バイトを巡った伊地知姉妹の戦争勃発から数分が経過し――既に趨勢は決していた。
どちらが勝者かは、うなだれた伊地知虹夏を見れば語るまでもないだろう。
星歌さんの話を要約するとこうなる。
①そもそもバイトの人数は十分足りていて、これ以上増やすのは人件費がかさむ
②仮に採用するなら、まずは面接から
③バンドメンバーの面倒を見るのを、部外者に頼りすぎるな
そもそも後藤さんについてOKしたのも、破格の対応といえる。まじめに面接すればバイト(特に接客系)に受かる可能性は0だろうし…。
それを察した伊地知さん(妹)が、後藤さんがバンドにかかる費用を稼げるようにするために、姉である星歌さんにお願いした結果が、人柄やスキル等を完全に度外視した採用決定――いわゆるコネ入社だ。
そういった事情がなく、バンドメンバーですらないのであれば、通常の採用手順を踏むようにというのは正論なんだろう…。
「そもそも『迷惑かけちゃうかもだけど、あたしがフォローするから』なんて言ってなかったっけ?」
「はい…。言いました……」
「なら安易に一緒に働いてもらおうとしないで、頑張りなよ。バンドメンバーとしてこの先もやっていくなら、人間関係はしっかり構築しておいた方がいいんじゃない?」
「ごめんなさい…。あたしの考えが甘かったです……」
伊地知姉妹の話し合いはまだ続いているけれど、もはや話し合いというより、一方的なお説教となっている。これはバイトの話は立ち消えだな…。友達として同席するのもこの流れだと遠慮されそうだし、後藤さんの初バイトを見る計画は、もはや実現できそうにない。
いたたまれない空気になっているからか、いつの間にか他の人も離れた席に移動している。いつまで続くんだろう……なんて思っていたら、山田さんが「ねえ、」と話しかけてきた。
「? はい、なんですか?」
「畔って、好きなバンドとかあるの?」
この空気の中で雑談……だと? 驚愕して思わず山田さんの顔をまじまじと見てしまうが、なんのプレッシャーも感じていないような表情で見つめてくる。心臓に毛が生えてるのか?
しかし好きなバンドね……原作に出てきたやつ以外は知らないんだけど。結束バンドはまだろくに活動してないし『SICK HACK』は酒のイメージが…。それなら、
「SIDEROSやケモノリアなんかが好きです」
「ふーん……どっちも評判いいみたいだね。SIDEROSは新宿FOLTで活動しているみたいだし、そっちの募集は探したの?」
「あ……いやその、実はそんなにバイトしたいわけでもなくて……」
原作に出てきた人気バンドの名前をあげたら、スマホで情報を検索した山田さんにツッコまれてしまった。つい本音を話してしまったけれど……どうしよう、なんて言えばいいかな?
無言で続きを促してくる山田さんに、考えがまとまらないまま口を開いた。
「後藤さんや結束バンドのことを見ていたくて……一緒にバイトできそうってなったら、つい」
「………」
「お金はまあ、別のバイトでもいいですし、そこまで困っているわけでも……」
「結束バンド目当て……だからこの前、ライブ途中で帰ったの?」
え、この前って結束バンドがライブした日のことだよね。なんで途中で帰ったことを知っているんだろう…?
疑問に思った僕の考えを読みとったかのように、山田さんが続きを話した。
「せっかくだから一緒にライブ見ようって、虹夏が探してた」
「……すみません。その、失礼なことを」
「別にいい。途中退場はよくあることだし」
ネットで調べたら途中退場はできるみたいだし、人も多いから別にいいかと思ったんだけど……そんなことになっていたのか。一緒にライブを見る――そんなイベントがあるって知っていれば、絶対残っていたんだけどなぁ…。
ライブ日の失敗がさらに発掘されたことにダメージを受けていたら、お説教タイムが終わった伊地知さんが戻ってきた。
~~~~~
(うぅ……お姉ちゃんにこってり絞られた……)
あたしの考えが甘かったのはよく分かったけど、あんなに厳しくしなくてもいいのに……なんて思う。まあ、ライブやれて浮かれていたのも事実だし、厳しくされるのはしょうがないのかも。
ツンツンツンなお姉ちゃんのことを考えながら席に戻ったら、畔くんが意気消沈していた。バイトの話なくなっちゃったからかな……悪いことしちゃったよね。
「畔くん、ごめんね。バイトの話なんだけど……」
「はい…。聞こえていたので、大丈夫です」
沈んだ様子で畔くんが答える。うん、ほんとごめん。
リョウはいつも通りに見えるけど、畔くんは沈んでるし、あたしもちょっと居心地が悪い。このまま今日は解散かな……いやでも、まだ聞きたいことが……うん、いっちゃおう!
「ところで畔くん、歌の上手な女の子とか知らないかな?」
「えっ?」
畔くんにギタボ探しのことを説明する。結束バンドにボーカルを入れたいこと、できればギターが弾けるといいけど、意欲があれば問題ないこと。
話しているうちに場の空気も回復してきたので、ちょっとおしゃべりしてから今日は解散となった。
感触としては……悪くないかも? なんとなく心当たりのありそうな反応だったし。いい子が見つかるといいな。
畔くんが帰った後のこと。
バイトが始まるまで、あたしはリョウとだべっていた。
「ギタボ探し、うまくいくといいね」
「そうだね」
リョウがぐでーっとリラックスした様子で答えてくる。こういった様子は学校の人には見せないから、なんかちょっと不思議な気分になる。優越感…? なんていうんだろう?
あたしも一緒にぐでーっとしながら、話を続けた。
「リョウ、畔くんのこと、結構気に入ったの?」
「なんで」
「だって、男の子に名前呼び許すの、珍しいじゃん」
リョウが顔を向けてくる。
なんとなく、感情の読みにくい目をしている。こういう時のリョウは何も考えていないことが多いけど……ごくまれに、何か深いことを考えているらしい。
「まあついでだし」
「うん」
「あと……気に入らないから」
気に入ったのかと思って聞いたのに、気に入らないって何だろう――なんて疑問に思うけど、リョウはそれ以上話すつもりがないようで、口を閉じたままだった。
ゆったりと、沈黙の時間が流れる。
色々、お姉ちゃんに言われたことなんかを考えていたら、リョウが「なに考えてるの?」と聞いてきた。
「畔くんに色々お世話になってるから、今度お礼にご飯でもおごってあげようかなって」
「その時は私もついてく」
「リョウにはおごらないからね?」
不満そうにしているリョウを置いて、仕事にとりかかる。
お客さんが入り始めたのにあわせて、あたしは笑顔を浮かべるのだった。
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STARRYからの帰り道。足取りがちょっと軽い。
結局バイトの件はうまくいかなかったけれど……収穫はそこそこあった。
1つは、伊地知さんと山田さんから、名前呼びの許可をもらえたこと。
これからSTARRYで会う機会もあるだろうし、お姉ちゃんと紛らわしいから――なんていう理由で、虹夏さんが許可をくれて、リョウさんもついでに……と許可してくれた。
名前呼びの方が親密になれた気がするし、一歩前進と言っていいだろう。とはいえ虹夏さんからは全く他意を感じなかったし、リョウさんの方は……どちらかというと、険しさのようなものを感じた。フレンドリーというより宣戦布告のような…。
(後藤さんの呼び名についても聞かれたけど、ちょっとなぁ……)
”ぼっちちゃん”や”ひとりちゃん”はさすがに恥ずかしいし、”ひとりさん”はなんかちょっと違う気がする。”ぼっちさん”はまだマシだけれど、今の関係ではなんか呼びにくい。
当分は後藤さんのままだろう。
2つめの収穫は、STARRYでのバイトについて、新たな情報を得られたこと。
虹夏さんが星歌さんから聞いた話によると、6月の上旬に、新しくバイトの募集をするらしい。本来ならその枠に、喜多さんが入るのだろう。
喜多さんの枠だとすると、僕が代わりに入ることで、ストーリーが変わってしまう可能性があるわけだが……まあそのあたりは、面接を受けてから考えても遅くないかな。2人とも採用されれば影響は少ないだろうし、喜多さんが落ちるところなんて想像できない。
なんにせよ、1日で色々と進展したと思う。
晴れ晴れと浮いた気分のまま、僕は家への帰り道を歩くのだった。
――いや結局、後藤さんの初バイトを見れないのには変わりないじゃん!
※一応断言しておくと、ハーレム展開とかにはなりません。
2話後半もスキップという暴挙に出てしまった…。
スキップにするかどうかは迷ったけれど、入れるなら受付に拘束する予定だったので、どちらにせよ畔くんがドリンクバーでのシーンを見るチャンスはない模様。