだ。今でいう、体幹というやつかな」

「そういえば、競技や踊りなどでも、腰が入っている、という表現を聞いたことがありますわ」

「わたしもそれ知ってるぞー。歌舞伎役者なんかは腰が入った舞じゃないとダメだとかいうやつだな」

 

「正中線というやつさ。体の中心を意識した動きをするんだ。具体的に見せてあげよう。ちょっと待ってな」

そう言うと、シンザンは練習場を出て体育館方向に向かった。

待つ事数分、その手にはバスケットボールが握られていた。

 

「それ、何に使うんです?」

「さっきピエロの話をしただろ」

「ま、まさか……」

 

シンザンはバスケットボールを固い地面に置き、ひょいと飛び乗ってみせた。

「ま、まじかよ……」

「こんな事も出来るよ」

今度はボールから片足を離す。しかし崩れる事無く、ボールの上で片足立ちしてみせている。

 

「うわあ……」

「すっごーい!」

「ここまでやって、初めて体を使えている、と言えるんだ。さ、あんたらも挑戦してみな」

「私、いっちばーん!」

「おいチケゾーずるいぞ。私にもやらせろ!」

「……」

 

その光景を、メジロマックイーンは見つめながら、

 

(トレーナーさんと一心同体を誓い合ったあの日を思い出しますわね……)

 

(心と体を一つに。……どの分野でも共通する境地ですわ)

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

こうして、シンザンの初日の指導は終わった。

皆上手くいかないことばかりだが、とても楽しそうだった。

 

シンザンの指導には、確かに形骸化された精神論・根性論だけではない経験に裏打ちされた体の動かし方の理論がある。

彼女は確かに天賦の才を持っている。しかし才能だけで勝ち抜けるほどレースの世界は甘くないことも分かっている。

故に、まずはお手本を見せ、相手を鼓舞したのだろう。

 

だが、20XX年現在、シンザンが指導論を書いた著作物という物は存在していない。

 

 

【もうこんな時間か】

 

PCを叩きながら昼間の光景を思い出していた。

皆のいい刺激になってくれればいい、と期待していた。

 

【帰りに練習場でも見ておくか】

ふと、そう思った。

たまにいる。門限ギリギリまで練習に励んでいるウマ娘が。

 

 

そして向かうと、やはりこんな夜更けに走っている影があった。

 

【あれは、ビワハヤヒデとブライアン?】

 

意外だった。確かに二人は姉妹の間柄だったがライバル関係。併走するところなど見たことがない。

 

集中しているようだ。声を掛けるべきか迷った。

しかしこちらの視線に気付くと、脚を止めて近寄ってくる。

 

「トレーナーか」

 

【夜遅くまでお疲れ様】

 

「……そうだな。最近はぬるま湯に漬かり過ぎたのか、自身を痛めつけることも減ってな。いい発奮材料になると思ったんだ」

 

「まあ誘ったのは私だがな」

ビワハヤヒデが近付いてくる。

 

「実は昨日のレース、私も観客席から見ていてね。実に吃驚したものだ。『最強の戦士』と呼ばれたウマ娘の走りがどのようなものか、と」

「姉貴がいたのは偶然だったらしいがな」

 

「それで、今日、ブライアンを誘ったのだよ」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

練習が終わった後も、ナリタブライアンは考えていた。

(私には何が足りない……?)

 

確かにシンザンの指導は一朝一夕で結果が出るようなものではない。

しかし昨日のレース、自分は最下位だった。

現役を長く退いていたシンボリルドルフにもミスターシービーにも勝てていないのだ。

これは焦りを募らせるには充分な結果だった。

 

気が付けば練習場に来ていた。

考えても仕方ない、走ろう。そう思った矢先、背後から姉に声を掛けられた。

 

「随分とイライラしているようだな、ブライアン」

「姉貴……」

「昨日のレース、偶然私も観客席から見ていてな。四人が走るところを見せてもらった。実は理事長に内緒で、動画を撮らせてもらったよ」

「……情けない結果を出してしまった」

「そうかもな。シンザン殿のプレッシャーはあそこからでも凄まじかった。だが私がそれ以上に魅了されたのは、彼女の走りかただった」

「…………」

「シンザン殿の走りは、とても美しく、そして艶やかで、とても楽しそうだったよ」

 

「なあ姉貴、私には一体何が足りない?」

「ふむ……」

「私も姉貴も、栄光と挫折を味わった。かつての走りはできないかもしれない。だが今の私には、決定的に欠けている何かがあると思うんだ」

「成程。精神論は学者の間でも幾度となく議論されてきたロジカルだ。これが絶対的に正しい、というものはない。どんな名人でも失敗する時は失敗するものだ」

「じゃあ一体……!」

 

「……ブライアン」

「何だ、姉貴?」

「私と一緒に走ってみないか? 子供の時のように、私の背中を夢中で追いかけていたあの頃のような初心に帰って、な」

 

 

「はっ……はっ……はっ……はっ……」

「はっ……はっ……はっ……はっ……」

 

「本当に懐かしいな。おまえが子供の頃を思い出す」

「そうだな」

「私もあの時は若く小さく、おまえだけには負けられんと意地を張っていたものだ」

「私は姉貴に追い付きたくて強くなった。そしていつか、あの背中をレースの場で追い抜こうと」

 

「お互い……一度はそれを諦めようとしたな」

「運命を呪ったものだ。ウマ娘もアスリートである以上、怪我はつきものだからな」

「事実、あの時の心境を昇華するには時間が掛かった。しかし……そこから這い上がったからこそ今がある」

「怪我は恥ではない、ということか」

 

「あの時、もうかつてのようなレースは出来ないかも……そう思った」

「しかし我々がターフに再び現れた時、人々は温かく出迎えてくれた。『おかえり』と……」

「みんな、私たちの帰りを待っていてくれた。もうかつてのような人々を熱狂させられるような走りは出来ないかもしれないのに」

「あの時は……久々に胸が高鳴った。そして、嬉しかった……」

 

「もう、答えは出たんじゃないか?」

「そうか、そういう……事だったんだ。木を見て森を見ず、というやつか」

「伝わったようで何よりだ」

「やはりこういう時は頭のいい姉貴に助言をこうのが一番だな」

「誰の頭がでかいって!?」

 

 

「トレーナー、私は姉貴と走って思い出したよ」

 

【答えは見つかったかい?】

 

「ああ。私は忘れていた。走る事……それ自体のかけがえのなさを」

 

【かけがえのなさ、か】

 

「そうだ。私も姉貴も、多くのウマ娘も変わらない。何処まで行ってもただのレース馬鹿だ!」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「だりゃあああああああああっ!」

「はあああああああっ!!」

「いくぞおおおおっ!」

 

その日は全体練習となり、チーム『シリウス』の面々は一心に練習場を走り続けていた。

 

「ダービーだけじゃない! もっとGⅠを獲れるウマ娘になるんだあああああっ!!」

「私も、日本一のウマ娘の道はまだ遠い! けっぱるべええええっ!!」

「もう一度、咲かせて見せる! 原点に戻って、再び栄光の華を!」

 

 

「気合、入ってるねえ」

 

【シンザンさんのおかげですよ】

 

「……私は何もしてないよ。結局、ウマ娘って生き物はレース無しには生きられないのさ。そのケツを叩くとこうなるだけだよ」

謙遜しているが、場の空気を変えたのは間違いなくシンザンである。

まだ、何もない時代、練習すらままならない貧しさの残る時代、彼女は独自の練習で己を鍛えた。

何もかも恵まれたウマ娘が、彼女に負けるわけにはいかないのだ。

 

その後もメンバーはボールの上に片足で立つ練習を始めた。

始めは転んでばかりだったが、よりにもよってゴールドシップが30秒以上立ってみせた事で全員に気合が入った。

 

「若い娘たちはいいねえ。目の前の事に貪欲に取り組もうとする。この時代なら自分はもうおばあちゃんになってるからね」

 

【あれ、シンザンさん何飲んでるんですか?】

 

「缶ビール。いやあこの時代は凄いねえ。私の時代だとコーラもビンなのに」

 

【お酒じゃないですか!】

 

「はっはっは。固い事言わないでおくれよ。たづなさんからの差し入れさ」

 

そう言って、ケラケラと笑って見せる。

そうだ。偉大な先人とはいえ、今目の前にいる彼女は、

全自動洗濯機に目を輝かせ、ウォシュレットの心地よさに悶絶し、液晶テレビのリモコンの操作も分からない、昭和相応のウマ娘なのだ。

 

 

 




ナリタブライアンはJRA主催の「Millennium Campaign」で公募された
ファン投票で選ばれた「20世紀の名ウマ娘100」の1位の名馬です
そのくらい当時は凄かったのです
この馬を超える馬など現れないだろうとすら言われた程です

つくづく兄弟対決が見たかったですね
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