【本編完結】Ib ~ゲルテナ展 10周年記念展~   作:梅山葵

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『隠した秘密』

「私達、鍵がかかったドアの先で階段を下りたところの部屋の書斎にいるよ」

 

『告げ口』という作品から、はぐれたイヴとメアリーからの居場所の情報が来た時は、とてもビックリした。ゲルテナ作品を伝言役にするとは、なんともまぁ奇想天外な連絡手段を見つけたものだ。

 

"これが若い柔軟な頭って奴なのかしら……"

 

 虹の橋が落ちないか、そーっと渡って鍵を手に入れて、そうして開くようになった扉は1つ。急いで階段を駆け下りて、書斎と思わしき扉を片っ端から開け放っていく。そして。

 

「ギャリー!!」

 

 ある扉を開けた瞬間、ギャリーに向かって、小さな身体が勢いよく突撃してきた。そしてそのまま、ひしとギャリーにしがみつくと、そのお腹に顔を埋める。紛れもなく、それはギャリーが探し続けていた2人の少女の片割れ、イヴに他ならなかった。

 

「イヴ!! 良かった! 大丈夫? 怪我はない?」

 

 コクッ、コクッ……。

 

 押し付けられる力が2回。ギャリーの言葉に頷くように、ギャリーのお腹に強く伝わる。イヴが無事だったのだと、下手な言葉よりもよく伝わって、ギャリーは胸を撫でおろした。

 

「メアリーは? あの子はどこ行ったの?」

 

 そう訊かれたイヴは上目遣いでギャリーを見上げると、その身体を預けたまま、首だけをゆっくりと回して、書斎の奥の方を見やる。その視線の先を追うと、本棚の裏に隠れるようにして、顔の上半分だけをひょっこりと出し、おっかなびっくりこちらの様子を窺っているメアリーがいた。

 

「……!?」

 

 ギャリーと眼が合ったことに気づくと、メアリーはそれに驚いたようで、すぐに本棚の向こうへ顔を引っ込めてしまった。しかし、ちょっと待つと。またおずおずと顔を出して、こちらを覗く。そしてやっぱり、すぐに引っ込める。

 

"なに、あれ……?"

 

 一方そんな姿を見たイヴは、ギャリーにくっついた体勢のまま、大きく溜息をついたかと思うと、名残惜しそうにギャリーから離れた。そしてメアリーが消えた奥の本棚まで、スタスタと歩いていき、その裏へと回り込む。本棚の向こうから、イヴとメアリーがこそこそと、言い争うような声が聞こえる。

 

「……ほら! ホントのこと、言うんでしょ!?」

 

「ヤ、ヤダ、イヴ……!? 押さないで……!」

 

 イヴが強い声で何かを主張し、メアリーがそれに弱い声で抗議する。それは、ギャリーが離ればなれになる前に2人に対して抱いていた印象とは正反対だった。まるで、攻守がくるっと逆転してしまったかのような。

 

 やっとギャリーの前に全身を見せたメアリーは、1冊の分厚い本を胸に抱えていた。本はメアリーの身体がほとんど隠れてしまうくらい大きなもので、遠目では図鑑のように見える。

 

 姿を見られたメアリーは、ようやくそれで観念したのか、肩をイヴに両手で後ろから押さえられたまま、ゆっくりとギャリーの方へと歩いてきた。そうしてギャリーの元まで辿り着くと、持っていたその本を、黙ってギャリーに押し付ける。『ゲルテナ作品集 下』。そう表紙には、書かれていた。

 

 内容を見てほしいという意味だろうとは察しがついたので、軽くパラパラと中身を流し見する。『蛇蝎の精神』、『吊るされた男』……。ゲルテナの作品の数々のエピソードが、絵の写真と共に紹介されている。2階の茶の間でギャリーが見つけた、『ゲルテナ作品集 上』の続巻のようだった。

 

「……? これが、どうかしたの……?」

 

「……」

 

 ギャリーの問いに対し、メアリーは口を閉ざし、目を伏せたまま、動かない。

 

 簡潔にまとめられていて、確かに情報源としては有力かもしれない。ゲルテナ作品の知識についてクイズを出してきた輩もいたことだし、脱出の手掛かりにも成り得るだろう。しかし、今のメアリーの態度を見る限り、彼女が伝えたいことは違うように思える。

 

 見かねたイヴが、ギャリーに言った。

 

「Mの、ページを見て」

 

 イヴに言われるままに作品集のインデックスを頼りにMから始まる作品が纏められているページを開く。

 

 真っ先に開いたページで解説されていたのは、『ミドリのよる』だった。ただ、イヴも、メアリーも、反応がない。イヴとメアリーが伝えたいことは、この作品についてではない。だから隣のページを捲ってみた。そこの見出しには……

 

 『メアリー』とあった。『メアリー』とあった。『メアリー』とあった。

 

"『メアリー』 ----年 ゲルテナが手掛けた、生涯最後の作品。まるでそこに存在するようにたたずむ少女だが、もちろんのこと彼女も実在しない人物である"

 

 紹介文の反対側のスペースに載せられている絵の少女。それはつい今しがた、ギャリーにこの本を手渡しした少女と、瓜二つで……。

 

「な、なんで……。え? うそでしょ……、これ……。メアリー……?!」

 

「……なんて言ったらいいか、分からなかったから。だから、この方が早いと思って……」

 

 弾かれるようにギャリーは顔を上げ、本とメアリーの間で視線を往復させ、作品集の少女と目の前の少女を見比べる。作品集に載っている絵の少女を、2次元から3次元化させたなら。まさに目の前のような少女になるに違いなかった。

 

 メアリーをモデルにして、ゲルテナがこの絵を描いたということはあり得ない。だってここの解説文で、メアリーという少女は存在しないと断言されている。解説文の方が間違っている可能性が頭を一瞬過るが、それはメアリーがこれを自分から渡したことによって否定された。

 

「お父さんが創ってくれた"バラ"も。イヴ達が持ってるのとは、ちょっと違うみたいなの……」

 

 メアリーはそう言うと、彼女が持つその黄色い"バラ"をギャリーの眼の前に差し出した。

 

 ギャリーが間近でよく目を凝らすと、それはとても綺麗だったが、逆にそれが異質に感じた。生きた薔薇に特有の、いつか散ってしまう儚さが、眼の前のこれからは感じられない。そうやってやっと、ギャリーはメアリーが持つ"バラ"が、とても精巧に作り込まれた造花だったのだと気付いた。こうやってまじまじと見ない限り、暗い美術館の中で気づくのは、至難の業だったに違いない。

 

「……メアリーはね。ゲルテナの作品だったの。でも私達と同じように、この世界から外に出たくて。だから仲間に、なりたかったんだって……」

 

 混乱するギャリーが状況を整理できるよう、イヴが補足する。

 

「確かに隠し事をしてたけど……。でもそれは、私達に嫌われたくなかったからってだけ。だから、ギャリー……。メアリーも、一緒に連れてってあげよう?」

 

 そしてイヴは、メアリーがゲルテナ作品だと分かった今でも、彼女を一緒に連れて行くべきだと、そう言うのだ。

 

「ちょっと待って……。大丈夫なの、それ……?」

 

「―!? ほら! やっぱりダメじゃん、イヴ!!」

 

 気が進まなそうなギャリーの姿勢を見て、メアリーの声色に怒りが滲む。

 

 ギャリーにとって。ゲルテナ作品は、敵だった。『青い服の女』に薔薇を奪われたことに始まり、命の恩人のイヴまで手にかけようとする非生物達。それに、イヴとギャリーがこの世界に迷いこむことになった元凶は、結局はゲルテナ。そのゲルテナによって創られた作品達が、ゲルテナ側であることは自然である。

 

 一度イヴと離ればなれにさせられたのだって、ゲルテナ作品のせいだ。そしてギャリーはあの事件に、ギャリーを引き離そうとする何らかの意図を感じていて、その不吉な違和感の正体は明らかになっていない。

 

 そもそも、イヴとギャリーが「この世界から出たい」と思うのは、「元の世界に帰りたい」からだ。しかし、メアリーがゲルテナ作品だと判明した以上、彼女の帰るべき世界は此処ということになる。ゲルテナ作品である彼女にとって、此処は言わば我が家であり、積極的に出ようとする事情がない。つまり、メアリーが「この世界から出たい」はずの具体的な理由が、まるまる失われてしまったことになる。

 

 そういった数々の考察から予想されるのは、メアリーはまだ他にも私達に言えない秘密を隠しているんじゃないか、ということだった。

 

 頭の中に思い浮かんでは消える、メアリーを連れて行くべきではないという、数々の理屈。しかしイヴがメアリーを庇う次の言葉を聞いて、ギャリーはそれを呑み込むしかなかった。

 

「大丈夫……! だって、メアリーは。私が危なかった時に、助けてくれたから……」

 

 ギャリーがイヴのために何でもしたいと思うのは、イヴが幼い少女であることも理由だが、一番の理由は「ギャリーが危なかった時に、イヴが助けてくれた」からだ。

 

 同様に、「イヴが危なかった時に、メアリーが助けてくれた」なら。イヴがメアリーのために何でもしたいと思うことを、ギャリーには否定できない。否定できる、わけがない。それはギャリー自身の行動原理をも否定することになるから。

 

「……分かったわ。ごめんなさい、メアリー。疑ったりしちゃって」

 

 だからギャリーは、表面上ではそれを受け入れることにした。この優しい少女が、イヴがメアリーを信じようとする気持ちは、尊いものだから。それは決して、単なる大人の理詰めで、一方的に論破していいものじゃない。

 

「え……? ホント!? ギャリーも、私のトモダチになってくれるの?」

 

 でも、だからこそ。そんな優しい心に付け込んで、メアリーがイヴに何か悪いことをしようと企んでいたなら。絶対に、ギャリーはそれを許せないだろう。

 

「ええ。アタシとメアリーも……。これで、友達よ」

 

「……!? やったーっ! スゴイ、スゴイ! イヴの言ったとおりになったよ!」

 

 ギャリーの言葉を素直に受け取ったらしいメアリーは、さっきまでの怒りがみるみる引っ込んで、イヴと両手を取り合って、上機嫌そうにジャンプを繰り返す。

 

 ギャリーは強く決意していた。メアリーを信じるのが心が綺麗なイヴの役目なら、メアリーを疑うのが心が汚いギャリーの役目。メアリーがまだ何か秘密を隠し続けているのであれ、あるいはそれがギャリーの杞憂であれ。それできっと、バランスは釣り合う。

 

 ギャリーはメアリーを信頼していない。そんな簡単に信じられるほど、ギャリーはメアリーのことを知っていない。

 

 そんな秘密を隠したまま。ギャリーは薄っぺらい笑顔を浮かべ、イヴとメアリーを撫でようと、それぞれの頭に両手を伸ばす。

 

 彼女達から見えないように、コートの中に潜ませたままの、パレットナイフ。それが振り下ろされるその先が、メアリーにならないことを祈りながら。

 




Sub rosa.

薔薇のすぐ下、隠れた棘あり。


~???~


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