無事シャーレの部室の奪還に成功した一行。リンから合流の通達を受けた先生は、建物の守衛をユウカたちに任せ中へ入る。
良く言えばさっぱり、悪く言えば殺風景な景色が続き、
「……何なのか、……れでは壊そうにも」
通路とは打って変わった地下の暗室に降りたところで、見覚えのある怪しい生徒と出くわしてしまった。
とりあえず、生徒には挨拶からか。
「やあ、さっきぶりだね」
「あら――?」
白けた空間で浮く少女――ワカモはこちらを振り返り、目に見えて動揺する。
「あ、ああ……」
「どうしたんだい。ワカモ」
「なまっ……し、失礼しましたー!」
刺激しないよう慎重に声を掛けたつもりだったのだが……彼女は脱兎の如く、いや、脱狐の如く逃げ出してしまった。
「……?」
呆然と、唯一の出入口を見やる。事なきを得た、ということにしておこう。案外あの子も、悪い生徒ではないのかもしれない。
よし、リンを待つか。そう切り替えようとした時――。
「……!」
カチャリ。
身震いしてしまうような冷たい
それに対し先生は、ゆっくりと両手をあげるだけだった。
「おー、最善手イイネー。大人の貫禄ってだけじゃなさそうだ」
物騒なものを突き付けている自覚があるとはとても思えない陽気な声。
彼女の言う通り、先生は状況を見極めた上で動じなかった。無理に抗おうとすればその時点で沈められるだけ。かと言って怯えていたら、段々冷静な思考を保てなくなる。
どのみち撃たれる可能性もあるのにすぐに逃げないのか? あり得ない。もしそうならもう殺されているはずだ。
そして――こちらから喋ってはならない。
「でもでもでもさ、詰めが甘いよ。コンコン君がいた時点で『既に敵が潜んでいる可能性』を考えなきゃ。護衛に適任なのは、ツーサイドアップ君かな」
色々と言いたいことはあった。その呼び名――恐らくワカモとユウカのことだろうが――は何なんだ。どうして二人の名前と特徴のみならず戦闘スタイルまで把握している。などなど。
しかし現時点で、その質問の価値は低い。
「君は一体、何者なんだ?」
「コンコン君の仲間とは思わない?」
「ワカモとは入れ替わるように出てきたからね、隠れてたんだろう。目的もわからなきゃ応えにくいから、一応聞いてみたんだ」
理に適った質問。こちらの命を手中に収めた彼女は言葉を詰まらせる。
「それは、……ああ確かに。どうしよう考えてなかった」
「え……」
「いや、待って。やり直そう」
なかったことに――できてないまま咳払い。
再び響く声は、トーンが一段低かった。
「貴方を殺す」
「……」
「って言ったら?」
「本当にそう考えているとは、思えないかな」
「そうだね! その通りだよ本来は」それをわかっているから、ついさっき『最善手』との評価を下したのだとばかり思っていたが。「だけど、私がそんなこともわからない唐変木だったとしたら?」
「君は、そうじゃないんだろう?」
「仮定の話だよ。誰もが合理的で最善主義なわけじゃない。第三者に知らしめたい、情報を引き抜きたい、ただ格好つけたい。無駄に見える現状にどんな事情が秘められているかなんて測り知れない。だって、」
「だって君たちは、
「正解! クレバークレバー、わかってるぅ」
本当に、嬉しそうに跳ねている。靴が床を小突く高い音が反響した。
「さっきのコンコン君がいい例だよね。ここが目的なら君たちと交戦する必要はなかった。即座に君を撃ち抜けば良かった。でもそうしなかった、できない事情があったのか生まれたのか、将又敢えてそうしたのか。戦場でさえ、重大な非合理は茶飯事ってこと」
「だからここで、私は君に殺される?」
「うーん。それだと面白くないんだなぁ」理由は当然、「私、子供だから」
「なるほど。勉強になるよ」
「んん? 勉強になる? どういうこと?」
「生徒と関わる上で大事なことを、また一つ知ったから」
余程意外だったのか、饒舌だった彼女の口が忽然と止まる。
「…………あれま。こりゃ一本取られたよ。君も随分非合理だ!」
少女は短い思案をし、パッと表情を明らめる。
「良いことを思いついた。――君が条件をのんでくれたら、私は二度と君に関わらないと約束するよ。どう、チャーミングな提案だと思わない?」
「それは……内容によるかな」
自分の命という、超重量と釣り合う天秤の対岸。相当なものが用意されているのだろうと、彼の脳が警鐘を鳴らす。
選択を、間違えるな。
こちらの準備を待っていたかのように、少女は一呼吸入れて、告げた。
「生徒一人の命」
「……!」
「誰でもいい、何なら君に選ばせてあげるよ。連邦の誰かさん、さっき戦った仲間、――面識のない子なら、罪悪感も湧かなくていいんじゃない!」
至極快活な声で、絶望的なことを語る。
急速にロジックが展開される。自分が消えれば、再びキヴォトス全域は混乱に陥るだろう。リンの話していたことが大袈裟でないなら、自分は子供たちが是が非でも縋りたい藁のような存在。先のような入り乱れた戦線で溢れかえってしまうのは想像に難くない。
少女の言う通り、自分が知っている生徒は六名のみ。資料で顔を確認した生徒も母数に対してごく僅かだ。加えて、そもそもこの少女が対象を仕留めそこなう可能性だってある。強力な生徒を指名すれば、返り討ちを期待できるかもしれない。
所詮自分は、外部から招集された非力な男だ。職務を全うするために、取るべき選択は明らかだった。
「お断りだ」
「……そう。どうして?」
静かに、冷たく問いかけられる。
今更迷いなどない。彼は明確な本心を赤裸々に打ち明けた。
「私は、みんなの『先生』だから」
「……」
「子供を守るのが、大人の義務だよ」
毅然と言い放つ。
見るべきものを間違えるな。自分が守っていくべきなのは街じゃない。街で生きる生徒たちだ。
幾千の生徒を守り、導くという使命。
だからこそ自分は、『先生』として招かれたのだと確信する。
その時点で、答えは一つしかあり得なかった。自己保身のために生徒を見捨てるような大人は、先生失格なのだから。
「――なるほど、良くわかったよ。そっか、それが君の根源。君が招かれた素質であり資格……。へー、良くわかった」
回答を吟味し、何かに納得した素振りを見せた少女は――しかし、改めて得物を構える。
突き刺すような視線に、背筋がひりついた。
「じゃあ、約束は約束だよ。未知なる教え子にさえ、どこまでも献身的な君に贈るささやかなプレゼントだ」
後悔はない。――わけではないけれど。
他にこれ以上の選択肢はない。自分にできる精一杯だった。
呆気ないものだ。自分にも戦う力があれば。なのに確かに迂闊だった。脳内を負の感情が駆け回る。
その洪水に終止符を与えるように。
室内に、乱暴な銃声が轟いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「
頭を叩く衝撃は、覚悟していたよりずっと軽く。
かと思えば、頭頂を伝って何かが視界の上部からぶら下がってきた。
これは、紙テープ……?
「えっと……?」
「どうどうどう、どうでした? 一世一代のお祝いドッキリ。一生忘れられない思い出になったでしょ!」
呆然と立ち尽くしていると、声の主がこちらの視界に回り込んできた。
黒いインナーをアクセントにした柔らかな白のハーフアップ。チェックの入った焦げ茶のケープは性格に合っているのか怪しい落ち着いた雰囲気を醸し出し、ネイビーのショートパンツから覗く健康的な脚は、意外にも肉付きがしっかりしている。
そんな彼女の武装は多種多様。長物を背負い、両腰両腿それぞれに異なる性能の銃器を拵えている。
「これ見てくださいよ、自信作なんです! 銃の型なんて簡単に入るから、それを改造して作ったんですよ」
じゃじゃーん、と。得意気に見せびらかすのは彼を襲った正体……恐らく自作のクラッカー銃だ。
「びっくりした……」
「なら良かった。いやーしかし、思いの外ビビッてたんですね」
「勿論。私は一発撃たれるだけで致命傷、だか、ら、ね……」
そう答える途中、あることに気付いた。視線に気づいた少女は訝し気に首を傾げる。
「どうかしました?」
「……いや、何でもないよ」
「そうですか。――にしても、ビビってたわりには堂々としてたじゃないですか。恰好良かったですよ~」
屈託のない笑顔を向けられた。ときめいた、などというわけではなく、そこまで真っ向から褒められたことに照れくささを覚える。
「完全に騙されちゃったな」
「うん? いや、私は一度も騙してないよ?」
「え?」
「よく思い返してみな」
彼女に従って振り返ってみる。
「……確かに」
「お、理解できた? 偉い偉い」
この子は自分を撃ち殺すとは、一度たりとも明言していなかった。状況や会話の流れを上手く操ることで緊張の場面を作り出したということだ。
もしかしたら、存外賢い子なのかもしれない。あるいは、話術に長けている。
「結局君は、何者なんだい?」
「はい! 自己紹介遅れたこと、心よりお詫び申し上げます」
元気な返事の後、変に真面目くさったお辞儀をして。
少女は名乗った。
「本日よりシャーレ及び先生の支援任務のため、リミナル・ティムナトセラから派遣されました。夢倉ノゾミです」
つい数時間前、耳にしたばかりの名前を。
「私もまだこの都市には疎いのですが、新参者どうし、よろしくお願いします!」
「お待たせしました。――おや? あなたは確か……」
遅れて到着したリンが予想外の来訪者――ノゾミの姿を認める。
「はい! 私、本日よりシャーレ及び――」
「いえ、自己紹介は不要です。夢倉ノゾミさんですね?」
「左様でございます! リン、様でよろしかったでしょうか」
「はい。楽な呼び方でけっこうですよ」
「ありがたき幸せ」
どうやら存外、緊張しているらしい。
最初にリンから諸々の説明を受けた際、ティムナトがシャーレの支援を行うことは聞き及んでいた。実質一人で運営するところだった彼としては、肩の力が抜けるありがたい話だったのだが。
よもや、こんな年端も行かぬ少女が担当だったとは。リンも同じ感想を抱いていたらしい。
「本当に私たちと同じ生徒なんですね……監査機関の人選を疑うつもりはありませんが……」
「はい! 私自身筆舌に尽くしがたい不安で胸がいっぱいであります! 何というか、今すぐ解任してもらい別の者に代わっていただきたい所存であります!」
「……やはり一報入れておくべきでしょうか」
苦笑いする他ない。ストレス過多のリンは下手に刺激するべきではないことは、短い付き合いでもわかる。
「どうしてあなたがここに? 『本日より』、とは伺っていますが」
「迅速なコンタクトが推奨されていた故であります。幸いシャーレ部室まで手薄な経路で進むことができたので、先生にご挨拶させていただきました」
「素敵なサプライズまで用意して、ね」
要領を得ずに首を傾げるリンと、ノリを合わせてくれたことに喜びウインクを送ってくるノゾミ。
愉快な生徒だ。
「よくわかりませんが、アイスブレイクの必要はなさそうですね。――段取りが予定とは異なりますが好都合です。ノゾミさんも一緒に説明を聞いてください」
「……了解であります!」
快く受け入れた。ような反応にリンは気に留めることなく説明を始める。
しかし、目の良さも嘆かわしいもので、先生はノゾミの眉が一瞬ひくついたのを見逃さなかった。
「この地下室を目指していた理由、そして現状を覆す鍵となるものは、こちらです」
リンは部屋の奥から何かを持ち出し、先生に差し向ける。
「タブレット端末……?」
「連邦生徒会長が先生に残した物――――『シッテムの箱』です」
その単語を聞いて、不意にピンときた。
「どこかで聞いたことのある……」
「奇遇だね、私もだ」
「ノゾミも?」偶然、なのだろうか。「リン、これは?」
「いえ、私も詳しいことは存じていません。実は正体不明の代物でして……製造会社もOSも、動作の仕組みが一切解明されていないのです」
「だ、大丈夫なの? よくわからないものを無闇に起動したら碌なことが……」
「会長の保証付きですから、問題ないかと。それに、先生がこれを使えばタワーの制御権を回復することができるとも言っていました」
言っていた、と断言するのだから、事実そう告げられたのだろう。連邦生徒会長から指名を受けた身として、信じないわけにはいかない。
「残念ながら、私達では起動させることすら叶いませんでした。先生なら……」
「わかった。やってみるよ。他に妙案もなさそうだし」
「……承知しました。私は離れて待っています」
どこか安堵した表情で、リンは下がる。
「――君はどうする?」
「覗いてもいい? 興味本位で」
「物事に関心を持つのはいいことだ」
「寛大だねぇ」
邪魔するつもりもなさそうだ。二人三脚となる相棒なのだから寧ろ必要なことだろう。
ノゾミの肩が触れるかどうかの距離まで寄ってくる。特に手の加えられていないような、癖のないほろ甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
……予想外だけど、問題ない。
意を決して、先生は運命の箱を起動した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Connecting To Crate of Shittim...
システム接続パスワードをご入力ください。
「パスワードは……」
……我々は望む、七つの嘆きを。
……我々は覚えている、ジェリコの古則を。
接続パスワード承認。
現在の接続者情報を確認しました。
「シッテムの箱」へようこそ、先生。
生体認証及び認証書生成のため、メインオペレートシステムA.R.O.N.Aに変換します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「これは……」
隣で先生の息を呑む音が聞こえた。
反応こそ示さなかったものの、私も同じくらいの驚きを感じていた。
不思議な教室。一面の壁が無惨に破壊され、机と椅子が散らばった空間。
そこで一人、辛うじて整理されていた机の上でうつ伏せに居眠りをする少女の姿が映っていた。
「キャワイイ……」
「確かに」
異論は認められない。
カステラだのいちごミルクだのと寝言を零す頭上に、天使の輪を模した形のヘイロー。――ちょうど彼女の足元に敷かれた水鏡と同じ色をしている。
あどけない寝顔が、端的に言って可愛かった。
とは言え、このまま幼子の睡眠鑑賞会をしているわけにもいかない。どうすればいいのかな?
あ、先生が女の子をいる場所をタップする。振動が届くようプログラムされているのか、寝返りを打った。
数回の試行の後、少女はようやく寝ぼけ眼を開き、こすりながら立ち上がった。
「ううん……ん、ありゃ? あれ、あれれ……!? この空間に入ってきたっていうことは、ま、ま、まさか先生!?」
……少女は、先生が名乗るまでもなく、正体を予測していたらしい。
そして早速気になる単語が出てきた。「この空間に入ってきた」? 別に画面の向こうに転送されるなんて超科学が起きたわけでもないけど……電子存在流のジョーク?
「そうだよ。君は……誰?」
「そ、そうですね! えっとー、落ち着いて落ち着いて……」
赤い顔で慌ててふためいちゃって、まあ。
「まずは自己紹介から――私はアロナ! この『シッテムの箱』に常駐しているシステムの管理者でありメインOS、そしてこれから先生をアシストする秘書のような存在です」
アロナ、ARONA……なるほど。機械には疎いが、内臓されたAIに近いものと理解すればよさそうだ。声質に違和感はあるが僅かで、発言のテンポは正常だ。
「やっとお会いすることが出来ました。私はここで、ずーっと先生のことを待っていました!」
「寝てたんじゃなくて?」
「え!? えーっと、確かに何度か居眠りはあったかもしれないけど……」
「冗談だよ。よろしくね、アロナ」
「は、はい。よろしくお願いします!」
おー、凄い。オトナの余裕ってやつだ。幼気な少女を転がす物言い。嫌いじゃないよ。
あっと行けない、思考は放棄しちゃダメなんだっけ。――「待っていた」ということは、やはり先生の到着とシャーレへの就任、そしてこの箱の獲得は予定調和だったと見て間違いない。
けっこう前に失踪したはずの、連邦生徒会長が事前に見通していた――これを作ってしまうほどの確信を以て。
続いて生体認証が行われた、指紋を採るらしい。宇宙人映画のワンシーンみたいだなって思いながら眺めていたらバッチリ指摘された。嘘、最近のAIって心まで覗けるの? そんなわけ、ないよね。じゃあ気が合うってことかな、私たち。
「画面に残った指紋を目視で確認します。こう見えて目はいいんですよ~」
いよいよわからなくなってきた。目視なのか自動なのか、AIが確認しているのだから目視の体を装った自動ということでいいのかしら。
ん? 何だか難しい顔をして……穏やかな微笑み。
「先生、この子……」
「う、うん……。アロナ、これって真面目にやった方がいいんじゃないの? 今のだと少し手抜きしているみたいで……」
「へ? え、えっと……そ、そそそんなことありません!」
至極恥ずかしそうに弁明する姿、愛らしい。表情豊かで眼福ですこと。
最低限のセットアップを済ませ、先生は簡潔に現状を説明する。
「なるほど……大体わかりました」
「アロナは連邦生徒会長について何か知ってる?」
「いえ。キヴォトスの情報は多く記憶していますが、連邦生徒会長については正体も失踪の理由も知りません。お役に立てず、すみません」
ふーん……今のは、
「ですが、サンクトゥムタワーの問題は解決できそうです」
「じゃあお願い、アロナ」
「はい! それでは、サンクトゥムタワーのアクセス権を修復します。少々お待ちください」
途端、明かりの消えていた室内が重苦しい音に合わせて光を取り戻す。非常にわかりやすい、修復完了の証拠だ。
「タワーのadmin権限を取得完了……。先生、無事制御権を回収できました。今、サンクトゥムタワーは私の統制下にあります」
「キヴォトスが、私の支配下……」
何気ないアロナちゃんの宣告に、先生が小刻みに震えたのを確認する。それもそのはず、自分が統治を担う予定だった広大な都市全てを、一時的とはいえ掌中に収めていると言われたのだから。
……でも、良かった。それを瞬時に理解し感じ取れるだけの判断力と知性はあるようだ。
「先生の承認によって、タワーの制御権を連邦生徒会に移管できます。…………大丈夫、ですか?」
一拍、逡巡の空白が生まれた。
独人による支配というのも楽ではある。絶対的な権力というのは単なる憧れには収まらず、自分が使い方を誤らなければ恒久平和も現実味を帯びてくる話だ。
しかしまあ、大して苦悩する程でもないだろう。
殊、この人においては。
「――大丈夫、承認する」
「了解しました。これより、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します」
「――はい、わかりました」
受話器の置かれる音。リンさんが各方への確認を終えた。
「タワー制御権の確保が確認できました。これからは、会長がいたころと同じように行政管理を進められますね」
まるで絶対的な吉報として告げるリンさん。言いたいことはわかるけども。
「どうしたの? ノゾミ」
「ひぇ? あちゃちゃー、よく気付きましたねぇ先生。でもノーコメントです。初仕事終えた達成感に水を差されたくないでしょ?」
本当、良く見えている。
「会長がいたころと同じよう」ではマズイからこの状況が作り出された。その可能性を訴えたところで可能性に過ぎない。タワーの制御権に干渉できるアロナちゃんを先生仕様で用意していた背景としても、辻褄が合うとは思うのだが。
どうせ後悔するにしても、その時はもう今のことなどすっかり頭から抜け落ちているだろう。
「お疲れ様でした、先生。キヴォトスの大規模な混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝します。ここを襲撃した不良生徒及び停学中の生徒につきましては、これより随時討伐していきますのでご心配なく」
「うん、お願い」
「それではこのまま、シャーレについてご紹介しましょう。付いてきてください」
紹介と言っても、連邦生徒会本部は別の建物なのもあって、冒険のような壮大感はなかった。ロビーを抜けて、若干掃除された一室に辿り着く。
「ここがシャーレの部室です。先生の仕事場になります」
「仕事って、具体的には何を?」
「そうですね……シャーレは莫大な権限を有している反面、目標のない組織です。焦点の絞った義務や強制力は存在しません」
「珍しいですね。力だけあって振りかざす対象がないだなんて」
一組織なのだから、普通は何か達成したいものがあって、そのために権力が求められるのが筋だと思うんだけど。捜査部って名称だし。
あるいは、先生の役目が『生徒の支援』というふわっとしたものだから?
「つまり、私のやりたいようにやれば良い?」
「そうなります。会長も特には触れていませんでした。今も連邦生徒会に寄せられているあらゆる苦情、時間に余裕のあるシャーレなら、それらを解決できるかもしれませんね」
諸々の書類は机の上。リンさんの言葉を受け視線を移すと……え?
「先生私、書類の山ってやつ初めて見たかも」
「私も……」
これで時間に余裕があるなんて、本気で申すつもりか。
「それではごゆっくり。必要な時には、またご連絡いたします」
必要な説明が終わり、リンさんはそそくさと退室した。
二人きりの部室に、侘しい沈黙が降りる。
「ある程度落ち着いたみたいですね、お疲れ様でした」
気まずさを払拭するように、機械的な声が響く。
「アロナ、君もお疲れ様」
「はい! でも本当に大変なのはこれからですよ。これから先生と一緒に、キヴォトスの生徒たちが直面している問題を解決していくのです! 単純に見えても簡単ではない、重要なことです」
「そうだね。でも、どうやら私一人ではなさそうだし何とかなるんじゃないかな」
ノゾミもいる、と言いたいらしい。信頼関係は定かではないが、先生の立場を考えると妥当な認識だろう。
しかし――不可解な現象が起こる。
「え? 先生の他に、誰かこの部屋にいるんですか?」
先生も、私も、目を見開いた。これは、まさか……
そういえば、ずっと先生の隣で画面を見ていた私に、アロナちゃんは一度も言及していなかった。
「もしもし、もしもーし。アロナちゃん、聞こえてる?」
「……聞こえてないみたいだね」
「な、何のことですか? もしかしてお化け!? 私お化けは無理なんですよ! 背筋がゾクっとして……」
庇護欲を掻き立てられる怯え方だ。怖がらせているのは私ってことになるんだけど。
何とかわかりやすいように、先生の方から説明が入る。
「うーん、それはおかしいですね……。私は戦術指揮のサポート機能も搭載されています。その一つとして、戦闘区域の地形測定や生徒さんたちの位置把握もあります」
「だからノゾミを認識できないはずがないと」
顎に手を当てる先生。答えを捻出したらしい彼と、多分意見は同じだろう。
「――アロナ。君が生徒を識別している基準はなにかな」
「はい? えっとそれは、もちろん『ヘイロー』ですけど」
決まりだ。私たちは頷き合い、対応策を考える。
「……わかった。じゃあ今後、ノゾミの言葉は私が伝えるようにするよ。位置情報は……ちょっと古いけど、GPSを付けてもらおう」
「了解了解、了解よ。それが一番手っ取り早いねぇ」
一先ずこれで不便はなくなるはずだ。
まだわからないことだらけだけど、これから私の仕事も始まる。大人を探るという、胃もたれのしそうな任務が。
とりあえず、今は表向きの任務に明け暮れるのが吉。先生に変に疑われるわけにもいかない。
それに、何かに縛られるのは苦手だから――。規則の多い職場は肌に合わない。そう考えると、意外とこの場所も好きになれそう?
「それでは早速、シャーレとして最初の公式任務を始めましょう!」
アロナちゃんの元気な声に当てられて、前向きな感情が湧き上がる。
これからよろしくね、二人共――――。
私たちの、生徒たちとの長い
今後はどうしよっかなって感じです。続きある前提で含みのある表現はいくつか設置していますが。
やるとしたらやっぱアビドス編からか、ミレニアムとかイベントストーリーとか、そこら辺を描いてみようかな。
アロナとの初対面、タブレットに入り込んでいるのかどうかわからないんですよね…。本文で言及しておいた「この空間」発言の反面、指紋認証で「画面に残った指紋を解析」と言っていたこと、電子空間に入り込む技術が登場していない上で特にリンが反応を示していなかったことを根拠に、画面の内外を通してのやり取りにしました。
ちなみに先生が転送されていた場合、タブレットには先生の視点が映っている体になり、先生とアロナがETしている時にノゾミちゃんも独り虚しくアロナと指を合わせているはずでした。
最後に、ノゾミなりなスキンシップとも取れるドッキリでしたが、ちゃんとした考えあっての行動です。一から十まで説明しても良かったのですが、尺が長すぎちゃうと思ったのでやめました。
「一度も嘘を吐いていない」ことを前提に、もう一度彼女の言葉を読み直してみればわかるはず。