【本編完結】Ib ~ゲルテナ展 10周年記念展~   作:梅山葵

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『月夜に散る儚き想い』

「わぁー、見て! 下に花びらがいっぱい落ちてる!」

 

「ホントだ。この絵から出てきてるみたいね」

 

「ここでずーっと待ってたら、このお部屋、花びらでいっぱいになるかな!?」

 

「なるかもしれないけど、そんなことになる前に帰りたいわ……」

 

 夜と、月と、桜。暗い青、明るい黄、鮮やかなピンク。対照的な3色が互いをさらに際立たせ、観るものを惹きつける。何より、額縁から零れ出て下に積もった桜の花びらの数々が、美しくも物寂しい。

 

 『月夜に散る儚き想い』。そう題された絵画をネタにしてギャリーにウザ絡みするメアリーを見ながら、イヴは新しく合流したこの少女について想いを巡らせていた。

 

 ギャリーと2人で美術館を探索している中で突然現れた、イヴと同い年くらいの女の子。ギャリーは彼女のことを「美術館にいた子じゃないか」と言っていた。

 

 しかし、イヴはその言葉に、ちょっとだけ疑問を持っていた。

 

"……こんな可愛い子、ホントにいたっけ?"

 

 まだお父さんとお母さん、それにたくさんのお客さん達がまだいた時。イヴはその中の1人に、確かにギャリーがいたことをよく覚えている。今となっては見ず知らずの子供のことを本気で心配できる優しいお兄さんに捉え方も変わったが、ギャリーの第一印象は周囲の迷惑を考えられないワカメだったので、まあ忘れようがない。

 

 一方、メアリーだ。お星様のようにたなびき煌めく金髪に、曇り1つないきめ細やかな肌。面白いものを見逃してたまるかと言わんばかりにパッチリ開かれた蒼い瞳は、どこかカメラのレンズを思い起こさせる。そんな一連の姿形は、一級の芸術品と言ってもいいかもしれない。

 

 そして深い緑一色のワンピースに、ワンポイントとして首に巻いた、彼女の眼と同じ青いスカーフ。もちろん、彼女自身が選んだわけじゃないかもしれない。だけど少なくとも、彼女が身に纏っているその衣装は、彼女に似合ってセンスがある。そうイヴは感じていた。

 

 美術展というほとんど大人しかいない場所にいる、同い年くらいのお洒落で印象的な超絶美少女。そんなものを見かけたならば、まず間違いなくイヴの記憶に残ると思うのだ。お仲間さんとして。

 

 両親を置いてかなり駆け足でゲルテナ展を巡っていたイヴは、とっくに1Fは制覇していた。最初に1Fを巡っていた時はまだ多分、こんな不思議な世界には入っていなかったと思う。

 

 そうなると、メアリーは2Fの奥の方にいたってことになるのだろうか?

 

 いや、それとも。イヴやギャリーよりももっと前から、この世界に迷い込んでいた可能性もある。

 

 イヴが両親とゲルテナ展に入場したのは昼下がりで、ギャリーよりもたぶん遅い。だから、先に入場したギャリーだけが、メアリーがいたことを見ていた。これなら、前後関係の辻褄は合うのだ。つまり、実はメアリーこそがゲルテナ展の一番最初の被害者だった、という可能性。

 

 ……もしそれが事実だとしたら。本当に凄い子だと、イヴは思う。

 

 だって、そうだとしたら。メアリーがひとりぼっちでいた時間はイヴよりも長い。そういうことになる。あくまで、このゲルテナ世界での時間の流れ方が普通だったら、という但し書きは付くけど。

 

 出会ったばかりの時も、こうして一緒に絵を見ている今も、メアリーがこの状況を怖がっている様子が見受けられない。イヴとギャリーと同じように、「早く外に出たい」という意志は、ハッキリ強く感じるが。

 

 もちろん、イヴと同じように強がっているだけ、という可能性はある。ただ、メアリーの態度は、やけに自然体なのだ。

 

 常に会話を途切れさせないでいてくれるギャリー。とても有り難いと思うが、同時に沈黙が怖いという雰囲気がイヴにも読み取れるくらいに滲み出ている。

 

 早くお父さんとお母さんの元に帰りたくて、率先して先を歩こうとするイヴ。でもギャリーとは逆に、緊張で喉がキュッとキツく締まったような感覚が抜けず、なかなかハッキリと声を出すことができない。

 

 対して、メアリーはどうか? 通りがかりの絵画について、楽しそうにギャリーに訊ねる様子は、まるで今が日常生活の一場面でしかないと言わんばかりだ。到底、恐怖から気を逸らすため、無理矢理で話題を広げているようには見えない。

 

 そしてそんなメアリーのお陰で、イヴ自身かなりリラックスできているのが分かる。だってこうやって他愛も無い話をしているだけで、あれほど出しにくかった声が、少しずつ出しやすくなってきている自分を感じるのだ。

 

 そうして、イヴは1つの結論に至る。

 

"本物の、メンタルつよつよ女の子だぁ……"

 


 

「わぁー、見て! 下に花びらがいっぱい落ちてる!」

 

「ホントだ。この絵から出てきてるみたいね」

 

「ここでずーっと待ってたら、このお部屋、花びらでいっぱいになるかな!?」

 

「なるかもしれないけど、そんなことになる前に帰りたいわ……」

 

 黄色い声を、聞きながら。ギャリーは、新しく加わったこの少女、メアリーの扱い方に頭を悩ませていた。

 

 新しく見つけた不思議の世界の遭難者、メアリー。彼女が、まだ少女だったのはある意味ラッキーだった。イヴも年が離れた見知らぬ男よりは、同い年くらいの女の子の方が気兼ねなく話せることだろう。イヴの心労を強く心配していたギャリーは、メアリーとの合流がイヴの気持ちに良い影響を与えることを期待していた。

 

 だからそういう意味では、メアリーが仲間になったことの効果は期待以上だ。……期待以上に過ぎる劇薬だった、という点に目を瞑れば。

 

 自由奔放、純真無垢、好奇心旺盛。イヴがどこか背伸びした大人びた良い子というイメージだったのに対し、メアリーはわんぱくな我が儘少女といった感じを受ける。きっとこの子の親御さんは、彼女に色々と苦労させられていることだろう。

 

 実際に今の状況、現在進行形でギャリーは軽く困らされている。多分、本当に彼女は「ずっと待ったら部屋が桜の花びらで一杯になるか」疑問に思っているから、それをギャリーに訊いているだけだ。ただ、本当の意味で普通の子供は、たとえ疑問に思ったとしても、声に出して訊けはしない。今はそれを訊くような時ではないと、周りの雰囲気やギャリーやイヴの様子から察してしまうから。

 

 メアリーは自分が思ったことは、すぐに口に出して言う。何か自分にとっての疑問が浮かべば、すぐに誰かに訊いてしまう。それは極端に言えば、周りの様子を窺わずに発言するということ。「空気の読めなさ」と表裏一体でもある。

 

 いや、より正確に表現するなら、「空気の読まなさ」か。メアリーの一挙手一投足からは、「自分が言うことは、聞いてもらえて当前」という態度が読み取れるのだ。「自分の望みは、叶えられて当然」という言葉に置き換えてもいい。それはある種の、無意識な傲慢である。

 

 自分、自分、自分。この子にとって、世界とは、自分を中心に回るもの。世界に、自分を合わせるのではない。それが常識なのだろう。

 

"さぞや、おもいきり甘やかされてきたんでしょうね。まあ、気持ちは分かるけど"

 

 イヴも美少女だが、メアリーもまた違ったタイプの美少女だ。メアリーの我儘は、無邪気でとても愛らしい。それに得てして、そういった手がかかる子供っぽい子ほど可愛がられやすい、とも言うものだ。見ず知らずの他人であるギャリーですらそう思うのだから、こんな娘が家族にいたら、きっと可愛くて可愛くて仕方ないことだろう。

 

 けして、悪いことではないのだ。ついさっきまでギャリーは、大人びた良い子なイヴが、何かを言いかけようとしては、考え直すように口をつぐむ仕草を見てきた。それを悲しく、痛々しく、感じていた。子供が子供らしく、思いのままに振る舞えないことは、ある種の不自然を内包しているということでもある。だから、メアリーの子供っぽいそれは、たとえ足を引っ張られようと、ギャリーからすれば微笑ましい。今が命のかかった、緊急事態でさえなければ、だが。

 

 人の言うことを聞く、イヴ。人に言うことを聞かせられる、メアリー。2人はまるで対極のようだが、どちらが良い、どちらが悪い、という話ではない。ただ、色々な子供がいる。そういう話だった。

 

"それにしても……"

 

 ギャリーは、メアリーの話題に上がった、この『月夜に散る儚き想い』という絵画について考察する。

 

 読んで字の如く、満月の夜桜を描いた作品である。対照的な3色を混ぜることで互いの存在感を際立たせるその美的感覚は、まあ流石は成功した芸術家、の一言に尽きる。そしてこの作品の最大の特徴は、絵であるのに額縁の外に飛び出し、まるで本物の桜であるかのように花びらが動くことだろう。

 

 そよ風に息づくように揺らいでは、それにあわせて散っていく桜の花びらの数々。嗚呼、確かにこれは美しい。

 

 だが同時に、ここで描かれているのは、満開の桜ではなく、散り際の桜なのであることを忘れてはならない。題名に「散る」と明記している辺り、ギャリーはそこにゲルテナの強い拘りを感じた。

 

 まるで作品を通して訴えかけられているようではないか。「花は散る瞬間こそが最も美しい」と。

 

"花は散る瞬間こそが最も美しい? 冗談じゃないわ"

 

 薔薇の花が命と同義のこの世界で。その言葉はつまり、「命は死ぬ瞬間こそが、一番美しい」とでも?

 

 この絵画には、魅入られるかのように観る者を釘付けにするほどの美しさがある。ギャリーはその美しさを、肯定した。肯定してしまった。だからこそ、まるで死が美しいものであると、自分自身でも認めてしまったような気がして、ギャリーはゾッとしたのだ。死ぬのが怖くない自分を見つけてしまったような気がして、そんな自分を怖いと思ったのだ。

 

 まだ子供のイヴとメアリーを、大人として絶対にこの世界から助け出さなくてはいけない。その義務感に突き動かされているから、「まだ死ねない、死んではいけない」という感情はある。

 

 ただ、本当に自分は外の世界に帰りたかったのだったか? 自分にとって、外の世界とはそんなに美しい場所だったか? 世界が色づいて見えなくなったのは、いつからか? そんな心の叫びの限りが、ギャリーの脳内に木霊する。

 

 例えばもしも、この2人の少女を無事に外へ連れ出せたとして。3人無事に、外に出られたとして。外の世界に戻ったギャリーは、果たしてその後どうするのか。その後、何をして生きていきたいのか。その目指すべき具体的な道の先を、ギャリーは知らない。きっとこれまで同様に、ずっと袋小路に閉じ込められたまま、ただ惰性で生きるだけ。死にたいほどの理由は無いが、特に生きたい理由も無い。

 

 こんな唾棄すべき感傷に捉われているなんて、絶対に打ち明けるわけにはいかない。本来なら頼れるはずの大人が、本当は自分達子供よりもずっと弱かったなんて。幼いこの子達に伝えたところで、ただ不安にさせるだけなのだから。

 

 こんな弱い想いの全てなど、それこそ命散るその瞬間まで。墓場まで持って逝くべきものに違いないのだ。

 


 

「わぁー、見て! 下に花びらがいっぱい落ちてる!」

 

「ホントだ。この絵から出てきてるみたいね」

 

「ここでずーっと待ってたら、このお部屋、花びらでいっぱいになるかな!?」

 

「なるかもしれないけど、そんなことになる前に帰りたいわ……」

 

 実際に、私はしばらく待ってたことがある。お父さんが帰ってくるのを、この絵の前で。積もっていく桜の花びらを、一枚一枚数えながら。

 

 『月夜に散る儚き想い』。

 

 この絵は、私にとってのお気に入り。

 

 月の黄色、桜のピンク、夜の青。私の好きな色が、全部あるから。

 

 散った花びらが下にたまって、少しずつだけど、動きがあるから。

 

 それらをずーっと眺めているのは、やっぱりとても綺麗だから。

 

 黄色は好きだ。星くずの色。私のバラと髪の色。

 

 ピンクは好きだ。桜の色。私が描く道の色。

 

 青は好きだ。夜の色。私のスカーフと瞳の色。

 

 夜。『呑み込める夜』、『ミドリのよる』、『星と鉱石の煌めき』、『零れ落ちる星空』、そしてこの、『月夜に散る儚き想い』。

 

 海。『干からびた螺旋生物』、『幾何学模様の魚』、『波打ち際の孤独』、そしてあの、『深海の世』。

 

 お父さんが創り上げた、夜や海の作品達。

 

 夜の空と海の底。上にあるもの、下にあるもの。大きく離れたこの2つは、だからこそとても似ているんだと、お父さんは言っていた。どちらも暗い色だけど、お父さんはこれを青で塗る。

 

 そう言えば。私の服は緑、茨の色。ちょっと難しい話だけれど、ミドリはアオの仲間なんだって。『ミドリのよる』が、あるのもそのせい。だから、茨や草木や葉っぱとかは、Greenで青々してるのが一番綺麗。

 

 つまり私は、青色と黄色。2つの大好きな色で出来ている。それは私の、ひそかな自慢。

 

 この絵に描かれているみたいに。外の世界の夜空には、数え切れないほどたくさんの、お星様が煌めいているらしい。どうやって宙に浮かんで光っているのか、それはとっても不思議だけれど、たぶんアンコウが頭の飾りを輝かせて、ぷかぷか海を泳げる理由と同じ。

 

 やっぱり私は、外に出たい。色づく世界に、行ってみたい。

 

 桜の花びらを数えることに、きっと終わりはあるけれど。夜の星を数えることに、きっと終わりはないはずなんだ。

 

 この眼で見たい。この眼に入れたい。

 

 私の瞳の2つの青は、夜や海を呑み込めるのか。きっとそれで、分かるはず。

 




赤色の薔薇、黄色の薔薇、青色の薔薇。

ならばいわゆる薔薇色は、

どんな色のことなのか。


~???~


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