もしこの名馬がウマ娘となって共に走ったら……
ifストーリーではありますが、対決相手としてはこれ程のカードはないと思ってます
伝説に挑むために地獄を渡ったシンザンがどういう走りをするのか……
それが少しでも伝わったら幸いです
パリ、ロンシャンレース場は熱気に包まれていた。
もう一度シーバードのレースが見られる、そんなファンがレコード記録に成程詰めかけたのだ。
去年はおよそ5万人だが、今年は間違いなくそれ以上である。
この時、シーバードはフランス大統領から直々に仕立てられた勝負服に身を包んでいた。
その輝きは他のウマ娘とは一線を画していた。
しかし他のウマ娘はシーバードを負かす気満々である。
特にシーバードがいなければ凱旋門賞最有力候補と言われた仏代表ボンモーは強い敵意をぶつけていた。
(あいつには絶対負けない……!)
各国の代表ウマ娘達も、打倒シーバードを掲げこの日の為に虎視眈々と牙を研いできた。
(シーバードは半年以上レースから遠ざかっている。モチベーションも低い。そこを突けば、勝てる!)
トレーナー達は一様にそう言いながら指導してきた。
「…………」
しかし当の本人は何処吹く風とばかりに空を見上げ雲が泳ぐ様を見つめていた。
(仮に勝っても、何も得られないレース、か……)
周囲からの視線を肌で感じながらも彼女の未来は虚ろの先にあった。
勿論一番人気は断トツでシーバード。二番人気はボンモー。
そして三番人気は……、
「おい、あの黒髪の奴は何をやってるんだ?」
「知らないのか? あのサムライ、ドーヴィルの時もああやってたんだぜ」
「レース前に座ってたら脚が動かなくなるだろう。馬鹿なのか?」
そう、シンザンである。
既にシンザンは瞑想状態にあり、芝の上で目を閉じ、空気を感じていた。
するとそこに、一羽の鳥がやってきて、シンザンの肩に乗った。
二羽目もシンザンの肩に乗る。
三羽目もシンザンの前に来て、クルッポーと鳴いている。皆リラックスしている様子だった。
「ふふふ……困った来客だね。ほら、こっちにおいで」
シンザンは鳥を手招きすると、ひょいっと掴み、体を撫でてやった。飛び立つ気配はない。
「……餌でもあればよかったんだけどね。持ってなくてすまないね」
その光景がいかに異様なものであるか、気付いていたのはごく少数であった。
「まさにお天道様の手のひらだなあ」
武田はそう言った。
「信じましょう。大一番で一度も負けたことのないシンザンの力を」
「あいつなら必ずやってくれますって」
栗田や中尾も勝利を期待し見守る。
その姿を一目見ていたシーバードだが、
(レース前に鳥と戯れるとは……。レースというものがどういうものか、知らない様だな……)と視線を逸らした。
そして、遂にファンファーレの時が訪れる。
拍手と歓声がロンシャンを包んだ。
「さて、行こうか……」
シンザンがゆっくりと身を起こす。鳥たちがバサバサと飛び立っていった。
『お待たせしました皆さん、歴史と伝統、そして世界最高の王者の決定戦とも言えるこの凱旋門賞が今年もやってきました』
『一番人気は勿論フランスの、いや、ヨーロッパの、いやいや、世界の至宝シーバード。今日はどういったレースを見せてくれるのか』
『このウマ娘に土を付ける者は現れるのか、遠い異国の地から舞い降りたサムライ、シンザンも注目です』
この時、シーバードはやや外枠の11番。ボンモーは中枠7番。シンザンは隣の8番だった。
そして凱旋門賞と言えば、意図的に出場したペースメーカーがいるレースである。
勝つつもりはない。どれだけレースを引っ掻き回せるか。
例えプライドを捨ててでもその任務を完遂しなければならないことを、名もなきウマ娘は知っていた。
世界最高峰の大一番。今年はどんなドラマが待ち受けているのか。
枠入りは順調そのものだった。
だがこの張り詰めた緊張感を楽しめるウマ娘が果たしてどれほどいるのか……。
『さあ態勢完了!』
「…………」
「…………」
「…………」
ガコン!
『スタートしました! 全員揃った綺麗なスタートだ。さあ、まずは誰が行くのか……』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この時、ペースメーカー役を命じられていたウマ娘は先頭でレースを引っ張るつもりでいた。
しかし彼女を追い抜いて先頭に立ったウマ娘がいた。
『なんとシーバードです! シーバードがレースを引っ張ります!』
観客は動揺した。長らくレースから遠ざかっていたからか、掛かってしまったのか……。
(馬鹿め! 自滅しやがった!)
(これで最後の直線まで脚を溜められる!)
後ろのウマ娘達は内心ほくそ笑んだ。
しかしシーバードは余裕だった。
(少し、遊んでやるか……)
凱旋門賞は外コースを走り、ホームストレッチは存在しない。
スタート後、数百メートル走ると中山以上の高低差の坂を駆けあがり、下り坂の後はコーナーから名物のフォルスストレートに入る。
最後の直線はおよそ500m程度。極めて脚に負担が掛かる厳しいコースだ。
そんな中、シーバードは坂を駆け上がりながら後続を引き離す。
番手までおよそ5バ身の大逃げだ。
掛かっているとはいえ、相手はシーバードである。楽に逃がしていいものか……。
後続のウマ娘達は迷う所だろう。
やむなくペースメーカー役が追走し、尻を突く形となる。
これでペースを乱してくれれば儲けもの。だがこれだけで充分だろうか……。
(おい、お前が行けよ)
(なんで私なんだ。おまえが行けって)
(……ふん、何を考えてるのか丸分かりだな。普段から社会的無責任さを謳歌している連中は、何をやるにせよ結局他人任せ。
他人が作ったレールに乗り、自分の成果だと勘違いする……。愚かな……そんなウマ娘が、私に適うと思っているのか……!?)
シーバードは苛立った。あれ程自分を負かす気で乗り込んできたくせにもう自分の力で勝つという目標意識を失っていることに。
これだけハンデをくれてやっているのに足元を小人のように叩く事しか出来ない連中ばかり。一流とは程遠い。
『さあシーバードが早くも坂を駆け下り、コーナーに入ります』
『後続は慎重ですね。やはり直線まで我慢しているのか』
そもそもロンシャンは逃げる事が非常に難しいレース場である。
フォルスストレートは内ラチ沿いに走る事が難しいし、最後の直線も長い。
いかにシーバードといえど、この距離はセイフティリードではない筈。観客席の人々は不安がった。
「おいおい、大丈夫なのかシーバードは」
「大丈夫だろ。だってシーバードなんだぜ」
一方、誰の興味にも触れられないシンザンは、いつもの通り、抜群のスタートダッシュから先団の好位置をキープしていた。
「シンザン、落ち着いてますね」
「こんな走り難いレース場なんて日本にはねえよ。ハンデもいいとこだ。くそったれ」
「ハンデ? 上等じゃないですか。ここから勝ったら格好いいですからね」
観客席で武田、栗田、中尾が見守る。
この5万人超の観客席、誰もがシーバードの勝利を願っている。応援は自分達三人だけ。後はわざわざ日本から出向いてくれたテレビだけだ。
(そんな事ないよ……。みんな祈ってくれている筈さ……私の勝利をね)
国民が総出で信じてくれている。シンザンの勝利を。
それはシンザンにも間違いなく届いていた……。
『さあ、ロンシャン名物のフォルスストレートをシーバードが駆け抜けます。先頭は依然シーバード』
『来た来た! ここで後続が上がってきました!』
最後の直線前、後続が一斉に仕掛ける。シーバードとの距離はぐんぐん縮んでいく。
「…………」
その中、シンザンは静かに体を外に持ち出した。
「捕らえたぞ! シーバード!」
遂に背中に手が届きそうなほどの距離までボンモーがやってくる。他のウマ娘も既に射程距離内だ、そう確信していた。
……筈だった。
「貴様ら勘違いしてないか? 私はあくまで、直線で勝負するウマ娘なんだぞ」
「何ぃ!?」
「引き立て役ご苦労。では、さらばだ」
そしてシーバードは、強く、脚を踏み込んだ。
瞬間、ロンシャンの空気は息を吸い込まれるように削られた。
シーバードは、「ウマ娘と人間の子供の差」とまで称された脚で、まるでワープしたかのように後続を一瞬にして置き去りにした。
ワアアアアアアアアアアッ!!
観客席から大歓声が上がる。
「これだよこれ! これが見たかったんだ!」
「やっぱりシーバードだよ!」
『シーバード、満を持して後続を引き離す! まるで脚にニトログリセリンが仕込まれているようだ!』
『フランスの至宝の人知を超える末脚! これが世界一の走りなのか!? 後ろとの距離は開く一方だ!』
「そんな……そん……」
ボンモーは青ざめた。シーバードの走りは嫌というほどビデオで見てきた。猛練習もしたし、対策も立てた。
しかし、実際にレース場で走る彼女とのいかんともしがたい実力の差を身をもって今思い知らされる。
(こんなにも差があるのか……あれはウマ娘なんかじゃない。化物だ……!)
一方、シーバードは冷めきった表情で走っていた。
またしても本気を出すことなく終わってしまった。またしても価値のないレースになってしまった。
(終わったな……。さて、後は適当に流すか……)
ぞわっ。
「……!?」
脚の力を緩めようとした瞬間、背後からとてつもないオーラを感じ取った。
(なんだ今のプレッシャーは!? 誰だ!?)
シーバードはギリギリ背後が見えるくらい視線を送った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「素晴らしい……」
刹那1秒。シンザンはシーバードの走りに感動した。
シンザンはシーバードの走りを知らない。ただとてつもないウマ娘という事しか知らない。
だがその走りは、とても力強く、激しく、一流のウマ娘が走るのが馬鹿らしくなる程の圧倒的なものだった。
(やはり日本を飛び出してよかった……。世界にはこんなにも凄いウマ娘がいるとは……)
凱旋門賞。遥か遠い異国の大地で行われる最強を決める一戦。そこに今、自分がいる。自分が、走っている。
そして、日本にはいない凄いウマ娘がいる。
彼女と同じ舞台で走る事が出来る自分が、確かに今ここにいる。
そこにあるのは、『感謝』であった。
道は自分で作るしかなく、続く保証は何処にもない。そんなすぐに崩れそうな道の先に、これ程の相手がいたのだから。
(有難うよ神様。生涯最後になるかもしれないレースに、こんな相手を用意してくれた事を……)
「さあ行くよ!」
シンザンもまた、脚に力を込めた。武田が『鉈の切れ味』と褒めてくれた脚を伸ばして。
『いや、違う! シーバードに迫るウマ娘が一人いる! シンザンだ! 黒髪のシンザンだ! 日本から来たサムライ、シンザンだ!』
実況も度肝を抜かれた。
何と力強く、そして美しい走りであろうか。そのウマ娘が、物凄い勢いでシーバードに迫っている。
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!
「な、なんだあいつは!?」
「シーバードより速い……? そ、そんな馬鹿な!?」
観客席の民衆もあっけに取られている。シーバードの走りを見に来た筈なのに、シーバードが勝つところを見に来た筈なのに、目が逸らせない。引き寄せられる。
「いけー! シンザンー!」
「頑張れー! シンザンー!」
たった数名の応援する声が木霊する。武田達だ。
きっとテレビを通して日本中の人間もシンザンを応援している事だろう。
「どうだフランスめ! これがシンザンだ! シーバードを倒せる世界で唯一のウマ娘だ!」
武田が拳を握りながら叫ぶ。
そしてその差が、詰まる。詰まる。詰まる。
「……!?」
遂に、シーバードとシンザンが並んだ。
世界一のウマ娘の喉笛まで辿り着いた瞬間だった。
「……さあ楽しもう世界チャンピオン。この直線は、私とあんたの二人だけのものだ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「くっ……!」
全く予想だにしない出来事にシーバードは動揺する。頭は混乱している。喉はカラカラだ。ただ走る脚の感触だけが脳内に響いている。
(なんだこのウマ娘は……!)
「負けるなーシーバード! おまえはフランスの至宝なんだ!」
「世界一のウマ娘なんだ。負けるんじゃねー!」
しかし最早そんな観客席の声もシーバードには届いていなかった。
(……手が震えている。涙が出そうなのが分かる。これは、感動……なのか……!?)
天に祈り、渇望した、自分が本気を出せるような相手。それが、確かに今、自分のすぐ傍にいる。
だが……、
どくん……どくん……。
心臓が蠢いている。
(何だこれは……これは、まさか恐怖……! 怖い……? 私は負けるのが、怖い……!?)
あれ程乾いていた砂漠のような心に、水が残り、豊かな草原のように変わっていく。
それは、自分があれ程追い求めてやまなかった『強者』の登場だった。
しかし、その感動を味わう余裕がない。噛み締める余裕がない。喜ぶ余裕がない。
なんと矮小なことだろうか。なんと見苦しい姿であろうか。
会話を交わさずとも分かる。
彼女は、地獄を超えてきた。勝ちたい。優勝したい。その願いを叶えるために、彼女は地獄を超え、海を渡った。
ならば自分がすべき事はただ一つ。王者という立場から、玉座を賭けて死闘を行うことだ。
なのに……。なのに……。
(まだだ……! まだ何も始まってはいない! まだ何も……終わってはいない!)
「うああああああっ!!」
シーバードの全身に魂が焔となって燃え上がる。それは生まれて初めての体験。己が本気を出したことの証明だった。
事実、二人と三番手以下の着差は離れる一方だった。
5バ身差……8バ身差……とうとう10バ身以上まで広がる程に。
しかしどれほど本気の走りをしても、追い比べでシーバードは、シンザンを引き離せていない。
ここにきてシーバードの経験不足が仇となった。
ただの一度も本気を出したことのない走り。それは彼女にとって未知の体験であり、同時に付け焼刃であったのだ。
(苦しい……本気とは、こんなにも苦しいものだったのか……!)
走りでは誰にも負けないという自負があった。しかしそのメンタルは、何と薄っぺらく、幼子のようである事か。
『なんという事でしょう。私達は今、シーバードと互角に渡り合えるウマ娘を目の当たりにしているのです!』
『もはやウマ娘の走りではありません! まるでロケットエンジンが二つあるようです!』
実況が愕然とする。世界の至宝が無名のサムライと寸分差もない勝負を繰り広げているのだから。
「おいおいおい、まさか、シーバードが負けるのか……?」
「そんな筈は……いや、でも、これ……」
観客も顔面蒼白になりながらも必死に声援を送り続ける。あれほど恋焦がれたシーバードの走りなのに、最早意中はシンザンの方だ。
そして遂に、シンザンがシーバードを躱し、先頭に躍り出る。
観客が悲鳴を上げる。間違いない。あの異国から来たサムライは、シーバードより上なのだと。
(……嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 負けるのは……嫌だ!!)
ぶちん。
その瞬間、シーバードの中で何かがキレた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ああああああああっ! ああああああああっっ!!」
シーバードの走りのギアが更に上がった。まるで脚が爆ぜるようなとてつもない勢いだった。
「な、何だありゃ!?」
見てる側も騒然とする勢いだった。しかし、その走りは暴走に近い。
そしてシンザンを再度躱し、先頭に躍り出る。
そう、それは俗に言う
ウマ娘のレースに限らず、アスリートの世界では極限まで心身が集中すると凄まじい力を発揮する者がいると言われている。
曰く、ボールが止まって見えた。
曰く、蹴ったボールの軌道が蹴る前から分かった。
曰く、次に相手が動く様が未来視したかのように理解出来た。
常人には理解できない境地であり、筆説も困難だが、本当にそんな現象が起きるとされている。
だが、代償として莫大な体力と精神力を消費し、甚大な消耗から選手寿命を削るという諸刃の剣でもある。
同時にその領域を堪能したが為に、その域でなければ満足できない体になってしまい、迷走し、遂には元のプレイまで忘れてしまうという説もある。
「…………」
しかしシンザンは冷静だった。あの狂気のような走り……。傍から見れば分かる。
(そうか……。あんたは入ったんだね。『神の域』に……)
シーバードの極限状態が伝わってくる。もう二度と走れなくなってもいい。だからありったけを振り絞る。その覚悟を感じ取る。
だがシンザンはそれが嬉しかった。それほどまでに力を出さなければ勝てない相手だと認めてくれた事に。
すう……。
シンザンはわずか一息ではあるが、静かに呼吸を整えた。
臍下丹田に気持ちを鎮め、五体を結ぶ。幾度となく繰り返してきた境地。鍛錬に鍛錬を重ねた果てに彼女が生み出した世界。
そう、シンザンもまた、
まあ彼女の場合、『自ら領域に入る』のではなく、『領域が向こうからやってくる』という境地ではあったのだが。
しかしシンザンはそれを良しとしなかった。
(私は人だ。神ではない。最後は神の力など借りない……。最後は私の、私だけの全霊を持って……勝つ!)
「いざ、勝負!」
そして今一度足を力強く踏み込む。シンザンもまた、ギアを更に上げた。
そして瞬時にシーバードに並びかける。お互いの命を削っての追い比べだ。
この時、遠い日本からモニターで実況していた男は叫んでいた。レースがないというのに観客席は大入り満員。場のボルテージは最高潮だった。
「何という! 何という! ドラマチックなレースをするのでしょうシンザン! 何という走りをするのでしょうシーバード!
まさに命を燃やし! 体熱き血駆け巡り!
ワアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
「勝ってくれー! シンザンー!」
「負けるなー! シーバード!」
フランスの地と日本の地がこの時一つになった。互いの代表選手の勝利を祈って、喉が枯れるまで叫び続ける。
「「はああああああああああああっっっっ!!!!」」
そして二人は、音も光も置き去りにする勢いで、ゴール板を駆け抜けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ワアアアアアアアアアアアッ!!
ワアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!
「どっちだ!? どっちが勝ったんだ!?」
「同着じゃないのか!?」
「いや、シーバードだろ」
「シンザンじゃないのか」
二人は、全く同じ速度で、ゴール板を通った。この時点では誰にも勝者がどちらかなのか分からなかった。
『接戦です! シーバードとシンザン、二人同時にゴール板をもつれるように駆け抜けました!』
『写真判定になるでしょうが、これは時間が掛かりそうです』
「はあっ……! はあっ……! はあっ……! はあっ……!」
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
お互い何とか呼吸を整えようと必死になっている。
だが消耗が激しいのは明らかにシーバードの方だった。
「ぐっ……ぅ……っ!」
立っていられず、内ラチに寄りかかり、がっくりと膝を付く。体を起こそうとするも、全く起き上がれない。
「大丈夫か!? シーバード!」
たまらずトレーナーが駆け寄る。
「はあっ……! はあっ……! み、みず……っ!」
「水か!? ああ、ここにある。飲むんだ」
「んっ……うぐっ……ぶはっ! げほっ! げほっ!」
「しっかりしろ! 落ち着いてゆっくり飲むんだ!」
「はあっ……! はあっ……!」
(ま、負けだ……私の完敗だ……!)
この時、シーバードは自分が負けたと本気で思っていた。
最後の最後、とてつもない力が出せた記憶はある。だがそれ以降の意識はない。
横を向く余裕はなかった。たまたま力尽きる前に、運良くゴール板を過ぎていただけだ。途中で倒れていてもおかしくはなかった。
「情けない走りを……してしまった……」
誰にも負ける気はなかったし、負ける要素もなかった筈だった。
そんな中巡り合えた最愛とも言える最高の相手。それを噛み締める余裕は微塵もなかった。
(だが悔いはない……。こんな相手と戦えたんだ。今はその喜びを、味わうとしよう……)
「有難う。シンザン……」
一方でシンザンである。
肩で息をしており、見るからに満身創痍といった状態で、ふらふらと観客席の武田達の元へやってきた。
「シンザン……」
「武田、栗田、中尾……。謝まない。負けてしまったよ……」
「え……」
「シーバードの方が5cm先にゴール板に届いていた。奴さんの勝ちだ」
5cmとか何で分かるんだよ、と思うかもしれないが、それが分かるのがシンザンというウマ娘だった。
「…………。そうか……」
「さて、いつまでも敗者がレース場に居てはいけないね。控室に戻ろう」
「分かった……。シンザン」
「んん?」
「……お疲れ様」
「ああ……」
ちなみに完全に戦意喪失し、両者から数秒後にゴール板に辿り着いたボンモー達は、
「やってられるか! あんなのウマ娘じゃない! 神か悪魔だ!」
と悪態をつきながら地団太を踏んでいた。
そして長い長い判定結果を観客が固唾を飲んで見守る中、遂に判定は出た。
一着:シーバード
二着:シンザン
ワアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
大きな歓声が上がった。
判定が出した差は僅か数cm。その小さすぎて大きすぎる差が、両者の明暗を分けた。
『勝ったのはシーバード! 遂に凱旋門賞二連覇という快挙を成し遂げました!』
『シンザンが100%の力を出したのに対し、シーバードは120%の力を出した。それがこの僅かな差を生んだのでしょう』
『ですが素晴らしいレースでした。世界の至宝はこの年、間違いなく二人いたのです』
『昨年がシーバードが伝説になった凱旋門賞ならば、今年は二大巨頭が伝説の座を賭けて戦った凱旋門賞だったわけですね』
一方、日本のファンはブーイングの嵐だった。
「何でや! シンザンの方が一着やろ!」
「フランスのボケナス供め、シーバードを勝たせるために依怙贔屓しよったな!」
「アカン抗議の丸刈りしてまう!」
「ワシ全裸になるわ!」
結果が出た後、シーバードはフランスの報道陣に囲まれた。
『おめでとうございますシーバードさん。今のお気持ちをお願いします』
『去年が二度と見られない顔ぶれだったのに対し、今年は二度と見られないレースでしたね』
「…………」
だがシーバードからすればこの結果は到底許容できるものではなかった。
(勝った……? 私が……? あのレースで……? あの内容で……?)
フランス陣営が自分を勝たせるために肩入れした、シーバードはそう思った。
「……違う」
『え……』
「違うんだ! 私は勝ってない! 私にこれ以上惨めな思いをさせるな! 今日勝ったのは……シンザンだ!」
時を同じくして、シンザンは日本の報道陣のインタビューに答えていた。
『残念な結果に終わってしまいましたね』
「故郷に錦を飾る事ができなかったね。応援してくれた人々には申し訳ないと思っている」
『何をおっしゃいます。あなたを罵倒する日本人なんてこの世にいませんよ』
「結果は結果だよ。真摯に受け止めるしかないさ」
『有馬が終わった後の発言からおよそ一年が経ちました。その頃とお気持ちは変わっていませんか』
「ああ。そうだね。確かに優勝する事は出来なかった。だが道を作る事は出来た。日本のウマ娘達が勇気を出して海外に挑戦するという細くても崩れない確かな道をね」
『その想いは、現実になりましたか』
「ああ。きっと伝わってくれる筈さ。そしていつの日か、凱旋門賞を獲る日本のウマ娘が現れるかもしれない。その時が来るのを楽しみにしているよ」
「シンザン!」
そこへ報道陣を掻き分けるようにして逃げてきたシーバードがやってきた。
「おや、シーバードじゃないか。優勝おめでとう」
「シンザン……」
「まず初めに、貴方をレースを理解していないウマ娘だと思っていた非礼を、心から詫びさせていただきたい」
「ふむ……」
「私は、ずっと乾いていた。生涯本気で走ることなく終わってしまう悲しさを抱え、自分を負かす程のウマ娘を待ち望んでいた」
「そうかい……」
「走っている時は実感はなかった。だが、今だからこそ思う。最後の直線は、とても楽しく、有意義なものだった……」
「そうか。私は期待に応えられたんだね」
「有難うシンザン。貴方は私にとって、最高の『親友』だ!」
そうして、シェイクハンドを求める。
「はは、世界一に求められたら応じないわけにはいかないね」
そう言って、シンザンはその手を握り返す。
二人の固い握手は写真に撮られ、翌日の新聞の一面記事になった。
「私はこれで引退してしまう」
「そうだね。私も引退だ」
「だが、いつの日か、互いの線が一つに巡り合う事を祈る」
「それなら日本においで。観光するところはいっぱいあるから」
「じゃあシンザンもまたフランスに来てくれ! 観光名所と、とびっきりのフランス料理でもてなそう!」
「うん。約束だ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
シンザンがフランスを旅立つ当日、シーバードは見送りに来た。
土産屋の品を買い占める勢いで大量に持たせて。
また会おう。二人は誓った。
飛び立つ飛行機を、シーバードはいつまでも見つめていた……。
日本に凱旋した時、シンザンには盛大な拍手が送られた。
だが本人は「負けてるからそこまでしなくていい」と驕ることはなかった。
生涯成績21戦16勝二着5回。21戦連対の日本記録を仏で更新。
1966年には日本で一度も走ったことがないにも関わらず年度代表ウマ娘になる。
三年連続年度代表は日本記録であり、今もなお破られてはいない。
66年の年度代表候補だったコレヒデはシンザンの受賞に悔しさを滲ませたが、
「悔しいけどシンザンさん相手じゃしょうがないですね」と報道陣に答えた。
1967年にはウマ娘として史上初の国民栄誉賞を授与されている。
まさに文字通り栄誉ともいえる賞なのだが本人は、
「ふーん、まあくれるんならもらっとく」とサバサバしていた。
1984年には設立された顕彰ウマ娘のうち、10名の中の一人に選出されている。
シンザンとシーバードが競い合った第45回凱旋門賞は伝説となり、ビデオ化されて世界中の人々の目に入る事になった。
2000年に行われた、URA主催の「Millennium Campaign」で公募され、
ファン投票で選ばれた「20世紀の名ウマ娘100」では、第7位に選ばれている。
本人は、
「1位に決まってるだろ。……なんてね、私が過去の遺物にならなきゃこの世界は発展しないよ。上が育つ事はいいことさ」と答えている。
その代わり、20世紀最強ウマ娘を関係者が挙げるという雑誌Numberの企画で、シンザンはシンボリルドルフに三票差をつけて一位に選ばれている。
後に武田トレーナーは、
「ハイセイコーがスターなら、シンザンはヒーロー」と評し、
評論家で有名な大川慶次郎氏は、
「私はね、シンザンが好きではなかった。嫌いだった。レースを練習代わりに使うなんてね、ファンを馬鹿にしてますよ。
でも彼女が凱旋門で走った時には「行け! 行け!」って応援してましてね。今思えば愛憎入り混じった感情だったんでしょうね」と答えている。
月刊トゥインクル初代編集長の石中友一は、
「人によって最高の意味は違う。しかし私はシンザンこそ日本史上最高のウマ娘だと思っています」と語っている。
個人的にはシングレの『領域』描写は苦手です
ていうか、シングレ自体が苦手です
だってあれ、キャラのガワだけ借りた別人だらけじゃないですか
ウマ娘ファンを馬鹿にしてますよ。パロディとしてなら理解できますが
作画担当の「リボンの武者とはねバド読んでから吹っ切れて刃牙とヘルシング読みながら連載開始しました」発言なんて、あれ程公式が細心の注意をはらいながらシナリオ書いているのにおまえときたら……と思ってしまいました
(なお、私は公式原理主義者というわけではありません)
まあウマ娘の二次創作しているおまえがいうな、と言われたらそれまでなんですけど
だからこそシンザンはその域に入らせる事はしませんでした
何故ならシンザンはヒーローであり、結果に飢えて我を忘れる事はせず、名声の為ではなく信念の為に走る、等身大のウマ娘にしたかったからです
さてさて、シンザンの物語は後一話で終わりにさせられそうです
もう少しだけお付き合いいただけたら幸いです