ウマ娘プリティダービー『神馬』   作:K.T.G.Y

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立つ鳥跡を濁さず、と言いますが、
何かを伝え、残した者が無責任に場を投げ出す事は許しがたい行為です

『シリウス』のメンバーは果たして去り行くシンザンを許してくれるでしょうか


挑戦

「はっ……はっ……はっ……はっ……」

「ふっ……ふっ……ふっ……ふっ……」

 

理事長から齎されたあまりに凄惨で陰鬱な事件。

そんな空気を吹き飛ばすかの勢いで、チーム『シリウス』の面々は併走に励んでいた。

 

相手は勿論シンザンである。

 

「勝負どころ、いくぞおおおおおっ!!」

「すぅ……っ……!」

 

最後の直線、ウイニングチケットとシンザンが一気に突っ込んでくる。

激しい追い比べ。軍配は1/2バ身でシンザンに上がった。

 

「あーくっそー! また負けたー!」

「ふう……」

 

【でもチケゾー、凄いぞ! タイム更新だ!】

 

「え、ほんと!? やったー!」

 

「シンザンさん! もう一回もう一回!」

「おいおい……」

「シンザンさん、次は私とお願いします」

「いやわたしと!」

「私もお願いしたい」

 

「ちょ、ちょっと待っておくれよ。もう7周も走らされてるんだ。少しは休ませてくれないと」

 

 

「みんな、調子いいみたいですわね」

トレーナーの隣にいたメジロマックイーンがストップウォッチを見つめながら言う。

 

【みんな、どんどんタイムが良くなっている】

 

シンザンの併走と指導はまだ一か月と経過していない。

なのにこれ程の効果があるとはトレーナーも思っていなかった。

 

「スポーツの世界には、一流が一流を育てる、という格言がありますわ。

競い合うライバルに限らず、一流だった者が指導者になり、一流を育て、その者がまた一流を育てる……そんな好循環があると」

 

【でも、下手にいじってしまうと、いい所まで失ってしまう危険性だってある】

「そう……シンザンさんの指導は斬新だからこそ皆さん興味を惹かれる。それが皆さんの力を引き出しているのでしょう」

 

【つくづく、シンザンさんが引退後指導者の道を歩まなかったのが惜しいな】

「そうですわね」

 

皆楽しそうで明るい。トレーナーはそう思った。

練習にしろ本番にしろ、大抵のウマ娘は結果を求めるあまり、力んで本来の力が出せないというケースは多い。

しかし今の皆にはそれがない。体だけではなく、メンタルも鍛えられている証拠だ。

 

 

「おうおまえら、張り切ってんなー。スポーツドリンク作ったから飲めよ」

「わあ有難うございます。一つもら……」

「待った!」

「……? どうした、マックイーン?」

「ゴールドシップさん」

「なんだよ」

「貴方が試飲していただけませんこと?」

「……え、あ、いやー、ゴルシちゃん、今喉乾いてないからなー、べ、べつになー……」

「やっぱり何か仕込んでますわね! 貴方ときたら……!」

 

「ふふ……」

その様子を、シンザンは微笑ましそうに見つめていた。

【シンザンさん】

「ん、何だい?」

【……シンザンさんは、引退後の事って、何か考えてるんですか?】

「随分気が早い話だね。私はまだ、ただの三冠ウマ娘で、後世に残るような立派なもんじゃないよ」

【でも……】

「聞こえてたよ。指導者に、って話だろ。確かにそれもいいかもしれないが、私には別にやりたい事がある。今は……話せないけどね。

それに、私の指導は特殊すぎる。他人に伝達するのは容易じゃない」

【そう、ですか……】

「これはね、遊びなんだよ。みんなと戯れて遊ぶ、ただの遊び。飽きられたら終わる。それでいいんだよ」

シンザンは空を見上げながら言った。

強さを伝達する、これ程難しい事はない事を彼女は知っていた。今は偉大なウマ娘を参考にしてブームが起きているだけ、やがては形骸化して終わる運命だ、と。

 

(時代は変わる。私を超えるウマ娘など幾らでも出てくる、そう思っていたが……)

 

あの時、新旧三冠ウマ娘対決に勝利した時、シンザンはどこか物足りなさを感じていた。

相手が弱かったわけではない。自分が引退して数十年先に現れた稀代のウマ娘の実力は素晴らしいものだった。

しかし彼女たちが、溢れんばかりの才能を持ちながら己を研鑽するための努力をもう一声怠っていたのも事実だった。

 

上半身を使えていない。自分はそう指摘した。

 

(私は勝つだけではなく、後を生きるウマ娘達の目標であり、模範であらねばならないのかもしれないね……)

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

その夜、シンザンは夢を見た。

 

夢の中で、男たちが声を上げている。

 

『……ザン! シンザン!』

 

(……武田!?)

 

『おまえいつまでそこにいるつもりだ! 早く戻ってこい!』

 

 

『シンザン、次のレースの予定が決まったぞ。遺憾ながら春の天皇賞は回避する。目標は秋だ』

 

(……栗田か?)

 

 

『シンザン。たまには体を労われよ。武術もいいが、ウマ娘の本懐は走りなんだからな。痛い所があったら、ちゃんと報告するんだぞ』

 

(……中尾だね)

 

 

ガバッ!

 

シンザンは目を覚ました。

 

「…………」

自分を支えてくれたトレーナー達が自分に呼びかけていた。

1964年。日本中が自分の走りの成果に歓声を上げてくれたあの時代。

ウメノチカラはしょっちゅう自分に突っかかってきた。自分がおまえのライバルになる、と。

まだ洗濯機も珍しい、昭和の激動の時代の最中、どんな因果か、自分は未来に飛ばされた。

そこで出会った新たなるウマ娘。自分が引退した先、ただ夢に向かって走り続けている彼女達に自分を重ねた。

 

しかしそれでも、いつか終わりは来ると感じていた。

そう、自分の居場所はここではないのだ。

 

「……潮時かもしれないね」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

その日、チーム『シリウス』のトレーナーは朝からPCの前に居た。

シンザンのおかげで、チームが活気に包まれた。これを機に、チーム全体の底上げを図りたい。

そして彼女たちに、更なる栄光を齎せてあげたい。

そうやる気に満ちていた。

 

ガチャ。

 

そこにシンザンが現れる。

「やあトレーナー。朝から早いね」

 

【シンザンさんこそ】

 

「私は学園所属とはいえ、ろくに勉強はしてこなかったからねえ。普通の授業を教われるだけ今の娘は羨ましいよ」

 

【トレセン学園は文武両道ですから】

 

「そうだね。温故知新はいいことだ。で、私から提案なんだが……」

 

【なんでしょう?】

 

「ちょっと散歩しに行かないか? 付き合ってほしい」

 

 

「今日もいい天気だね……」

【そうですね】

「この垢抜けた景色も少し慣れてきてね。もう昭和じゃないんだなあって感じさせられるよ」

【シンザンさんのいた頃とは、随分時間が経過しましたね】

「私のいた頃、日本はまだまだ貧しかった。その頃……今のお爺ちゃんお婆ちゃんが遮二無二働いたから今の時代がある。

……老害とは言わないでやってくれ。みんな必死だったからね」

 

シンザンは話しながらも何処か遠くを見ていた。

 

【なんだか、様子がおかしいな……】

 

「なああんた、チームのみんなから聞いたよ。あんたは皆をずっと支えてきてくれたと」

【トレーナーですから】

「ウマ娘とはいえ、まだまだ年端も行かない若輩者だ。不安で圧し潰されそうになる時もある。それを支えるというのは口で言うより遥かに難しい」

【それは、分かっています】

「ウマ娘達も、あんたも、未だ発展途上だ。皆が為、己が為、邁進していくようにね」

 

「……そして、私は結局この時代の者ではなく、帰る宿命にあるんだ」

【え……】

 

その時だった。

あれほどいい天気だと思っていた空に、異変が起きたのは。

 

日が曇り空で隠れる。その雲は四方八方から現れる。気圧もおかしい。周囲の人たちも、この天候の変化の異常に気付く。

 

【こ、これは……!】

「ははっ、そんな予感がしたんだが、ズバリだ。帰る時が来たようだね」

 

そう、この気候の変化は、シンザンが空から落ちてきたあの時と瓜二つだ。

黒い雲は渦を巻き、その中央に空洞を作り出す。そしてそこから風が吹く。

 

「……トレーナー」

【な、なんですか!?】

「チームのみんな、理事長達、部室前に来てくれた連中によろしくと言っておいてくれ。そして、有難う、と……」

【シンザンさん……】

 

シンザンの体が、ふわりと浮かぶ。

 

「いずれ私がおばあちゃんの年になったら、またみんなに会いに行くよ。その時まで、しばしのお別れだ」

【シンザンさん!】

 

「じゃあねトレーナー、楽しかったよ」

 

シンザンの体は、その渦の中心に吸い込まれるように消えていった。

 

そして異変は、まるでなかったかのように消え、再び、空は快晴へと変化した。

 

【シンザンさん……】

こうして、シンザンはまるで風を操る天狗のように去っていった。

願わくば、元の時代に戻れることを祈りたい。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

【…………】

トレーナーは学園へと戻って来た。本当に風のように現れ、風のように去ってしまった。

まさに一瞬の出来事であり、まるで最初からいなかったかのような感覚すら覚える。

 

【そうだ、理事長に報告を】

 

トレーナーは理事長室へと向かおうとする。

するとそこにナイスタイミング、たづな秘書が通りかかった。

 

【たづなさん!】

「あら、どうしたんですかトレーナーさん。何か緊急の用事でも?」

【実は……】

 

 

「……そうですか。シンザンさんは行ってしまったのですね」

【はい……】

「分かりました。理事長には私から報告しておきます。手続きもこちらでしておきますから、トレーナーさんはチームの皆さんに報告をお願いします」

【すみません】

「いえいえ、私の仕事ですから」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「…………」

シンザンは見慣れた垢抜けない見慣れた場所へと帰って来ていた。

このモノクロの風景、木造のボロ屋、間違いない。ここは関西の自分が所属していたトレセン学園だ。

「帰って来たんだね。未来から過去へ」

シンザンはその足でトレーナー室へと赴いた。

 

「シンザン! おまえ今までどこほっつき歩いていたんだ!?」

武田トレーナーは、シンザンを見るやいなや、開口一番、シンザンをどやした。

傍には栗田トレーナーと中尾トレーナーの姿もある。

「世間は『シンザン、突然の失踪』とかで結構騒いでいたんだぞ!」

「春天に自信がなくて、アサホコから逃げた、なんて書く記者もいたな」

「ははは……いやいや心配かけて済まない。信じちゃくれないだろうが、ここではない、遠い未来に行っていたのさ」

「何を馬鹿なことを……!」

「中尾、私がいなくなってからどれだけ時間が過ぎた?」

「一か月弱、といったところだな。おかげで春天終わってしまったぞ」

「そうか……私がいた時間とほぼ一緒だね」

 

「シンザン……」

「ん、なんだい栗田?」

「おまえさん……本当に未来に行っていたのか?」

「……どうしてそう思う?」

「おまえの着ている物、制服、だと思うが、何というか、ここらへんじゃ見ない垢抜けた作りだと思ってな。それに、おまえは冗談は言うが嘘は絶対言わないからな」

「……その件については黙秘させて貰うよ。これ以上余計な混乱はさせたくないからね」

「そうか……」

 

「武田、栗田、中尾。私は今年、必ず秋天と有馬を獲る。そのつもりでいるから、皆も準備しておいてくれ」

「あ、ああ……勿論そのつもりだ。まあ、オープン戦と重賞には走らせるつもりだが……」

 

(……そして、五冠を獲った暁には……いや、よそう。今は目の前のレースに集中しよう)

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「……そうですか、シンザンさんは行ってしまったのですね」

放課後、チームの皆に突然の別れを離したところ、皆は大いに消沈した。

「シンザンさんからは、まだまだ教えてもらいたいことが山ほどあったのにね」

「一度でいいから、シンザンさんより先にゴールしたかったよ!」

「まさに、風のように現れ、嵐のように去ってしまったな」

 

短期間ではあった。しかしその走りは鮮烈にして強烈であった。

未来の三冠ウマ娘を撫で切りにし、武道を軸とした鍛錬と精神論をもって、人々に教えを請うたその様はまさに生きた教材であり、伝説の姿であった。

勤勉でもあった。慢心はせず、未来のレースの動画を拝見し、後に設立された数々のGⅠを調べるなど探求心も旺盛だった。

 

いずれまた会いに来る。そう行ってはくれたが……。

 

「これで部室前で正拳突きする事もなくなったのかな」

スペが言う。

「うーん、教える側がいなくなったんだから……」

「必然的にそうなるか……」

 

「いーえ、私は続けますわ!」

メジロマックイーンが声を張り上げる。

「マックイーンさん……」

「温故知新、初心忘れるべからず、あの方の指導はとても素晴らしいものでした。その灯を決して絶やしてはいけないと私は思います。

例え行うのが私最後の一人になろうとも、私は続ける所存ですわ!」

 

「そうだね! やろうよみんな! だって楽しいじゃん!」

チケゾーが拳を高々と上にあげながら叫ぶ。

「うん、そうだね。ライス、あれをやってから何だか自信が付いてきた感じがするし」

「私もやりたいです! グラスちゃん、エルちゃん、ツヨシちゃん、ライバルともっともっと差を付けたいし」

「うーし決まりだな。じゃあ今度はあたしが師範代役やってやんよ」

「貴方は必要ありませんわ!」

 

【ははは……】

 

「報告ッ! 報告ーッ! 報告ーッ!」

そこへどたばたと慌てふためいた秋川理事長が現れた。

 

【理事長、どうしたんですか?】

 

「たづなに聞いてきたのだ! シンザン殿が数刻前に旅立ったと。そして私は学園の図書室にある資料室に飛んだ!

我々が介入したことで、歴史が変わってしまったかもしれない、と!」

 

【た、確かにそれは危惧すべき案件ですね!】

 

「こ、これを見てくれ!」

理事長の手には、古い新聞が握られていた。

年号は1965年12月のスポーツ新聞のようだが……。

 

【シンザン、有馬記念優勝。前人未到の五冠達成……!】

 

「わあ、すっごーい!」

「シンザンさん、本当に五冠達成しちゃったんだ」

「当時存在するGⅠはこれでほぼ優勝したことになるな」

 

「だがそれだけではない。注目すべきは次ページなのだ!」

言われるなり、トレーナーは次のページを捲ってみる。

 

【…………ん。……! こ、これは……!】

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

それは、有馬記念を優勝し、インタビューを受けた時の事だった。

『これで惜しまれますが引退ですか。寂しくなりますね……』

クラシック三冠にはもう出られない。そして当時の天皇賞は勝ち抜け制度があったので二度と出られない。そして有馬は制した。

つまりシンザンにはもはや走れるレースがなかったのである。

武田トレーナーも「シンザンの名を惜しむ」と引退をせざるを得ない状況を嘆いた。

 

だがシンザンは、

「……そのつもりだったんだけどね、実はもう一つだけ走りたいレースがあるんだ」

『ええっ! そ、それは一体……?』

「凱旋門賞」

『…………。え、ええーーーーーっ!!??』

 

 




シンザンを凱旋門賞に走らせるというのは本作を書くにあたっての一つのテーマでした

だってワクワクするじゃないですか!
それでこそ「最強の戦士」の生き様として相応しいですから

そしてその戦士と相まみえるウマ娘とは……
そう、今なおフランス史上最強と言われるあの伝説の名馬です


よし、このペースでいけば、年内に終わらせられるな。多分……
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