ウマ娘プリティダービー『神馬』   作:K.T.G.Y

8 / 10
個人的にはもう少しシンザンと『シリウス』の絡みを書いてもよかったかな、とは思います

でも師走だからね。しょうがないね。年末進行真っただ中だからね

スマヌ……スマヌ……


渡仏

「どういうつもりだ! シンザン!」

インタビューを終え、控室に戻ったシンザンは頭に怒気が昇った武田トレーナーにどやされた。

「あんな事を宣言するなんて聞いてないぞ!」

「すまないね武田。これは私の我が儘だ。嫌ならトレーナーを辞めたっていい」

「馬鹿言え! ここまで来たら、おまえと心中するしかないだろう!」

「……武田は本当に甲斐性のあるトレーナーだね。それでこそ、だ」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

シンザンのまさかの爆弾発言に、そこにいたインタビュアーも、テレビカメラも、テレビを見ていた日本中の視聴者も驚愕した。

『どういう事ですか! 国内にはもう敵はいないから海外に挑戦するということですか!?』

「いや、そういう意味ではないんだ」

『では何故!?』

「私はね……思うんだ。いつか、日本のウマ娘達が世界を舞台にして走る事が当たり前になる時代が来るのではないか、とね……。

私はその先駆けになりたい。そして後を行くウマ娘達に道を作ってやりたいんだ」

 

シンザンが未来に飛んだ時、確かにウマ娘達を育てる為の技術と環境は充実していた。

しかし惜しむらくは、その羽を世界に飛ばすことなく現役を終えるウマ娘が多かった事だ。

事実、日本のウマ娘の実力が欧州より遅れていることは確かだった。

 

 

「私、凱旋門賞でエルちゃんを破ったモンジューさんが日本にやってくるって聞いた時、凄くドキドキしました」

「そうだね。資料を見ても、20世紀最後の最強の欧州ウマ娘などと言われている」

「そのウマ娘と戦って、もし勝てたら、日本一のウマ娘に近付ける……最初はそう思っていたんです」

「そうかい……」

「でもそれだけじゃなかったんです。私が背負うのは日本代表という旗だった。国の為に、みんなの為に負けられない……そんな想いがありました」

「オリンピックの日本代表と同じ心境だったんだね」

「その時です。ダービーで勝った時よりも、もっと、もーっと凄い力が出たのは! みんなの想いが私に勇気と力をくれたんです!」

 

スペシャルウィークのプロとしての人生は決して順風満帆ではなかった。

確かにGⅠで勝つなどそれなりの成績は残した。

しかし黄金世代ともいわれるライバル達に惜敗し、自信を失った。

迷い、悩み、苦しみ、立ち止まり、精彩を欠くレースをし、友人に罵倒された事もあった。

その中で迎えた大一番。日本総大将の名を背にし、最高のレースで最高の結果を残せた。

 

「私はシンザンさんみたいに強くはありませんけど、夢に向かって頑張り続けたから今の私があるんだと思います!」

「いい事だ。己を邁進する事は言われる程簡単ではないからね」

 

(……。ジャパンカップ、か……)

 

1981年、日本で設立された初めての本格的な国際GⅠレース。海外のウマ娘を招いての芝2400m。

だが、最初の頃は日本勢は負け続けた。連戦連敗、苦汁をなめ続けた。海外に追い付け追い越せは日本の一つのテーマとなった。

その目標に向かって強くあらんとした日本勢。その努力が遂に実を結んだのは第四回に優勝したカツラギエースだった。

翌年には無敗三冠ウマ娘シンボリルドルフが優勝している。

 

(こういうウマ娘が私の時代から輩出されなければ駄目だ。その為には私自身がその手本とならなければ……)

完全アウェイの舞台で、後を生きるウマ娘の追いかける背中になる。

 

それがシンザンが未来に飛び、過去に戻って来た時に決めた『夢』だったのである。

 

 

『……しかし、いかにシンザンさんといえど、果たして欧州のウマ娘に勝てるでしょうか?』

「いや、今のままでは勝てない。だから修行するよ。来年いっぱい使って。山に籠って、ね」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

かくして、年が明け、元旦にお参りに行ったシンザンは願掛けをした後、まだ雪が降りしきる中、山籠もりを始めた。

 

毎日のように山を昇り降りし、『型』を極めんと正拳突きや臍下丹田に気を鎮め五体を結ぶ事を憑りつかれたかのように繰り返した。

空気の薄い山頂で何度も肉体を虐め抜き、刀のように鋭い体を作らんと鍛錬に鍛錬を重ねた。

 

やがて、冬が過ぎ、雪解けが始まると、シンザンは滝に打たれ荒行を開始した。

冷たい水が全身に打ち付けるのを耐えながら、遥か遠い海外を見据えた。

 

時として熊や猪と戦い、勝利し、その肉を喰らった。

 

こうして瞬く間に月日が流れ、シンザンが山を下りた時。

 

 

怪物が、誕生した。

 

「シンザン……」

「待たせたね。さあ、仏に行こうか……」

 

こうして日本代表の名を背にし、多くの人々の期待を胸に、シンザンは遥か遠いヨーロッパ・フランスへ旅立った。

 

 

しかし、ここで問題が生じる。

当時の日本という国があまりにマイナー過ぎて凱旋門賞の出走資格がなかったのである。

「あれ……?」

 

慌てて陣営が権利を勝ち取ろうと走り回った結果、シンザンは前哨戦とされている『GⅡドーヴィル大賞』に出走することが決まる。

 

なおフランスのウマ娘協会が付きつけた条件は、優勝ただ一つ。二着では駄目という厳しい条件だった。

ここで負ければ全てが終わる。日本陣営は早くも背水の陣でこのレースに挑む事になった。

 

 

欧州のウマ娘達に交じって、敵地での前哨戦。信じるものは己の力ただ一つ。

 

黒髪のシンザンは、欧州の中では特に目立った。

 

「……おいおい、あいつは何をやってるんだ?」

「知らねーよ。座って寝てるんじゃないか?」

「あれが日本式だってのか?」

 

シンザンは出走のファンファーレが鳴る前、座禅を組み、目を閉じ、瞑想を始めた。

例え海外に来ても、シンザンはルーティンを崩さなかった。

 

そしてこの時、シンザンは特別な衣装を仕立て上げられており、それを身に纏っていた。

尻ほどの丈、黒字に紅葉、鶴、月、猪鹿蝶と花札の模様をあしらい、背中には日の丸が描かれた特注品。今でいう「勝負服」である。

現在では一流のウマ娘がGⅠ等で装着する勝負服であるが、その元祖こそがシンザンだったのだ。

 

「なんだ、あの田舎者は何をやってるんだ?」

「面白い、ちょっと脅かしてやろうか」

 

しかしここはフランス。完全アウェイである。心無いウマ娘がシンザンの動揺を誘おうと、背後に回り込み、蹴りをいれようとした。

 

ガンッ!

 

ドサッ……。

 

「……!?」

蹴りを入れて、逆に反動で尻もちをついたのは、蹴りを入れた方だった。

(な、何だ!? まるで岩を蹴っ飛ばしたみたいだったぞ!)

 

その光景を、観客席から見ていたフランスの記者が一人いた。

(……あの日本から来たというウマ娘、ひょっとすると、ひょっとするぞ)

 

 

そしてファンファーレが鳴り響き、シンザンはゆっくりと体を起こす。

他のウマ娘達がゲートに入っていく。シンザンは9番だった。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

ガコン!

 

そしてシンザンは抜群に上手いスタートダッシュであっさり先団の好位置を確保し、じっくりと前を見る。

2500mの長丁場。スタミナが要求されるレースだが、シンザンに緊張の二文字はなかった。

 

「おー、あの黒髪のウマ娘、やるなー」

「いやー、所詮最初だけだろ。フランスの芝には付いて行けないって」

「…………」

フランス特有の、長い芝と柔らかい土。タイムの出ない洋芝。必然的にミドルペースまたはスローペースになる。

 

そんな中、先団に取り付いたシンザンにまたしてもラフプレイが襲い掛かる。

そのウマ娘は、シンザンの横に並ぶと、タックルを仕掛けてきた。

「食らえっ!」

 

ガンッ!

 

「……!?」

しかし態勢を崩したのは、やはり仕掛けた方だった。シンザンは平然と走っている。

(な、何だこいつ……私は石像にでもぶつかったのか?)

 

レースは大方の予想通り早期に仕掛けるウマ娘がいないままダラダラと走る退屈なレース展開。

しかしその中、第3コーナーで早めに仕掛けに行ったウマ娘が一頭いた。

 

シンザンである。

 

『おーっと、ここでシンザン、早くも仕掛けた。日本から来た黒髪のシンザン、あっさりと前を抜いて先頭に躍り出た』

 

尚早だ。観客は思った。

しかし迎えた最後の直線。ウマ娘達が一斉に仕掛けるその中、シンザンはペースを乱さない。

 

この時、観客は頭に「???」を浮かべた。

おかしい。差が全く縮まっていない。

残り200mを切っても100mになってもシンザンとの差が動いていない。

 

「おい、どういう事だ!?」

「みんな全力で走ってる筈だ! どうして……!?」

 

走っているウマ娘も焦っていた。全力で走っているのに、シンザンとの距離が全く縮まっていない。

つまり、シンザンは欧州のウマ娘の全力と対等ということになる。

「何でだ!? 何で追い付けないんだ!?」

「GⅡとはいえ、このレースは凱旋門賞に殴り込みをかけようってウマ娘が集っている場だぞ!」

「あれが、東洋のサムライの走り……!」

 

『シンザン今一着でゴールイン! 文句なし! 凱旋門賞へと駒を進める貴重なレースをものにしました!』

 

ワアアアアアアアアアアッ!!

 

誰であろうと、勝者が全て。

シンザンには、観客席から惜しみない歓声と拍手が送られた。

 

 

結局そのまま2着と3バ身差で優勝。

しかも勝ち方は余裕たっぷりだった。

まさに横綱相撲。西洋風に言わせれば、玉座からの貫禄の勝利である。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

レース後、シンザンの走りの一部始終を見ていた記者は早速インタビューを試みた。

『初めての異国でのレースですが、どんな感想ですか?』

「やはり土の塩梅が違ってたね。ただ、みんな最後の直線に入ってからヨーイドンだと感じていたから先に先頭に立たせてもらって、後は流れでそのままってところかな」

『これで凱旋門賞へ駒を進める事が出来ましたが』

「私は物見遊山でわざわざフランスまで来たわけじゃないよ。やるからには勝つつもりで走る」

『ライバルはいますか?』

「うーん……詳しい事は分からないけど、シーバードってウマ娘が強いらしいから、彼女で」

『最後に、祖国の人々に一言お願いします』

「皆が期待に応えてほしいと願っている。その力を胸と背骨に付けて頑張るよ」

 

インタビューは武田トレーナーにも向けられた。武田曰く、本当にいつものシンザンだった、安心して見れた、と。

 

抜群のスタートダッシュで好位置を掴み、勝負所で抜け出し、各ウマ娘の脚色を見ながら、先頭を守ってそのままゴール。

まるで五冠を獲った時と同じような走りであった。

 

こうしてシンザンは通算16勝目。自身の連続連対記録を20に伸ばす。

 

フランス誌の『東洋の小さな国から来たサムライが、欧州のウマ娘達を近寄らせることなく斬り捨てた』という記事は大きな話題を呼んだ。

日本でもシンザンの勝利は伝えられ、日本中が彼女の戦果に沸いた。

 

 

ひょっとしたらこのまま凱旋門賞も……と、日本のファンは期待した。

だが一方で、フランスでは全然そんな事はなかった。

 

何故なら、その年には、あのシーバードが出走することが決まっていたのだから。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

シーバード。

今なお、フランス史上最強と言われる伝説のウマ娘。

通算成績8戦7勝2着1回。シンザンと同じく、連対率100%を記録している。

 

だが彼女が最強と言われる所以は、レースにおいてただの一度も本気を出したことがないということだった。

唯一の黒星も、「負ける経験がしてみたかった」と言い放つ程である。

 

一度彼女が直線を走れば外目だろうが何処だろうが内のウマ娘達を遥か遠くに置き去りにし、最後はソラを使ってゴール。

遠征した英ダービーでは「他の一流ウマ娘が一生懸命走っている人間の子供に見えた」「本気で走ったら10バ身は付いていた」という大楽勝劇。

初シニア級相手で、当時最強と言われたフリーライド相手のサンクルー大賞を箸にもかけない勝ちっぷりで優勝。

 

そしてシーバードの名が伝説となったのが、第44回の凱旋門賞だった。

フランスクラシック三大レースを無敗で制したリライアンス、ワシントンDC国際を勝利したダイアトム、

愛ダービーとキングジョージVI世&クイーンエリザベスSを連勝し波に乗っているメドウコート、

アメリカからは最優秀クラシック級ウマ娘に選ばれたトムロルフが遠征し、

今なおソ連時代から数えて歴代最強と言われるアニリン、という錚々たる顔ぶれであった。

 

しかしこの「二度と見られない豪華メンバー」と評されたレースにおいて、シーバードは文字通り『無双』する。

最後の直線を向いたところでシーバードとリライアンスが並び、更に後方からは各国の強豪ウマ娘が……、という状況で、

シーバードは一人だけワープでもしたかのように後続を引き離し、挙句後ろのウマ娘を弄ぶように斜行してそのままゴール。

観客席の人たちは全員あっけに取られ「この世のものとは思えなかった」と評する人までいた。

シーバードが伝説になった瞬間である。

 

彼女のトレーナーは言った。

「シーバードに勝てるウマ娘がいるとしたら、引退したイタリアのリボーぐらいなものだ」と凱旋門賞二連覇を成し遂げたウマ娘を引き合いに出した。

 

1965年にはイギリスで一度しか走ってないにも関わらず英の年度代表ウマ娘に選ばれている。

 

 

こうして生きる伝説になったシーバードだが、「ここまで来たら凱旋門賞を二連覇してほしい」という仏ウマ娘協会の思惑と、

「もう一度シーバードのレースを見てみたい」というファンの願望から、現役を続けることになった。

 

 

しかし、人々の希望とは裏腹に、シーバードの心は乾いていた。

 

凱旋門賞を間近に控え、フランスのマスメディアが連日シーバードの近くを群がり続ける。

それを無視するように、練習場を走るシーバード。

 

(……退屈だな)

 

もはや彼女には「どれだけ手を抜けば負けることが出来るのか」「誰なら私の心を満たしてくれるのか」という空虚な思いしかなかった。

モチベーションの低下、と言えば聞こえは悪いが、それでも勝ててしまうのがシーバードなのである。

 

彼女は直近のメディアに対してこう答えた。

「次の凱旋門賞すら、私にとっては消化試合だ」と。

 

天才であればある程、それが崩れた時は脆い筈。なのに願っても想っても一向に崩すような相手は現れなかった。

このまま終わるのか……。終わってしまうのか……。

 

シーバードは天を見上げながら思った。

空は青く、雲は白い。この世界の果てに、自分を負かす程の実力者がいないかとありえない妄想を張り巡らせながら。

 

 

(……天よ。何故私に走りの才を与えた……)

 

 

そして、1966年の秋、第45回凱旋門賞当日を迎える……。

 

 

 




あくまでifですが、シーバードとフランケルが戦ったらどっちが強いでしょう

近代の結晶と説明不要の伝説、時代が変われば馬も変わる筈です

それでも私はシーバードが勝つと思います。まあフランケルに凱旋門賞経験はありませんが
ロンシャンの芝で最後に斜行かましてゴールするような馬の前ではフランケルといえど勝てないと思います

作中でも述べましたが、シーバードに勝てるとしたらリボーぐらいじゃないでしょうか
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