地獄物件   作:仮想音楽売買所

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怨霊満員御礼タワーマンション

 『事故物件』という言葉は知っているだろうか?

 告知義務を有する物件、即ち以前にそこで亡くなった者がいる物件の事だ。

 

 では、『地獄物件』とは何か?

 それは、地獄と現世を繋ぎかける程に最厄(さいあく)な事故物件の事を指す。

 

 それらの物件は、一度でも賃貸人を挟んだからといって告知義務が解除される通常の事故物件とは比較にもならない厄ネタである。

 

 日本人なら誰しも知っている事だ。

 

 …日本に長く住んでいるのに、地獄物件なんて聞いたことがない?

 ならばきっと貴方は、この世界に存在する日本とは別の日本に住んでいるのだろう。

 2010年に極左政党の扇動により、貧民による共産主義者のための大暴動が起き、それを封じる為に超法規的措置として、自衛隊が最高指揮官である総理大臣に反旗を翻し、特殊部隊が内閣を制圧すると共に、警察と協力してデモ参加者を抹殺し平穏を取り戻したのが、この世界の日本だ。

 

 その影響として、以降の日本は自衛隊と警察が国のトップとして互いに競いながら治めていたが、2020年に両組織は合併。

 『国防警察』として再誕した。

 国防警察の仕事は、当初自国の反社会存在や他国から国家を護る事だったが、2021年に日本人の富裕層の撲滅を願う統合左派『日本人をブッ壊す党』通称『日壊党』が世田谷区の民家で殺害事件を繰り返し、それらを繋いだ八芒星(オクタグラム)で怪異を呼ぶ地獄の門を開けた。

 

 拡散される呪いの病『新型感染症詛呪・殺難(コロナ)

 これらは世界中に拡がり、収束の様子を見せず、今も尚世界で猛威を振るっている。

 この詛呪は、そのまま消えるような怨霊に力を与えて、実害ある悪霊として固定化させ、有害事故物件を生み出す呪いだ。

 不思議な事に、日壊党の様な霊的な大規模テロリズムは日本だけでなく、世界で同時多発的に発生しており、世界中に影響のある組織が、日壊党の上位組織として存在するのではないかと仄めかされている。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、地獄物件は事故物件の中でも業が深いものが多いが、必ずしもそうであるわけではない。

 通常の事故死や孤独死であっても、死者が生前に高次の霊能力者であった場合には、その者の性質によっては極めて危険となる場合もある。

 ましてや、特殊な死亡例と特殊な死が絡めばこれらは容易に起こり得る。

 例えば、日壊党の残党が国防警察を装い、神社を占拠して神主一族を殺した際に発生した『水池(みずち)神社開門事件』だ。

 この事件では、生き残った神主一族の双子の姉妹の姉が瀕死の状態で地獄の門を開いた。

 犯人グループは直ぐに全滅したが、それで事件は終わらなかった。

 軍魔県(旧群馬県)は、元の地名すら呪われてしまい、地域全てが事故物件と化す大厄災となった。

 最終的には、本物の防衛警察の秘匿部署として参加した人員が、双子の妹に強制的に門を閉じさせて解決した。

 

 この事件を受けて日本国政府は、全国民に対して日壊党員に対して人権を剥奪し、害獣として自由抹殺許可を出すと共に、日本国民の軍魔県への居住を放棄。

 現在では、人が住むことを放棄した超大規模の原子力発電所として存在して、青森から山口までの電力を賄っている。

 不思議なことに原子力発電所は、地獄の存在を押し返す効果があり、作業員が偶に発電所から離れた場所で首を吊る以外には大きな問題は起きていない。

 これは、原子力により死亡した者は幽霊として顕れる事は無いという、二度の米国の実験結果とも合致していた。

 

 

 

 当時の防衛警察秘匿部署員として獄門閉鎖作戦に参加した円尾マリオは退職して、神主一族で唯一生き残った元巫女である水池百花と共に、小さな不動産会社を設立していた。

 

 彼等の不動産業は特殊で、値段が付かない、又は著しく低い事故物件を買い取り、御祓いしてから売るというものだった。

 

 金を払うから御祓いだけしてくれと頼みに来る不動産業者は多いが、一部の例外を除いて断っている。

 理由は、その方が利益になるからだ。

 

 

 

 

 今回買い取った物件は、東京にあるA区のとある事故物件だ。

 タワーマンションの総会に乱入した日壊党の残党の外国人グループが、総会に参加した人々を皆殺しにして、被害者の持っていた鍵を使って部屋に押し入り、その家族を人質兼生贄にして、平行世界の彼等と同じ思想を持つ魂を呼び込んだ。

 

 その結果、様々な並行世界の極左テロリストの魂がタワーマンションの全戸に入る事となった。

 

 流石にこうなると、住民()が場を穢し、穢れた場が更なる怪異を生む結果となり、マンションそのものが地獄の門となるのは時間の問題であった。

 

 このまま持っていては、責任が取れなくなると旧所有者は無料に近い値段で丸尾に売り払った。

 当初丸尾は劣化ウラン弾専用拳銃『リロウボゥ』『フアッティマ』で、二階までの異世界テロリストの霊(住民達)を撃ち抜いていたが、直ぐに新たな住民が入居してくる為に、効果が無かった。

 

 しかし、それで手詰まりといった訳にはいかない。

 買い取った以上は、そのマンションが地獄の門と成り果てれば、責任は丸尾のものになるからだ。

 

 普通、ここまでのサイズの地獄物件は中々お目にかかれない。

 鏡にあの世にいるべき住人が映るとかではなく、全戸満員御礼であの世の住人だらけだからだ。

 多くの生者が殺された会議室では、魂となった古今東西のテロリスト達が現政権を転覆させる会議を生前と同じ様に話し合っている。

 会議室を聖水手榴弾(ホーリーグレネード)で一層しても、新たな顔ぶれがそこに呼び寄せられるだけで埒があかない。

 

 

 

 そこで丸尾は、嘗て霊峰と高名であった廃神社の御神体を持って来た。

 そんな事をすれば、その廃神社があった場所と新しく置かれた場所はどちらも凄まじい局地的大神災に襲われる事となるが、毒を以て毒を制すには仕方ない事だ。

 

 その神社は、嘗て聖戦で国の為に命を落とした英霊を祀る神社の一つであったが、余りにも辺鄙な土地に建てられた為に、信仰を集められずに廃神社と化した。

 

 その御神体を山頂から持ち帰り、丸尾は住人を再殺(除霊)しながら非常階段を駆け昇り、屋上に辿り着いてそれを掲げた。

 

 それを確認した百花は祝詞を捧げた。

 護国の鬼として召喚された様々な時代の戦士達は、様々な手段で異界のテロリスト達を殺して回った。

 毒ガス、直刀、小銃、様々な手段で、霊が霊を殺していた。

 そして、遂にそれらの兵を動かしていた形無き()が降臨する。

 廃神社として長く過ごしたせいで、その存在は邪気さえ感じるものであったが、堕ちても腐っても護国神。

 

 自国に仇なすと判断した者全てに悲惨な消滅を与えていった。

 元の地獄とはまた別の地獄が発生していた。

 

 

 そして、神の意識は生者、即ち日壊党の残党と丸尾に向かった。

 丸尾はイタリア人の父親を持つ。

 所謂ハーフである。

 日本人の血が流れていなければ敵と見做す護国神は、丸尾を異物として認識した。

 既に外国人の血が流れている残党は悲惨な目にあっており、純日本人の残党はそのまま生かされている。

 それを見た丸尾は、自分は神に前者にカテゴライズされると理解していた。

 

 丸尾は「勝てねえな」と諦めて、煙草を取り出した。

 目の前に煙が広がる。

 

 丸尾は、まだ煙草に火を点けてもいない。

 その煙は、煙草の煙ではなかった。

 その煙は、人の(かたち)をしていた。

 その煙は、丸尾の知る誰か達に似ていた。

 実家にある遺影に映った顔と、防衛警察を辞める前に見た顔に似ていた。

 

 祖母の父親の写真に似た男と、水池神社獄門閉鎖作戦に共に参加した一つ上の先輩と、後は知らない者も数人いた。

 

 

 

 恐らく曽祖父らしき男は、丸尾の前で神に対して土下座していた。

 丸尾の先輩であった男は、丸尾に近付くと煙とは思えない干渉力で丸尾を地面に叩き付けた。

 

 

 丸尾は頭を床に押し付けられていたが、余りの怪力に動かす事すら出来ない。

 動かそうとしても、擦れた額から血が滲み出るだけだった。

 丸尾の顔は血よりも涙で濡れていた。

 

 

 丸尾は、直ぐに冷静になって状況を理解していた。

 昔、生きていた頃の先輩に、同じ事をされた覚えがあったからだ。

 丸尾が仕出かした際に、自分の教導が悪かったとして、先輩は丸尾を無理矢理土下座させながら頭を地面に叩き付け、自分も土下座してその責任を一人で負う事を上司に願い出た。

 

 あの時と同じだった。

 丸尾には霊の声は聴こえないが、恐らくかつてと同じ事をしているのだろう。

 

 しかし、相手はドSな上司ではない。

 荒ぶる神だ。

 不出来な部下が頭を十回程度地面に叩き付けられるのを見たくらいで、溜飲を下げたりはしない。

 だからだろうか。

 丸尾は何度も何度も地面に頭を叩き付けられた。

 そして、意識を失った。

 

 

 

 

 

 丸尾が意識を取り戻した時、全ては終わっていた。

 霊はテロリストも英霊も関係なくいなくなっており、気配が収まった御神体が目の前に頓挫していた。

 

 周囲を見渡すと、どう見ても生きられない程全身を千切られて尚生きている残党が、三人程精神崩壊したまま笑っている。

 半ば神域で殺生は良くないが、生きていられないはずの者が不自然に生きているのも、また良くない事だ。

 落ちていた煙草を拾い、火を点けて加えると、丸尾は残党に向けて拳銃の引き金を二度引いた。

 放射線により粉々に砕かれた魂の残光が、空に登る途中で舐め取られる様に消えた。

 まだ生きている一人は、横で仲間が二人死んだというのにまだ笑っていた。

 完全に壊れていたのか、笑いながら泣いていた。

 

 直後、待ちかねたのか屋上に上がって来た百花に大丈夫だと微笑むと、丸尾は空を見上げて先輩である累に感謝した。

 

 

 

「死ねば良かったのに」

 

 いつも悪者振っていた先輩の口癖が、耳元で聴こえた気がした。

 丸尾は空に煙を吐いて、「嫌ですよ。先輩のシゴキはキツいんですから。もう少し現世(こちら)で休ませて下さい」と苦笑いした。

 そしてもう一度引き金を引いた。

 先程と同じ様に砕けた魂は、何かに咀嚼させるように空に滲んで溶けた。


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