【本編完結】Ib ~ゲルテナ展 10周年記念展~   作:梅山葵

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『ミルクパズル』

「ねぇ。アンタ達、ミルクパズルって知ってる?」

 

 突然ギャリーの口から飛び出した質問に、イヴは黙って首を振った。

 

 そんな単語、今までに一度だって聞いたこともない。

 

 ただのパズルとは何が違うのか。ちょっと想像してみたけれど、想像力の乏しいイヴの頭では、精々が牛乳の絵が描かれたパズルとか、そんなものしか思いつかなかった。でも、それじゃあ牛乳だけを特別扱いして、わざわざ別の名前をつける意味が分からない。

 

 結局その答えは、隣にいたメアリーが教えてくれた。

 

「ミルクパズルっていうのはね、牛乳みたいに真っ白なパズルのことだよ。ほら、あんな感じのやつ」

 

 メアリーが指差した先の壁に掛けられているのは、手付かずのキャンバスを思わせる純白の絵。

 

 いや。よく眼を凝らしてみると、確かにその絵は、無数のピースで作られていた。そして額縁の下には、今まで見てきた絵と同じように、この作品の名前がきちんと記されている。

 

『ミルクパズル』

 

 先程ギャリーが発した単語が、そこにはあった。

 

 なるほど。ギャリーはこれを見つけたからこそ、こんな話題を切り出したに違いない。

 

 絵が描かれたジグソーパズルだったら、私もやったことがある。

 

 ピースを繋げて組み上げていくうちに、段々と絵柄が出来上がっていくのは、自分がすごい絵描きさんになったみたいで、意外とやりがいがあるものだ。完成品を飾れることも、他の知育玩具に比べて達成感がある。

 

 そんなジグソーパズルは、元の絵の破片から類推して、嵌まるピースを見つけていくのが当たり前。なのにそのヒントとなる元の絵が、このパズルには存在しないわけで。それってとっても難しくない?

 

 疑問を抱いたイヴは、それを2人に訊いてみた。

 

「絵が無いのに、どうやって作るの?」

 

「さあ? アタシも昔やってみたことあるんだけど、テキトーに嵌め込んだらパズルはじけ飛んじゃったし……」

 

「ぷっ!?」

 

 ギャリーの返事の直後に聞こえた、声と言うには、どこか変な音。それはこのとっても静かな廊下に、よく響いた。

 

 今、イヴ達の傍に石像や動く絵は一つとして存在しない。だからどうしたって、その音の発生源は私達の中の誰かに限られてしまう。

 

 とすれば……自然と私とギャリーの首はその声の方向を向いた。そこには案の定、うずくまりながら口を手で塞いで必死に笑いを堪えているメアリーの姿があった。

 

「ギャリーってば、おもしろ〜い! どうやったらそんなことになっちゃうわけ!?」

 

 ついに我慢できなくなったのだろう。メアリーはギャリーを指差しながら、腹を抱えて大声で笑い出した。

 

"なんというか、可愛いってそれだけで有利だよねぇ。こうやって笑ってるだけで絵になるんだから"

 

 そうイヴは思った。

 

「何よ。そんなに笑わなくたっていいじゃない!」

 

「無理。絶対無理。だって……ねえ?」

 

 ギャリーの言葉に反して、メアリーの笑いは一向に収まりそうな様子を見せない。

 

 そして、ギャリーにとっては不幸なことに。笑いというのは、とっても伝染しやすいものなのだ。つられて笑ってしまったイヴは悪くない。だって、想像してしまったのだ。必死に無理矢理ピースを押しこんでいるギャリーの様子を。

 

 過去の行いを笑われることが照れくさかったのか、ギャリーは不貞腐れたように頬を膨らませた。

 

「もうっ! 笑うくらいなら、一遍やってみなさいよ! アンタ達もきっと同じ事になるんだから!!」

 

 ……それは、苦し紛れのただの言い訳にしか聞こえなかった。実際、ギャリー自身もまさかそれは、本気じゃなかったと確信している。今は、この不思議な美術館から脱出することが先決。だから、あくまでギャリーは自分の恥ずかしさを誤魔化したかっただけだったはず。

 

 それなのに。メアリーはそこで笑うのを止めて、急に真顔を浮かべたかと思えば……。

 

「いいよ」

 

 目の前に掛けられた『ミルクパズル』を、その額縁ごと手にとって、床へと向けてぶちまけた。

 

 


 

「ちょっ!? メアリー! 何やってるのよ!?」

 

 ばらばらと廊下一面に散らばる乳白色の破片達。額縁に綺麗に嵌まっていたピースは、全て衝撃で弾け飛び、その結果として眼の前の惨状がある。

 

 ギャリーは酷く焦っていた。まさか自分が『ミルクパズル』について触れたことが原因で、メアリーがこんな行動に出るとは思っていなかったのだ。

 

 黒歴史であるミルクパズルの話題をギャリーが出したのは、新しい仲間メアリーが増えてからというもの、どんな話題を振ればいいのか分からなかったから。だからその笑い話を通じて、イヴとメアリーが仲良く笑ってくれたところまでは良かった。……今となっては、後悔するしかない。

 

「大丈夫だよ〜。壊してるんじゃないから、怒られたりしないもん。パズルは遊ぶためにあるんだから!」

 

 どうやら、ギャリーの制止の意図は理解されなかったらしい。そんなギャリーにおかまいなく、メアリーは崩したパズルに取り掛かり始める。

 

「そういう問題じゃないでしょ!? 第一、どれだけ時間がかかると思って……!」

 

 今、ギャリー達がすべきことはこの不可思議な美術館からの脱出。こんなところで道草を食っているわけにはいかない。

 

 ましてや、かの悪名高いミルクパズルだ。以前これに挑みかかり、無様なまでに見事な敗北を経験したギャリーは、その難易度の高さ・かかる時間の長さを知っていて、だからこそ今この緊急事態で始めるなんて、全くもって冗談じゃなかった。

 

 咄嗟に、周囲の様子を警戒する。メアリーが『ミルクパズル』を床に叩きつけたことで、けっこうな音が出てしまった。この騒ぎをきっかけに、動く作品達が寄ってこないとも限らない。

 

 ……幸いなことに、メアリーがパズルピースをパチリパチリといじる音以外、廊下は静まり返ったままだ。何かがやって来るような気配は無い。

 

 やっと少し落ち着けたギャリーは、改めてメアリーに止めてもらうため、説得に舵を切ることにした。

 

「ねえ、今は外に出る方が大事でしょう? 早く、先に行きましょう?」

 

「…………」

 

「外に出た後、いくらでもできるじゃない?」

 

「…………」

 

 何度も隣で声をかけても、メアリーから返事は返ってこない。

 

「ちょっとメアリー、聞いてるの……!?」

 

 いい加減、無視されることに頭がきて、声を荒げかけた瞬間、気づいた。メアリーの丸い大きな青い眼が床の方から、一瞬だってギャリーの方に逸れないことに。

 

 おそるおそる、メアリーの顔の前、視界を遮るように手を振ってみる。しかしメアリーの眼の焦点は、全くと言っていいほどぶれないまま。

 

 無視しているんじゃない。気づいていないんだ。

 

 周りの景色も見えない。周りの音も聞こえていない。文字通り自分の世界に潜り込んでしまったような、凄まじいまでの集中力。それに息を呑まされたギャリーは、直前までの勢いを失ってしまう。

 

「ねぇ、ギャリー……。見て……」

 

 震えながら地面を指差すイヴの言葉。その顔は信じられないものを見るようで、口もポカンと空いたままだ。メアリーの顔に眼を奪われていたギャリーは、そんなイヴに促されて初めてちゃんと、メアリーの手の先を見た。

 

 真っ直ぐ手を伸ばし、床のピースを拾う。『ミルクパズル』の額縁に、それを嵌め込む。パチリという音がする。すぐに次のピースに手を伸ばし、それを拾う。先程の嵌めたピースの隣に、それを嵌め込む。パチリという音がする。

 

 動きに1つの迷いもない。動きに1つの乱れもない。……1つ1つの動作自体は速くない。十分子供に出来る動きだ。ただ、全く無駄のない動きというものは、こんなにも速く見えるものなのか。

 

「嘘でしょ……。確かに頭がいい人はすぐにできるって聞いたことがあるけど、これは……」

 

 どのピースがどこに嵌まるものなのか、メアリーに見えているとしか思えない。

 

 ミルクパズル。またの名を、ホワイトパズル・無地パズル。その名の通り牛乳でコーティングしたように全面が無地で真っ白なジグソーパズルのことを言う。

 

 絵柄という手掛かりが何1つないそれには、他にも実は異名があって、宇宙パズルとか地獄パズルとか言ったりする。宇宙パズルの名の由来は、その要求される集中力と忍耐力の高さから、宇宙飛行士の選抜試験にも採用されたことがあるから。地獄パズルの名の由来は、そのあまりの難易度の高さから、地獄の苦行を連想するからである。

 

 その正攻法は、1つ1つ順番に、合うピースを確かめていくしかない。しかし今ギャリーの眼前で繰り広げられている解法は、どう考えてもそれではなかった。

 

 驚きから立ち直れないギャリーとイヴを他所に、みるみる『ミルクパズル』が完成していく。……そして。

 

 パチリ。

 

 その音はゲーム終了の合図。全てのピースを嵌め終えたメアリーは、その表面を手で軽くポンポンとならすと、元々飾られていた壁の位置に、『ミルクパズル』を引っかけた。そしてこちらに回れ右をして……。

 

「ね、どうだった……!?」

 

 はしゃいだ声でイヴとギャリーに、その感想を訊くのである。

 

 まるでON・OFFを切り替えたみたいに、パズルを始める前と同じ、騒がしいメアリーが戻って来た。パズルに取り組んでいる最中のメアリーは、一言だって喋らなくて、まるで別人のようだったから、ギャリーはその様子にホッとする。

 

 かかった時間は体感時間でおよそ5分。腕時計が動かないことが大層悔やまれる。この世界に来てからというもの、何故か時計が止まったままなのだ。もしも動いていたとしたら、かかった正確な時間が分かっただろうに。

 

 すごいものを見た。命がかかった状況を考えれば、メアリーが『ミルクパズル』で遊び始めたことはハプニングだったが、こんな短時間でできるものなら、強く責めることはもう出来ない。

 

 メアリーは期待が混じった眼で、こっちのことを見つめてる。そうだ。あまりの凄さに圧倒されて、反応するのを忘れていた。

 

 パチパチパチ……。

 

 先程までの感動を掌に込めて、何度も何度も手を叩く。すぐにイヴもギャリーのそれに続く。

 

「スゴイじゃない! 一体どうやったらこんな簡単にできちゃうわけ?」

 

「コツがあるんだよ~。パズルを崩す前にね、その上に頭の中で絵を描いておくの! そうすれば、普通のパズルと同じ。……でしょ?」

 

「は……? いやいや、バラバラにしたらそんなの消えちゃうでしょ……」

 

「??? ちゃんと見ておけば消えないよ?」

 

 頭の中でピースの上に描いただけの絵が、消えないまま残って見える。それは言い換えれば、どこのピースがどこへ散ったか、全て憶えているということと同義ではないか……?

 

 メアリーがパズルを崩す動作は、ギャリーとイヴも見ていた。床に叩きつける衝撃を使ったそれは、ほんの一瞬の出来事だった。もしもその一瞬で、本当に数々のパズルピースの全てを、脳内の絵と関連付けられると言うならば……それはもはや、記憶力が良いというレベルを超えている。

 

 瞬間記憶能力、カメラアイ。そんな単語が、ギャリーの頭を過った。眼で見た風景、物質、映像を、一瞬で記憶できる特異能力のことで、そんな能力を持った人が少ないながら、確かに現実に存在すると、ギャリーは知識で知っている。

 

 ただ、今メアリーが行ったことを再現するなら、それですらまだ不足に思えた。

 

 写真1枚では、足りないのだ。眼の前で散っていく数々のピースを、元の正しい場所へと結び付けるには。必要となるのは、ピース1つ1つが飛び散る過程を映した、精確無比な動画である。

 

 ならばメアリーのこの青い眼は、カメラという比喩すらまだ足りない。あえて例えるならハイスピードカメラと言ったところか。

 

 その考察に至った時、ギャリーには眼の前の少女のことが、人ならざるナニカに見えてしまった。近寄ることすら躊躇わせる、化け物じみた異質な才能。凡人であるギャリーとは、住んでる世界が違い過ぎる。

 

 そう思い至ったギャリーが、一歩後ずさりかけた時。

 

「すごいよ、メアリー。私じゃ、そんなのできない」

 

 純粋なイヴがかけた言葉に、すんでのところで踏み止まった。

 

「そーなの?」

 

「うん。それ、メアリーがすごいだけ」

 

「えへへー」

 

 イヴとメアリーが和気あいあいと、楽しそうに話してる。それに比べ、今、自分は何をしかけた……?

 

 そうだ。イヴが正しい。メアリーはただ、すごかっただけだ。そこに悪いところなど、あるはずもない。ただちょっとそのすごさが、人智を超えたものだっただけ。

 

 それなのに、ただ自分の理解が及ばないというだけで、それを畏れて遠ざける。そんな醜悪な人間に、ギャリーは先程なりかけた。それを食い止めてくれたイヴには、感謝しかない。

 

「好きなんだ……? ミルクパズル」

 

「うん。でも、もう飽きちゃった」

 

 イヴの質問に対し、どこか遠い眼でメアリーは答える。

 

 ギャリーに言わせれば。一回やれば、あんなものは絶対に飽きてしまう。これに関しては、ギャリーは自分の判断がそう間違ったものじゃないという確信がある。

 

 しかし、彼女の口ぶりは、それを何度もやったことがあるかのようなものだった。

 

 彼女、メアリーは。一体何回、ミルクパズルをやったことがあるのだろう。

 

 メアリーの言葉を聞きながら。ギャリーはふと、そんなことを考えた。

 


 

「よくできたね、メアリー」

 

 その言葉は、私が大好きな言葉だった。

 

 お父さんはこう言って私を褒めてくれる時、決まって私の頭を撫でてくれる。

 

 その手の朧気な感触とお父さんが浮かべる笑顔こそが、私にとっての存在理由だったんだと思う。

 

 だけど。大好きだったその手の形も、今はもう思い出せない。

 

 だからそれを思い出すために外の世界に行く。そのハズだったのに。

 

 『ミルクパズル』をイヴとギャリーの2人の前でやって見せたのは、単純に自分だったら出来るんだという事を証明するための手段に過ぎなかった。

 

 だって私にしてみれば、もうこんなのは出来て当然。私が何度これをやったと思ってるの? 数えてなんかいなかったから流石に正確には分からないけど、100や1000じゃきかないよ?

 

 だからそこまで、私は2人に何かを期待していたわけじゃなかった。褒めて欲しいなんてことは、ちょっとだけしか思ってなかった。

 

 だけどやっぱり「すごい」って、そう言ってくれるのはとっても嬉しい。

 

 こんな感覚、いつ以来だろう。家族のみんなも、褒めてくれたりはする。拍手してくれたりもする。けれど、こんなに懐かしい感じがしたことはなかった。そんな気がする。

 

 ……そう言えば。初めて『ミルクパズル』をやった時、お父さんが横でそれを見ていてくれた。

 

 あの時の私は今みたいに、まだやり方も何も知らなくって、ただただうんうん唸るばかり。そんな私の隣にしゃがみ、横から覗き込みながら、お父さんは訊いたんだ。

 

「白は好きかい、メアリー?」

 

 床に置かれた額縁と、辺り一帯に散らばった『ミルクパズル』のピース。眼の前に広がる白を睨み、喉に上がってきた本音を、ちょっと躊躇いながら口に出す。

 

「……実は、あんまり」

 

「ほう……?」

 

 色の好き嫌いは良くないと、ホントは私も分かってる。でもそれが当時の私の、正直で素直な感想。

 

「まだキャンバスだった時を、思い出しちゃうの……」

 

 お父さんが色を入れる前の私は、元は白紙のキャンバスだった。その時の私は今みたいに、考えることも動くことも、何ひとつ全く出来なかった。

 

「……私、あの時には戻りたくない。だから、白はちょっと怖いの」

 

「そうか。それは、辛いことを訊いたね」

 

 お父さんは、なんとも言えない優しい眼で、私の言葉を聞いている。

 

「好き嫌いしたりして、ごめんなさい」

 

「謝る必要は無いとも。それも立派な、メアリーの色だ。いろんな人がいて、いいんだよ」

 

 そう言ってお父さんは私を撫でた。いけない私を責めたりせず、白が嫌いなことも否定せず、まとめて私を受け入れてくれた。

 

「それにね、メアリー。最初が真っ白だったのは、メアリーだけじゃない。みんな同じさ」

 

「……みんな?」

 

「生まれた時は誰もがみんな、純白でまっさらだ。それは、私だって変わらない」

 

「お父さんも……!?」

 

 私は眼を輝かせて、お父さんにすり寄る。自分だけのコンプレックスだと思っていたことが、実は自分だけじゃなかった。それを知るのは嬉しいことだ。それが特に、大好きなお父さんとも共通するなら、なおさらだった。

 

「私のこの薔薇だって、最初はただの白だったんだ」

 

 お父さんは手に持ったステッキの、持ち手部分をこちらへ向けた。花びら一枚一枚の色が全て違う、とても綺麗なレインボーローズ。これが元は白だったなんて、ミルクパズルと同じ白だったなんて、ちょっと私には想像つかない。

 

「……ねぇ。どうしてお父さんは白いパズルをするのが好きなの?」

 

 白が嫌いな私が、どうして『ミルクパズル』に挑戦してみたのか。それは、大好きなお父さんがよくやっていて、その真似をしてみたいと思ったからだ。

 

「……これを作る過程が、作品創りに似ているから、かな。……メアリーはこのパズルをするのに必要なものは何だと思う?」

 

 お父さんは手近なミルクパズルのピース1つを拾うと、額縁の嵌まる場所にパチリと合わせ、そして私に問いかけた。ちょっと首を傾げつつ、私はさっきまで自分が遊んでいた感触と、お父さんがやってた時の姿を思い出して、自分なりに答えを捻り出す。

 

「組み合うピースを見つける眼……?」

 

「……これは持論だけどね。頭の中でハッキリとした絵を描き出す創造力と、それを一瞬でキャンバスに焼き付ける記憶力。その2つだと思っているよ」

 

 その時の私には、それがどうしてこのパズルの攻略に繋がるのか、意味不明だった。そんな私の様子を見て、お父さんは話を続ける。

 

「ミルクパズルを始める前に、崩す前のそれを見ながら私はいつも一呼吸置くだろう? その時に私はこの白いキャンバスの上に絵を1つ頭の中で描き上げるんだ。できれば、カラフルな方がいいね。そしてパズルを組み上げる時は、その頭の中の絵の色を頼りに、1つ1つピースを繋げていく。もちろん、崩す時にもピース達に目を光らせておく必要はあるがね」

 

「え〜。そんなこと、ホントにできるの?」

 

 確かに、額に収められた状態のミルクパズルなら、頭の中で絵をその上に描き出すことも可能かもしれない。

 

 でも、ピースをバラバラに崩してもそれを維持するなんてことができるとは、絶対であるお父さんの言葉とはいえ、俄かには信じ難かった。

 

 だけどそんな私に、お父さんは額縁から1つ白いピースを摘まみ出すと、それをおもむろに私の方へ向けたのだ。

 

「私にはこのピースに描かれた、虹色の薔薇のうちの黄色い花びらが見える」

 

 どんなに目を凝らしても、確かにそれは真っ白いただのピースに違いなかった。けれどそう言うお父さんの眼に宿る光も、その落ち着いた口調も、どこまでも真剣で。あくまでそれは私にとってそう見えているだけで、お父さんには確かに別に見えてんだって、これ以上ないほど悟ったんだ。

 

「……メアリー。どんな時も心の中に、真っ白なキャンバスを持っておきなさい」

 

 真っ白な髪・眉・髭のお父さんは、ゆっくりと私に言い聞かせる。

 

「いずれ技量は、ついてくる。だからただ、一度見たもの、聞いたこと。そしてその時、感じたこと。それを絶対に忘れないように、キャンバスの余白に描いておくんだ。……積み重なったそれらがいつか、メアリーのことを助けてくれる」

 

 ……実際に私が『ミルクパズル』に没頭するようになったのは、お父さんが来なくなっちゃってから。

 

 大して面白くも思えないのに、ひたすらこれを繰り返した理由。それは多分そうすることで、あの時のお父さんの声をはっきり思い出せると、そう信じたかったからだと思う。

 

 今では。元々疑ってなんていなかったけど、お父さんのやり方が正しいんだって、自分の身で証明できるようになった。

 

 どんなに散らばってシャッフルされても、私のこの眼は見逃さない。全てのピースはちゃんとそれぞれ、違った絵柄が描かれていて、固有に色づき輝いてる。そういう風に、見れるんだ。

 

 もっとも、あまりに使い古したこのミルクパズルじゃ、もう触った感じだけでどこのピースであるか、一瞬で分かるようになった。たぶん今の私なら、目隠しした状態だったとしても、パズルを簡単に完成させられる。完成させることが、出来てしまう。

 

 ……だから言える。飽きちゃった、と。

 

 ピースの形を感触で覚えるなんて方法、お父さんは私に言ったことはない。つまり、これは間違ったやり方なんだ。

 

 私は他でもない、お父さんの教えてくれたやり方で遊びたいのに。慣れ親しんでしまったこのピースでは、もうそれもままならないよ。

 

 ねえ、お父さん。私、こんなに短い時間で『ミルクパズル』できるようになったよ。

 

 あの時の私なんかとは、もう比べ物にもならない。ね、すごいでしょ。

 

 ……それなのに。

 

 どうして、褒めにきてくれないの?

 

 会いたいよ、お父さん……。

 




虹色の薔薇の造り方。

生きた白薔薇を用意して、

色とりどりの色を吸わせる。


~???~


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