夢倉ノゾミ、着任
……私は拒む、一つの神託を。
……私は逆らっている、アイの古則を。
接続パスワード承認。
「不完全な方舟」へ行ってらっしゃい、■■■■。
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「……私のミスだった」
美しい。
巻き散る鮮血にそんな感想を抱いてしまったのは、まだその不謹慎も理解できない年頃だったからかもしれない。
ただ、血を流すことの意味自体は、からがら察することができてしまった。
「私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況。――結局、この結果に辿り着いて初めて、あの時間違えたことを悟るなんてね」
滴る朱は、地べたに強烈な印象を残す間もなく洗われていく。
濁った水溜まりの上で、三発の弾痕が刻まれた液晶は雨を弾いている。
目の前の男――見慣れない性別の彼が、こちらを振り向く。その意外な表情に、呆然とするしかなかった。
「図々しいかもしれないけど、聞いてくれるかな? ■■■■」
驚くほど穏やかで。柔らかくて。温かくて。
全く現状に沿わない顔と声音だった。
「きっと私の話なんて大して気に留めないのだろうけど、それでも構わない。何も思い出せなくても、多分君は同じ状況で同じ選択を――ううん。同じ状況には、ならないだろうから」
焼き切れた肌。ボロボロに焦げたシャツ。胴体に小さく空いた、しかし明確な絶望を突き付ける穴。
それをまるで息災のように張りながら、彼は告げる。
「だから大事なのは、経験ではなく選択。君にしかできない選択の数々――」
今更なことだ。選択に選択を重ねた終着点。
数多の人々の想いと、言葉と、行動。そして交わりがもたらした終幕。
それが、今のあなたではないか。
血まみれになってまで、前に立って庇うあなたではないか。
「責任を負う者について、話したことがあったね。大人としての責任と義務。その延長線上にあった私の選択。――でも君は、それに頷かなかった。闇雲に否定せず、貫き続けた信念を、私は最後まで理解してやれなかった」
ふと、ようやくその眼を視た。
諦めではない。訪れようとするものを受け入れながらも、何かを見据え続ける、矛盾した瞳。
「だから、■■■■。私に寄り添わない不屈の意志を抱える君になら、この捻じれて歪んだ先の終わりとは、また別の結果を……そこへ繋がる選択肢は、君にもきっと見つかるはずだ」
屈託も名残も一切ない微笑みが、強く胸を締め付ける。
そんな男の背後、黒いスーツの銀狼が。彼とは真逆な瞳と銃口を無造作に突き付ける。
駄目……だ。ダメッ……!
「だから■■■■、どうか……」
「先生ッ!」
乾いた撥音。
優しかった最期の言葉は、自分の意識と共に闇に吸い込まれて――――消えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……ミ」
底辺に沈んでいた意識が、何か、音を認める。
「……ノゾミ、起きてください」
あー、うーん……待って……今起きるから……。
「
「ひゃいっ!?」
ゆっくりと浮上していた意識が外から無理矢理引き上げられる。
「なになになによ、なんなんよ?」
「聞いていましたか? と言うより、聞いていませんでしたね?」
おぞましいほどに暗い部屋の中、不気味に浮かぶホロスクリーン。そこに映し出されている鬼の形相に、思わず冷や汗が垂れる。
「い、いえ。モチロン聞いていましたとも!」
「……本当に?」
「はい! 不肖わたくし、目も耳もたっぷり節穴空けていましたとも!」
「じゃあダメですね」
確かに!
頭上のヘイロー――何だかモシャモシャした見た目の
「そうですね……また鼻提灯を見せられても困るので、問答形式にでもしましょうか。――ではまず、私の名前は?」
「はい! ………えっと確かー、裸はエッロ?」
「
「ニアミスですね」
「考え得る限り、いえ、想定外で最悪な間違いです」
溜息を吐くエンラさん。幸せも一緒に逃げちゃいますよ? なんて言ったらまた怒られちゃうかしら。
「次、この空間の名称及び特徴は?」
「はい! ――ここはトワイライト・エス・ファンタジア。迷える子供たちに本来与えられるべきであった祝福を補填するべく設立された、夢と希望を掲げる最終救済機関です」
「全て合っていません」
「勢いじゃ誤魔化せなかったか……!」
さっきまでとは違って上手く取り繕えていたと思ったのに。
蒼のウルフカットをクルクルと弄るエンラさん。見るからに整えていた髪が崩れちゃいますよ? なんて言ったらまた怒られちゃうかしら。「整えていた髪が崩れちゃいますよ?」
あ。
「……何ですって?」
「いやその、髪型メイクネイルアイロンがけと、随分手入れされているなと思いまして」
「……そうですか。…………わりと見ているのね」
うわごとのようにぼやかれても機械を通しているため聞き取れない。思考を巡らしている、ことだけは読み取れた。
「ここは、『リミナル・ティムナトセラ』と呼ばれる極秘監査機関です。私はその幹部に当たります」
「極秘? 監査?」
「銃火器の使用が横行される『キヴォトス』において、異常な武力抗争が確認された際に介入する完全な第三者機関。と言えばわかりますか?」
「すごくわかりました」
胡乱な瞳が刺さる。要は多岐に渡る問題が見受けられたら手段問わずやめさせるってことだろう。何だかその『問題』というやつの判断が難しそうだが。
因みにキヴォトスというのは、幾千にも及ぶ学園が集う広大な都市の総称である。あまり馴染みのない場所だ。
しかし、ねぇ。
「発言よろしいでしょうか」
「急に真面目ですね。許可します」
「お言葉ですが、私の記憶違いでなければキヴォトスには決して少なくない警察能力を有する団体が存在しているはずです」
「ここもその一つ、という解釈だけでは足りませんか?」
「パンフレットを見る限り、そうあるべき理由に心当たりがありません」
機関の性質上か、存外わかりやすく情報が記載されていた。学園の名前、特色、官職の生徒。都市の統括を担う連邦生徒会のことまで詳らかに書かれている。
だからこそ感じるのだ。別にうちのような例外的な機関を設立する意味はないのでは? と。
エンラさんは顎に手を当てて熟考する。話す内容を纏めている? あるいは、選んでいる……?
なんてね。
「……先程述べた通り、ここは極秘であり、機関です。ノゾミが思い浮かべていたのは、恐らく連邦生徒会やヴァルキューレ、少し規模が小さいとSRTなどなのでしょうが、それらとは一線を引かれた役割と形式を持つとされています」
「されています。とは?」
「はい?」
「誰がそんな風に定めたんです? 極秘なら大抵の学園、しかも監査という名目を顧みるに連邦にも素性を掴ませてはいないはずです。いつ誰が、どんな経緯で取り決めたんですか?」
おお、しかつめ女のぐぬぬ顔。良い良い良いよ、良いですよ。私にだって使える頭はあるんだから。
「……賢い質問ですが、前提が間違っています。ティムナトは公に認知されていないものの、連邦生徒会からの許諾は得ています。監査権限を認めてもらう上では必須でしょう?」
「ふーん……まあそうかも」
公認でない組織が「お前ヤベエって!」なんて喚いたところで蚊にも劣る煩わしさだろう。暗に連邦自体への監査にも効力を持たせる事情も含まれているのだと解釈しておく。
「話が逸れました。次の質問です。あなたがこれより担当する任務は何でしょう? これは簡単ですね」
「はい! ……え、え? 私今日初任務?」
「は? あなた、一丁前なのは返事だけですかさっきから?」
「いやだって、私今しがたここに召集されたんですよ? 赴任か編入かもわからない扱い受けてこの仕打ちはないですって」
生徒として編入、でいいのかな。学園じゃなくて機関らしいけど。
わざとらしい咳払いをして、エンラさんは不機嫌そうな声音をつくる。
「表向き、メンバーは――SRTと類似して――連邦生徒会直属の生徒という体裁になります。本来生徒が享受すべき教育の大半はそちらに委託することになりますから、特に心配要りません」
「つまり?」
「成るように成る」
「あれまぁ……」
ちょうど連邦は行政制御権を唯一保持している。安易に所属を公表することを避けるには、その対応が最適か。
「さて、記念すべきノゾミの初任務ですが――それは、『連邦生徒会長失踪事件の調査』と『シャーレの調査』です」
「ほーう……うちは人員不足か何かで?」
「正しくは少数精鋭です」
新入りに二つ同時に任務を与えるなんてどうかしている。しかも言葉の響きからしてなかなか重そう。
「何故私が?」
「勅命だからです。監査長からの」
「監査長? 一度も会ったことないくせに?」
「名誉なことですよ。そのような物言いは……」
嘘でしょ、私がおかしいの? 面識ない人に評価される気味の悪さと言ったらないだろうに。
「数週間前から行方不明となった連邦生徒会長。幹部のリンさんから情報提供を申請しましたが、元手がてんやわんやしているようですね、これといった資料はありません」
「ならもう少しお偉いさん方の捜査が進んでからにするべきでは?」
これは正論だろう。と思ったが、相手は意にも介さない。
「そして。そのフィクサーとして選ばれたのが、『先生』と呼ばれる成人男性。あなたと似た境遇で、会長直々の指名だったそうです」
成人男性……ってことは、私と
「彼は連邦捜査部『シャーレ』の担当顧問にも当てられています。超法規的機関であるシャーレは、ごく一部の例外を除きキヴォトスに存在する全学園の生徒を制限なく加入させることが可能で、各学園自治区で制約無しに戦闘活動を行うことができます」
「その例外っていうのは、聞くまでもないか」
なるほど、だから実質うちと提携しているのか。私たちが武力抗争に介入できる所以は、シャーレの権限と通じているわけだ。
「でも、随分乱暴な組織を立ち上げたもんですね」
「連邦生徒会長が主導したそうです。……理由も明かさずに」
なになになによ、なんなんよ。よくそんなんで今まで会長を全うできたものだ。まるで報連相がなっていない。
「言いたいことはわかりました。連邦生徒会長の捜索はともかく、先生とシャーレの調査については試験監督のようなロールを任せたいと」
「そういうことです。して、今まさにそのきっかけとして非常に相応しいタイミングがやってきています」
「……? どういうことです?」
何食わぬ顔で、エンラさんは告げた。
「今現在、外郭地区が襲撃を受けています。目的はシャーレ部室の占拠と推定。これの対処を以て先生との関係を構築するのが、任務遂行の足掛かりに推奨されています」
「しゅ、襲撃!? おいおいおいって、穏やかじゃないって」
ツッコミどころが多すぎる。……もしや、その襲撃といい私の招集といい、既に既定路線外なのか?
「さっきと話が矛盾していません? 連邦生徒会は私たちの動向を認知しているんですよね?」
「表向きは、と説明したはずです。実際のあなたの所属はあくまでリミナル・ティムナトセラであり、連邦生徒会に伝えてある趣旨は、『基盤の脆弱なシャーレへの助っ人』。監査対象にこちらの魂胆を易々と打ち明けるわけないでしょう?」
「あー……ああはいはいそうですか」
いつもの調子も崩れるよこれは。一種の潜入捜査をリハーサルも無しに? 馬鹿げている。
そんな私をこうも杜撰に送り出す心。今までの会話にヒントはあったな。
「裸さん。さすがに監査長のお墨を過信しちゃいないですかね?」
「次その呼び方をしたら絶対に口利きませんよ」
口利かなかったら利いてくれるまで居座ってやる。
「それほどまでに、監査長の実権は堅固なのです。連邦生徒会長、今だと先生なんかと比べれば、ガキ大将の我が物顔が通る程度ですが」
「話聞いてる感じそうでしょうよ」
日向を連邦、日陰をティムナト。そんな印象がもう私の中では根強い。
「拒否権は、ない……?」
「無論です」
「……わかったよ。でも戦術とかはあんま詳しくないよ? 1vs1が精々」
「最初の段階で戦闘の必要はありません、寧ろ避けてください。独りでに悪目立ちをするわけにもいきませんから」
「じゃあどうすれば?」
「最優先は先生との合流。彼から指示を仰いでください。待避を命じられてもできるだけその後のコンタクトはできるように」
「戦闘参加の場合は?」
「……」
「戦闘狂じゃないんだけど、私」
どちらかと言うとスローライフ志望。
「
「殺されるって、誰に?」
「さあ、誰でしょう? 敵か、世界か、――――あなた自身か」
なになになによ、それっぽく決めちゃって。
嘆息を置き土産に足を動かす。
結局事前説明はほとんど無しか。当該目標の方針から察するに、臨機応変などと宣いたいのだろう。
資料を表示。――情報がリアルタイムで更新されるハイテク物だ。戦況が画面に映し出される。
へー、主犯候補は停学中の生徒。先日矯正局を脱走した、肝が据わっている。――巡航戦車! こりゃ賑やかな演目になりそうだね。
「健闘を祈っています」
「祈るのがあんたの本業だもんね」
「……その威勢が砕けることも祈っておきます」
「たははー、んな簡単に折れるわけないでしょ」
そう、折れるわけにはいかないんだ。
私は、すっかり馴染んだ得物を手に取る。
何だかちょっと浮ついているような気もするけど、悔しいかなエンラの言う通り。成るように成る。
この都市にはどんな子たちがいるのかな。とりあえず謎の真相はどうなんだろう。任務ってどんくらい苦労するのかな。
――先生って、どんな人なのかな。
思い、馳せる。その原動力を滾らせる限り、私自身に不足はない。
大丈夫――――私には、鎖に等しい言葉がある。
「
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「な、なに、これ?」
現状を最も効率的に表現する言葉がそれだった。
「なんで私たちが不良たちと戦わなきゃいけないの!」
機銃から発せられる乾いた音。砲弾がビルに突っ込む鈍い音。そのどれにも掻き消されない迫真の声で叫ぶのは、ミレニアムサイエンススクールの生徒会会計、
彼女は学園の、いや多くの学園の代表として、連邦生徒会に直談判(通称鬱憤晴らしの苦情)をしに来たはずだった。
学園都市のそこかしこで急激に件数の増えている混乱。実際ミレニアムも自治区の風力発電所がシャットダウンした経験が新しい。
しかしいざ出張してみれば、いつの間にか戦場の真っ只中に立たされる始末。どうしてこうなった。
「サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すためには、あの部室の奪還が必要ですから……」
傍らでユウカの悲鳴に反応した彼女、ゲヘナ学園風紀委員会の一人である
彼女の言うように、自分たちは半ば強引な連邦生徒会からの指令でここに立たされている。最終目標はサンクトゥムタワーの制御権奪還。直近目標は、『先生』をシャーレ部室へ無事送り届けること。同胞もいない中急ピッチで対応するには骨の折れる任務だ。
何やらシャーレ部室に保管されている「ある物」があれば万事解決らしいが、そこら辺は先生の手腕に依拠するだろう。
「――私これでも、うちでは生徒会に所属していて、それなりの扱いなんだけど……痛っ! あ、あいつら違法JHP弾使ってるじゃない!」
「ユウカ。ホローポイント弾は違法指定されてはいません」
うちじゃこれから違法になるのよ!
癇癪を起している琴線が再び刺激され、思わず背後を一瞥する。
トリニティ総合学園、正義実現委員会副委員長、
「あの建物の奪還は絶対とはいえ、最優先すべきは先生の安全です」
「ハスミさんの言う通りです。先生はキヴォトスの外から来た方ですので――――私たちとは違い、弾丸一つでも生命の危機にさらされる危険性があります」
「……分かってるわ。先生、先生は迂闊に戦場に踏み入らないように。私たちが戦っている時は安全な場所に、」
「いや、私が指揮する」
凛とした、低い声。
チナツではない。ハスミでもない。当然、先程アイロニカルな態度丸出しだったリンでもない。ヘイローを漂わせる戦姫たちにはとても発せない芯の太い声は、しかし棘がなく、肩が脱力するのを自覚する。
「せ、先生?」
錯覚してしまうほど、余裕のある表情だ。あたかも自分らと同じように、銃弾の雨を浴びようと仁王立ちを貫けるのではないかと。
それがユウカたちの、初めて見た大人の勇姿だった。
「大丈夫、任せて欲しい。――――今からは私の指示に従って」
続くとしたら、なるだけメインストーリー準拠です。
あとこれ重要なことですが、見切り発車なだけあって自分は全く銃火器関連の知識を持っていません。なので言わばミリタリー的な要素・用語はほとんど触れることができません。雰囲気作品になります。