「風邪だって? 長引いちゃって大変だったね」
「私ノートとっておいたから、後でコピー渡してあげる」
「あっありがとうございます」
月曜日の朝。
秀華高校、1年2組の教室にて――
「ねえねえ後藤さん、それってギターなの?」
「あっ……そ、そうです」
「ギターいいなぁ…! なんかカッコいいね!」
「えっ? えへへ……か、カッコいい? うへへ……」
クラスメイトに話しかけられる後藤ひとりという、僕の常識ではありえない光景が繰り広げられていた。
時間は少し戻り、先週の週末のこと。
僕は、罪悪感に苛まれていた。
罪悪感の内容は「後藤さんが風邪をひくことを分かっていながら、放置した」ことである。
後藤さんは初バイトの後、氷風呂などの後遺症で風邪をひく。この展開自体は特に必要ないので、後藤さんにアドバイスをするなりして、風邪をひかなくてすむようにすることも考えていた。
しかし、後藤さんが風邪をひくのは、喜多さんを結束バンドに勧誘する流れに繋がっている。そして、喜多さん勧誘の過程では、今後の後藤さんと喜多さんの関係における土台ともなる要素がいくつも存在する。
また、後藤さんが喜多さんを勧誘する勇気を出すためには、STARRYで一緒に働くことがほぼ必須といえるのだが……それは星歌さんが「今日は人手不足になりそうだから」と提案して実現したことだ。
つまり、別の日に喜多さんをSTARRYに連れて行った場合、原作通りの流れになるか分からない。
以上の理由で、後藤さんの風邪~喜多さん勧誘までについて、僕はなるべくノータッチでいくことを決めた。
少しだけ手を加えるとすれば、”喜多さんの噂を僕から後藤さんに伝える” ”ライブハウスまで一緒についていき、虹夏さんたちに僕の貢献を印象づける”くらい。
バイト中・バイト後のシーンは……すごく見たいけれど、無理はしないつもりだ。
ともかく、原作通りの流れに任せた結果、後藤さんは風邪で休むこととなったわけだが……実際に空っぽの席を見ると、ちょっと罪悪感がわいてくる。
普段の死亡芸とかなら気楽に見ていられるのに、不思議なものだ。
そこで、快気祝い(+謝罪)として菓子折りを買うことを決め、月曜日の朝、登校してきた後藤さんにそれを渡したのだけれど…。
(なんでこんなことに? 菓子折りを渡すまではいつも通りだったのに……)
後藤さんに励ましの言葉と菓子折りを渡したら、ふにゃふにゃの軟体動物になった。これは別におかしくない。よくあることだ。
異常事態はその後に起きた。
クラスメイトの女の子たちが後藤さんに話しかけたのだ。それも1人、2人の話ではない。既に3人目、これからもっと増えるかもしれない。
コミュニケーションのとり方も上手い。少人数でちょっとした会話をするだけだから、後藤さんも、多少は会話ができているようだ……目は当然のごとく合わせられないし、時にふやけたりもしているが。
(……まあ、悪いことではない、よね?)
なんでこうなったのかはさっぱり分からないけれど、クラスメイトと交流するのは悪いことではないだろう。
予鈴が鳴ったためか、後藤さんが解放された。半分目を回しつつも、ちやほやされて嬉しそうな後藤さんを見て……僕はなぜか、妙な胸騒ぎを感じていた。
~~~~~
昼休み。
後藤ひとりは高校に入学してから初めて、教室でお弁当を食べていた。
彼女は普段、こんな人の多いところで食事をしない。他人の視線が怖いからだ。
無理な行動の代償はストレスとなり、肉体は悲鳴をあげていた。それでも教室にとどまる理由とは――
(こんなちやほやチャンス、1秒でも逃すわけにはいかない! も、もしかしたらお弁当のおかず交換とかしちゃうかも…! 今日のおかず、もっと豪華にしてもらえば良かったかな……うへへへ……)
降って湧いたリア充生活を満喫するためである。
朝からちやほやされていたひとりの心は、ふわふわと舞いあがるとともに、さらにちやほやされることを求めていた。
それが、肉体があげる悲鳴をかき消していたのだ。
承認欲求モンスターにより体は支配され、脳内では妄想の翼が羽ばたく。
朝は明るく挨拶、友達と談笑、授業中にこっそり手紙を回し、お昼はお弁当を一緒に食べ、放課後はオシャレなカフェを友達と巡る、そんな自分の学校生活…!
おっと、バンド活動も忘れちゃだめだ。放課後は爽やかに別れ、ライブハウスでバイトやライブ…。うん、これでいこう――と妄想を修整しつつ、
なぜ彼女がここまで調子に乗っているのか?
それは今朝、妹の何気ない(毒を含んだ)言葉をきっかけに、「初バイトを乗り越えた自分はもう陰キャではないのでは?」と思ったことが始まりだった。
”ギターをもってきて話しかけてもらう作戦”も、陰キャでなくなった今なら成功するかも……などと考えた後藤ひとりは、期待を胸に学校にきた。
言うまでもないことだが、1回バイトをしただけで陰キャ脱却できるわけもなく、彼女の考えは出だしから間違っている。
本来なら、そんな幻想は早々に打ち砕かれていたことだろう。しかし――
(休み明けにこんなに優しくしてもらえたのなんて初めて…! や、やっぱり私もう陰キャじゃないんだ! もはや陽キャ、クラスの人気者……)
現実は幻想を肯定した。
何人もの人に話しかけられ、いたわってもらい、ちやほやされる。ひとりの期待通り――いやそれ以上の状態となったことで、彼女は現実を見失い、暴走したのだ。
なお、後藤ひとりが急に人気者になった原因は、別にある。
もともとひとりがクラスで浮いていたのは、嫌われていたとか、イジメられていたとかではない。情緒不安定でコミュ障な彼女にどう接すればよいのか、周りの人が分からなかったからだ。
そんな中、1か月以上後藤ひとりへの接し方を試行錯誤し、実演する人物――畔がいた。周りのクラスメイト達はそれを見て、ひとりの性格や接し方を学んだのだ。
ひとりの性格を把握した結果、やばい子だと思って距離をおく人ももちろんいたわけだが、一部のクラスメイトは話しかける機会をうかがっており……風邪で休んだことをきっかけに、話しかける人が続出したのである。
そんな裏事情を知ることもなく、後藤ひとりの妄想は加速していく。
あまり中身の減っていないお弁当箱を前に、ひたすら話しかけられるのを待つ(自分からはいかない)彼女に、またも話しかける人が現れた。
「ねーねー後藤さん、音楽とかよく聴くの?」
「えぁうぇ…! きき、聴きますぅ」
「本当!? ね、今度お気に入りのCDとか持ってきてよ」
「私達もいくつか持ってくるから。見せっこしない?」
「はっはい! ぜ、ぜひ……」
つっかえながらも(ひとりの主観ではスマートに)会話を終え、「良かった~!」「じゃあまた今度ね」などと言って離れていく2人を見送る。
今度、今度……とキーワードを頭の中でリフレインさせ、ひとりはお弁当箱に手を伸ばそうとするが……直後に異変に気づいた。
(……あれ? 体が動かない。手が震えて…?)
――もし、ここにいたのが2年生の後藤ひとりだったら。
彼女は多少緊張することはあれど、ちやほや生活を満喫できたことだろう。
内なる承認欲求を存分に満たそうと、時には自分からアクションを起こすことすらできたかもしれない。
しかし、今の彼女はまだ1年生。ようやく初バイトを乗り越えたばかりで、対人耐性はまだほとんどない。人としてのスタートラインに立てていない。
一歩踏み出した決意も、内なる敵を克服した経験も、逆境をはね返した勇気も、後藤ひとりの中にはまだ存在しない。
ゆえに、多くの人と話して消耗したうえ、人目の多い教室で食事をするというストレスに、彼女の体が耐えられないのは必然であり――
(あ、これやばい…。め、めまいが……)
限界を迎えたひとりは、気絶して床に倒れ込んだ。
地の文でぼっちちゃんの名前をどう表記するか迷う…。
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