みんなが楽しくハッピーに過ごす自由な一時、昼休み。
しかし、俺はいまとんでもない修羅場の真っ只中い居た。
「喜多、少しいいか」
「え? よ、吉田くん?」
俺自身、修羅場の真っ只中という感覚はないのだが明らかに周りがざわつき始め俺を見る目線が鋭くなっていた。
俺が話しかけた人物──喜多郁代もまた、話しかけられるとは思っていなかったのか驚きの表情が窺える。
なぜこんな強面ぼっちがクラスの人気者に声をかけることになってしまったのか、それは僅か数日前に遡ることとなる。
* * * *
「と言う事で第一回結束バンドメンバーミーティングを開催しま〜す! ハイ拍手! パチパチ〜」
伊地知先輩の元気な声がSTARRYに響き渡り、後藤や山田先輩も続けて拍手をしている。そして、なぜか全員の視線が俺へと注がれておりしばらくの沈黙ののち俺も小さく拍手をする。
本来なら開店前の準備をする時間なのだが、なぜか俺は伊地知先輩に引っ張られ結束バンドのメンバーミーティングに参加させられていた。
「あ、あの伊地知先輩?」
「ん? どうしたの吉田くん」
「俺って要ります? 結束バンドのメンバーじゃないですよね?」
「吉田はぼっちの補佐役」
「ほ、補佐ですか?」
「そうそう! ぼっちちゃん、どうしても吉田くんも一緒に〜って言ってたし。ね! ぼっちちゃん!」
「あっ……はい……」
なるほど、学校でも唯一少しまともに話せる俺をここに置く事で少しでも話をスムーズに進行しようと言う魂胆か。しかし、伊地知先輩達であればそこまで話に詰まる事はなさそうだが……まぁ保険だと思えばいいだろう。
「分かりました、でも店長が帰ってきたら怒られるの俺って事考えてますよね?」
「……思えばあたし達そんなに仲良くないから何話せばいいか分かんないや」
おう、この人わかりやすく話逸らしたぞ。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね……いや、普通に分かるか。
取り敢えず俺は帰ってきた店長にしばかれるのは確定された。
そんな俺の絶望も知らぬ顔で山田先輩がスッと大きなサイコロを取り出す。それってバライティーとか宴会とかでやる奴では? しかも何そのバンジージャンプって。
「何が出るかな? 何が出るかな?」
「でででんでんでででんでんでん」
伊地知先輩がサイコロを投げると、最終的に『学校の話』という話題の目が上になる。この話題は俺と後藤詰みなのでは?
「学校の話、略してガコバナ〜!」
「語呂悪っ!」
「はいどうぞ」
「そして振りが唐突?!」
「ええっと……あ、そういえば二人とも同じ学校」
後藤がハッとした声で二人を交互に見る。このまえ自己紹介された時に言われていたが、後藤には言ってなかったのだろうか。
「そう、下高」
「二人とも家が近いから選んだ」
「二人とも下北沢に住んでるんですか?」
「そうだよ。あれ? 二人とも秀華高でしょ? 家ここら辺じゃないの?」
「あっ、いや……県外で片道二時間です」
「え?! 二時間?!」
そう、この後藤ひとりの実家は下北沢から約二時間の神奈川県に位置している。そういえば、親父の実家も神奈川だった気が……いやいや、流石に神奈川だとしても近所にはならないだろ。
「高校は誰も自分の過去を知らない所に行きたくて……」
「はい! ガコバナ終了〜! っと、そういえば吉田くんの家はどこにあるの?」
今ものすごくついで感を出されてきかれているが、さすがに後藤の作り出したこの空間には耐えられないのはわかっているので知らないふりをしながら会話を続ける。
「そうですね……俺は元々下北沢がら少し離れた場所に住んでたんですけど家庭の事情って奴で俺も県外に行くことになりまして。奇しくも後藤と同じく二時間かかります」
「な、なんて偶然……」
「まぁ俺も過去を知らない人がいる高校を選んだんですけどね」
「はい、今度こそ終了〜!」
すみません伊地知先輩、ぼっちは大抵そんなもんなんです……いや、そうでもないか。俺と後藤が変なのか。うっ、急に胃が!
それから音楽の話しへと移り変わり、そこでも後藤の一人ワールドが展開され結束バンドなのに結束していないことに笑ってしまい伊地知先輩に叱られてしまった。
というか、伊地知先輩は子供っぽいと言えば子供っぽいのに何故か母性が溢れている。そう、言うなれば下北沢の大天使ニジカエルと言ったところだろう。
そして後藤がサイコロを振ると『ライブの話』というマスが出たが、そのタイミングで店長にお呼ばれしてそれ以降のミーティングに参加することはなかった。
清掃中に後藤がこちらに助けを求めてくる様はなんとも面白かったが、ぼっちの同士であるためその気持ちは痛いほど分かる。頑張れ後藤。
* * * *
「……大丈夫か、後藤」
「ううっ……バイト嫌だ……働きたくない……社会が怖い」
バイト終わりの帰り道、俺の隣を歩く後藤は明らかにゲンナリしていて今にも溶けそうだった。
その原因はメンバーミーティング中、バンドのノルマを支払うためにバイトをする提案をされ断れない性分の後藤はSTARRYで働くことが決まった。
伊地知先輩や山田先輩、俺もいると言うのに当の本人は先程から同じセリフを何度も譫言のように呟いている。いや、そろそろ怖くなってきたのでやめて貰えないですかね?
「大丈夫だって、俺とか結束バンドの二人も居るし……な?」
「ううっ……それでも怖い……」
「はぁ……あ、そういえばボーカルがどうのって話はどうなったんだ?」
結束バンドは前回はボーカルなしのインストバンドと言うやつらしく、伊地知先輩達はボーカルを入れたしっかりとしたバンドをしたいらしい。
「あ、その……STARRYで募集する……って話に」
「募集ねぇ──そういえば、俺のクラスに歌上手いって奴がいるから聞いてみるか?」
「い、いいの?」
「まぁ、後藤が結束バンド続けるためだしな」
「な、なら聞いて見て欲しい……かな」
「おう」
* * * *
そして、現在に至る。
「……周りがうるさいな」
「え? そ、そうかな?」
「場所、移せるか?」
「え?!」
周りの視線が余すことなく俺に注がれている。目立つのが苦手かつ、ヒソヒソ話をされるのが苦手なので喜多に場所の移動を提案してみたのだが……だれだ「カツアゲだ」とか言った奴。
しかし、このままでは話すに話せない……。
「タイミング悪かったか?」
「えっと……そう言う訳じゃなくて……」
俺の顔をチラチラと見てくる喜多。おそらく、喜多も周りと同様カツアゲされると思っているのだろうか。流石にこんなに人がいる中でカツアゲなんかする勇気はないし、する気もない。
「因みにカツアゲではないからな?」
「へ? ち、違うの?」
「少し相談事ってやつだ」
「そ、そうなのね……でも相談ならここでも」
「こんなに見られてて落ち着いて相談なんてできると思うか?」
「そ、そうよね!」
喜多はガタッと席を立ち上がると、友人に一言声をかけると俺の手を引き廊下に出た。
珍しく廊下に人気は少なく、ここなら多少聞かれても大丈夫そうだ。
「そ、それで相談っていうのはなにかしら?」
「ああ。俺のバイト先の先輩がバンド組んでるんだがボーカルが居なくなっちまったらしくてな。喜多、ギターできるし頭上手いって話したがら頼めないかと」
「へぇ〜、ちなみにどんなバンド名なの?」
「バンド名は『結束バンド』でメンバーは下高の二年の先輩二人と俺の友人が一人。下高の二人は人辺り良いし大丈夫だと思──「ごめんなさい!」へ?」
「私、そのバンドには入れない」
「え? ちょ、待っ……」
「そう言うことだからー!」
なぞの捨て台詞を吐き何処かへと走り去っていく喜多の背中を眺めながら、俺は唖然とするしかなかった。
「どう言う事だってばよ……」
ガックリと肩を落とし、自分の机へと静かに戻る。
その日、なぜか俺は喜多に告白をして盛大に振られた男として学校の中でちょっとした話題となったのはまた別の話である。
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