【本編完結】Ib ~ゲルテナ展 10周年記念展~   作:梅山葵

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『心壊』

「どうしたの、イヴ? イヴも宝探し、一緒にしようよ?」

 

 耳を素通りする、まるでこれは日常だと言わんばかりの、平然したメアリーの呼びかけ。

 

 白とピンクの兎さんの、縫いぐるみ達が入り乱れる部屋の中。イヴは眼を疑う景色を前に、ただ呆然とへたり込んでいた。

 

 視界のあちこちに散乱する、お腹の部分をパックリ裂かれた、痛ましい姿の兎さん達。中から漏れ出た綿屑が、まるで内臓を引き摺り回されたように、床のところどころに落ちている。

 

 そしてその中央では。楽しくて堪らないといった様子のメアリーが、また新しい兎さんに手をかけては、爪を立てるようにしてそれを引き裂く。

 

 ビリビリッ!

 

 耳を塞ぎたくなるような、繊維が千切れる不快な音。同時に勢いよく飛び散った、細かい中綿の破片の数々。その一部はゆっくりと放物線を描き、イヴの頭に当たったあと、最後はその髪に引っかかった。

 

 陰惨としか表現できない、現実離れした光景だ。イヴは自分がなぜこのような状況に直面しているのか、メアリーと此処に来るまでの一部始終を、思い返さずにはいられない。

 

 

 石の茨によってイヴ・メアリーの2人とギャリー1人に物理的に引き離されてしまった後、イヴ達は紫の鍵で開く扉の先を調べに行ったギャリーを待っていた。そしてそう時間が経たないうちに、たぶんその扉の向こうから、やけに騒がしい音が響いてきて、そうしてすぐに静かになった。

 

 イヴにはハッキリ聞こえなかったが、騒がしい音の中に、ギャリーが叫ぶ声も混じっていた気がする。

 

 たぶんあの後、あの部屋で、何かトラブルが起きたんだ。だから、ギャリーは戻ってこなかったんじゃなくて、戻ってこれなかったんだ。

 

 メアリーと一緒だから、ひとりぼっちじゃない。そういう意味では以前とはずっとマシだけれど、それでもギャリーと離ればなれになってしまったことは不安でならない。

 

 ギャリーは、大丈夫……、かな。 とても、心配だ。

 

 無意識に、ギャリーに貰ったレモンキャンディを掌の中で転がした。そうすれば、改めて落ち着くことができるような気がしたから。

 

 

 

 メアリーの提案で、私達も改めて兎さん達のお部屋を調べることにしてみた。

 

 本来は、ちゃんと大人の言うとおりに待っているのが良い子なんだろう。だけどずっと茨の前で座り込んでいるだけだと、ギャリーが大丈夫かという心配が頭をぐるぐる回るばかりで、気が変になりそうになる。

 

 それなら、まだ動いて何かをやっている方が気が紛れそうな気がしたから、メアリーの意見に賛成した。

 

 だから、まさか。調べ直すことで、本当にメアリーの言うように、何か見つかるなんて思っていなかった。それどころか、先へ進むための通路のようなものが本棚の後ろに隠れてたなんて、思ってもみなかった。

 

 なんで。どうして。最初に3人で調べた時に気づけていれば、今頃ギャリーと離ればなれになんて、なる必要がなかったってことになっちゃう。

 

 せっかくメアリーが新しい通路を見つけてくれたのに、イヴはそれを純粋に喜ぶことができなかった。

 

 ただ、曇った気持ちがちょっとだけ晴れた出来事もあった。本棚裏の隠し通路の先の狭い通路を進んでいると、あの部屋にいた兎さん達の縫いぐるみのうちと思わしき1匹が、イヴ達に付いてきたのだ。

 

 どうやら口を開いて話すことはできないみたいだけど、兎さんはインクで壁に文字を書くという形で、イヴ達にこう伝える。

 

"こんにちはイヴ、メアリー。わたし、ひとりでさみしいの。だからいっしょにつれてって"

 

 兎さんはイヴの一番大好きな動物さんで、兎さんに話しかけられるというこのシチュエーションは、美術館に閉じ込められているという点にさえ目を瞑れば、夢で見たような状況だ。とてもほっこりする。胸がポカポカする。

 

「わぁ~。ねぇ、イヴ。連れてってあげようよ!」

 

 メアリーも兎さんのことは好きなようで、メアリーの意見に同意したイヴは、廊下にぽつんと座っていた兎さんの縫いぐるみを床から拾い上げる。

 

「あ。イヴだけ、いいなぁ……」

 

 そう言えば、ギャリーはこの兎さん達のことを、気色悪いと言っていた。実際、動く作品達に何度も襲われたりしてるから、動いたりしそうに見える作品は全て、危なそうに見えるのだろうか? こんなにも可愛いのに。

 

 イヴは腕の中にすっぽりと収まった兎さんを優しく撫でた。兎さんも兎さんで、口で直接は喋れないからその感想を聞くことはできないけれど、その身体をぐりぐりとイヴに押し付ける様子を見る限り、なんとなく満足気な様子に見える。

 

 この世界に迷い込んで一番最初に会ったのがアリさんだったことを、この時のイヴは思い出していた。アリさんが話すなら、兎さんだって話すだろう。アリさん、元気にしてるかなぁ。絵は踏み潰しちゃったけど。

 

「ねぇ、イヴ……ちょっと、聞いてもいい?」

 

 抱えた兎さんを撫でながら長い廊下を歩いていると、横のメアリーがふと歩みを止める。

 

「ギャリーって……、イヴのお父さん?」

 

 ギャリーが、イヴのお父さん。そう見えるくらい親密な仲に、メアリーには見えたのだろうか。もちろん、事実は違う。イヴには別にお父さんがいて、だからこそイヴはお父さんとお母さんの元に帰ろうとしているのだから。

 

 ……でもじゃあ、ギャリーとイヴの関係って、どう表現するのが正しいのだろう。ギャリーとは、この美術館で迷う中で、今日初めて出会った。そういう人のことを、世間一般ではどう呼ぶ?

 

"知らない人……?"

 

 違う、違う! 確かに、イヴとギャリーが共に過ごした時間はまだ短い。けれど、一緒に協力してこの美術館を歩いて育んだ親交は、そんな薄っぺらな関係じゃないはずなんだ。ギャリーからもらったレモンキャンディが、その証拠だ。

 

 だからただ、イヴは自分の脳裏をよぎった言葉を振り払うように。

 

「ちがうよ」

 

 とだけ、答えたのだった。

 

「ふーん。じゃあ、お父さんは別にいるのね」

 

 イヴの回答に、メアリーは何を考えたのか。ただ、その内容を噛み締めるように、

 

「そっかぁ……」

 

 とゆっくりつぶやく。

 

 そのままメアリーは、おそらく自分の中では繋がっているのだろう質問を続ける。

 

「イヴのお母さん、やさしい?」

 

 お父さんの話に続いて、お母さん。こんな問いかけをするということは、やっぱり明るいように見えるメアリーも、心の奥では自分の両親に会いたくて寂しいのだろうか。

 

 ……お母さん。こんなにも長い間、迷子で行方不明になって、いろいろな人に心配をかけてしまっているのだから、やっと会えた時にはきっと怒っていることだろう。その怖い顔を想像して、でもその懐かしい顔が思い出せたことで、イヴは少し上機嫌になって笑顔が零れる。

 

 だからメアリーの耳元に、口を近づけ片手を添えて、そっと告げ口をするように、

 

「怒ったらこわい」

 

 と囁いた。

 

「あははは。イヴでも、怒られるんだ!」

 

 それを聞いたメアリーは、いたくイヴの回答が気に入ったみたいで、ころころと楽しそうに笑っていた。メアリーも、自分のお父さんかお母さんに怒られた時のことを思い出しているのだろうか。

 

「早くお父さんとお母さんに会いたいよね? わたしも早くここから出たいよ……」

 

 両親の記憶を思い出して、少しだけ気分が晴れて、だからこそ早くここから出て会いたいと強く思わされる。メアリーがこの会話を振ったのは、そのためだったのかもしれない。

 

「ね……イヴ、あのさ……」

 

 そして最後におずおずと戸惑いがちに、メアリーが切り出した。

 

「もし、この世界から出られるのが、2人だけだったら……。どうする?」

 

 あまりにも、考えたくない。遭難者が助かるにあたって、むしろ考えてはいけないような、悲観的過ぎる仮定だった。

 

 ただ、訊いているメアリー自身も、どこか気まずそうな様子に見える。イヴがこの質問で気分を害するかもしれないとは、きっとメアリーも察してはいるのだろう。ただ、それでもこうしてわざわざイヴに訊いてきたということは、これはメアリーにとって重要な問いだったんだと思う。

 

「どうしてそんなこと聞くの?」

  

 メアリーの意図が知りたくて、イヴはそう返す。

 

「え……、ん-と。なんとなく……。もしそうだったら、イヴはどうするのかなって……。ちょっと気になっただけ! もういいや、早く行こ!」

 

 すると、メアリーは誤魔化すように言葉を並べて、先にスタスタ行ってしまう。

 

 ただ悲観的になってしまっただけなら。「出られるのが1人だけ」あるいは「誰も出られない」というもっと最悪なケースを想定してしまうもの。そうではなくて、「出られるのが2人だけ」のケースを考えてしまうとしたら、それはきっと、「出られない1人」が誰になるかが、気になっているんじゃないだろうか。

 

 もしかしたら。「もしも仲間外れにされるなら自分かも」と、メアリーは恐れているのかもしれない。最初に訊かれた内容も、ギャリーとイヴの関係性についてだった。メアリーは、イヴとギャリーのペアに、後から加わった形で合流している。今はこうして不可抗力でイヴとメアリーの2人きりになっているが、あんな事件が無ければ、今も3人一緒だったろう。そういった構図の中で、イヴとギャリーが仲良くしていたことは、メアリー視点では疎外感を受けるものなのかもしれない。だから不安で、あんなことを訊いたんじゃないだろうか。

 

 だとしたら、メアリーがそんな不安を感じないようにしないと。そう思って、私は兎さんを持っていない方の手をメアリーと繋いだ。そうすると、メアリーはパァッっと弾けるような笑顔を浮かべる。

 

 

 細長い廊下を抜けた先の扉を開くと、とても開けた大きな部屋に行き着いた。奥には2階へと通じると思しき階段が見えたが、巨大な顔つきパレットがそれを塞いでる。

 

"7つの色彩、絵の具玉を集めよ。さすれば、道は開かれるだろう"

 

 イヴには、絵の具玉とやらが何を言っているのか、すぐに当たりがついた。床に落ちていて、拾った瞬間に消えた謎の黄色い玉、間違いなくアレのことだろう。その証拠にあの顔つきパレットに、消えたはずの黄色い玉が勝手にセットされていたから。

 

 そしてその絵の具玉探しは、かなり順調に進んでいたはずだった。

 

 やけに乗り気なメアリーは、意外にもゲルテナ作品の知識が豊富のようで、『ジャグリング』なる絵画の製作が6223年だと見事に当てた。イヴと同様に、メアリーも親に連れられて来ただけかと思っていたが、この感じだとメアリーは純粋にゲルテナ作品が好きでゲルテナ展にやってきたのかもしれない。

 

「見てよ、イヴ! 青色の玉、もらったよ!」

 

 また、そうやってイヴとメアリーが絵の具玉を探している様子を見ていたからだろうか。突如、イヴの腕の中の兎さんが飛び出したかと思うと。

 

"ねえ、たからさがししてるの? わたしもいっしょにあそびたい"

 

 兎さんは壁にそうコメントを残すと、ぴょんぴょんと跳ね回りながらどっか行ってしまった。

 

 その後もイヴとメアリーで絵の具玉探しは続けていたのだけれど、『連作 同体の2匹』の蛇から吐き出された『ガラスのハート』を『あずかりし心臓』に渡してから入れた書庫では、イヴ達とギャリーを引き裂いた茨がこっちにも生えていた。

 

 そして、茨の隙間から奥を覗き見てみると、桃色の絵の具玉が置かれている。

 

「う〜ん。あれは、トゲトゲをなんとかしないと取れないね〜」

 

 ただ、他にもこの書庫の本に紛れていた『色彩の極意』と題された本からは、緑の絵の具玉を見つけることができたし、本を調べている途中で兎さんも戻ってきた。

 

"わたしも、ふたつみつけたよ。いっこあげるね"

 

 ポンと眼の前に置かれる赤の絵の具玉。兎さんのおかげで、これで黄・青・緑・赤・4つだ。

 

"もういっこもほしかったら、わたしたちのおうちにあそびにきて"

 

 イヴとメアリーが頷くと、兎さんは案内するように、1つの扉を開けて、その中に入っていった。そこは、さっきまでは開かなかったとこだ。

 

 イヴがメアリーと一緒にそこに入ると、そこは隠し通路を見つけた部屋とすごく似ていて、兎さんの縫いぐるみ達がたくさん並んでいた。そして部屋の中央に、白い絵の具玉が置かれている。

 

 ここが兎さん達のおうち、ということなのだろう。こうして遊びに来たのだから、もうこれは貰っていいということだろうか。

 

 疑問に思いながらも、白の絵の具玉を拾って、これで計5つ。残りは、書庫の茨奥の桃色とガス室の青色の2つだから、一応、全ての絵の具玉の所在は明らかになったということだ。

 

 ……その時、入口のドアノブをガチャガチャと回そうとする焦ったメアリーの声が響いた。

 

「ねえ、イヴ。大変だよ! カギ閉められちゃった!」

 

 同時に、イヴの目の前に現れる赤い文字。

 

"また、たからさがし、しようよ。だれが、カギをもってるかな"

 

 ついでに鳴り響く、ゲーム開始っぽい鐘の音。それに合わせて、部屋奥の絵画から、たぶん兎さん達のドンらしき、一際大きな兎さんが、ひょっこりと額縁から顔を出してこっちを見下ろす。わぁお、ファンシー。

 

 え、ところで……。宝探し? またぁ? 遊びのレパートリー、少な過ぎない? 正直、絵の具玉探しで、もうお腹一杯なんだけど。

 

 まあでも、兎さん達のお願いなら、しょうがないかなぁ……。

 

 たくさんの兎さんがいるとは言え、兎さんの総数は多く見積もっても50匹は超えないくらい。縫いぐるみ自体は柔らかいから、硬いカギを持っていれば、触って簡単に気づけそうだ。メアリーとの2人がかりだったら、そこまで時間もかからないだろう。

 

 イヴにとって、本当に怖いのは、ひとりぼっち。ゲルテナ作品それら自体は、厳密な恐怖の対象ではない。だからこの状況は、実はあまり怖くない。

 

 もちろん、命に等しい薔薇を奪おうとしてくる作品は、怖くはある。だが、逆に言えばここまで来る途中で、いろいろ味方になってくれた作品もいた。

 

 この兎さん達は、別に薔薇を奪おうとはしてこないし、なんなら絵の具玉探しに協力してくれたりしている。

 

 その後に追加の遊びに付き合うことを強制してくるあたり、すごく面倒くさいお友達なのは確かだが、身の危険を感じる手合であるわけではなかった。

 

 メアリーは、そっちの方から、お願い。

 

 役割分担のためにそう言おうと、半ば疲れ気味の雰囲気で振り返ったイヴは口を開きかけ……そして、そのまま冒頭に戻る。兎さんの縫いぐるみ達を次から次へと破り続ける、メアリーの姿に。

 

 ……この美術館の探索途中。閉じ込められているにしては、メアリーは楽しそうだな、とは思っていた。唐突に『ミルクパズル』で遊び始めた時なんかが、最たる例だろう。

 

 そして、その底抜けの明るさに、助けられていたところも間違いなくあった。雰囲気が暗くなりそうな時だろうと、構わず明るくいられる。それはこういった極限状態では、最大の強みであって、イヴもギャリーも持ち得ないもの。だからイヴは、メアリーのそういうところは好きだったのだ。

 

 ただ、ことここに至って。イヴがこれまでに描き上げてきたメアリーの人格像、それが根底から揺るがされている。

 

 実のところ。ギャリーが目の前のような行動に、兎の縫いぐるみを引き裂くような行動に出たとしても、イヴはショックを受けこそすれ、それでもすぐに回復していただろう。

 

 イヴが見る限りでは。ギャリーは基本的に、作品は作品でしかないという考え方だ。たとえ動いていたとしても、自分達と同じ存在だとは見做していない。だから、禁止されようとも、あまり作品を壊すこと自体に躊躇しない傾向がある。まあ実際、動く作品なんて常識外れの代物は、下手をすれば化物だってこと、イヴだって否定はできない。

 

 一方のイヴは、と言えば。まだ子供だからかもしれないが、そこまでハッキリ割り切ることができないでいる。作品達が自分達と同じように意思を持って動いている以上、自分達と根本的には何が違うのか、それが分からない。だからどこかで、作品を壊すことへの本能的な恐怖がある。それは言わば、無意識的な殺しへの忌避に近かった。

 

 メアリーも、同じだと思っていた。動く作品達に親近感を持ち、また動いている兎さんの縫いぐるみをカワイイと言うメアリーは、つまりはイヴと同じものの見方をしている側なのだと。

 

 しかし。イヴの前で繰り広げられた、この惨状を整理するなら……。もしかしたら、それは違うのではないか?

 

 メアリーは、兎さん達の縫いぐるみをカワイイと言ったのに、そんな兎さん達を引き裂くことに、なんの痛痒も感じていないように見える。

 

 メアリーは、もしかしたら。ギャリーのスタンスでも、イヴのスタンスでもなくて。動く作品達のことを、自分達と同じ存在と見做しているのに……別に壊しても構わないと思ってる。

 

 理解できない。理解したくない。……だって。だって、それじゃあ。

 

 メアリーは、全く同じ状況なら。相手が自分達と同じ人間でも、物を取り出すためならば、喜んでその腹を開こうとする。そういうことに、なりはしないか?

 

 その結論が、導かれるや否や。強烈な既視感が、イヴを襲った。

 

 知ってる。知ってる気がする。それとすごくよく似た話を、イヴは最近、観た気がする。

 

「イヴ! カギ、見つけたよ~! 今、扉を開けるね~!」

 

 遂に宝探しの賞品を、この部屋のカギを見つけたメアリーが、それを持った左手を頭上に挙げて、高らかにゲームクリアを宣言した。そのメアリーの台詞と姿。完全にあのシーンと一致する。

 

 嗚呼、そうだ。その絵本の名は。その絵本の名は、確か……、『うっかりさんとガレット・デ・ロワ』。

 

 ガレット・デ・ロワの中にコインではなく、うっかりカギを入れた赤い少女が、うっかりそれを呑み込んだ、青い少女の腹を裂き、そのカギを取り出す物語。

 

 まだギャリーと合流する前、ひとりぼっちの時に見たあの絵本が、イヴは気持ち悪くてたまらなかった。人が包丁で腹を裂かれるという、残虐な結末自体も怖かったが、何より怖かったのは常識のズレ。

 

 あの絵本の中で、赤い少女は悪として描かれておらず、あくまで普通の少女である。それなのに。たかだか書斎のカギ程度のため、人の腹を切り開くのが、彼女にとっての常識なのだ。そこに潜む、普通に生きている限りにおいて、絶対に揺らがないはずの優先順位の違い。それこそが、イヴが理解できずに恐怖したもの。

 

 そう。今のこの状況を、あの絵本に当てはめるとするなら。メアリーが、あの絵本の赤い少女で。兎さん達が、あの絵本の青い少女で。

 

 そこで、兎さん達の姿がブレた。兎さん達の姿が、絵本の青い少女の姿に、一瞬だけ重なった、次の瞬間。イヴの周りを取り囲んでいた兎さん達は全員、不気味な青い人形達へと変貌していた。

 

 ……そして。それらの赤い目に取り囲まれながら、それらのお腹を破いて笑えるメアリーは。自分達とは、違うのだと。心の作りが、違うのだと。イヴはこの時、気づいたのだ。

 




厄介なことに。

自身が"壊れて"いることは、

自分では気づけない。


~???~




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