【本編完結】Ib ~ゲルテナ展 10周年記念展~ 作:梅山葵
「……イヴ、好きなの? こういうの……。アタシは無理だわ……」
「ギャリーって……ヘン!」
「変なのはアンタたちでしょ!」
……やっぱり、一緒に出るならイヴかなぁ。
青いみんなが、カワイイのか、カワイクナイのか。意見が真っ二つに分かれたさっきまでの論争を思い返しながら、紫一色の廊下を歩く。
私は当然カワイイ側で、イヴも同じ。だけどギャリーは、みんなのことをキモチワルイと言った。
やっぱり、ちょっと感性が違うのかもしれない。ほら、やっぱり男の人だし、大人だし。女の子の私達とは、合わないところもあるのかも。
ギャリーも、悪い人じゃあ、ないんだけどなぁ……。『月夜に散る儚き想い』や『ミルクパズル』の前で話した時の、さっきまでの印象を思い返す。
どこかお父さんを思い起こさせるような、懐かしい雰囲気。でも、外に出ればお父さんには会えるんだから、私がほしいのはトモダチなんだ。
この世界から出られるのは2人だけ。だから私は、眼の前の2人のどっちと一緒に行くかを選ばなくちゃいけない。決めなくちゃいけないんだ。そしてその、制限時間が迫ってる。
この世界から出る直前まで、別れを引き延ばすのは良くない気がする。だって出る直前まで3人一緒だったら、ちょっとした手違いで、外に出る2人に私が入れなくなっちゃうかもしれない。
逆に、予め2人になっておけば、万が一私がお父さんの作品の1つだと気付かれちゃったり、出られるのが2人だけなんてことがバレたりしちゃったとしても、「2人で出よう」ってなるかもしれない。
……だからみんなにお願いして、できるだけ自然な流れで、2対1のグループになるように分けてもらうんだ。私から無理矢理別れようとしたら、それで嫌われちゃうかもしれないもんね。
だけどそれを、どこか名残惜しく感じている私がいる。どっちも選ぶことが出来るなら、3人全員で出ることが出来るなら、それを選びたい私がいる。でも、それは叶わない。
自然と歩みが遅くなる。ギャリーが先を歩いて、イヴが続いて、その後ろに私。でも、そうやって先延ばそうとしても、遂にここまで着いちゃった。みんなと相談して決めた、分けてもらうための場所。
…………。
……迷ったけれど。私、決めたよ。
やっぱり、私はイヴと出たい。好きなもののセンスも一緒だし、同じくらいの女の子。絶対にいいトモダチになれる。
ギャリーもいい人ではあるけれど、大人だし、男の人だし。確かにお父さんに似てるところもあるけれど、お父さんには外に出れば会えるもん。それに何より、みんなをキモチワルイなんてヒドイしヘン。そーゆーところは、ちょっと嫌だな。
だからお願い、『嫉妬深き花』。私・イヴ2人と、ギャリー1人。その頑丈な茨を使って、私達をそうなるように分けてほしいの。
ゴゴゴ、ゴゴゴ……。
茨がだんだん迫ってくる音。お願いした私はもう気づいてるけど、イヴとギャリーはまだ気づいていない。上手くタイミングを合わせるために、その音に耳を澄ませながら、1個だけ大事なことを、決め忘れてたって気づいちゃった。私とイヴで2人して、これからどっちの道を進むのがいいかな?
まず、最初に頭をよぎること。お父さんのパレットナイフを取りに、物置部屋に寄るべきかどうか。
あのパレットナイフは、元々はお父さんのもの。お父さんが作品を創る時に使ってたもので、その気になればこの世界のものはなんでも描き変えられる。
お父さんがこっちの世界に来なくなってからは誰も使わなくなっちゃったから、ガラクタ置き場に仕舞いっ放しだけど、念のためアレを取っておくべき?
……そしてすぐに思う。その必要はないよね、と。
だって、イヴもギャリーも悪い人じゃなかったし、この世界の家族にだって、悪いのなんていやしない。悪いのなんていないんだから、何かを描き変えなきゃいけない状況なんて、やっぱり起きようがない。
だからもっと考えるべきなのは、これからイヴと2人でどっちの道を行きたいか。
物置小屋を通るルートは、すぐに2階に上がる。『星と鉱石の煌めき』を見ながらお星さまについてお話しするのもいいし、『扉の番人』に協力してもらって、クイズゲームやるのも面白そう。イヴには家族のみんなのこと、もっと知ってほしいしこれはありだね。
逆に、『赤色の目』の部屋に戻るルートは、本棚裏の隠し通路を通って1階を進むことになる。イヴもみんなのことは撫でたいくらいに好きだって言ってくれたし、みんなと遊びながら進むこっちも楽しそうだ。
そうだ。タカラサガシ。イヴと一緒に、絵具玉の宝探しゲームするのはどうかな? お父さんを待ちくたびれた私が退屈していた時に思いついた遊び。みんなに7つの絵具玉を隠してもらって、それを私達が探す。隠す場所を変えればなかなか飽きない、私が思いついた自慢の遊び。
あっ!? いけな~い!? とっても大事なこと、思い出しちゃった! 1階には、私について書かれた本がある。イヴとギャリーがこの世界にやって来たのは突然で、すぐに合流しようと慌てていたから、あの本はそのまんまだ。
何かの拍子であの本を読まれたりしたら、私が作品だって2人にバレちゃう。マズい、マズい。それはすっごく、大問題。イヴにもギャリーにも、嫌われたくはないもん。ちゃんとこっそり、差し替えとかなきゃ。
よーし! そうと決まれば、後は頑張るだけだよ!
決意を胸に、私は出来る限り自然を装って口を開く。
「なに……? この音……、近づいてくる…………」
私の言葉を合図にして。石の茨が床を割き、私達の3人の足元から次々と突き出す。私達が歩く廊下通路を塞いで、真っ二つに分けるように。
「床から、何か出てきた!」
「な、なんかマズイわ! みんな絵から離れて!」
イヴもギャリーも私に言われて、ようやく異変に気付いたみたいだ。
ダイジョーブかな、私の言い方。ボーヨミになってたり、しないよね?
「イヴ! あぶない!!」
私はイヴの手をしっかり掴むと、イヴが茨に当たらないように、私の方へと引き寄せた。
私がいた、後ろの方へ。青いみんなの、いる方へ。
「困ったわねぇ。画材ばっかりで、ロクなもんがありゃあしないわ」
ギャリーは所せましと並べられた無数の段ボール箱を引っ繰り返しながら、そう愚痴る。丁寧に中を調べたりせずに、やや荒っぽい調べ方になってしまっているのは、やはり焦っているからだろうか。
『嫉妬深き花』と題されたあの絵のせいで、その茨によって物理的にイヴとメアリーから引き離されてしまったギャリーは、あの気色悪い青い人形が陳列された部屋で見つけた紫色の鍵を使って、この倉庫のような部屋の探索をしていた。
廊下を塞ぐ無数の茨の間に若干の隙間があったことは、不幸中の幸いだった。その隙間を通じてお互いの様子を窺うこともできたし、こうしてイヴ達の方から鍵を投げ渡してもらうことも出来たから。
"あの子達2人にケガがなかったことだけが、せめてもの救いね"
イヴとメアリーの2人に合流する手段、茨を壊す手段がこの手に無い以上、それを探さなくてはいけない。あるいは、別ルートを通じて、向こう側へと迂回する道を見つけるか。
メアリーの提案に乗って別行動することに、あまり気乗りしなかったのも事実だ。その理由は、あの『嫉妬深き花』の攻撃に、若干の不自然さが見え隠れしていたから。
ただ偶然ギャリー達を襲おうとしてきて、それが当たらなくて諦めただけならいい。ただ、あの絵画は一度ギャリー達が目の前を通るのを完全にスルーした後、何故か2回目の通りがかりで襲撃を行ってきている。そして一度無害だと判断して油断していたからこそ、こうして今その被害に悩まされているとも言えるのだ。
こうしてイヴ・メアリーの2人からギャリーが離されているこの状況、それこそがあの攻撃の意図だったとしたら。それこそあの絵画の名前の通り、イヴ・メアリーとギャリーが一緒にいた状況に嫉妬した誰かの存在を感じないわけにはいかない。その誰かとは、やはりこの世界を支配するゲルテナか?
美術展に来る観客は、大人の方がずっと多い。メアリーと出会うまでは、子供のイヴが巻き込まれたのは、ただの偶然だと思っていた。しかし2人目まで現れたとなると、いよいよ何かしらの意図を感じてしまう。
……でも、確かにメアリーの言う通り。ずっとあのまま茨を挟んで、3人で立往生を続けるわけにはいかないのもまた事実。幼いあの2人に先を行かせるならともかく、逆にあの2人を待たせて大人の自分が探索するのは道理にも合っている。
「……あら?」
電灯のちらつきに反射して、ギャリーの視界をかすめる、一筋の閃き。先程中身をぶちまけて、あたりに一面に散らかった無数の画材の中に、ギャリーは金属特有の光沢を見つけた。
「パレットナイフ、か……。」
声に混ざってしまった落胆の色は隠せない。
パレットナイフ。別の呼び方では、ペインティングナイフと言うこともある。主として油絵具で絵を描く時に使われるナイフの一種。柔らかいタッチを与える筆とは異なり、盛り上げや塗り込みなど、硬質な塗り表現をしたい時などに使う。また、既にキャンバスの上に塗られた絵具を掬い取ったりするときもある。
つまりその本質は絵を描くための道具であり、何かを切ったり裂いたりすることが目的の、通常のナイフとは全くの別物なのだ。その証拠に、このパレットナイフも菱形状の刃先は楕円形に丸みを帯びていて、尖ってすらいない。
画材と一緒に保管されるものという点では、此処にあって納得の品ではある。だが残念ながら、こんな小さな刃物と呼ぶのも烏滸がましいナニカで、あの巨大な茨の石柱を削って子供一人通れるようにすることは、どう考えても現実的でなかった。
「……ただ。こんなものでも、無いよりはマシかしら」
どこまで役に立つかは分からないにしろ、まあ丸腰よりは良いだろう。イヴ、メアリー、ギャリーの3人の中で、ギャリーだけが大人。いざという時、まあ力仕事だったり、あるいは考えたくもないが暴力的な手段が必要になった時、その役回りを果たすべきは自分なのだと、ギャリーは自覚している。そんな時に、この頼りない絵を描く道具によって、あるいは助けられることもあるかもしれない。
ギャリーは軽くコートをはためかせると、その内ポケットに拝借したパレットナイフを忍ばせてみる。皮肉にもパレットナイフは武器としては小さ過ぎるおかげで、特に持ち運びに不便は感じなさそうである。これなら、邪魔になってかえって足を引っ張る可能性を考慮して、此処に捨て置いておく必要もないだろう。
"……そう言えばこのポケットは、レモンキャンディを入れていたところだったわね"
大した収穫が無かったのは名残惜しいが、一度イヴ達の元に戻って、改めて作戦を考えることにしよう。そう思い、ふと入口の方を振り返って瞬きをする。
まるでモアイ像のような、首から上だけを模した超巨大な石像がある。こっちの方を向いている。入口の扉の前に、立っている。さっきまでは、絶対なかった。このままでは、通れない。イヴとメアリーの元に、戻れない。
"ちょ……、ふざっけんじゃないわよ!"
慌てて、石像に駆け寄って、全体重をかけて押そうとしてみるけれど、ビクともしない。人間と同程度の体積しかない『無個性』の重さとは訳が違う。ことこの非常事態に至って、たとえ禁則事項に触れようが、壊すことだって躊躇しないが、この丸ごと大きな岩から彫り出したらしき頭の像は、そもそもそれすら不可能に思える。
ゴトゴトッ……。
後ろの方から、部屋の中から、物音がした。おそるおそる物音の方を、像を押そうと屈んだ態勢を維持したまま、石像の顔が黙って見つめる方向へと首を回す。
青と黄色。2体の『無個性』達が、動いていた。こっちの方へと、近づいてくる。
え。コレ、無理じゃない……? こんな狭い場所で、1体ならまだしも、2体相手に自分の薔薇守りながら格闘とか……。
その結論に、至った直後。
「イヤーッ!!??」
ギャリーは男にあるまじき甲高い悲鳴を上げた。そしてその悲鳴で発揮した声の大きさを維持したまま、巨大な顔の石像の向こう側の入口の扉へ向けて、その先のイヴとメアリーに向けて捲し立てる。
「イヴ、メアリー! ちょっと戻れなくなっちゃったけど! 絶対! 絶対! 別のルートから、そっちに合流するから!」
扉に阻まれてイヴとメアリーに聞こえていないかもしれないという懸念はあったが、部屋奥の扉へと走り出す。この美術館に来て、もはや無意識にまで染み付いた動き。作品達は、扉を超えられない。だから、扉を超えてしまえば安全なのだ。
否応なしに道を別つことになってしまった2人の少女を心配しながら。ギャリーは扉の向こうへ逃げ込んだ。