遠き、約束の地との対面を   作:小千小掘

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お久しぶりです。
上手く纏まらなくて放置していたんですけど、推しが3D化したのを見て感極まった結果、勢いで投稿することにしました。
挨拶回りは全4話を予定しています。


挨拶回り(1)

 シャーレが追々と活動を始めてから数日が経過した。その名声のあげようはめざましく、今後更に不可欠な組織になっていくとの呼び声も高い。

 これには二つの背景がある。第一に、公な発表を行ったことだ。SNSでの宣伝は勿論、『クロノスジャーナリズムスクール』に掛け合い報道もしてもらった。立ち会っていたシノンって子、だいぶ際どい格好してたけど大丈夫なのかな。報道者のせいで報道規制とかなったらシャレにならないと思うけど。

 第二に、生徒や他の市民への好意的なアプローチを示したこと。平たく言えば、ここ数日シャーレとして私たちが行ってきたのは「ボランティア」に近い。

 初めは能動的なことばかり、ボランティア事業への参加や困っている人への助っ人がメインで、次第に依頼が届くことも増えていった。

 先生はお悩み相談と政治的な活動に重点を置き、私は外出が頻繁に要求される依頼や街のパトロールを中心に動いた。都市の特性上、揉め事は枚挙に暇がない。

 二つの策によってみんなに知らしめたのは、三つの方針だ。

①シャーレは連邦生徒会に対し独立性が強く、わりと色んなことに手を貸してくれる

②とは言え規模自体は小さいためどうしても優先順位が生まれる。基準の代表は急迫性

③道義に悖ると判断した依頼、シャーレ介入によって解決できる見込みはないと判断した依頼は引き受けない

 

「だから今日は遅かったんだね」

「我ながら律儀なことしちゃったよ。先生は?」

「……」

「やっぱ答えなくていいや。ここはそんなつまらない話をする場じゃないもんね」

 

 ランちゃんとの一件を話していた時とは一転、先生はこの世の終わりでも見たかのように顔面蒼白になる。私にできるのは同情くらいだろう。

 休憩室の一角。生徒がくつろぐ緩い空間からドアを一枚すり抜けた先にあるバーのカウンターで、私たちは互いを労っていた。実際は夜の一杯を嗜む先生を見つけた私が便乗しているだけなのだが。

 

「君はまた、一段と楽しそうだね」

「自由にやらせてもらってます」

「自由過ぎて、前みたいな危ない目に遭っていたりはしない?」

「うげっ、だ、大丈夫よ。強盗犯捕まえたくらいだから」

 

 白い視線が頬に突き刺さる。別にいいじゃない、退き際は弁えているつもりだ。

 最初の頃、犯罪集団とヴァルキューレとのいざこざに首を突っ込んじゃった時はちと焦ったけど。

 

「危なっかしさは美徳であると同時に不安定だ。度は過ぎないようにね」

「先生みたいなこと言っちゃって」

「先生ですから」

「じゃあその線引きはおんぶにだっこでよろしくて?」

 

 無言になった表情を窺うと、大層引き攣っていた。こんな問題児がパートナーだなんて、就任早々可哀想にねぇ。

 あくまで冗談を言ったつもりだ。自分の尺度と社会の尺度を照らしながら歩むことは、成長の第一歩なのだと思う。

 照らした結果、どんな結論になるかはその時次第だけど。

 

「難しい話だよ。君の破天荒な部分が話題性に繋がっているのも確かなんだから」

「それを陰ながら支えているのが先生じゃない。図々しく表に出るよりかはいい立ち位置だと思うよ」

 

 所詮は駆け出しどうしの愚痴談義だ。仕事を嘆いたり相手を煽てたり、適当に過ごすことにこの時間の価値がある。多分先生もそう思っているはずだ。

 

「そうなのかな。でも私は、もっと生徒と関わりたい。助けになりたい。先生になった以上、今のような看板だけを背負っている大人でいるつもりはないよ」

「たっははー、そういう見方もあるわけか。そんじゃどうするの、その看板以外のものを背負うための戦略は」

 

 うーん、と気怠げに首筋を摩る。人前ではしないように努めているのであろう気の抜けた態度。緩めたネクタイは親しみやすさとも違う、内なるだらしなさを秘めているような気がした。

 

「……まずは生徒たちのことを知りたい、かな。相手のことも知らずに大口を叩いても戯言になってしまうだろうし、生徒もぽっと出の大人が偉そうにしているだけだと思うだろうから」

「確かに、私たちのやっていることで下馬評は着々と良くなっているけど、逆に独立した秩序・自治区のある学校には仔細が伝わっていない可能性はあるね」

 

 特に三大自治区にあたるゲヘナ、トリニティ、ミレニアムは上層部の露出が少ない分外からの収集も遅れている可能性が高い。所属生徒たちの井戸端会議を仕入れていたとしても、どこかで歪曲していたら意味がないだろう。

 

「なら早速、明日から『挨拶回り』をしよう!」

「え、明日? 挨拶回りって……一体いくつ学校があると思っているんだ」

「別に声を大にして宣告することでもないんだからさ。とりあえず三大自治区には行っておこうよ。実は私、ちょっと気になってる学校があるんだよねぇ」

 

 気分が高揚してきた私は、上機嫌にグラスの中身を啜る。

 それを呆けて眺めていた先生が、途端に怪訝な顔になって尋ねた。

 

「ノゾミ、それ。何を飲んでる?」

「え? あ……やだなーもう、ぶどうジュースだよ」

「今『あ』って言ったよね? ちょっとノゾミ、そっぽ向かないで。未成年飲酒は許されないよ?」

「万が一そうだったとして、銃ぶっ放すよりずっと生易しいもんでしょ」

「そういう問題じゃ、……やっぱり見られたのは痛かったな」

 

 やけになったのか再び『大人の飲み物』を煽る先生。大方、相棒という認識に甘えてたるんでしまっていたと反省しているのだろう。大人って大変だ。

 その上で。どうせ詳しくは聞いて来ないであろうことも予測できた。だから何も答えないし、この先答えるつもりもない。

 ただ、一つだけ語れることがあるとすれば、

 

「私お酒は詳しくないんだけど、オススメとかあるの?」

「それは――って、生徒にそんなこと教えるわけにはいかないよ。本当はこういう姿を見られること自体嫌だったんだから」

「大きくなってからのことを助言するのも、大人の仕事だと思いますけど?」

「……敵わないな。その子供とは思えない口の上手さ、『先生』にとって天敵だね」

 

 私だって、偶には背伸びしてみたい年頃なのである。

 

 

 

 

〈ミレニアムの場合〉

 

「とーちゃく!」

「はぁ……けっこう時間かかっちゃったな」

 

 疲労を滲ませる先生と活気を放出する私。対照的なシャーレ部二人は、荘厳な箱庭の前でバスから降り立った。

 ミレニアムサイエンススクール。三大自治区の中でも比較的歴史の浅い学校で、その飛躍振りの要因と言える科学技術は、常に最先端を行く。

 私と先生がここを最初の観光……挨拶先として選んだ理由はそこにあったりするのだが、そもそも私たちはここへ直接足を運ぶつもりはなかった。

 通常業務も手を離せない都合を考慮した結果、通信での挨拶で済ませようとしたところ、ノイズが走り音声がぷつりと切れ、再度連絡を試みても応答がなかったのだ。

 何か問題が発生したのならそれはそれでシャーレの腕の見せ所だろうという判断で、現在出張に出かけているのである。

 

「『ミレニアムタワー』、ってあれのこと? でっかいなぁ」

「スタディエリアだけでもこの規模。実験とかを頻繁に行う関係上、相応の空間が求められるんだろうね」

 

 学校までは公共バスを利用してきたが、インフラが整っているこの学校ではモノレールが稼働しており三か所を気軽に移動できるらしい。その情報は確かなようで、寧ろ自慢するかのように自前の発電所やデータセンター――あれらも生徒自身が管理しているようだ――が設けられている。

 しかし、私たちがこれから赴くべきなのはその中央にそびえるミレニアムタワーだ。

 

「ちょっ、待ってよお姉ちゃん」

 

 私の横を小柄な女の子が通り抜ける。纏っている上着、ブーツ、愛銃、ヘイローまで、とことん桃色が印象的な明るい女の子だ。

 それを追い掛ける声の主は、スカートではなくショートパンツを履いていることと、イメージカラーが緑であることを除けば彼女と瓜二つだった。

 

「早くしないと置いてっちゃうよ。最高のゲームを作るためのシナリオが、今私の頭の中にあるんだから!」

「またそんなこと言って、急に無茶苦茶なアイデアを出してくるんでしょ。前だってやっとこさできた絵が結局ボツになっちゃったし……」

「だ、大丈夫だよ! 今度こそみんなをあっと言わせる作品になるはず。ユズと三人ならきっと、」

「言いたいことはわかるよ。でもあの時のトラウマがまだ残ってて……」

「『今年のクソゲーランキング』……うっ、頭が……。と、とにかくリベンジ、リベンジだよ! 『ゲーム開発部』はこんなことじゃめげないんだから!」

 

 双子だろうか。仲睦まじい会話をしながら、部室棟の方へと走り去っていく。

 

「部活動か……新学期って、そういう季節だよね」

 

 新しい人、新しいコミュニティ、新しい環境。色んな期待を膨らませて校門をくぐる。春とはそういうものだ、と認識している。

 

「羨ましい?」

「それ聞いちゃう?」

「そういうのは隠さない子だと思ってね」

 

 エンラさんといい、私ってわかりやすい生徒なのだろうか。

 

「わからない、が正解かな。結局は人との巡り合わせだし、部活があるから豊かになるとは限らないから」

 

 苦笑が返って来た。肯定も否定もしない私のスタンスに呆れてしまっているような。よく考えてから答えると大抵こういう顔をされる。

 

「……それに、私はもうシャーレって部活の一員だからね」

「シャーレって部活だったの!?」

「あれ、違った?」

「所謂企業の部署みたいな意味合いだと思っていたけど……うん、君が言うならそういうことにしようかな」

 

 言われてみれば、与えられている権限やキヴォトス統治の性質を根拠にするとそっちの方が正しかったかも。

 ただ、こうなってしまったらもう彼は譲らない。そんな気がした。

 

「じゃあ私は部長! 先生は顧問だね」

 

 

 

 

「大丈夫なんですか、そんな緩い感じで……」

 

 ツーサイドアップ君もといユウカ君が言う。微妙に冷めた目が痛快だ。

 

「一応連邦生徒会との繋がりがあるんですし、もう少し厳かな雰囲気作りをしてもいいと思いますよ」

「でもそれじゃ生徒が萎縮して頼ってくれなくなるかもしれない。ユウカたちは特に気にせず接してくれるとは思っているけどね」

「まぁ、そうかもしれませんけど……」恥ずかしそうに目を逸らしている。服装に反して取っ付きやすさがあるな、この人。

 

「それで、挨拶回り。でしたよね?」

「うん。まだシャーレは新興組織で知名度が高くない。――知名度というのは勿論、正確な情報が回ることを前提としてね。だから各校の生徒会くらいとは顔合わせをしておきたかったんだけど……」

「リオ会長は日頃多忙で顔を見せること自体少ないんです。ノアも今は手が空いていないし、私自身さっき予算審議会を終えてギリギリ対応できているだけでして。わざわざご足労いただいたのに、こんな対応になってしまってすみません……」

「気にしないで。私も一度、ミレニアムがどんなところかを見ておきたかったから良い機会だったんだ。それより、予算審議会というのは?」

「四半期ごとに行われている予算決めです。各部活の代表がプレゼンを行い、企画の内容によって予算が上下します。ミレニアムにおいて、『結果』は全てですから」

 

 その審議会とやらを取り仕切っているのがユウカ君らしい。学校としては27回目になるのだとか。

 

「やっぱりミレニアムともなると、高いレベルが要求されるんだね」

「そうですね。うちはわりと……その、資金がカツカツになりやすいですし」

「予算?」暫くは黙って聞き手に回っていようと思っていたが、要らぬ反応をしてしまった。「こんな大規模で豪華な学校なのに?」

「いやまあ、実際資金自体がからっきしなわけではないんだけど。ただ、どうにも突拍子のない『実験』やら『発明』やらが多くて、おかしな方向性に走る部活ばかりなのよ。おかげで施設の破損も絶えなくて――」

 

 何を想起したのかやたら重い溜息を吐いている。研究者に異質性は欠かせない、ということだろうか。それをセミナーが抑制しているのが実情と。

 どうやら先生も似たことを考えたらしい。

 

「例えばどんなものが?」

「うーん、打ち明けるのも恥ずかしいようなものもありますが。『部屋の家電を全て一度に操作できるリモコン』や『誘爆されない地雷』なんかはわかりやすい例ですかね」

「それは一体?」

「前者は完成までは漕ぎ着けたものの、元来のハンドサイズを意識した結果モジュールやOSを無理矢理媒体に押し込んだような代物になってしまい、ボタンを押す衝撃だけで正常に機能しなくなる問題点が残りました。頑丈にしようとすると持ち運びが困難な質量と大きさになるため、結局頓挫しました」

「……後者は?」

「……お察しです」

 

 誘爆する地雷しかできなかったわけだ。どんな惨状がもたらされたか想像するのも億劫だ。 

 

「大変なんだね、セミナーも」

「技術研究のためにはある程度自由を利かせなければならない都合上、私たちに負担がかかるのは致し方ないです」

「じゃあ一応、一通りどこがどんな活動をしているのかは把握しているの?」

 

 首肯が返って来た。好都合だね。

 

「じゃあじゃあじゃあさ、君のお墨付きできる部活に心当たりはある? 具体的には、防弾と通信の二種」

「え、ええ。あるにはあるけど、それを知ってどうするつもり?」

「なに、ちょっと個人的な依頼をしてみようかと思って。視察みたいなもんだよ」

 

 先生にアイコンタクトを送ると、眉をㇵの字にして頷かれる。

 

「さてと。ここからは邪魔になりそうかな。私は外で待ってるから、二人で少しお話でもしておいで」

「え? ちょ、ちょっと、先生」

 

 突然退室しようとする先生を、ユウカ君が慌て気味に引き留める。何か耳打ちされるなり、変に落ち着きを取り戻したようだった。

 二人先生を見送り、ユウカ君は私の正面のソファに腰を下ろす。

 

「あの人、やっぱり少し変よ。うちの生徒みたいに破天荒ではないけど、どうも振り回されちゃうわ」

「えーそうかな。現実的な一面は多いと思うけどな」

 

 ただ、どうしてそう考えるのかが理解できないという気持ちはわかる。そういう意味で、リアリストと言い切るには少々安直な気がする。

 

「あなたはシャーレ専属の生徒さん。ってことでいいのよね? ノゾミ」

「うん。特例だらけの組織、私の配属もその一つってこと。――呼び方話し方は気にしない?」

 

 念のため確認を取っておいた。

 

「ヘイローのない人間たち――ノゾミもキヴォトスの外から来たってこと?」

「そうだね、先生のことを知ったのはこっちでだけど」

「その、大丈夫なの? 見たところ戦闘も想定した人選のようだけど、あなたは……」

 

 戦場に立つ資格を持っていない。直球ならそう言いたいのだろう。

 しかし、この少女に対しては、相応な反論ができるはずだ。

 

「実はさ、私見てたんだ。シャーレ奪還任務」

「ノゾミもあの場に?」

「気になってたんだ。みんなどんな戦い方をするんだろうって。私も先生と同じで、あの日が初出勤だったから」

 

 初めは先生を探すためだけに駆け回っていたのだが、キヴォトス市民の日常的な殺伐さには大きな衝撃を受けた。日常の一環のごとく発砲したかと思えば、直撃を喰らっても元気に悲鳴を上げる余裕があるし飄々と戦闘続行するしで訳がわからない。

 目の前のこの子だって。何あの魔法みたいな障壁? 選ばれし者とかでもないのに代償無しで扱っていい技術なのかね。

 

「怖かったなあワカモって子。私がユウカ君の立場だったらお漏らししちゃうかも」

「危険人物として有名な『七囚人』の一人だもの。前に立っていたのもあって、負担は決して軽く、」

「ヘイローが! って、思ったんじゃない?」

 

 ユウカ君はあからさまに驚いてこちらを見る。

 

「そこまで見て……まさか、あの時私が助かったのは」

「礼ならこの子に言ってあげてよ。ユキノちゃんって名前なんだ」 

 

 私は背を向けることで大事なお友達を一丁、紹介した。

 40㎝程のスパイク型の銃剣が目立つ、五連装のボルトアクションライフルだ。スコープは取り外してある。

 

「珍しい。自分の銃に人の名前を付けるなんて」

「まあね。私、学校に通っているわけじゃないからお友達とかいなくてさ」

「……そう」

「本当は呼びやすいからってだけなんだけど」

「一瞬でも罪悪感を覚えた私が馬鹿だった」

 

 悔しそうな顔でユウカ君は拳を机に叩きつける。

 

「たっはは、私はわかりやすい嘘しか吐かないのですよ」

「……まあ、いいわ。とりあえず、あなたが逞しい子だってことはよくわかった。狙撃の腕じゃなく肝まで据わっているってことがね」

「とはいえ、根本的に弱いってことは覆せないなぁ。例えばここでユウカ君がいたずらに私を一発撃ったら、いとも簡単に御陀仏よ」

「私だったらそんなマネ、絶対しないわよ……」

 

 ふーん。私に銃を向けないってことなのか、私のような危険な生き方をしないってことなのか。

 

「――ね、ユウカ君。君は、この学校のことは好き?」

「な、何よ急に」

「いやーさっきも愚痴ばかりだったからさ。本当のところどうなのかと思って」

 

 この子のことだから、どうせ答えなどわかりきっているけれど。

 

「……そうね。退屈はしないと思う。もう少し落ち着きがあってもいいとは感じるけど、ここの生徒たちはみんな、熱意を向ける何かを持っている。私に負けず劣らずの。それがこれまで、ミレニアムの発展を促してきたのは間違いないわ」

「一生懸命な子が好きなんだ」

「あまりに報われないことを頑張られるのは考え物だけどね」

 

 そっか。これがミレニアムの、三大自治区にのし上がった所以。

 そして、ユウカ君のルーツか。

 

「じゃあ私は、君のお眼鏡には適わないかな。適当なところも多いし、飽き性だし」

「そう? 私はそんな風に思わないわよ」

「ほえ? なんで」

「ノゾミが自分で言ったんじゃない。見ず知らずの私を助けたって。そういう優しさを持っているあなたが、誰かに嫌われるとは思えない」

 

 思わず、目が点になった。

 これは、ちょっと、してやられたな。

 

「君は…………優しいんだね」

「は、はぁ? へ、変なこと言わないでよ」

 

 先生が私とユウカ君を二人きりにしてくれたの、もしかしてこれも狙いだったりするのかな。だとしたら、相当な食わせ者だ。

 

「ユウカ君、お互い忙しい身かもしれないけどさ。私とお友達になってもらえたり、するかな……?」

「えっ!? う、うーん……」

 

 言葉に詰まる彼女の表情は、悩んでいるというより、照れくさそうに見えた。妙に赤を帯びているのが、とてもわかりやすかったから。

 

「……別に、いいわよ。学校外の生徒と話す機会も多いわけじゃないから、偶には話し相手になってあげても」

「ふふ、ありがとう。誇っていいよーユウカ君、君はめでたく、私のお友達第一号なんだ!」

「全く、調子が良いんだから」

 

 溜息混じりに、しかし穏やかな顔。何だか保護者っぽい感じがするけど、気のせいだよね?

 

「シャーレの方にも遊びに来てよ。私も先生も歓迎する! あ、でも先生は忙しい時が多いかも」

「この前も嘆いていたわね、早速書類の締め切りがヤバくて何だの……。先生って結構ズボラなところがあるのかしら」

「ここに来る前も慌てて散らかってるデスク片付けてたよ。片付いてなかったけど」

「……うん、結構頻繁に顔を見せることになりそうね」

「おー、やったぁっ」

 

 新天地にはしゃいでいたからなのかやたら衝動買いをしていたようだったけど、そこまでは話さない方がいいかな。嫌になって来てくれなくなったら悲しいし。

 今度来た時はユウカ君のお友達とも会ってみたいな。セミナーの子とか。

 これからよろしくね、私の初めてのお友達さん。

 

 

 ノゾミが去った応接間で、ユウカはふぅと息を漏らす。

 

「まったく、ズルいわよね、先生も」

 

 ユウカが初対面からノゾミに友好的だったのにはいくつか理由がある。一つはシャーレ専属の生徒であること――みすみす悪印象を持たれることもない。二つはユウカ自身の性格――まあ、色々断れない少女なのである。

 そして何より、決め手だったのは先生の言葉だ。

 

『できたらあの子と、友達になってあげて欲しいんだ』

『わ、私が、ですか?』

『君だからお願いしたい。ノゾミは大人びた側面もあるけど、本当はとても寂しがっているはずだから』

 

 前触れもなく退室しようとした彼からの殺し文句。これで断って、何の罪悪感も湧かないわけがない。きっと先生もそれをわかっていたはずだ。

 幸いノゾミも――こちらを良く思ってくれたのか――存外誠実な常識人のような気がして、愛嬌を覚える場面もあり、ユウカとしても上手くやっていけそうな予感はあった。ミレニアムで関わる個性豊かもいいところな面子と比べれば、そのやりやすさをしみじみと感じるものだ。

 

『君は…………優しいんだね』

 

 あの時のノゾミの、驚きとわずかな喜びの混ざった表情は、きっと彼女の本当の顔だ。ファーストコンタクトの結論として、ユウカはそう信じることにした。

 そして――セミナーに属する聡明な彼女だからこそ、すぐにその先に気付くことができた。

 

『私、学校に通っているわけじゃないからお友達とかいなくてさ』

『私はわかりやすい嘘しか吐かないのですよ』

 

「……ああ、なるほどね」

 

 確かに、全く素直でない子だ。

 恥ずかしいのか知らないが、それくらい隠さなくてもいいだろうに。それでは「わかりにくい本音」を汲み取る、こっちの身にもなって欲しいものだ。

 先生だけでなく、シャーレの人間は二人して世話が焼けるらしい。

 

「これは、なるべく早めに挨拶した方が良さそうね」

 

 ユウカは一つ、大きく伸びをした。

 

 

 

 

 ユウカ君が言うには、このミレニアムにはマイスターという肩書を持つエンジニアたちがいるらしい。

 本当のところ、私の一番の用事はまさしくそこにあった。

 ユウカ君に紹介された場所へ向かうと、果たしてそれらしい生徒の姿が見えた。

 私より先に、先生が大人として声を掛ける。

 

「こんにちは。ここは『エンジニア部』で合ってるかな?」

 

 鮮やかな紫髪を垂らす落ち着いた風貌の少女は、作業を中断して顔を上げた。

 

「いかにも。私はエンジニア部部長の白石ウタハだ。君たちは? 見ない顔だね」

 

 一瞬目線が私たちの「頭上」に移ったが、その双眸はすぐに会話に応えるためのものに変わる。

 

「連邦捜査部『シャーレ』って知っているかな? そこの顧問先生をやっている者だよ」

「シャーレ? ああ、最近聞いたことがある。確か、慈善活動に勤しんでいる何でも屋だったかな」

「ま、まぁ概ね合ってるけど……」

「ダメだよ先生、そういうのはちゃんと細かく訂正してあげないと。私はシャーレ専属の生徒の夢倉ノゾミって言います。よろしく、ウタハ君」

 

 ウタハ君がこちらへ歩み寄るのに合わせ、彼女の側を小柄なオートマタが付いてきた。

 

「うはぁ、ナニコレかわいい~」

「その子は『雷ちゃん』と言うんだ。私の自信作だよ。気に入ったもらえて何よりだ」

 

 丸みの含むフォルムと背丈がいい感じ。主張の激しいガトリング銃口に目を瞑れば一体欲しいくらい。

 

「ユウカ君の紹介で来たんだ。物作りに際して腕利きのマイスターがいるって聞いてね」

「依頼、ということかな?」

「うん! 軽量かつ強固な防弾装備と、超小型なGPS発信装置を注文したいの」

 

 早速専門家の顔になったウタハ君は、顎に手を当てた。

 

「ふむ、シンプルな条件だね……。そうだな、前者については請け負える。ただ後者は、別の伝手を頼った方がいいだろう」

「おー。伝手と言うと?」

「後で紹介するから、心配は要らないよ。それより防弾についてだが、形態はどうすればいい? 例えばシールドかスーツか、サイズによっても、必要な素材やコストは大きく変わってくる」

 

 うーん……どっちでもいいな。ある程度はどんな装備になっても扱えるはずだ。六種の銃器でテストの基準点を達成する器用さには自負がある。

 

「癖の強くないバランス性さえあれば、後は任せるよ。凄腕のエンジニアさんが思う、最高の防弾アイテムをお願いします!」

「ふふ、わかった。ご期待に沿えるよう善処するよ」

 

 製作期間は一週間見込みだそうだ。予めユウカ君から聞いていた情報とは違い、特に困惑するような要素は無い気がする。

 最低限、私の身体に見合ったものにするため、単純な測定が始まった。

 

「エンジニア部は、ウタハ君一人で活動しているの?」

「いや、本当は三人なのだが、今は二人とも訳アリでね。――腕を広げてもらっていいかい?」

 

 苦い顔だ。言いづらそう?

 

「訳アリって、例外的な問題のように聞こえるけども」

「……少しばかり、クライアントとすれ違いがあったのさ」

「依頼されたのと違うことをしちゃったってこと?」

「そんなところだ。――足元失礼するよ」

 

 謝りに行ってるのかな。

 ……ううん、違うか。そこまでお堅い状況ではないはず。部長がここにいるってことは、

 

「さっき作ってたのは、それ関係?」

「――! よくわかったね」

「勘がよくってねぇ」

 

 部員二人に責任を押し付けるような人でもなさそうだ。ウタハ君にはウタハ君のすべきことがあったに違いない。

 そこにアポなし凸をしてしまったのは悪かったな。その罪悪感を持たせないことも、隠した理由の一つだったのかな。

 正解のご褒美を与えるかのように、ウタハ君は作業台からソレを持ってきた。

 

短機関銃(サブマシンガン)? 龍なんて派手な模様まで入って」

 

 先生の言う通り、奇抜なデザインだ。これがウタハ君の言う「すれ違い」とどう関わってくるのだろう。

 

「実はコレ、外見だけ取り繕ったダミーなんだ」

「ダミー!? ダミーにしては凝ってるように見えるよ?」

「当然いかなる制作にも手抜かりするわけにはいかない。それに、こうでもしなきゃ相手は誤魔化せないからね」

 

 え、話が見えなくなってきたんだけど。相手を誤魔化す?

 

「詳しく聞かせてもらってもいいかな?」

 

 私と全く同じ疑問を呈した先生に、ウタハ君は答えた。

 

「えぇ!? コワモテ先輩の愛銃をタバスコ・ディスペンサーに改造したぁ!?」

「握力は?」

「38」

 

 一部始終を聞いて理解できたのがギリギリ要点のみだった。タバスコのために銃を改造するってどういうことよ? 役に立つわけなくない?

 それに対する返事が「私も同感だ」なのが一層要領を得ないのだけど。

 とりあえず、メイド部に所属している美甘ネルという生徒が本件の「被害者」らしい。

 何でも、彼女は気難しい性格のようで、もし修理に出した自分の銃がタバスコ特化に改造されていることに気付いたら間違いなく殺されるそうだ。――私でもたまったもんじゃない。面白そうとは思うけど。

 そこで苦肉の策としてウタハ君自身が提案したのが、「ダミーと入れ替えて修理し直す」というもの。

 ……あれ? この人たち、もしかして全く反省してない?

 

「ユウカ君の胃痛が、わかったような気がするよ……」

「それで今、コトリとヒビキにネルを見張ってもらっているところだ。――100m走は?」

「13ジャスト。――渾身のダミーで化かすために?」

 

 話は大方わかった。どうやらエンジニア部のうっかりが原因のようだが、それはそれ、これはこれ。柔軟に考えよう。

 悪事に加担するというわけでもないなら、できることはある。

 

「それって一応完成してるの?」

「ちょうど君たちが来る手前に」

「なら、それを届ける役目、私に任せてよ!」

 

「君が?」採寸を測る手が止まる。「さっきも言ったが、ネルはとても戦闘技術に秀でている。彼女の琴線に触れずに事を成し遂げるのは至難の業だよ」

 

「隠密ってことでしょ? 任しんさいっ、ネル君や、君の素敵な後輩ちゃんのお顔も拝みたいしさ」

 

 ウタハ君は逡巡の末、穏やかに頷いた。

 

「そういうことならお願いしよう。私の見立てでは、恐らくネルは既にタバスコを噴射した後だと思うがね」

「うん、ありが……へ? あっさり言うね」

「言ったろう、彼女は勝気な人間だ。逆恨みしてくる敵も多い。今頃ヘルメット団にでも因縁を吹っ掛けられているのではないかな」

 

 ヘルメット団、何かと巷で耳にする不良集団だな。ネル君もそいつらを叩いている一人ってことか。

 

「うぅどうしよう、怖くなってきた……物騒なことが避けられないなら……」

「心配には及ばない。ネルも立場上、不要な殺生は許されないはずだ。寧ろ君なら、特に危害を加えられることなく取り持つことができるかもしれない」

「ははーん……そっちが狙いってわけね」

 

 見た目通り思慮深い。もしや敢えてダミーを送る役目を任せようとしたのも、私の「持ってみたい」気持ちを察してのことだったり?

 

「それなら頑張れそう。先生は、お留守番?」

「そうだね。ここで待っているとするよ」

 

 ウタハ君に託された二丁の厳ついダミー銃。実用性がないとは思えない重さは、限りなく本物を再現しようという矜持なのかしら。

 

「そんじゃ、行ってきまーすっ」

 

 

 

 

「――さて、これで二人きりだね、先生」

 

 ノゾミが出て行くなり、ウタハはそう告げた。

 まるでその時を待ち、誘導していたのだと取れるようなセリフ。気のせいではないだろう。

 別にあの子がいたところで、大して不都合があるわけではないのだけど。先生は努めて柔和な顔で、ウタハと向き合った。

 

「先生も私たちに、頼みたいことがあるのだろう?」

 




本作のユウカは、先生だけでなくオリ主の初めてももれなくかっさらっていきました。罪な女の子です。
挨拶回りは主にグループストーリーから引っ張ってきています。時系列が不明なものが多いので利用しやすい。今回はセミナーとC&Cですね。

ノゾミの愛銃第一号はユキノちゃんです。名前と特徴から、何がモチーフかわかるマニアックな方はいますかね。ヒントは「白い死神」です。
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