教室の一部が静まり返ったような気がして、何気なくそちらに視線を向ける。
視線の先に、奇抜な恰好をした女子生徒を見て、
(――ああ、これだから友達の一人もできなかったのか)
と思った瞬間、僕は自分が転生者であることに気がついた。
「ぼっち・ざ・ろっく」は、いわゆるきらら系と呼ばれる漫画作品だ。
きらら系ではあるが、一般にイメージされるようなふわふわ日常系といった作品ではなく、ガールズバンド系の成長物作品に、顔芸や狂気といったトッピングをふんだんにまぶした、かなりロックな作風をしている。
登場人物はだいたいやべー奴といっていい。中でも主人公がかなりやべー奴なうえ、バトル漫画でもないのに死んだりしている。物理的な顔面崩壊やら質量をもつイマジナリーフレンドとかどうなっているのやら……。
そんなやばい作品だが、バンドや人間の成長物語としての軸はしっかりしていて、前世の自分はとても好きだった。
アニメ化の際は素直に喜んだし、それが想像以上の素晴らしい出来栄えであったのはとてもありがたかった。
漫画で表現しにくい音楽要素の描き方もさることながら、アニメ化にあたっての再構成のうまさ、アニオリ描写での膨らませ方など、良かったところをあげればきりがない。
……前世知識の振り返りはこのくらいにして、そろそろ現実に戻るべきだろう。
今日は高校の始業式。
普通なら話し声がそこかしこから聞こえるはずの、事実さっきまでそうだった教室は沈黙で満たされている。
その偉業(?)を成し遂げた、クラスメイトと思われる女子生徒の容貌には見覚えがある。
「ぼっち・ざ・ろっく」の主人公――後藤ひとりだ。
後藤ひとりというキャラクターを一言で表すなら、得意分野を不得意分野で帳消しどころかマイナスにしている残念少女だ。
容姿に恵まれ、ギターの腕前はプロ級、本当に大変な時には周りを勇気づけられるような芯の強さ……ここまではまさに主人公の風格といえる。
ところが恵まれた容姿は伸びっぱなしの髪や雑な服装、姿勢の悪さなどで発揮されず、ギターについても人見知りのため、人前での演奏がまともにできない。芯の強さも日常においては発揮されず、ショックをうけるとすぐ顔面崩壊してしまう。
さらには陰キャ・コミュ障・独特なセンスのトリプルコンボにより数々の奇行を繰り出しては、気持ちの悪い笑い声を漏らすこともしばしば…。
結果、後藤ひとりには友達がいない。
友達がほしいという意欲はある。中学時代の黒歴史から逃れるため、片道2時間かかる高校に通うほどの行動力もある。
だが自分から話しかけにいく勇気が持てず、努力の方向性が明後日の方に行く傾向があるためか、友達づくりの努力が実を結ぶことはなかった――
――そんな間違った努力の例がここにある。
基本装備であるピンクの芋ジャージ。加えて星型メガネと付け髭。『祝 おめでとう』と書かれたタスキ。
これが後藤ひとりの今日の恰好だ。メガネやタスキは明るい人のイメージなのだろうが、盛大にすべっているうえ、全体的にダサい服装と絶望的にマッチしていない。
……こんな鮮烈な高校デビューをすれば、入学して1か月たってもクラスメイトとろくに話ができなくても無理はないだろう。
話は変わるが、今世の自分は今まで転生者であることを自覚していなかった。
特に秀でた能力があるわけではなく、将来の進路も漠然としていて、友達もいないわけじゃないがクラスの中心レベルとは程遠い。
高校の始業式という節目の時でも、新しく目標をつくるとか、人間関係を広げるとかしようとは思わず、中学時代からの友人と適当にだべっていた。そんな人間だ。
そんな人間が、絶賛悪目立ち中の初対面コミュ障女子に話しかけられるだろうか…?
(……ムリ、ムリデス。絶対に変な目で見られる)
こんな空気の中で話しかける勇気はない。
何事もなかったかのように話し声が再び聞こえはじめた教室の中で、
(高校には私が根暗な人間だって知っている人はいないし、楽しそうな恰好をしていけば絶対誰かが話しかけてくれるはず……)